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10話——お弁当作りは大仕事なのです!

 異世界のピクニックがどういったものかは分からないけれど、今日は私が知るピクニック方式でいこうと思う。

 お弁当を持って、飲み物や敷物を持って、もちろんおやつも持って行く。目的地まで皆んなで散歩して、敷物を広げてその上に座ってお弁当を食べて、おやつも食べておしゃべりして。ゆっくり時間を使って、また散歩しながら帰ってくる。そんなごくごく普通のピクニックだ。

 こちらの世界に来てからアルカン家のお屋敷から出た事がなかっただけに、非常に楽しみなのだ。

 おやつの用意は昨日のうちにしておいたので、今はお弁当に全力を注ぐ事にする。

 私の世界の材料を使って作る事にしたから、今日は四○元ポーチが大活躍だ。



「女神様の匂いがします」


 ポーチをまじまじと見つめるワサビちゃんに、「そういえば言ってなかったっけ」と、私が異世界出身であることを伝えた。


「通りで……知識としてあったご飯とは違う物ばかりで、不思議だなぁと思っていたのです」


 ご飯が気になって厨房に来てたのかな? 精霊も匂いに釣られて来ちゃったりするんだね。


「じゃぁ今日は食いしん坊なワサビちゃんにも沢山ご馳走しなくちゃね」

「ワサビは食いしん坊ではありません」


 そう言ってプリプリ怒るワサビちゃんは、やっぱり餌をほっぺに沢山入れて走り回るハムスターのようだと思った。



 土鍋にお米と水をセットして火を入れる。炊く前から分かる。もう美味い。


「これは……ジャバニ、じゃないです?」

「似てるけど、私の国でお米って呼ばれてる穀物だよ。土鍋で炊くと美味しいんだぁ」


 見ただけでわかっちゃうなんて、流石食いしんb……精霊だね! ワクワクが溢れちゃってるワサビちゃんに癒されながら、私は食材へと向き直る。

 お米を炊いている間におかずの下拵えだ。

 唐揚げはすでに揉み込んであるので置いておいて、他の材料を準備しよう。

 卵焼きを作る為に殻を割っておき、アスパラは五センチくらいにカットして軽く下茹でする。


「緑のお野菜はどうして茹でるのですか?」

「後でベーコンを巻いて焼く時に、火を通しやすくする為だよ。時間短縮、略して時短だね!」

「へぇー」


 ゴボウは千切りにして水にさらし、にんじんも同じく千切りに。


「こっちのはどうして水に漬けるのですか?」

「灰汁抜きをする為だよ。ほら。水が少し黒くなったでしょう?」

「あ! 本当だ……なるほど、適度に臭みを抜くのですね!」

「え? あ、うん。さらしすぎると香りも抜けちゃうから、ほどほどにね」


 なんか料理に対する熱量が多いね。でも美味しいご飯を作る為には必要な事だよ、ワサビちゃん!

 ほうれん草は冷凍野菜のパック使います。


「このお野菜はコチコチですね!!」

「冷凍されているからね。このタイプは下準備がいらないから、時短になって助かるんだよ」

「……料理するのって、手が掛かっているんですね」


 ちくわを斜め切りにして、青のり入りの衣へ。

 あとは、コーンの缶詰とバター。それから忘れちゃいけないアレを出しておく。

 おにぎりの具材とサンドイッチの具材を準備して、下拵えは大体いいところかな?



 お米が炊けていい匂いが厨房を包んだ頃、シェフ三人衆とハンナさん、メアリがやって来た。メアリは私が今日も早起きだった事に驚いている。

 私が今日のピクニックの為のお弁当を作っている事を知っている二人が手伝いを申し出てくれたので、遠慮なくハンナさんにはおにぎりを、メアリにはサンドイッチをお願いした。

 なんとなくだけど、私の勝手なイメージで肝っ玉母さんのようなハンナさんは、おにぎりを上手に握ってくれそうな気がしたのだ。塩加減とか絶対絶妙。そんなハンナさんのおにぎりが食べたい。

 見本で一つずつ作ると流石はメイドさん。普段からやり慣れているせいか、手際も良く次々出来上がっていく。

 全く心配ない二人におにぎりとサンドイッチをお任せし、私は私でやる事が山積みなので早速調理に取り掛かった。

 そんなに得意では無い卵焼きを巻き終え、アスパラベーコンをこんがりと焼き上げ、にんじんゴボウできんぴらごぼう、ほうれん草とコーンをバター炒めに。ちくわは揚げない磯辺焼きにし、ミートボールは袋ごと湯煎へ。最後に唐揚げに粉をはたいて油へ投入した。

 卵焼きは、悩んだ末に甘いものと出汁を効かせたしょっぱいものと、両方作る事にした。やっぱりどっちかなんて選べなかったのだ。因みに私は両方好き。

 我が家のきんぴらごぼうは、隠し味で柚子胡椒を入れる。甘じょっぱい中に柚子の香りがふわっと鼻に抜けるあれが好き。

 ミートボールは、あの三袋でひとまとめに売っているパウチタイプの物にした。なぜならアレが大好きだから。是非みんなに食べて欲しいと思ったのだ。あのタレでご飯が何杯もいける感動を是非味わって欲しい。

 手抜きじゃないよ? 時短だよ? そこのところは分かって欲しい。


 ジュワジュワと音を立てて色づいていくお肉を見ながら、私の肩にお座りしているワサビちゃんが目を輝かせている。


「気になる?」

「はい、とっても! とってもとっても良い匂いがするのです!!」

「ふふ。じゃぁ、火が通っているか確かめてみようか」


 それが味見のことだとわかると、今まで肩の上にいたのにふよふよと落ち着かない様子で私の回りを漂い始めた。『喜びの舞』と命名しておく。

 そんな姿も可愛らしいなと思いながら、小さくカットしたものを爪楊枝に刺してワサビちゃんに差し出す。


「熱いから気をつけてね」

「大丈夫なのです!」


 フフンと笑うと、空中に静止したワサビちゃんが両手を広げた。すると驚いた事に、唐揚げの周りだけに小さな風が起こったのだ。


「凄い! それ魔法?」

「はい! ワサビは風魔法が得意なのです」


 そう言って、小さな胸をえっへんとばかりに張っている。そうしてほどよく冷めた唐揚げを嬉しそうに受け取り、美味しそうに食べ始める。

 その姿がやっぱりハムスターのようで、思わず私の顔も綻んでしまう。いつまでも見ていられそう。




「えみ……」


 ハンナさんに呼ばれて振り向くと、固まった表情でこちらを見ている彼女と目が合った。ただならぬ雰囲気に驚くが、固まっていたのはハンナさんだけでは無かった。メアリもライルさんもホーンさんも、ルファーくんまで固まった表情でこちらを見ているではありませんか。


「え? 何? どうしたの?」


 訳が分からず不安になった。いきなりどうしたと言うのだろうか。


「ルファー。アルク様に知らせて来て」

「はっ、はい!!」


 ライルさんに言われて、ルファーくんが慌てて厨房を飛び出していった。

 その様子にただならぬものを感じた私は、困惑したままワサビちゃんと顔を見合わせるのだった。

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