第二話「迷いの森へ」②
小一時間後、僕達はそれぞれ準備をして、ナスの前に立った。
対戦のルールは至って簡単。迷いの森近くで落ちている棒を持って来て、その棒で戦う。スキルを使うのは自由。相手の胴に一撃を食らわせるか、相手の棒を折るか手から叩き落とせば勝ち。もちろんスキルの使用は自由。
相手の頭に一撃を当ててしまうと失格。
冒険者学院での訓練で使われるルールと同じである。冒険者学院では専用の武器が用意されているが、ここでは自分にあった棒切れを探す。実は棒探しにおいて既に戦いは始まっている。相手の棒切れを折っても良いなら、強度も重要になる。自分に合った長さを探さなければならない。この棒探しに結構時間が掛かった。
対戦はユウ、グロスそして僕の順番に決まった。2人が連勝、もしくは連敗すれば、僕の出番はない。その事を分かってか、ユウは僕を3番手にしてくれた。実践経験はほとんどないが、この訓練戦は学院時代にやりなれている。伊達に4年も学院に残っていない。目の前にいるのはAランク冒険者、僕の剣技がどこまで通じるか。
今は素直にユウ達の戦いを参考にするしかない。僕は3番手、その利点を出来るだけ使うしかない。自分がどこまで戦えるのか?何か不安と期待の入り混じる感情が込み上げて来た。
スキルは使える。
そこをうまくやるしかない。そう思って、試合前に僕はコハルにあるお願いをした。この戦い、いや、僕の戦いはコハルが鍵となる。頼むぞコハル上手くやってくれ。
時間となった。僕とグロスは戦いの場から距離をとった。宿営地は円形、その円周上にテントなどを張れる様になっている。そして、中央は広場の様なスペースが空いている。今は僕達とナスの隊しか使ってないので、使いたい放題だが、この広場のスペースを戦いの場として見立てた。見学はテントスペースまで出る必要がある。僕とグロスはアイカ達のいるところまで戻った。
ユウとナスの戦いが始まった。
ユウがいきなり攻撃を始めた。相手の様子も見ずに責めるとは、やはり強気だ。
スキル「瞬撃」を叩きだした。
「瞬撃」は相手との距離を一瞬で詰めて一撃を放つ技。弱いモンスターはこの技で真っ2つにする事が出来る。しかし、相手はAランク冒険者、予想以上に手ごわい。ユウの瞬撃を一瞬で受け流した。
このナスって人はかなりのやり手だ。あの棒切れでユウの瞬撃を受ければ、たとえ防げても棒切れが割れる可能性もある。自分なら間違いなく避ける。
多分ユウの狙いも避けた次を考えていたはず。でも、相手は予想の上を行った。
完璧に受けるどころかユウの棒切れの方がはじかれた。下手すれば、ユウの棒切れの方が折れていた可能性もあった。ユウの顔に余裕の表情がなくなった様に見える。
一瞬にして空気が張り詰める。
しかし、ここでも受けに回らず仕掛ける。「瞬撃」で間合いを詰めるが今度は斬撃を出さない。瞬撃を移動に使った。うまい。やはり、スキルの使い方が絶妙だ。
相手の間合いに入ったその瞬間、もう一度瞬撃を放ち身体ごと切りさく気だ。これならユウが勝った?相手も防ぎきれないだろう。
しかし、予想外の展開を見せた。自分も何が起こったのか分からない出来事が眼の前で展開した。相手は場所を一切動かず、ユウだけがナスをすり抜けた。
避けた?何かスキルを使ったのか?
ユウも流石に鳩が豆鉄砲を食らった表情だ。ユウにとってこのナスは最もやっかいな相手かも。
スキルなのか?実スピードなのか分からないが、かなり素早い。素早さで相手を翻弄して戦いを優位に進めるユウのスタンスの上をいっている。
下手に近づくのは危険な気がする。どうするんだ。
ユウが動揺していることが、顔つきや体の動きで分かる。でも、まだ諦めてはいない。
次の瞬間。ユウは「疾風切り」を使った。
「疾風切り」は刃を飛ばす技、空中の敵や相手との距離を取りたい時には便利だ。
でも相手が相手、むやみにスキルを使っても勝ち目が……。
ユウが疾風切りを連発する。
もうやけくそ?
こちらからユウの姿が見えなくくらいに疾風切りを全方向へ繰り出した。いくらマナ量が多いとは言え、ここまでやりすぎると必ずバテる。相手はAランク、その隙を見逃すとは思えないが、徐々に疾風切りの数が減って来た。疲れが出始めている。いや、既に体力の限界に近づいている。疾風切りを繰り出すタイミングが徐々に切れて来た。
やはり限界か、疾風切りが出ない。その状態で動けなくなった。
ナスがいきなりユウの背後に回り一撃で試合を終わらせようとする。その時、ユウがその棒切れに向かって「鎌鼬」を放った。
ナスはユウの攻撃に気づいていた、身体は攻撃を避けようとしたが、剣(棒切れ)を収めなかった。ユウの標的がその剣(棒切れ)であるとも知らずに。一寸の隙を付き、そして折った。
勝負は一瞬だった。
ユウが勝った。すごい。一発逆転、策士だ。本当の試合ならどうなっていたかは分からない。しかし、ルール上ではユウに軍配があがった。
この「鎌鼬」はユウの奥義的スキル。自分の前一メートルの物をぶった切る。防御不可の攻撃ではあるが、自分が動けない上、スキル発動には貯めの時間が必要となり、使い勝手は悪い。しかし、今回は演技力で相手を上回った。僕達はユウの周りに押し寄せた。
「お疲れ、良くやった。」
グロスがユウに肩を貸して、テント近くまで運ぶ。
アイカ達も近寄る。
「ダメかと思った。まさかあれが演技なんて。」
ユウは下を向いた。
「演技ではない。本気だ。あの一撃だけを残してマナを使い切った。演技では勝てない。二人共気をつけろ。ただ者ではない。王下聖騎隊の隊長クラスの実力者だ。」
そう言って、倒れ込んでしまった。マナを使い切ったのだから、疲労はかなりのものだろう。でも、王下聖騎隊の隊長クラスと言っても知らないけどね。その人達がどんだけ強いのかなんて。
コハルが近づき、「さざ波の唄」を使おうとしたが、アイカがポーションで回復させる事にして断わった。
コハルの「さざ波の唄」はさざなみがゆっくり寄せてくるように、ゆっくりと体力と傷を回復させるスキル。使い方次第ではあるが、一瞬に回復出来るような代物ではないので、長期戦には役に立つが、大きな傷や疲れを一瞬で回復出来るかどうかは別問題。
少し日が傾き、風が出て来た。夕暮れが近い。試合はナスが連戦になる為、少し時を空けて再開となった。その間にユウは回復に徹した。少し回復したので、再開前にグロスと僕を集めて作戦会議を行った。
「いいか、相手はかなりの強敵だ。真向勝負では勝てない。だから、グロスもナギトもカウンター狙いだ。一辺倒にならない様に注意しろ、どうするかはそれぞれに任せるが、こっちの狙いがカウンダーと言うのは多分バレている。それでもどうするかだ。」
僕とグロスは暫く考えていたが、グロスが先に回答した。
「やっぱり俺には作戦なんて野暮な戦いは向かない。全力でぶつかってやる。」
そう言って、作戦会議を無視して、戦いの場へ向かってしまった。
「お、おい!」
僕とユウはグロスの後ろ姿を見送りながら、お互いに顔を見合わせた。グロスはお調子者だが、真は実直で、真面目。いくら作戦を立てても、下手な芝居は打てない。グロスのやりたい様にやって貰うしかないのだろう。
2試合目が開始された。
グロスは武道家資質、だから、剣を普段は持たない。棒切れはナイフより短い長さにして両手に持って戦い。胴部分以外はどこに攻撃を当てられても、防御となる。案外武道家に取ってはこの戦いは有利でもある。防御に徹してのカウンターは作戦的には悪くないが、あのナスにどこまで戦えるかが問題である。
グロスがゆっくりと構えながら間を詰める。ただ、カウンター狙いがバレバレではある。一歩一歩、防御の構えのままナスとの距離を縮めていく。ナスも構えたまま動かない。
グロスにはユウ程のスピードはない。反射スピードもユウには劣る。ナスがもし、一瞬でさっきのスピードでグロスを切れば勝負は付いている。しかし、ユウの奇策がここでも功を奏しているのか、向こうも慎重に隙を伺っている。
お互いの距離が2メートルくらいになった時、ナスが仕掛けて来た。剣を横に一振りした思えば、剣閃のが飛んで行くように見えた。グロスが「土の盾」使い、その剣閃を止めた。次の瞬間、グロスは「砂煙」を使った。辺りが砂埃で何も見えなくなった。
先程使った「土の盾」は地面を盛り上げ、相手も攻撃を防御する技、場合によってはその盛り上がりで相手を攻撃する事も可能。難点は下が土でないと威力が落ちる。
そして、「砂煙」は砂埃をたてて相手の視界を奪う。自分は砂煙の中から相手を捉える事が出来れば、防御、攻撃一貫した技だが、残念な事に、自分もその視野を奪われる。一瞬の目眩しには有効だが、その砂煙の中での長期戦は結果、不利になる。
グロスのスキルはこの2つだけ。あとは格闘能力のみ。しかし、このスキルを上手く使って戦ってきた。ユウとアイカもグロスの力を評価している。
砂煙が消えていく。
グロスが立ち尽くしていた。両手に持っていた棒切れをナスに奪われていた。完敗の様だ。これで一勝一敗。僕の結果で全ては決まる。簡単には負けられない。
コハルの方を見る。コハルが準備完了の合図をくれた。やるしかない。今度は僕が試合の場へゆっくりと歩いていった。
ハンディなのか、それとも疲れていないのか、今回は休憩なしで試合をする事になった。僕は棒切れを握る。緊張する。深呼吸をして、ゆっくりとスキルを唱える。
「マナ寄せ、開眼」
試合が始まった。
ナスの動きが分かる。身体全体にマナを回して動いている。だからあんなに早く動けたのか。通常攻撃ならかわせそうだ。問題はスキル。
いきなりナスから仕掛けて来た。右肩にマナの力を感じる。突きが来る。いや、左肩にも同じ力が……。
2段突きか。瞬間を見定める。来る。
僕は右の肩を奥にひっこめると同時に突きが来た右の方に身をかわした。予想どおり、左肩のすぐ横を突きが通り過ぎた。ヨシ!上手くかわす事ができた。
こっちに猶予を与えず、向こうが再び攻めて来た。今度は正面から一撃を繰り広げてくる。
いや、何かがおかしい。斬撃は背中から狙っている様なマナの力を感じる。
前は囮か?
しかし、ここで裏を向けば正面の攻撃をそのまま受けてしまう。だが、正面からマナの力を感じない。迷うな。相手のスピードについていく力はない。それなら、直感を信じるのみ。
僕は後ろを向いてマナの力を受け流す様に剣先を構え防御の体勢を取る。
マナの力の流れどおり、後ろから斬撃が飛んできたが、無事に処理出来た。この斬撃は蜃気楼切りの類だった。あのまま正面に集中していたら負けていた。
ただ、1つ気が付いた。このナスには大撃を出した後、右脇に隙が出来る。攻撃をかわして右脇に一撃を入れれば勝てる。しかし、チャンスは一度だけ、警戒されていない最初の一撃がチャンス。
僕に向けてマナが飛ぶ、再びナスが攻撃を仕掛けてくる。なんだ。凄いマナの波動を感じる。やばい空間系スキルを使ってくる。これはかわせない。多分、かわしてもダメージを食らうタイプの攻撃だ。逃げる場所もない。
目の前のナスに、右脇に隙が見える。ナスの攻撃と同時に脇を狙う。カウンダーだ。ナスの棒切れに莫大な量のマナが濃縮されて集まっていく。やばいタイプの攻撃だ。
次の瞬間、「暫圧切り」という声に合わせて、斬撃が飛ぶ。斬撃というより、暫圧が僕の身体全体を押し付けている状態だ。まだ棒切れを振りかぶり始めたばかりなのに。このままでは僕の棒切れが粉々になる。
今しかない。右脇を狙うんだ。逃げるな。ふと脳裏に「罠?」という思いが浮かんだが、攻撃を変える時間はなく、ただひたすら右脇に一撃を繰り出した。
相手の攻撃が完成する一瞬の合間に僕の棒切れはナスの脇腹に当たった。しかし、その当たったと同時に暫圧切りが炸裂して、棒切れは粉々に砕け散り、僕の身体もはるか後方に吹き飛ばされた。
僕は勝ったのか、負けたのか分からないまま。暫く倒れたままだった。動けなかった。