第五話 死狂の館と魔女①
迷いの森は2段階で不思議な結界が施されている。最初は外側と中心部を隔てる結界。そして2つ目が死狂の館を取り巻く結界。
1つの結界の中へと入る度に空間が暗くなる。死狂の館にたどり着くころには辺りは形容しがたい闇に館が覆われてる。
「死狂の館にぴったりな風景だな。」
ライガは死狂の館を見上げて言った。館は昨日同様、静寂にたたずんでいた。
初めてこの館に入って既に一日が過ぎている。グロスとコハルが今も生きている確証はない。もう既に脱出しているかもしれない。むしろそうあってほしい。館内も謎のままである。バンパイアが何体いるかも不明であり、構造も1つの扉を通って奥へ抜けただけだから、他の扉の中に何があるのか全く分かっていない。
今回の探索において、約束事項は2点、1つは3つの扉の内、1箇所を選んで仲間がいてもいなくても脱出する(戻らない)。もう1つは、バンパイアが出現した場合は、すぐに逃げる。「このルールを死んでも守れ。」ライガが突きつけて来た館を探索する条件であった。
ライガが館の扉に手を触れ、僕の方を無言で見た。これ以上進めば、後戻りは出来ない。緊張が全身を突き抜けて反響する。
ライガがゆっくりと扉を開けて、中へ進んでいく。だめだ。緊張で足が出ない。動けない。あのバンパイヤの顔が脳裏全体に映し出されてくる。震えが、僕はどうすれば。
僕はいつの間にかエントランスホールの中にいた。ライガがゆっくりと全体を見回している。
「懐かしいな。ここはやっぱり死狂の館だ。」
背後に目をやるとやはり扉はなく、壁となっていた。
その時だった。
感じた。さざ波の唄と水滴が僕の中に流れ込んできた。
コハルは生きている。
「マナ寄せ開眼」を使った。コハルの水滴を利用して、開眼が使う事だ出来る間違いなくコハルは生きている。コハルのマナを追うと右の扉の奥を示している。マナは汚れていない。ゾンビにはなっていない。大丈夫だ。隠れているのか?
と、その時、エントランスホールの中央大扉の前に、闇に巻かれた澱んだマナを感じた。このマナは……グロス。
「ライガさん、中央扉前。」
「分かっている。」
ライガは既に戦闘態勢になっていた。
「相手は武道家資質、スキルは土の盾と砂煙、探している元仲間です。」
「分かった。」
僕は光の石のマナをライガの槍に寄せた。
キグナスに確認した内容だが、現代の治療、治癒ではゾンビを直す事は出来という結論だった。だから一気に倒すのが、僕達が出来る最大の弔い方法。
「あのゾンビの胸の部分にマナが集まっています。」
「ありがとよ。」
そう言って、ライガがグロス、いやゾンビに向かって攻めようとした時、ゾンビもこっちに気が付いた。
「砂煙」
その時、砂煙がこっちに飛んできた。こんな芸当が出来るのか?今までは自分中心に半径2メートル程を砂の煙で視界を防ぐだけなのに。砂煙の中心を変えられる?でも、視界で追えなくても、マナで方向は分かる。
右に移動しながら、こっちに向かってくる。
「右斜め前方からこっちに向かってきます。」
「2メートル以内に入ったら合図をしろ。一気に叩く。」
4、3、徐々に一気にこっちとの距離を詰めている。
「今です。」
「2段突撃の槍」
ライガがスキルと使うと同時に向こうもスキルを使う。「土壁」とガードを入れた。
「壁ごと突き刺す」
その時、グロスのマナがライガの後ろに移動した。砂煙が徐々に消えかかって、両者の姿をとらえられるなった。ライガは右前方の土の壁向かって突きを出そうとしている、その背後でライガを狙ってこぶしを突きだそうとしているグロスがいた。
「ライガさん後ろ。」
僕は大声で叫んだ。
次の瞬間、槍の突きが土の壁を貫くと同時にグロスの胸を胴体ごと吹き飛ばした。グロス、いやゾンビの身体はそのまま倒れて、黒い煙の様になって昇っていった。
「大丈夫ですか?」
僕はライガに駆け寄った。「何が?」という顔つきで僕にこぶしを突きつけて来た。
「ありがとな。最高の援護だった。」
ライガは槍の柄を肩に置き、さて、行こうかと出発を促した。グロスは衣服全て煙となって消えて無くなっていた。
「ライガさん、ゾンビになって死ぬと煙になるんですか?」
ライガは首を傾げた。
「いや、俺が見たのはどろどろの液体となって溶けた事しか覚えていない。個体差があるのか?とにかく、急ぐんだろ。感傷に浸っている時間はあまりないぞ。」
そうだ、コハルは?僕はもう一度マナ寄せ開眼を使った。コハルは移動していない。動かないが生きている。
「ライガさん、右の扉です。」
「分かった。」
僕達は次の扉に踏み込んだ。
扉を開くとそこはジャングルだった。
ジャングルは言い過ぎだが、温室の様になっている。ただ、目で見て、ツタが自発的に動いているのがわかる。植物系モンスターの一種だろう。マナ寄せ開眼で見ると、ツタは10本、しかし、実際は1体の植物系モンスターがいるだけだった。
その植物の左斜め裏にコハルがいる。隠れている様だ。ここで下手に声を掛けるより、このモンスターを倒す方が得策。僕は再びライガの槍に光の石をマナ寄せした。
「ライガさん中央右の大きな幹の木が本体です。木の中央部にマナが集まっています。あと、ツタが10本、あります。」
「分かった。俺はこのまま突撃する。右側4本のツタはお前に任せる。防げ。」
「え?ちょっ。」
こちらが何か言う前にライガは本体めがけて突っ込んでいった。ツタがライガに向かって来るがライガは気にせず本体へ向かって進んでいく。今はライガのサポートに全力を尽くすしかない。僕も右側のツタに攻撃を仕掛けた。ツタは4本、意識がある様で、一本のツタを切って前に立つと僕を敵と認識した様子でこっちに向かってきた。攻撃はシンプル。鞭の様にしなって攻撃をするか、矢の様に直線状に飛んでくるか。どちらもそこまでスピードはない。開眼で攻撃のタイミングは予想出来ている。ただ、何度切っても次々と復活するかの様に出てくるのは厄介である。
戦いを始めてあるミスに気づいた。ライガの槍と僕の剣に光の石のマナをマナ寄せしたが、あまり効果がない。どうせなら、火のマナを寄せればもっとダメージを与えられただろうに、あいにく火の石を持ち合わせていない。
そもそも、マナの石、その上のマナの鉱石は高価であまり手が出せない。「七本槍の道化衆」はアイカが火のマナ、コハルが水のマナを使う為、その力を利用する事が出来るから、光の石しか購入していない。
光の石もマナ寄せをしていくと、マナを失っていくのがわかる。あと、使って数回。貴重なマナを無駄に使ってしまった。
ふと気づくと、ライガのマナが増幅していた。ライガを見ると、左足にツタが巻きついている。このままではまずい。あのツタを切らないと、僕は方向展開したその時、目の前のツタに僕の右肩が攻撃された。
ダメだ。援護できない。目の前の敵で精一杯だ。
ライガのマナが最大に増幅した瞬間。
「百段突撃の槍」
目にも留まらない槍の攻撃が正面の本体向かって放たれた。開眼でも何が起こっているのか捉えきれない。ただただ、マナの閃光が相手に向かって放たれているとしか分からなかった。
数秒だった。
ライガの前方にある空間自体が無くなった。いや、丸くえぐり取られた。ツタもマナを失い、その場に落ちていった。
この人、強い。本当に王下Bランクなのだろうか?前に会ったAランクのナスより、強そうに思える。ナスは全身にマナを通して身体能力をあげていた。この人はマナを使わず、この人本来の身体能力でこの力を出している。何者なんだろう。
「ナギト、大丈夫か?」
「あ、はい。」
肩にダメージを負ったが、コハルのさざ波の唄がある為、既に癒えてきている。
そうだ。コハルは?
僕はコハルが隠れている思われる所へ走っていった。
「コハル。大丈夫か?」
返事はない。でも、マナはコハルのものだ。大丈夫だ。と心の中で言い聞かせながら、コハルの元へ向かった。この温室の様な部屋が何の目的に使われていたかは分からないが、床の部分が大きな積み木を置いた様に四角く飛び出した部分もあれば、四角く下がった部分もある。そのくぼみの部分に洞穴の様な窪地が出来ていた。
この中にコハルがコハル?
僕はコハルを呼びながら、この中を覗いた。その瞬間、心臓が止まりそうになった。
大きな石、いや、石像?が置かれている。マナはコハルのものだ。石化した?どうして?
「これは魔晶石化か?」
魔晶石?
「魔晶石は支援系資質の最終スキルとも言われている。実際に使った人はこの様に魔晶石となる。自分の命を魔晶石へと変える代わりに、マナが尽きるまで、スキルを使い続ける事が出来る。元々持っているスキルなのか?死を覚悟した時に発動するスキルなのかは不明だ。実際に使った人はこの様に魔晶石となってしまうから、調べようがない。」
「コハル。」悲しみが込み上げて来た。
「助ける事は出来ないのですか?」
「無理だな。魔晶石となった者はマナを失って消えるまで、動かす事も出来ない。そしてマナを失えば、崩れ落ちていくだけだ。」
そんな。どうして。
「コハル!」
僕は大声で叫んだが、返事は何も帰ってこなかった。ただ、ただ、涙があふれて来た。涙を垂れ流すしかなかった。ライガが僕の肩に手を置いた。
「行くぞ、あまりここに長居は出来ない。」
そうだ、ここは死狂の館、僕は冒険者、「七本槍の道化衆」の臨時隊長なんだ。任務を全うしないといけない。感傷は置いておくしかない。
コハルやグロスの救出は出来なかった。でも、この館の事を世間に知らせるには、僕達が無事に帰還しないといけない。そして、今度こそ、聖騎隊を送ってもらって、死狂の館の戦いを終わらせるんだ。
僕は立ち上がった。そして涙を拭き。
「行きましょう。」とライガに言った。
その時、「あら、もう帰るの?寂しいわね。」と聴き慣れた声が聞こえた。
僕は開眼を解いていた事にその時後悔した。
「バーブル。」
ライガの目線の先には紫色のドレスに黒の上着を着た、暗闇の魔女、バーブルが立っていた。




