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20話——領地が襲撃されました。

 最悪の状況だった。

 死者こそ奇跡的に出なかったものの、家屋の半数以上が全半壊の被害に遭い、収穫間近だった農作物はほぼ全滅。

 数少ない家畜は全て持ち去られてしまっていたのだ。



 知らせを受けたアーワルドさんは、直ぐに現地へ向かうと言った。もちろんアルクさんとレンくんも一緒だ。

 居合わせたハインヘルトさんは、王都への連絡係を申し出てくれて同行することになった。


「私も一緒に連れて行ってください」


 呼ばれるきっかけになったかも知れない事象が起こっているのに、ただ傍観しているというのは違う気がした。

 戦う事は出来なくても、何か手伝える事があるかも知れない。ネリージャに襲われた時の事を思い出すと恐ろしくて堪らないけど、今回はソラという最強のボディガードがいてくれる。


「それは出来ない。どんな危険があるか分からないんだ」

「そうよ、えみ。私たちは貴女を危険に晒す訳にはいかないの。ここはアルと夫に任せましょう」

「でも私が一緒に行けばソラも行く事になるでしょう? そっちの方が都合が良いんじゃないですか?」


 アルクさんもナシュリーさんも反対したが私が譲らなかったのと、提案した通りソラが魔物の再来を抑制するかも知れないという案から、アーワルドさんが許可してくれた。

 私が行くならとナシュリーさんも同行する事が決まり、直ぐに出発準備がなされる。

 現場の状況が分からない為、馬車は使わず乗馬で向かう。私は馬には乗れないので、アルクさんの愛馬に乗せてもらう事になったのだ。


 

 こうして村へとやって来たのだが、そんな状況に私は酷く衝撃を受けていた。

 村を見て回るという男性陣と別れ、私とソラ、ナシュリーさんは村人が避難している教会へと向かった。村の外れにある教会へ続く短い道のりまでにも、壊されて焼けた家やその臭い、荒らされてめちゃくちゃになった畑や柵などの悲惨な状況を目の当たりにした。

 凄惨な現状に言葉が出ず、教会に辿り着くまで一言も言葉を発する事が出来なかった。


 教会では神父様が出迎えてくれた。ソラの姿に大層驚いていたものの、信じ難いと言いながらもホルケウだと理解してくれたようだ。

 村人がいるという部屋に案内されると、狭いホールに所狭しと敷物が敷かれ、怯えるように肩を寄せ合う人達の姿があった。怪我人も多く、私はナシュリーさんと一緒に治療のお手伝いをさせてもらったのだが、皆んなの表情は一様に暗く不安気だ。

 それもそうだ。

 住む家も食べる物も失った人達は、魔物の再来の恐怖にまで怯えながら過ごさなければならないのだ。今私がやっている事は、きっと気休めにもならないだろう。そう思ったらやるせ無くて胸がズキズキと病んだ。こんな時、どんな風に声を掛けてあげれば良いのかが分からなかった。

 そんな私の肩にぽんっと手を置くと、ナシュリーさんが微笑んでその場に立ち上がる。


「大丈夫、壊れた家屋は直します。荒れた畑はまた耕して、皆んなで種を蒔きましょう。ここは風の精霊が守護する土地。恵みの風が再び実りをもたらしてくれる事でしょう。アーワルドが必ず、皆さんの助けになりますわ」


 ナシュリーさんの力強い言葉に、不安と絶望に包まれていた空気が一変した。その場が拍手と歓喜で湧くと、重たかった雰囲気がたちまち希望を見出したかのように打って変わってしまったのだ。

 普段のおっとりした雰囲気からは想像もしなかった姿に驚いた。きっとナシュリーさんの人柄の成せる業なのだろう。

 流石領主様の奥方は肝っ玉が座っている。


「えみ! 皆んなと炊き出しをしましょう! 貴女のご飯で皆んなを元気にして欲しいの」


 私にも……いや、私にしか出来ない事があった!


「はい! それなら私の出番ですね!」



 建物の入り口付近はちょっとした広場になっていて、今教会にいる人数くらいなら過ごせそうな広さがある。すぐ側に石で出来た釜戸もあり、大鍋を借りて、そこで調理する事にした。普段から村人が集まるような時は、ここで炊き出しをしているようだ。


「えみ。何を作るの? 私も手伝うわ」


 ナシュリーさんが腕捲りをしながらやってくる。その後ろを四~五人の女性たちがついてきた。こちらに避難している村の奥様方だ。一緒に手伝うと言ってくれている。


「炊き出しと言えば、豚汁とおむすびです」


 具沢山の塩味の効いたスープと塩むすびを沢山作るという案に、皆んな賛成してくれたので、早速準備に取りかかる。

 ポーチから根菜やら肉やらを取り出し、味噌とお米も準備する。

 外で待っていた筈のソラの姿が見えないなと思っていたら、教会の裏の方からのっそりとやって来た。近くに感じた魔物の気配に様子を見に行ってくれていたらしい。

 村の人達は最初ソラの姿に驚いていたが、ナシュリーさんが私の契約獣だと説明してくれたお陰で、大きな混乱が起きる事はなかった。やっぱり体の大きな獣は恐怖心を煽ってしまうだろうかと思ったが、ソラが少し離れた場所でさっさと伏せて寝てしまった事で、害は無いと判断してもらえたのか、チラチラとそちらを伺いながらも調理は滞りなく進んでいった。


 何がビックリって、ソラが戻って来た時に、沢山の精霊さん達がその巨体にへばりついたり、周囲をふよふよ飛んでいたりした事だ。

 村に着いたばかりの時は気が付かなかったけど、この村には実に沢山の精霊がいたのだ。ワサビちゃんと同じく赤い服の子もいたけれど、他にも黒や白、黄色の服の子も居て、それはそれはわらわらしていた。


「魔の物が押し寄せた理由はこれかも知れんな」


 ソラがボソッと呟いたそれが、私の耳に残っていた。


 途中、危うく野菜の出汁が染み出たスープを捨てられそうになって、こちらの汁物の作り方が出汁を捨てて作るのだったと思い出した。

 不信な顔をする奥様方をなんとか説得し、ほっと胸を撫で下ろす。

 皆が元気になりますように。早く傷が癒えて、笑顔が戻りますように。

 そんな願いを込めてひたすらに調理に没頭した。



 大鍋で煮込んでいるうちに、慣れてきた子供達がソラの周りに集まり出した。

 魔物に襲撃されたこともありソラの姿を恐がる子供達が多かったが、私が「ソラは味方だよ」と説明すると、恐る恐る近付いてきて触り心地抜群の毛並みに声を上げていた。

 当然ですよね! 毎日それはそれは丁寧にブラッシングしてますから!!

 そのうちに背中によじ登ったり、尻尾に抱きついたりと始まった。

 最初はホルケウという存在にハラハラしていた大人達も、ソラが全然気にする素振りを見せないので子供達を叱らなくなった。

 時々鼻がピクピク動いていたからきっと楽しんではいないなと思ったが、今日だけなので我慢してもらう。


 そのうちにご飯がふっくら炊き上がると、女性陣によって真っ白なおむすびが握られていった。

 鍋に味噌が入り、良い匂いが立ち込めると、次第に村の人達が集まり、偵察に行っていたアーワルドさん達も戻ってくる。


「ナシュリー、えみ、これは……」


 教会前の広場には、豚汁とおむすびを持った人々の笑顔が溢れていたのだ。驚くのも無理はない。


「村の人達に元気を出して欲しくて、えみと皆んなで作ったのよ。さぁ、あなたもこっちに座って」


 ナシュリーさんが笑顔で迎えると、アーワルドさんは村の人と同じように豚汁とおむすびを受け取った。アルクさんとレンくんにも手渡す。

 皆んなが美味しそうに嬉しそうに私たちが作った料理を味わってくれている。それだけで心が温かくなった。


「ハインヘルトさんもよかったら」


 端の方でこの様子を眺めていた彼にも持っていくと、僅かに表情を動かし受け取ってくれた。


「ありがとうございます」

「お口に合えばいいですが……」


 王宮で生活している人がこういう庶民的なものを口にする機会などないだろう。

 貴族にこれらを薦めるのはひょっとして不敬罪にあたるだろうかと、渡してしまってから考えた。

 が、そんな心配を他所に彼が口を付けてくれた。その様子をドキドキしながら見てしまう。

 一瞬表情を動かすと、一口また一口と食べ進めてくれている。


「どうですか?」


 きっと不安そうな顔をしていたと思う。

 ハインヘルトさんは今までで一番表情を緩めて「美味しいです」と言ってくれた。

 良かったぁと思わず安堵の笑みが零れた。




「えみ様。精霊達が呼んでいるのです」

「え?」


 ワサビちゃんに呼ばれてソラの元へ行くと、さすが大皿はすでに空だった。


「精霊達が騒いでおる。えみも共に来い」


 いつの間にか再びソラにまとわりついている精霊達に案内され、建物の裏手に面した森を少し進んだ。別の場所では木が薙ぎ倒されていたり、地面が踏み荒らされていたりしていた所もあったが、ここの辺りは被害を受けずに済んだようだ。

 樹の間を縫うように進んでいくと、突然ぽっかりとそこだけ切り取ったように空間が空いており、小さな泉が湧いていた。

 その泉の前には太い丸太が横たわっており、子供が一人腰掛けていた。

 こちらに背を向けるように座っていて顔は見えないが、金髪が差し込む陽射しを受けてキラキラと輝いている。

 しかし、驚いたのはそれではなかった。

 その子の周りにはふよふよと沢山の精霊がまとわりつくように飛んでいたのだ。


「せっ、精霊まみれ……」

「!?」


 ハッとこちらを振り向き立ち上がったその子と目があった。

 驚きに開かれた瞳は宝石かと思うほど綺麗なブルーで、容姿もアルクさんやレンくんに引けを取らない美男子だ。

 少年の方も初めて見る黒髪の女に驚いたのか、振り返った格好のまま固まっている。

 私達はお互いに言葉を発せず、しばらくの間見つめ合っていた。

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