第三話 謎の館へ潜入①
翌日、太陽がある程度昇ってから、行動を開始した。
迷いの森は、ひとつひとつの巨大な木々に日光を遮られている。更に瘴気の様なガスが常に広がっている為、昼間でも暗く澱んでいる。昼間だろうが夜だろうがあまり関係がないだろうけど。ただ、館には日が昇っている間に入って出てくるのが良いと考えての行動であった。冒険の基本。ダンジョンや特殊フィールドへ入る時は、リスクを避けるのが、初級冒険者の行動規範である。アンデット系が多く生息するダンジョンは昼間、逆に光を好むモンスターの生息域には夜に入る。
上級者になると特殊なレアモンスターや、アイテムを求めて、モンスターが活発になる時間を狙って行動する人達もいるが、そういう人達は別次元であり真似をすべきではない。
宿営地から館まではそれほど時間は掛からない。館を確認して、危険と判断すれば、すぐに出て、聖京都に戻る事も出来る。それだけでも問題はない。
僕達はお昼前に館へ潜入した。
グロスとユウが大きな扉を開く。「ギー」と音をたてて開いていく。中は真っ暗で見えなかった。ユウ、グロス、アイカと中へと入っていく。3人が入るのを見届けると、僕は一度コハルを見た。コハルもこっちを見て、軽く深呼吸をして二人同時に館に入っていった。
広いエントランスホールが僕達を迎えてくれた。ガランとした正面口には特に何かがいる気配は感じない。ただ、入った瞬間、館内へと充満する瘴気に身震いをした。
ちょっとやばいかも。早めに退散した方が良いと第六感が心に訴えてくる。しかし、戻ろうとは声に出して言えなかった。
全員で一丸となってエントランスホールを進んで行く。薄明かりが灯っているが、広いエントランスホールの奥までは暗くて良く見えない。ゆっくりと歩いてホールの中央に来た時、アイカが立ち止まった。
「ここ、死狂の館?」
アイカの声が少し震えていた。
「死狂の館?あれは焼け焦げたはずだろ。」
ユウが言葉を返す。そのやりとりに反応して、僕は恐る恐る、入って来た入り口の方を振り返った。
……。
背筋が凍った。
無い……。
入り口が無くなっている。同じように振り返ったコハルが悲鳴をあげた。悲鳴はエントランスホール全体に響いた。全員が現状を理解したのだろう、沈黙が続いた。今言える事は最悪の状況となってしまったと言う事である。
「死狂の館」は冒険者学院時代に座学で学ぶ。
聖京都建国以来、モンスターとの戦いで100名以上の死者を出した戦いが2回存在する。その戦いを人々は魔災害と呼ぶ。
1つ目が「クラーケンとの戦い」こちらは70年以上前に南の漁場に出没したクラーケンを倒す為、100人以上の冒険者と水夫計200人以上の巨大船団を組織して、巨大クラーケンに戦いを挑んだ。結果、ほとんどの人は帰らぬ結末となった。
もう1つが「死狂の館の戦い」30年前突如、魔王城があったアタゴ山麓に館が出現した。冒険者連合は調査団を向かわせたが誰一人帰ってこない現象が続いた。3回目の派遣で数人が命からがら戻って来た。
その報告から死狂館の全貌が明らかになった。館の中には魔王直下のバンパイア3姉妹が住んでおり、そのバンパイアに調査団のメンバーは次々と殺されたと言う事。
バンパイア3姉妹とは魔王大戦で帝国史に記載されているあの3魔女だと言う。
館の特徴は広いエントランスホールから3方向に向けて扉がある、どの扉に入っても奥の別のエントランスホールへと続いている。最大の特徴は入り口と出口が別になっている。一度入ると入り口がなくなり、奥のエントランスホールからしか出る事は出来ないと言う事。
多くの人を戦慄の恐怖に落とし込んだ死狂の館の戦い、最終的には現王率いる王下聖騎隊と選りすぐりの冒険者部隊によって壊滅させたとされている。そして、死狂の館自体も燃えてなくなり、大きな事件は幕を閉じた。この死狂の館の戦いでの死者は100人を越えていた。
「ここが死狂の館?」本来文献に残る場所ではない。魔災害の時はアタゴ山麓、聖京都の北東に位置する。ここ迷いの森は聖京都の南東である。聖京都を中心に考えても南北真逆に位置する。距離も全く違う。館が燃えて移動する?そんな事ありえない。それよりは同じような建屋と考えた方が良い。これは推測?希望的推論?僕達は恐る恐るホールの中央へと歩き出した。
ホール中央へ来ると3つの扉が確認できる。中央の大扉、左右に小さな扉。裏を見ると、入って来た入り口は壁となっている。この構造、死狂の館と類似の館と言って間違いなさそうだ。
「七本槍の道化衆が迷いの森に死狂の館と類似の館を発見。」と、ニュースになるくらいの大発見だが、一番の問題は外に出られるか。生きて帰られるかだ。当たり前だが、奥のエントランスホールへ行かないと僕達は出られない。出口がない。
僕はそれぞれ周りを見渡した。何度見ても入り口はもうない。気のせいか足元が震えている。
僕はリーダーであるユウを見た。彼はどうするのか?
「ユウ!」
僕より先にアイカが異変に気づいた。
ユウの後ろに人影が……。
…………。
その影はユウを裏から抱きしめる様に手をまわして、ユウの首もとにキスをした。いや、噛んだ。
「きゃー」
再びコハルの悲鳴がエントランスホールに鳴り響く。ユウがモンスターに襲われた?全く気が付かなかった。
やばい。どうする?緊張感だけが増す。僕は何をして良いのか、剣を抜くことさえできない。身体が動かない。アイカがとっさに向きを変え、僕達とユウとの間に立ち、ロッドを構えてユウの裏にいる何かにけん制した。
その影はこっちを見た。女性だ。
「いらっしゃい。」
彼女はゆっくりとユウの首筋からキバをぬき、こっちを眺めながら言った。
様相は長身の女性。ワンピースの様な紫色のドレスに黒目の上着を着ている。紫色の長髪に赤い目をしている。少し微笑むと口の両側からキバが出ている。間違いなくバンパイアだ。彼女は一度口を拭ってから僕達を再びなめる様に見渡した。
「ようこそ、死狂の館に。でも、ここを死狂の館って名付けたのはあなた達人間だけど。まあ、いいわ。」
と、そこまで言うと一歩前に出て来た。
「火の壁」
アイカは突然、四方に火の壁を造った。3メートル四方の壁に僕達は入り込んだ。熱い。けど、これで暫く安全地帯を確保出来た。アイカはゆっくりと、僕達の方を振り向いた。
「いい?この壁はもって5分、切れる瞬間に合図をするから、その瞬間に、グロスはすぐに砂煙を使って。そして、ナギトは全員に光のマナをマナ寄せして、くれぐれもあのバンパイアと戦わない事、基本は逃げる。まずは3つのドアから別々に出て、反対側のエントランスホールを目指す、まずはこの館を出る事。それを第一に考えて。」
僕達はうなずいた。アイカの冷静さを心強く思う。
僕は光の石を取り出そうとする。
「あと、4分、用意して……………………うえ!!!」
いきなり、アイカのみぞおちから手が突き抜けてきた。その瞬間、火の壁が消えた。
バンパイアがアイカを手刀で貫いていた。動けない。身体が反応しない。完全に虚をつかれた。
絶命したアイカをバンパイアはゆっくり下に置いた。そして、その血まみれの腕を舐める。
「私ね。人の話を聞かない奴が大嫌いなの。話は最後まで聞いて。」
と言って、手を上に上げたと思うと、粉が部屋全体に振りかかった。粉の様なものだ。吸い込むと肺が、呼吸が苦しくなり、咳き込む。
やばい。毒か?
「これね。ゾンビパウダーって言うの。この粉を吸って死ぬとゾンビになれるのよ。良いでしょ。この館で永遠にさまよえるわよ。」
といいながら、高笑いをした。
「そうそう、ごめんなさい。私、良い豆が入ったから焙煎しないといけないの。だからあなた達の相手が出来ないから、彼女にしてもらってね。」
そう言って、バンパイアはユウを担いで消えて行った。助かったのか?彼女に相手?誰かまだいるのか?
「アイカ!」
突然、コハルが叫ぶ。僕がアイカの方を見ると、アイカが立ち上がった。生きている?グロスがアイカに近づく。
「アイカ、大丈夫か?」
「火炎球」
といきなり、グロスに向かって火炎球を放った。グロスの右の腹に直撃する。
「ぐあ!」
「アイカ、やめて。」
コハルが再び叫ぶとアイカがこっちを向いた。アイカと目が合う。目が死んでいる。みぞおちに穴が空いている。向こう側が見える。完全にゾンビだ。
「コハル」
僕はアイカとコハルの間コハルを守る様に立った。
思考が追い付かない。でも、今は逃げるしかない。アイカを戻す方法やユウを助ける方法など、思いつかない。とにかく、逃げて助けを呼ぶ以外に方法がない。
「逃げるぞ、コハル。体制を立て直さないと、全滅する。」
いきなりアイカが踊り始めた。これは、見覚えがある。「炎演舞」。火炎球を10個程作り出し、近くの敵にオートでぶつける。アイカの必殺技だ。
モンスターに囲まれた時などに使う絶対的な攻撃魔法だ。あの強力な火炎球を10個も作れる。現状、七本槍の道化衆、最高峰の攻撃力を誇る。
しかし、現状敵とは間違いなく。僕達だ。この技の欠点は踊り始めて30秒くらい発動に時間が掛かる。今から、すぐに隣の部屋に飛び込むしかない。
ここには3人しかいない。10個なら最低3個は火炎球を食らう事になる。致命傷だ。ただでさえ、先程のゾンビパウダーで徐々に体力を奪われているのに、ここで食らう訳にはいかない。
「砂煙」
グロスが砂煙を使った。辺りが煙で視界を奪う。
「みんな逃げろ。」
グロスの声が聞こえた。僕はコハルに手を伸ばしたが、コハルがいない。もう逃げたのか?考えている余裕はない。炎演舞の火炎球はオート攻撃、視界は関係ない。
「僕は左から逃げる。みんな。後で落ち合おう。」
と大声を出した、左の扉まで走った。その時、背中に痛みが走る。火炎球を食らった。でも、立ち止まらずに扉へ逃げ込んだ。