表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
除霊師セツナと最強幽霊  作者: 糸尾 文
ナースコールは止められない
3/7

1-2

 丑三つ時を少し過ぎた時刻。

 セツナが通されたのは、五階の個室だった。


「昨日は、この部屋で鳴ったんですよ」


 案内役をつとめる婦長が説明する。

 事務局長から正式に依頼を受け、三日が経っていた。ナースコールは空いた病室からランダムに鳴るが、昨晩はこの「513号室」だったらしい。

 部屋を見渡したセツナの視線は、正面にある窓の方向でぴたりと止まった。


「……やっぱり」


 呟きは婦長には聞こえなかったようだ。


「本当に、何なのかしらねえ。病院って、こういうことが時々あるって聞くけれど……」

「こちらでは、今までそんなことはなかったんですね?」

「全くなかったとは言いませんけどね。噂はありましたよ、色々と。でも、これだけ皆が同じ目に遭うのは初めてだわ」


 実際、深夜三時のナースコールは、ほとんど全員の看護師が聞いているらしい。もちろん、婦長もだ。中には気味悪がって夜勤を嫌がる看護師も出てきていると言う。


「……ガッツリ迷惑かけてんじゃないのよ」

「はい?」

「いえ、こちらの話です。それでは、始めさせて頂きますので……少し、人払いをお願いできますか」

「ええ、分かりました。では、よろしくお願いしますね」


 深々と頭を下げて婦長が出ていくと、セツナは持ってきた鞄を開けた。道具を取り出し、てきぱきと準備を整えていく。


 まず、部屋の四隅に御札を張る。外に音が漏れることがないようにという配慮だ。

 もちろん、対象に逃げられないようにという意味もあるが、そちらの効果は相手によってまちまちである。あまり期待できないことも多い――特に、今回は。


 麻で出来た羽織を、スーツの上から纏う。除霊師としての簡易装束だ。さらに麻紐で繋がれた鈴を手首にかけ、首からは小さな笛を下げる。最後に左手に巾着袋を持ったところで、準備は終わりだ。

 時刻は、まもなく三時を回るところだった。


 来る。

 ……否、もう、居る。


 セツナは深く息を吸い込んだ。


「エマ」


 腹の底から絞り出すような声に、空気が震えた。


「あんたの仕業でしょ。分かってんのよ」


 目線は、正面に固定する。大きな窓を覆う、クリーム色のカーテン。


「隠れてないで出てきなさいよ。エマ」


 鋭く呼び掛けて、腕を一度だけ振る。手首に巻かれた鈴が、シャランと清浄な音を立てた。

 仁王立ちしたセツナの眼前で、カーテンがふわりと捲れ上がる。


「……あーあ、バレちゃったか」

 久しぶり、セッちゃん。


 へらりと笑った細身の男が、カーテンの陰からひょいと顔を覗かせる。

 ピキッ、とセツナの額に青筋が立った。


「こンの……構ってちゃん幽霊!! いい加減成仏しなさいよ!!」

「あっはっは、怒るとシワ増えるよー、セッちゃん」

「うっさい!! 誰のせいだと思ってんのよ!!」


 セツナの怒号を綺麗に受け流し、男はどこまでも笑顔だ。幸い、張り巡らせた御札のおかげで外には聞こえていないだろうが、本来の用途とはまったく異なる使われ方である。除霊師の端くれとしては、つくづく情けない限りだった。


 エマ。本名も年齢も、一切不明。

 外見は二十代の男性――の、幽霊。


 セツナが何度も除霊を試み、ことごとく逃げられている、因縁の相手だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ