98 不器用な子供たち 前編
シアたち四人は、とりあえず腹ごしらえのために食堂に向かうことにした。本当であれば、先に荷物を置きに部屋に行きたかったが、いくらスパティフィラムでもどの部屋を使っていいのかわからなかった。と言うか知るはずがなかった。
馬を厩舎に入れてから、スパティフィラムの案内で、オストア要塞の薄暗い廊下を食堂へと進んでいると、その途中で、黒いスーツに身を包んだ年老いた白い髪の女性に会った。歳の割に背筋はピンとしていて、見るからに厳格そうだった。
女性は、四人を見ると一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに深々とお辞儀をした。シアは、エルはあんなこと言ってたけど、流石お姫様だな、と思った。しかし、女性がお辞儀していたのは、スパティフィラムにだった。
「お久しぶりです、お坊ちゃま」
「お坊ちゃまは止めてくれ、ワトキンズ。私はもう貴族ではないのだから」
スパティフィラムは苦笑いで言った。
「いいえ止めません。貴族であろうが四天王であろうが、執事であろうが、私たちにとってはいつまでもお坊ちゃまなのですから」
ピンシャンとしていて、黒いスーツをビシッと決めた厳格な老婆。その姿に、シアは父方の祖母──祖母の場合は着物だったが──を思い出して、思わずヴェルフの後ろに隠れた。なぜだかエルまで隠れていた。驚いているシアの顔を見て察したのか、エルは小声でこっそりと言う。
「スパティフィラムは元々貴族なの。先生はそこの執事で…しかもかなり偉いみたい。なんでか知らないけど、一時期わたしの教育係をしてくれてて、今でもちょっぴり苦手なの」
ワトキンズは、見た目通り礼儀だったり作法だったりに凄く厳しい人だった。王族でありながら、そういうことにあまり関心のない両親に育てられていたエルは、事あるごとに注意された。窓から外に出ないといった一般的なことから、王族としての立ち居振舞いまで、様々なことを叩き込まれた。エルがカレルセでお姫様を演じられたのは、ひとえに彼女の教育のおかげだった。
「お嬢様」
突然後ろから声がして、隠れていた二人はハッとした。振り返ると、ワトキンズが立っていた。
(い、いつの間に……!?)
シアは驚いた。
「そんなところに隠れて、何こそこそしているのですか?」
怒っている風ではないただの質問なのに、彼女の纏っている厳格な雰囲気なせいか、シアとエルは緊張した。
「いえ、隠れていたわけではなく、ただ彼がわたしたちと比して大きくて、たまたま後ろに立ってしまってただけで……」
エルは、両手を振って言い訳した。そうなんです、と言わんばかりにシアも必死に頷く。しかしワトキンズは聞いていなかった。
「まあ! 何ですか、その服装は? 騎士でもないのに鎧なんか着て。それにその盾! 家宝の盾はどうしたのですか!?」
「えっと、これはその──」
「そんなことより、なぜワトキンズたちがここにいるんだ?」
エルが答えに困っていると、スパティフィラムが助け船を出した。ワトキンズは軽く吐息を漏らすと、スパティフィラムに視線を戻した。
「……亡命者の皆様がしばらくここで暮らすことになりましたので、旦那様の命で、我々が彼らの身の回りのお世話をすることになったのです」
「評議会はカレルセには関与しないはずではなかったのか?」
「左様でございます。ですがここは国境線上、厳密に言えばどちらの領土でもありません。そして亡命者の皆様は、まだマギアに入れないとしてもすでにマギア国民であることには変わりません。ですから、評議会はカレルセには関与していないのです」
「なるほど、そういうことか……。そうだ、ワトキンズ。悪いが、四人分の部屋を用意してくれないか?」
「かしこまりました。ではその間に、お食事でもいかがですか? 久しぶりのお坊ちゃまの姿に、コックたちも皆喜ぶでしょう」
お坊ちゃまは苦笑いした。
「ありがとう、そうさせてもらう。ああ、食堂の場所は知っているから案内はいらないよ」
「では、失礼します」
ワトキンズはもう一度お辞儀すると、いそいそと去っていった。
「じゃ、案内頼むぜ、お坊ちゃま」
ヴェルフがニヤニヤと言った。
オストア要塞の食堂は、要塞だけあって広かった。大量のテーブルとイスが並べられている広間の奥に厨房があり、高いコック帽を被ったコックが数人いた。食事している者が誰もいないからか、コックたちは皆、じっとこちらを見つめていた。
「ああー、すまないが、料理を…五人分作ってくれないか?」
スパティフィラムが遠慮がちに聞くと、
「もちろんです。お坊っちゃまのためなら、喜んで腕を振るわせて頂きます」
コックたちは二つ返事で了承し、早速調理を開始してくれた。食材を切るリズミカルな音が鳴り響く中、シアたちは、厨房近くの端のテーブルに着いた。
しばらくすると、要塞とは思えないほど豪勢な料理が次々と運ばれてきた。それも大量に。
分厚いステーキに、ローストビーフ、ローストチキン、ピザ、グラタン、フライドポテト、マッシュポテト、焼き立てのパン、サラダ、山盛りの果物。そして一際異彩を放つエメラルドグリーンのカレー。もちろんカエル付き。
「マイさんのカエルカレー!」
「マイの特製カレー!」
子供二人が顔を輝かせて言った。
「ええ。昨日は四天王のマイさんがいらしていて、帰られるときに作っていかれたのです」
給仕してくれたコックは、少し不機嫌そうに言った。腕を振るった自慢の料理よりも、カレーに喜んでいるからだろう。しかし、
「しかも二日目!!」
「やった!!」
子供二人はさらに喜んだ。悪気があるわけではない。スパティフィラムは慌ててフォローする。
「いやぁ~、どれもこれも美味しそうだな。久しぶりのお前たちの料理、堪能させてもらうよ」
「そうだよな。いくら旨くても、カレーじゃ酒の肴にゃあならんからな」
ヴェルフが意味深に言った。コックはハッとする。
「これは失礼しました。何かお好みはありますか? ここは要塞なので、種類は限られてますが」
「テキトーにオススメをくれ」
「お坊ちゃまはいかがなさいますか?」
「そうだな、せっかくだし私も一杯貰おう」
「お嬢様方はいかがなさいますか? 果物があるので、お好きな物でジュースを作ることもできますよ」
「じゃあリンゴジュースをお願いするわ」
「あっ、オレも同じのをお願いします」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
コックが厨房に戻るのとほぼ同時のタイミングで、ウィンストンと王の盾の兵士たちが食堂に入ってきた。ヴェルフにやられた兵士たちは皆、軽症だったらしい。
先客のシアたちを見ると、王の盾は一番遠いテーブルに向かい、ウィンストンは手を振りながら近づいてきた。
「いやぁ~待たせたね。急な事で向こうも大変そうだったけど、明日の朝一で転送魔法使えるようにしてもらえたよ」
「助かったよ、ウィンストン」
「ありがとね、おじさん」
「なんのなんの、これも職務の一部だからね」
ウィンストンは笑ってそう言うと、テーブルの上の料理を見て顔を輝かせる。
「おっ! 今日の夕食はいつもより豪華だね。私もご相伴に預からせてもらうよ、スパティフィラム様」
「また太るぞ?」
スパティフィラムが冷ややかに言ったが、ウィンストンは、
「なぁに、今日はいっぱい動いたからな。たらふく喰っても大丈夫だ」
と、あっけらかんと言った。これは痩せないな、全員がそう思った。
コックがドリンクを持ってきてくれた。もちろん、ウィンストンの分も。
「じゃあ、エルちゃんの王位継承戦の成功を祈って、乾杯!!」
シアは、全種類を少しずつお皿に取って頬張った。マイのカエルカレーはもちろん、コックたち自慢の料理はどれもこれも大層美味しかった。流石は貴族専属のコック、シアは感動さえ覚えた。
「うん、懐かしい味だ」
スパティフィラムがボソッと呟いた。シアは、ふと疑問に思った。
(スパティフィラムさんは何で貴族を止めた? のだろう?)
だが、そんな踏み込んだ質問をする勇気はなかった。そこでもう一つの疑問を聞いてみることにした。
「ところで、王の盾がマギアに入れないってのは、何か理由があるんですか?」
本人たちが同じ食堂にいるので、シアは一応、声を落として訊ねた。
「マギアは大気中の魔力が濃いからね、安全のためにそれなりの魔力耐性がないと入れないんだ」
「えっ、オレは!? オレは大丈夫ですか?」
「大丈夫、君はドミニクのお墨付きを受けているから」
「よかったぁ~」
ウィンストンにそう言われて、シアはホッとした。
「もちろん、君も大丈夫だぞ、ヴェルフ君」
「ハッ、当たり前だ。俺は、いつまでもウジウジしてる、染みったれたヤツらとは違うからな」
ヴェルフは、鼻を突き上げて自信満々に言った。王の盾に聞こえるように、あえて大声で。シアは焦った。
「あぁ~~、大声でそんなこと……」
「あ? お前だって気付いてンだろ、ウジウジジメジメしたアイツらの視線」
「それは……」
確かにシアも感じていた。部屋の隅から自分たちを見る、王の盾の視線を。
「せっかくのご馳走が、陰気臭いヤツらのせいでマズく──」
「黙れッ!」
兵士の一人が、テーブルを叩いて立ち上がった。
「隊長たちは最初から入国できたのに、弱い我々に付き合って、ここで一緒に訓練してくださっているのだ!!」
「ハッ、仲良しこよしで結構なこった。ああ~、だからさっきの戦いでも、まとめて俺に倒されたってわけか。部下思いの隊長で泣けてくるゼ」
ヴェルフは、バカにするように冷たく笑った。
「なんだとぉ!!」
「隊長を馬鹿にするな!!」
王の盾たちが次々と立ち上がった。人狼に勝てないことは分かっていた。それでも尊敬する隊長を馬鹿にされて黙っていられなかったのだ。
「待て、お前たち!」
隊長は止めようとしたが、怒っている部下たちには届かなかった。
「おっ、いいね。そっちの方がジメジメしてるより百倍マシだ」
ニヤリと笑うと、ヴェルフも立ち上がった。
「食事中なんだから、ここで暴れないでよね」
エルが釘を刺した。ヴェルフは、フッと軽く笑う。
「おいおい、酒の席で暴れるなんて、俺はそんな野暮なことしねぇよ。お子ちゃまは知られねぇだろが、こういう席でのケンカはコレよ」
ヴェルフは、酒瓶を掲げて叫んだ。
「呑み比べだぁあ!!」
それから三十分も経たないうちに、食堂はバカ騒ぎの大盛り上がりになった。
「ハッハッハ! ウジウジしてても強くはなれねぇからな。今日のうちに全部発散しちまって、明日からはカラッともっと頑張れ」
「ハイ、先生! もっともっと訓練して、貴方よりも強くなってみせます!!」
険悪なムードはどこにいったのか、ヴェルフは兵士たちと肩を組んで酒を酌み交わしていた。ウィンストンも一緒になって今日の運動量を遥かに超える酒をかっくらい、へべれけになって倒れている兵士までいる始末だった。
未成年の二人は酒の力のスゴさと恐ろしさを同時に感じながら、スパティフィラムの提案で、バカ騒ぎに加わらず節度を持って飲酒しているちゃんとした大人たち──スパティフィラムとドレスラー、それとコックたち──と一緒に、美味しい食事と楽しい会話を存分に堪能した。




