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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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96 国境要塞、再び  

「起きて、シア」

  遠くの方から、自分を呼ぶ優しい声が聞こえてきたような気がした。しかし、シアは目を開けようとはしなかった。熟睡しているシアを覚醒させるには、その声は優しすぎたのだ。声の主もそれに気付いたのか、今度は大きく息を吸った。

「起きなさい、救世主!!」

 流石のシアも、それにはビックリして飛び起きた。そして、ゴンっと頭をぶつけた。

「何やってんのよ。起きろとは言ったけど、飛び起きちゃ危ないじゃない」

 心配と呆れを二対八でミックスさせたような声でエルが言った。

「う、うん……」

 曖昧に返しながら、シアは椅子に座った。

(オレ、いつの間にか寝ちゃってたんだ……)

 覚醒しきっていないせいか、それともぶつけたせいか、シアはまだぼんやりとしていた。どれくらい眠っていたのか分からないが、まだ目的地には着いていないらしい。馬車が動いているのを感じる。痛みと眠気に閉じていた目をゆっくりと開けると、目の前にはエルがいた。

「あれ、エル……? ヴェルフは?」

「ヴェルフは前よ、キミが窮屈そうに寝てたから席を代わったの」

 自分も寝ていたのに、それを隠すようにエルは平然と言ってのけた。すると、前の御者席からからかうような声が聞こえてきた。

「なに偉そうに言ってンだ、自分も寝──」

「あーー! そんなことより!」

 エルが、大声でヴェルフの言葉を邪魔した。

「外見てみなさい、シア。もうすぐマギアとカレルセの国境の、オストア要塞が見えてくるはずよ」

「……?」

 エルが真っ赤になっているのも、邪魔されたヴェルフが面白そうに笑っているのも、シアには不思議だった。オレが寝ている間に何かあったのかな? と思いながら、シアは言われた通りに左側の窓から外を見た。

 馬車は森の中を走っているようだった。窓の外には、青々と繁った深い緑が広がっている。その遥か奥の方、木々の間から、地平線のように広がる巨大な赤茶色の壁が見えた。女神様の子供が創った壁、ナディエ・ディエである。

「うわぁ~、やっぱりスゲーーー!」

 何度見ても雄大なナディエ・ディエに、シアは感動した。てっぺんが雲に隠れるほど高く、端もわからないほど長い、剥き出し赤茶の岩壁は、圧倒的な威圧感と力強さを感じさせる。これより凄い壁があるなんて到底信じられない。

 そのとき、シアはふとおかしなことに気が付いた。

「この馬車って、まだ東に向かってるよね?」

「そうだけど……」

 エルは少し首を傾げた。

「じゃあなんで、左側こっちの窓からナディエ・ディエが見えるの!?」

 ナディエ・ディエは、カレルセをLを逆にしたような形で囲っている壁のはずだった。東に向かっているのなら、北側こっちに見えるはずがない。

「ああ~、何言ってるのかと思ったらそういうことね」

 エルは、一人で納得したように頷いた。

「ここはもう、女神様が魔法で創った道──マギエストラーダ峡谷の中よ」

「え……?」

 一瞬、シアの頭の中が真っ白になった。峡谷? スパーダストラーダ峡谷と同じ? だが、草一本生えていなかったスパーダストラーダ峡谷と違い、ここには森が生い茂っている。

「ここが、峡谷の中……?」

 シアは確かめるように聞いた。

「そうよ」

 エルはあっさり言った。

「マジッ!?」

 驚いたシアは、窓から身を乗り出して前方を見た。森の中を真っ直ぐ延びる道があり、その先には、何処までも広がる青い空しかなかった。

 東に進んでいるのなら、ナディエ・ディエが見えるはずなのに!

 シアは慌てて右側を見た。左側と同じように深い緑の森があり、その遥か南に巨大な壁があった。確かに、ここはナディエ・ディエに挟まれた道だった。シアは呆然と呟いた。

「これが、女神様の創った道……」

 スパーダストラーダ峡谷──女神様の子供が剣で斬り開いた道──も人間にとっては十二分に広かった。しかしここは、スパーダストラーダの何倍も広く、もはや谷であった。女神様の子供が創った道よりも何倍もスゴい道があるのだから、女神様の創った壁よりスゴい壁があっても不思議ではない。シアは考え改めざるを得なかった。

「前をご覧ください、シア様。あれがオストア要塞です」

 御者席のスパティフィラムが前を指差した。シアは、身を乗り出したまま前を見上げた。

 空が、青かった。

「……空しか見えませんけど」

「……もっと下でございます」

「あっ……!」

 と、シアは声を漏らした。思い違いをしていたのだ。全てがスパーダストラーダよりも凄いマギエストラーダ。だから、当然のようにズートア要塞よりも凄い要塞を想像して見上げたのだったが、よくよく考えてみれば、要塞はどちらも人間が造ったモノだった。

 視線をどんどん下げていくと、建物が見えた。ズートア要塞とは比べ物にならないくらい、ショボい建物が。

「あれが……オストア要塞?」

 道の先に、軍事要塞というより砦のような建物が建っていた。一応、森に呑み込まれないよう建物周辺の木々は伐採されており、ぽっかりと開けている。そして建物の奥には、ちょっとやそっとでは越えれない高さの鉄柵が敷かれていた。シアは、静かな森にひっそりと建つ小さな古城のようだ、と思った。ズートア要塞と比べなくても国境を守るのに不十分ではないか、とも思った。

「そうです。我々から攻めることはなかったので、この程度の施設で十分だと思われていたのでしょう」

「あーあ、この要塞が、俺たちとの国境だったら簡単に落とせたのにな」

 確かに、と思いながらシアは馬車の中に戻った。それから、もしズートア要塞とオストア要塞が逆だったとしても、マギアは簡単に落とすんだろうな、と思い、案外カレルセは理にかなってたんだ、と、一人感心した。無論、それはシアの考えすぎで、カレルセはただただマギアのことを過小評価していただけであった。

 

 そこからしばらく進むと、馬車が急に止まった。車窓から見える景色はまだ森だった。が、そんなことに気が付かないシアは、

「着いたんだ」

 と、何も考えずに扉を開けようとしたが、エルに止められた。

「まだ降りない方がいいわよ」

「えっ」

 と、シアがエルの顔を見たとき、外から殺気立った声が聞こえてきた。

「大人しくお縄につけ、人狼ッ!!」

 森の出口に、盾を構えた兵士たちが進路を妨害するように並んでいた。どうやら、彼らの目にはヴェルフしか映っていないようであった。彼らの位置からでは、御者席に座っている二人──存在感のある人狼と影の薄い執事──しか見えないので、仕方ないといえば仕方ない。

 その兵士たちの鎧に、シアは見覚えがあった。金と赤の豪奢な鎧。

「王の盾ッ!?」

 アデル王直属の精鋭部隊、王の盾。シアが見たことあるのは、その中でも『外』と呼ばれるごろつき連中だけだった。しかし、目の前にいる彼らは明らかに『外』とは違う。構えている姿からも分かった。彼らが本当の王の盾だと。

 シアはビビった。が、他の三人は平然としている。

「オイ、どっちの姿でも大丈夫って言ったよな?」

 ヴェルフが、隣のスパティフィラムに文句を言った。スパティフィラムはそれをスルーする。

「そういえば、最近王の盾がマギアに亡命したと聞きました。彼らがそうなのでしょう」

「いや、そんなこと言ってンじゃなくて」

「おそらく、彼らではまだマギアの魔力には耐えられないので、ここで訓練しているのでしょう」

「いやいやいや、そんなことでもねぇ……訓練?」

 その一言で、不満げだったヴェルフがニヤリと笑った。

「ちょうどいい。一暴れしたかったとこなんだ、俺がいっちょ揉んでやるよ」

「ちょっと待って! 亡命したんなら彼らは敵じゃないんじゃ」

 シアは、慌ててヴェルフを止めた。が、エルはあっさりと言う。

「まぁ、殺さないならいいんじゃない?」

「そうこなくちゃ」

 そう言うと、ヴェルフは馬車から飛び降りた。王の盾に緊張が走る。

「シア様、どうぞこちらへ。人狼の戦闘は勉強になるでしょうから」

 スパティフィラムが客車の扉を開けて言った。シアは、エルの顔を見た。

「わたしは中でいいわ。流石に彼らもマギアの姫(わたし)の顔は知ってるでしょうし」

 それなら戦わなくて済むじゃん……。シアはそう思ったが、言わなかった。自分以外の全員がすでに戦う気満々だったからだ。

 シアは、仕方なくスパティフィラムに連れられて御者席に座った。一段高くなっている御者席からだと、王の盾の陣形が一望できた。

 王の盾は、重装備の兵士たちを前衛にし、後ろに魔法部隊を控えさせていた。後ろで守られた魔法部隊が、前衛の兵士たちを援護する鉄壁の陣形である。

「こんなにいるの!!」

 思っていた以上の大部隊に、シアは目を見張った。パッと見だが、百人くらいはいるように見えた。

「ヴェルフ一人で大丈夫なんですか!?」

「彼もそこに座っていたので大丈夫でしょう」

 言われてみればその通りだった。ヴェルフはこれを見た上で飛び出したのだ、大丈夫に決まっている。

「よっしゃ、かかってこい!」

 ヴェルフは吠えると、剣を抜いた。兵士たちにさらに緊張が走った。

「て、抵抗する気かっ!?」

 人狼の放つ迫力に、兵士たちは思わず後退りしそうになった。それを力強い声が止める。

「狼狽えるな! たかが人狼一人、全員でかかれば倒せる!!」

 それは先頭にいるマント付き、王の盾副隊長カルの声だった。怖じ気付いていた兵士たちに勇気が宿る。

「訓練の成果を見せるぞッ!!」

「オオーーー!!」

 ヴェルフのことを敵だと思っている王の盾は本気だった。その証拠を示すように、カルはさらに叫んだ。

「魔法部隊! 『アイギス』展開!!」

 カルの号令で、兵士たちの前面に巨大な半透明の壁が創られた。

「バリア!?」

 シアは驚いた。

「ほぅ、複数人で創り出しているのですか」

 スパティフィラムは感心したように呟いた。

「ドブルスたちを止めた魔法の盾か……。人数が減ってる分、あんときほど強力じゃねぇみたいだが、流石に一人で壊すのはキツいな」

 流石のヴェルフも真っ正面から向かっていくのを止めて、作戦を練り直す。その間にも、王の盾は一糸乱れぬ鉄壁の陣形のまま、アイギスと共にジリジリと近づいてくる。

「ま、壊す必要もねぇか」

 ヴェルフはニヤリと笑った。そして、跳んだ。アイギスの上を飛び越え、兵士たちも越えていく。

「しまった!?」 

「マズイ、魔法部隊がッ!!」

「ウソ…だろ……」

 背後に回られてしまえば、アイギスは何の役にも立たない。それに、魔法部隊だけでは人狼に瞬殺されてしまう。

 兵士たちは慌てた。即時反転する者、魔法部隊が狙われると思い救援に走り出す者、頭上を跳び越していく人狼をただただ見上げている者、足並みを揃えた一糸乱れぬ鉄壁の陣形に綻びが生まれた。

 ヴェルフはスタッと着地すると、クルッと反転して、混乱する兵士の群れに突っ込んでいた。

「戻ってきた!?」

「クソッ! 迎え撃つぞ!!」

 兵士たちは、混乱しながらも必死に応戦しようとした。魔法部隊も、アイギスから血統魔法に切り替えて兵士たちの身体能力を強化する。だが、陣形が崩れ、混乱している彼らでは、いくら強化されてもヴェルフの速度に対応できなかった。密集しているのが却って彼らの不利になっていたのだ。下手に攻撃すると仲間に当たってしまうからだ。逆に、周りが全員敵のヴェルフはそんなこと気にせずに暴れまわれる。兵士たちは、攻撃もままならずにバタバタと倒されていった。

「すげー……」

 圧倒的なヴェルフの戦いに、シアは目をぱちくりさせていた。

「呆けている場合じゃないでしょ、ちゃんと見て勉強なさい」

 ハッとしたシアは御者席で立ち上がって、ヴェルフの戦いにかじりつく。

「ハッハッハッハ~~~!」

 ヴェルフの笑い声が響く中、何もできずに倒されていく部下たちを見て、今や最後列になったカルは愕然としていた。だが、すぐに我に返って命令を出す。

「一度散開して態勢を──」

 遅かった。言い終わる前に最後の兵士が倒され、人狼がこちらに向かって一直線に突っ込んできた。カルはギリリと奥歯を噛み締めて、怒りに任せて剣を振るった。

「貴様を倒せばそれで終わりだ!!」

 ヴェルフは急停止してそれをかわすと、わざわざ盾を狙って蹴りを繰り出した。

「ぐわっ!!」

 凄まじい蹴りを受け、カルは盾ごと吹き飛ばされた。ガシャンガシャン派手な音を立てて、小石のように地面を転がった。

 マント付きが起き上がらないのを確認すると、ヴェルフは、残りを倒そうと振り返って魔法部隊の方を見た。魔法部隊は、真っ青な顔で呆然としていた。

「なんだ、もう終わりか……」

 ヴェルフがつまらなさそうに言ったとき、オストア要塞から二人の男が飛び出してきた。マントを羽織った威厳たっぷりの老兵と、もう一人は普通のおじさんだった。

「何事、だ……──」

 飛び出してきた老兵は、目に映る光景に言葉を失った。地面に倒れ苦しんでいる部下たちと、その中で悠然と立っている人狼。老いた瞳に怒りの炎が立ち上った。

「人狼……! わしの部下に何をしたッ!!」

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