22話——『覚醒する者』と『女神の使者』が出揃ったようです。前編
皆んなで教会まで戻ってくると、シャルくん以外の男性陣が建物の中へと入っていく。
私達は外で待っているからと告げると、アルクさんはいつものアイドルスマイルで了承してくれた。
◇ ◇ ◇
教会の応接室に案内された男性陣が全員席へ着くと、見計らったようにソラが口を開いた。
「あの小僧には元々精霊がついておったようだの」
「何と……そんな事があり得るのか……」
瞠目するアーワルドにソラが続ける。
「契りを交わした訳ではなさそうだが、あのチビ共は小僧を主と認識しておる」
「やはり……精霊の加護を賜っていたのですね」
ポツリと呟いた神父が覚悟を決めたようにアーワルドへ視線を向ける。
「実は……十年程前に先程シャルとえみさんが話していたあの場所に、シャルが置き去りにされているのを見つけ保護したのです」
「何と……」
「「……」」
アーワルドが悲痛な声を上げた。アルクとレンは無言のまま神父とアーワルドを見つめている。
パッと見ただけでもまだまだ成人前なのがわかる程幼かったシャガール。十年前ならもしかすると自分の置かれた状況を多少なりとも理解出来ていたかもしれない。そう考えると苦衷を察するに余りある。
「どこから来たのか、親が誰かも分かりません。ここに来た時には既に精霊がついていたのだと思います。シャルが泣けば空も泣き、怒りを露わにして森が枯れた事もありました。彼の感情の振り幅が大きければ大きい程、それに伴って天候が激変しました。不用意に近付こうとすると攻撃され、村の者は怖がってシャルに近付かなくなってしまいました」
神父が袖を捲ると、大小様々な傷跡が腕に残っている。親代わりだった神父であっても、精霊達が慣れるまでには相当の時間を費やした様だった。
「やがてシャルは感情をあまり出さなくなってしまいました。そうする事で多少なりと精霊を抑制出来ると学んだのです。そのお陰で天候の変動は無くなりました。……しかし村人達の態度は変わらなかった。……シャルは……ずっと独りでした。……えみさんに会うまでは」
神父の表情は父親のそれだった。
たとえ血の繋がりはなくとも、我が子の様に過ごしてきたシャガールが独り苦しんでいる姿を見て腐心してきた。
「シャルがあんな風に表情を動かして話しているのを久しぶりに見ました。まだ人間らしさを失ってはいなかった。えみさんのお陰でそれがわかり、安堵しました」
おもむろに立ち上がると、アーワルドの足元へ平伏した。
「すぐに領主様にご報告すべきところを隠しておりました!! 今回村が襲われたのは全て私の責任でございます。罰は全て私が受けます!! どうか……っ……どうかシャルだけは……お許しくださいませ!!」
足元にうずくまる神父の背中は震えていた。その様子をアーワルドが痛苦な面持ちで見下ろす。
「何故相談してくれなかったのだ……」
アーワルドの悲痛な言葉に、神父はゆっくりと頭を上げると真っ直ぐにアーワルドへ視線を向けた。
「シャルは私の息子です」
内の想いを噛み締めるように彼は言葉を紡いだ。
「血の繋がりはありませんが、幼い頃から一緒に過ごしてきた、たった一人の可愛い息子です。……あの子を奪われたくなかった!! ……私の、わがままです……」
親ならば当然の感情だ。我が子と一緒に過ごしその成長を見守る。その当たり前の事を神父がしてきただけの事だ。
特別な子だとわかれば、王宮も教会も黙ってはいなかっただろう。
そして何よりシャガールの境遇を思えばこそ、神父を咎める事など誰にも出来なかったのだ。
「ソラ、シャガール殿が『覚醒する者』かもしれないとはどういう意味だろうか?」
アルクの問いに、皆の視線が伏せているソラへと注がれる。
「あの小僧は女神の魔力を持っておる」
「なんと!! 女神様の……」
驚愕の声を上げたのは神父だ。特別な子という認識はあったものの、女神の魔力まで有しているとは思わなかったのだ。
「火、水、風、土、全ての属性の精霊がついておる。先にも言ったが精霊達が小僧を主と認めている。魔力は未だ覚醒しておらぬようだが、まず間違いあるまい」
「シャルが『覚醒する者』……」
「精霊の住む土地は肥える。元々豊かな所へ小僧が現れ、四属性全ての精霊が揃った。土地が肥えれば餌が増える。魔の物がここを標的にしたのも頷ける。……もしくは先程小僧が言った通り、別の意図があったやもしれぬ……」
ソラから告げられた衝撃の事実にその場の全員が息を飲んだ。
生まれた時から精霊がつき、女神の魔力を有する人間。それはすなわちシャガールが後の『勇者』になりうる事を意味していたのだ。
「驚いたな……我が領地から勇者となろう者が誕生しようとは……」
アーワルドは感嘆していたが、アルクは違った。
「『覚醒する者』と『女神の使者』が出会った。それが何を意味するのか……」
アルクの呟きにその場の空気が冷えていく。
「魔の王……それの復活がいよいよ真実味を帯びたな」
ソラの声がやけに響いて聞こえる。
魔族にとって王が誕生するのであれば、力を持つ人間は邪魔でしかない。本能的にその脅威を排除しようとしたとして、なんら不思議はない。
「まず間違いないでしょうね」
ずっと静観していたハインヘルトが席を立つ。
「私は一度城へ戻り、陛下にご報告申し上げます。改めて伺いますので、アルク様とえみ様、ホルケウ殿の王都へのご帰還は、一旦保留とさせてください。……それと、シャガール殿について、彼を保護しておいて頂いた方がよろしいかと」
神父は「やはりそうですか」と複雑な表情を浮かべている。
こうなってしまった以上、シャガールの存在を隠しておく事は出来ない。近い内に教会から迎えが来てしまう事だろう。
シャガールの存在を隠していた事への罰も受ける事になるかもしれない。いよいよ引き離されてしまう時が来てしまった事への痛苦を思い、神父は無意識に拳が震える程手を握り締めていた。
「勇者となりうる少年を保護し、精霊に護られた肥沃な大地をたった一人で管理してきた神父様の処遇も、追って通達いたしますので」
意味深に微笑むハインヘルトにアルクは不適な笑みで了解し、神父は目に涙を溜めて再び平伏した。
アーワルドの「よろしく頼む」の返答と共にハインヘルトは部屋を出て行った。
その時だった。
教会全体が下から突き上げるような大きな衝撃で揺らいだのだ。入り口からナシュリーとえみの悲鳴が上がる。
「ナシュリー!!」
「えみ!!」
ソラがいち早く反応し、男性陣もすぐにそれに続いて部屋を飛び出した。
◇ ◇ ◇
男性陣が教会へ入って行くのを見届け、私はシャルくんを広場の方へと案内した。シャルくんが人の中に入るのを嫌がったので、端の方に移動すると適当な切り株に座って貰う。ワサビちゃんにシャルくんの精霊が暴走しないように見張りをお願いしてその場を立った。
シャルくんの姿に気付いた村人達が、チラチラこちらを伺ったり、反対に目を合わせないようにしている。
事情は聞いたし分かっているつもりだ。
シャルくんにはシャルくんの事情があったし、村人達はそんな事知る由もないのだから怖がって当然。
それでも、まだ幼いシャルくんがそんな扱いを受けている事が悲しかったし、憤りを覚えてしまった。
「えみ」
そんな私の心情に気が付いたのか、後ろからシャルくんに呼ばれて振り返る。
「オレなら大丈夫だから」
「……シャルくん……」
「生まれて初めて精霊以外の友達、出来たしな!」
そう言って笑うシャルくんは、とても十四歳とは思えない大人びた顔をしている。
そんな風に笑える彼に胸が痛む。
その歳でそんな風に言えるシャルくんに、私の方がなんて言っていいのか分からなかった。
「あら? えみ、随分と可愛らしいお友達が出来たのね!」
そこへナシュリーさんがシャルくんの分の豚汁とおむすびを持って来てくれた。
シャルくんの精霊達はワサビちゃんがしっかり見張っていてくれたお陰か、ナシュリーさんに攻撃を加える事はなかった。シャルくんに近付いたナシュリーさんが平然としているのを見て驚愕する村人が大半だ。
シャルくんは大人の色気がむんむんのセクシーで美人なナシュリーさんに緊張気味で、少々ぎこちない受け答えでそれらを受け取った。
「これをえみが作ったのか? 初めて見る料理だな」
「私の故郷では、炊き出しといえばこの豚汁とおむすびなの」
「へぇ。いい匂いだな」
シャルくんは味を確かめるように一口ずつ食べると、美味しいと瞳を輝かせながらあっという間に完食してしまった。
さすが成長期。さっきおやつも平らげたのに、食欲はまだまだ旺盛のようだ。
ナシュリーさんにおかわりを勧められて、結局豚汁を二杯とおむすびを三つ平らげていた。
「本当に美味しかった! ありがとな」
「口に合って良かった」
「えみは料理上手なんだな。なんかこう、温かくて優しい味がした」
そんな風に言われると照れますけども。
「ありがとう。上手いかどうかはわからないけど、料理するのは好きだよ。食べた人が美味しいって言ってくれたら私も幸せ」
「こんなに上手いご飯なら、色気より食い気でもおかしくないな」
「そうでしょ?」
得意気な顔をすると、シャルくんが急に真面目な顔でこっちを見てきた。
え……急にイケメン発揮するのやめて欲しいんだけど。
なんか……恥ずかしくなってきた……。
「なぁ、もしえみがこのまま独り身だったら——」
シャルくんが何か言いかけたその時、彼の体が突如発光した。
「えっ……」
「まず…離れろっ…——」
「えみ様!!」
シャルくんが走りかけた次の瞬間、彼を中心に空気が波紋状に振動し、地面が突き上げるように大きく揺れた。
「「きゃぁぁぁ!!」」
側にいたナシュリーさんと共に揺れと衝撃に弾かれるように突き飛ばされる。直ぐにワサビちゃんが結界を張ってくれたお陰で大事に至らずに済んだ。訓練の結果が現れている様だ。
少し離れた場所にいた村人達も、突然の異変に悲鳴を上げてその場を離れていく。
まるでシャルくんを取り巻くように、魔力を含んだ空気がバリバリと恐ろしい音と共に渦を巻いて立ち上がっていた。




