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9話——精霊って体の割に大食いなんですね。

 本日の朝も早い。

 なんせ異世界初のピクニックである。

 起きてすぐ開けたカーテンの向こうは綺麗な朝焼けだった。天気は良さそうだ。

 大人数で出掛けるから、お弁当も沢山作らなければ!

 ここ数日、あの変な鳴き声の鳥に起こされる事なく早起き出来ている。寝坊助な私からすると、信じられない変化である。


 サンドイッチとおにぎりは、結局どちらも作る事にした。

 どちらかなんて選べる訳が無かったのだ。せっかくならどちらも食べてもらいたい。

 卵サンドにハムと胡瓜のマヨサンド。あとはツナサンドと、ベーコンレタストマトのBLTサンドを作ろうと思う。

 おにぎりは鮭に梅干し、ツナマヨに昆布と定番中の定番で。色んな味を沢山食べて欲しいから、サイズ感を小さめにして作ろうと思っている。

 おかずはやっぱり定番の唐揚げと卵焼き。卵焼きは甘め派としょっぱい派に分かれるから悩みどころだ。うん、両方にしよ!

 あとは個人的に大好きなミートボールも入れたいなぁ。

 ウキウキしながら厨房へ入った。

 早い時間だからかまだ誰もおらず、朝日がチラチラ差し込み始めてはいるが薄暗い。静かでちょっぴり肌寒い厨房内をぐるりと見回し、奥の窓の側、食材を入れておく籠に目が止まる。

 なんとなく気になってこっそり近付くと、あと一メートル程というところで何かが動いた。ほんの僅かな変化だったが、更に慎重にそーっと近付く。


 いた。


 レンくんが言っていた『精霊』だ。

 自分の背丈程もある果物を夢中で食べている背中をじっと見つめた。

 半透明の羽根がとても綺麗で、光の加減で虹色に見える。うっすらとだが全体的に光っても見える。

 夢の国にでも出て来そうな妖精そのもので、ゆるくウェーブの掛かった髪がふわふわしている。洋服はワンピースっぽいから、性別があるのならきっと女の子だろう。

 この精霊は今日も果物を食べているようだ。果物が好きなのかな?

 一心不乱に食べている姿が、昔友達の家で飼われていたハムスターのようだと思った。その愛らしい姿を思い出し、思わずくすくすと笑ってしまう。

 その声で見ていたのがバレてしまった。バッと振り返った精霊とやっぱりばっちり目が合った。


「待って! 食事の邪魔をするつもりは無かったの。ごめんなさい」


 そう謝ると、精霊がキョロキョロと辺りを見回し、もう一度私の顔を見た。いちいち可愛いそんな姿にも思わず頬が緩んでしまう。


「そう、あなたに言ったのよ。私には精霊さんの姿が見えるみたいなの」


 驚いた顔でこちらから目を離さないまま、ごきゅりと喉を鳴らして口の中の物を飲み込んだ。


「私はえみ。少し前からここのお屋敷でお世話になってるの。あなたのお名前は?」


 固まってしまった精霊はピクリとも動かない。

 もしかして話し掛けてはいけなかったのだろうか? 食事の邪魔をするのはタブーだったかもしれない。


「あ、ごめんなさい。邪魔しちゃいけなかったみたいだね。お詫びにこれ、良かったら食べてね」


 昨日作ったマフィンの一つを精霊の近くの机に置いた。また会えるかもと思い、幾つか残しておいたのだ。昨日も果物を食べていたから果物が入ったものがいいかと思い、ジャムを混ぜ込んだ方を置いてみた。


「私が作ったマフィンっていうおやつなんだ。気に入って貰えるといいんだけど」


 精霊はその場を動かず、置かれたマフィンをチラリを見てまたこちらを注視している。やはり警戒されている。

 そりゃそうだよね。お話し出来たら良かったけど、急に知らない人に話しかけられたらびっくりするし困るもんね。


「私はこれからお弁当作りをするから、もし気が向いたらまた遊びに来てね」


 あんまり絡むのも良くないと思い、精霊に背を向けた。

「(さぁ、下拵えをしなくては!!)」

 気合いを入れ腕まくりをすると、「名前は無いんです」と、小さな声が聞こえた。

 声のした方へ振り返ると、すぐ側の台の上に精霊が立っている。口の周りにはしっかりパン屑がついているから、マフィンはきっと食べてくれたんだと思う。

「(え? 自分の体くらいあったよね? そんな大きいものをこの一瞬で食べちゃったの!?)」

 大いに面食らっちまいましたが、心の声は私の心に留められました。


「私たち精霊は風や草木と一緒で自然そのものだから、一人一人に名前は無いんです」

「そうなんだ」


 そう話してくれた精霊の表情は、どこか寂しげに見える。

 せっかくお友達になれそうなのに、他の子と一緒にいる時とか不便だよなと思う。


「じゃぁ、私がつけちゃダメかな?」


 そう提案した私の顔を、呆けた表情で見上げてくる。


「ダメ、かな?」

「え、でも……良いのですか? 私なんかで……私生まれたばっかりで特技も何もないし、力だって弱いのに……」

「そんなの気にしないよ? それに生まれたばかりなら、尚更一人は心細いでしょ? 私もここには来たばかりで友達少なくって……だからあなたさえ良かったら、お友達になって欲しいな」


 精霊の表情がみるみる綻んでいく。まるで小さな花が咲いたように、可愛らしい笑顔を向けてくれる。


「ありがとうございます! お願いします!」

「じゃぁ、ワサビ。今日からワサビちゃんね!」

「ワサビ……私の、名前……ワサビ……!」


 もちろん友達の飼っていたハムスターの名前だったのだが、それは言わない方がいいかな。感激してうるうるしちゃってるし。


「よろしくね、ワサビちゃん」

「はい! ご主人様!!」


 ん? ご主人様とな?


 はて? と疑問に思うも束の間。ワサビちゃんはふよふよとこちらへ飛んでくると、右手を出すよう言ってくる。

 握手かな? と思い、言われた通りに右手を出すと、中指に両手で触れ指先に軽くキスをしてくれた。そして向けられた笑顔が最高に可愛くて、精霊ならではの挨拶なのかなぁなんて深く考える事なく、新しく出来たお友達と一緒に下拵えに取り掛かる。 


 ここでも私は気付かぬうちにやらかしていたのだが、異世界のルールなんて全く知らない私は、鼻歌なんて歌いながら呑気にから揚げ用の肉に下味をつけて揉み込んでいたのだった。

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