第三話 謎の館へ潜入②
死狂の館はエントランスホールに3つの扉がある。3つどこに入っても出口のエントランスホールに繋がっていると言われている。
僕は訳も分からず、とにかく左の扉に入り、部屋の中を確認もせずに部屋を走り抜け、次の扉へと駆け抜けた。
2つ目の扉を開けて入ると、「ボーン」と言う音に我へと帰った。時計だった。時計の音が響き渡る。
時計だらけの部屋だった。
部屋の大きさは40畳くらいの長方形の部屋。長すぎて部屋なのか通路なのかは分からないが、両側に時計が置かれている。いや天井にも、部屋全体に時計を装飾している?時計で出来ていると言ってもいいくらいだ。
床はふかふかの絨毯が敷いてある。部屋全体は比較的作りが新しい様に思える。何部屋なんだろう?時計集めが趣味なのか?
「ボーン」、「ボーン」、「ボーン」
1分から2分置きに時計が時刻を告げる。時刻を告げるというか?狂っているのか?分からない。
気持ちを落ち着かせて慎重にゆっくりと進む。歩く度、絨毯へと微かに足が沈んむ。何から逃げているのか、分からなくなる。バンパイアからだったのか?いや、アイカだ。ゾンビになったアイカだった。それを思い出す度に足が重くなる。どうしたらいいのだろうか?気持ちが重くなる。
部屋の中央まで来た時、視界に不思議な違和感が突き抜けた。何かがいる!
全体を見渡せて、隠れるスペースは時計の影しかない。それなのに何かがいる!
隠れている訳ではない。どこかを歩いている様だ。
「マナ寄せ開眼」
ダメだ。サーチスキルが無いと、マナを感じる事が出来ない。
でも、この部屋には何かがいる。隠れているというより、動いている。
「開眼。」
集中力を高めて、部屋の中央から全体を見渡す。コハルがこっちに来てくれていたらと思う。コハルとグロスは無事に逃げられたのだろうか?
ダメだ。集中しろ。
開眼を使って部屋を何回も見渡す。
「やっぱり何かいるぞ。」
正面出口付近で一瞬空間が揺らいだ様に見えた。足元の絨毯に視線を下げる。微かに絨毯が、動いている。いる!透明人間の類か?
開眼でその動きを追う。歩いているというより、彷徨っている様な足取りだ。こちらをまだ認識していないのか?攻撃してくる様子はない。
僕は剣をゆっくりと取り出した。マナ寄せで光の石の力を剣に込める。
アンデット系にはこれが効く。って?透明人間はアンデット系か?とにかく、僕にはユウの様な攻撃系のスキルは使えない。これで戦うしかない。
マナ寄せをすると、向こうの足音がこっちに近づいてきた。こちらを敵と認識したのか?光のマナを敵と認識したのか?
近づいて来た!
開眼で物体が近づいてくるのはわかる。しかし、どんな相手かは全く分からない。空間の動きから身長は170強、武器は持ってない。格闘資質か?
突きで迎撃するのがセオリー。狙うは心臓付近。カウンターに近い攻撃でしとめる。
しかし、相手が予想外の攻撃を仕掛けてきたら、もしくはゴーストタイプで剣攻撃が効かなかったら。
考えるな。やるしかない。
集中、敵を熊と思え。相手は熊だ。その熊が正面から襲ってくる。狙うは心臓。来るぞ。でもまだだ、まだ相手の心臓を貫ける距離でない。焦るな。
今だ。
僕は力の限り突きを繰り出した。熊の心臓めがけて。手ごたえがある。突き刺した?
突き刺した瞬間、何かがはじけ飛ぶ様に消えた感じがした。
辺りには時計の音だけが響いている。倒したのか?部屋全体をもう一度見回す。もう、気配を感じなかった。
急ごう。
グロス、コハルと合流して、まずはこの館を出ないと。そして冒険者連合へ行き、応援を要請する。
死狂の館の戦いで倒したはずのバンパイアが生きていたとなれば、王下聖騎隊も動くはず。そこでもう一度、アイカ達をなんとかするしかない。
ゾンビ化した人を元に戻す話など聞いたことはないが、バンパイア達が以前にもゾンビパウダーを使っていたなら、学術研究所には処置方法があるかもしれない。
今は逃げるしかない。
僕はもう一度気を引き締めて、次の扉を開けた。
目を疑う様だった。さっき入って来たエントランスホールと同じ空間が目の前に存在している。でも、出口がある。暗くて良く見えないが、さっきは壁だった所に出口らしき大扉は存在していた。
ゆっくりとエントランスホールを中央へ向かって歩く、コハルやグロスは?
下手に声は出せない。モンスターがいるかもしれない。気配を探りながら、中央へとたどり着いた。モンスターの類はいない。今なら出られる。
2人はどうする?
気が付くと、背中に食らったアイカの火炎球のやけどが治っている。まさか?集中すると、感じる。コハルがさざ波の唄を使っている。水滴もだ。
「マナ寄せ開眼。」
使えた。マナを感じられる。コハルの水滴をうまくマナ寄せが出来た。コハルのマナから居場所を探ろうとした時、僕が出て来た方向とは別の扉が開いた。
コハルではない。もちろん、グロスでもない。このマナはアイカだ。人間が持つマナではない。アイカのマナが澱んでいる。闇を帯びているというべきか。ゾンビのアイカがそこに立っていた。
コハルとグロスは?
そんな余裕はなくなった。このアイカを何とかしないと。
アイカはこっちを向いた。目が合う。やっぱり、目が死んでいる。見たくないが、心臓近くに穴があいている様に見える。
アイカはロッドをこっちに向けた。ロッドにマナが集まる。火炎球が来る!
早い!
昨夜の訓練の時とはスピードが違う。ただ、訓練のおかげで火炎球の動きが分かる。多少スピードが早くても何とかなる。火炎球を4発避けた。
もし、アイカの意識が残っているなら、そろそろ、炎演舞を使う頃合いだ。その瞬間に近づき足を切る。足を切れば踊れない。その隙にアイカが出て来た扉に戻り、コハルを探す。
さざ波の唄と水滴を使っているという事は今も生きている。
この戦闘が終わり、マナ寄せに集中出来れば、コハルのマナを追える。グロスはどうなっているか分からない。もう、出ている可能性もある。とにかく、今は残っているコハルを連れて逃げるしかない。
予想通り、アイカは炎演舞を踊り始めた。
今だ。
僕は一気にアイカとの距離を詰めた。そして、足を狙って剣で切り裂く。
当たった。感触が手に伝わる。アイカごめん。アイカが倒れた瞬間にアイカを越えて扉を目指す。
と、倒れない?なぜ?
足を切ったのに踊り続けている。やばい。このまま火炎球を食らえば、こちらが死ぬ。マナがアイカの全身に集まってくる。来るぞ!やるしかない。
「マナ返し。」
全てのマナを返すが、力が足りない。火炎球は天井や床にそれていく。火炎球をはじくと同時に、衝撃波が僕を襲う。
ドン、ドン、ドン。
衝撃を受けるごとに後ろへと吹き飛ばされ、後ろの壁にぶつかった。更に衝撃波が来る。壁が開く様に感じた。
扉だった。
出口の大扉が衝撃波で開き、僕は吸い込まれていく。出られる?でもコハルやグロスは?
と、次の瞬間、何かが首をしめた。
アイカ?
アイカが僕の首をしめて来た。強い。ゾンビってこんなに強いのか?ダメだ。息が出来ない。と、扉を出た瞬間にものすごい光が降り注いだ。
それと同時にアイカの力が弱まっていく。と、アイカが消えていく様に見えた。
アイカ?
アイカが笑った。
アイカ…………。
何時間が経ったのだろう。気を失っていた様だ。僕は暑さで目が覚めた。日差しが僕の全身に注ぎ込む。
「暑い。」
目を開けて、周りを見ると。見慣れた風景だった。聖京都の東城壁、通称「悲しみの壁」と呼ばれる城壁に近くで横たわっていた。
「アイカ?グロス?ユウ?コハル?」
大声で叫んでも誰も返事をしなかった。
「コハル!コハル!」
僕の大声は空の彼方にむなしく消えて行った。1時間だけ、待とう。と木陰まで歩き、木陰に腰を下ろして、静かに誰かが来るのをまった。ひとり、うずくまりながら。