95 18禁の真実 後編
「ええ、そうです。厄災は、女神様が造り出した生命体です」
スパティフィラムの口から放たれた言葉は、ヴェルフが想像していたモノと同じだった。しかし、ヴェルフは目を見張って叫んだ。
「ンなわけねぇだろ!?」
信じられないのではなく、信じたくなかった。
スパティフィラムは軽く笑うと、何気ない口調で淡々とその根拠を説明した。
「そうであれば良いのですが、あなたもおっしゃったように、厄災の魔法は人間の限界を優に超えています。それに、厄災は毎回姿形が全く違うのに、取る行動は毎回同じなのです。そして奴らは北に現れる。女神様が去っていったとされる北から……」
スパティフィラムは北の方角を睨み付けて、憎々しげに言った。スパティフィラムの左側──北側──に座っていたヴェルフは、反射的に剣に手をかけた。突然の鋭い眼光にビビったのだ。だが、スパティフィラムはすぐにフッと笑って、冗談っぽく言う。
「厄災に聞いたところで答えてはもらえないので、全ては我々の推測にはすぎませんが。それでも女神様……もしくはそれに類する存在、ということは間違いないでしょう」
ヴェルフは警戒を解いて、何事もなかったように聞く。
「……もしそうだったとして、なんで女神が世界を破壊しようとすンだ??」
「あなたもご存じでしょう? 女神伝説の、その最後を」
女神伝説の最後。それは、世界を創造したといわれる女神様が、この世界から去ることになった言い伝えだった。
きっかけは子供の死だった。女神様は、最愛の子供の死を嘆き悲しみ、そして悲しみから逃げるようにこの世界から去った。誰にも追われぬよう巨大な壁を創って、その向こう側へと姿を消したのだ。
だが、逃げたとしても悲しみが消えることはない。女神様は壁の向こうで泣き続け、止めどなく流れる涙が魔力となり、やがて向こう側の世界を満たした。そうして、精霊界が誕生した。
伝説によると、女神様は今も精霊界の奥地──魔力が濃すぎて精霊でも立ち入れない所で泣き続けている。
「女神様といえど、親は親なのでしょう。最愛の子供の思い出が詰まったこの世界など、存在しているだけで辛いのでしょう」
ヴェルフは一瞬目を見開いて、そして視線を落とした。
「ああ………………」
戦場で散っていく子供たちを大勢見てきたヴェルフは、同時に子を失った親も大勢見ていた。三度の飯より戦いが好きだった戦士に、親兄弟を殺されても毅然としていた戦士……。どれだけ強い戦士であっても、子を失う悲しみには勝てなかった。悲しみから立ち直れずに戦場から去っていった者に、逆に悲しみから逃げるように戦場に向かう者……。反応は様々だったが、一人の例外もなくその瞳には今までなかった深い哀しみがあった。それを見る度にヴェルフは思った。両親が生きてる間は、何があっても死ねないな、と。
もし彼らに、世界を滅ぼす力があったとしたら、それを願ってもおかしくはない。親が子を失う悲しみはそれほどまでに深く、大きい。子が親を失う悲しみよりも遥かに……。
親ではないが、ヴェルフにもその感情は理解できた。何か不幸な出来事がない限り、子供は親より絶対に長生きする。だから、親は我が子が先に死ぬなど考えないし、耐えられないのだ。だが子供は、いつかは親がいなくなることを分かっている。明確に先に死ぬと考えていなくても頭のどこかでそれを理解し、覚悟している。
「そう……か……」
ヴェルフは静かに呟くと、もう一度北を向いた。
最愛の子供との思い出が詰まったこの世界。もう見るのも辛いから壊してしまいたい、という気持ちと、せめて思い出だけは残しておきたい、という気持ちがせめぎあってるのだろう。それが、女神が自分自身で破壊しに来ないで、十年に一度、という本当に破壊する気があるのかわからない間隔で厄災を送り込んできている理由なのだろう。
ヴェルフはそう思った。だからといって、滅ぼされるつもりなんて毛頭ないが。
「……アンタらは、本気でそれを信じてンのか?」
北を向いたまま、ヴェルフが聞いた。スパティフィラムは迷いなく即答する。
「ええ、もちろん」
ヴェルフはバッと振り向き、スパティフィラムを睨んだ。
「だったらなんで、そんな重要なことを未成年に隠してンだ!?」
「あなたも言っていたが、世界には知ったところでどうしようもないことがあるのです」
そう言いながらスパティフィラムは、どうしようないと諦めてしまった大人からそれを聞くことが真の問題なのかもしれない、と思ったが、口にはしなかった。
「マギアは、特段女神信仰しているわけではありませんが、それでも子供たちの多くが女神様を信じているのです。その女神様が自分たちを滅ぼそうとしているなんて聞かされて、子供たちは何を感じると思いますか? 神様が実は敵かも知れない。そんな残酷な真実に子供が耐えられると思いますか?」
「そりゃまぁ……ショックだろうな。だがよ、俺だったらそんな女神に滅ぼされてたまるか、って強くなろうとするけどな」
スパティフィラムは頷いた。
「でしょうね。マギアの子供たちも、おそらく同じことを考えるでしょう。ですが、相手は女神様。どれだけ頑張ろうと、どれだけ強くなろうと、人間の勝てる相手ではありません。中には未来に絶望してしまう子供もいるでしょう」
「それで絶望するなら、ソイツにゃあ元々戦士の資質がなかったってだけだろ。敵がどんなスゴいヤツだろうと、一秒でも長く生きるためには足掻くしかねぇんだからよ」
ヴェルフは、あっけらかんと言った。
ヴェルフたち獣人にとって、『生きる』ということは『戦う』ということと同義だった。喰うために戦い、奪うために戦い、そして殺されないように戦う。全てが生きるためである。何も敵を倒すことだけではない。殺されないように逃げる、見つからないように隠れる、それも立派な戦い方である。だが絶望は違う。絶望するということは生きることを諦めることであり、自分にとっても仲間にとっても何の益にもならない行為とされていた。
「小さいうちに戦士の資質がないヤツらを選別できんだから、むしろ言った方がいいんじゃねぇか?」
だが、スパティフィラムは首を横に振った。
「あなたの言いたいことは分かります。ですが、我々は獣人ほど……そう、自然に生きてはいないのです。子供のうちくらい、生き死にや戦い、そして絶望……そんな重圧とは無縁に、のびのびと育ってほしいのです。でないと、自分の感情を巧く制御できない子供たちは、その責任と重圧に耐えかねて押し潰されてしまう」
スパティフィラムの言葉は、どこか真に迫っていた。おそらく何らかの責任と重圧に押し潰された誰かを知っているのだろう。女神のことがなかったとしても、親や周りからの期待が重圧となって押し潰される子供なんてそこら辺に転がっている。
「テメェらの国の教育方針なんて知ったこっちゃねぇが、のびのび育てられたせいでマギア騎士団とやらが弱くなって、俺たちを巻き込むはめになったってわけじゃねぇよな?」
「それは大丈夫です。お嬢様が知っていたように、未成年であっても厄災の存在は知っていますから、今でも多くの子供たちが強くなろうと必死に訓練をしています。あと、マギアの教育方針は、初代王の時代から『義務や責任ではなく、憧れこそが子供を強くする』です」
子供のうちは義務や責任ではなく憧れで強くなってほしい。それこそが強くなるために一番重要なこと。初代マギア王はそう考えていた。そのため自身が子供たちの憧れになれるよう、王座に就いても鍛練に励み、最前線に立ち続け、やがて王は力の象徴となった。そして、強くなれば誰でも王座に就けるように、王位継承戦の制度を作ったのだ。そのおかげで、「小さい頃は王になることを夢見て、そして大きくなるにつれて自分の限界を悟り騎士を目指す」、それがマギアの子供たちの一般的な進路になった。
「……まぁ、そうだな」
これには、ヴェルフも反論の余地がなかった。思い返してみると、ヴェルフ自身もそうだったから。ヴェルフは子供の頃から、強くなれや戦士になれ、俺の跡を継いで族長になれ、などと親に言われたことはなかった。それでも親や強い戦士を見て育ち、その強さに憧れ、自主的に訓練し強くなって、結果的に族長になれるほど強くなった。嫌々だったり義務感でやるよりも、楽しく自らやる方が上達が早いものだ。
「義務や責任で強くなるのは、騎士や責任のある立場になってから十分です」
その言葉が、ヴェルフの心に引っ掛かった。眉間に皺を寄せて聞く。
「だったら、なんでエルにちゃんと説明しねぇんだ!?」
「ですからそれは──」
「女神のことじゃねぇ、厄災に逃げられたことを、だ。アイツはそのことを知らないから、ダイン王が復讐に取り憑かれたって思ってる。そんで間違ってる親父を止めるために、殺す覚悟までしてんだぞ!」
家族の問題に首を突っ込むつもりなんてなかったのに、ヴェルフは我慢できなかった。今までの話のせいだろう、エルがまさに義務と責任の重圧に押し潰されそうになっている子供に見えたのだ。
「いや、厄災に逃げられたって言えなくても、たった一言、復讐なんか考えていないって言ってやりゃあ済むんじゃねぇのか!?」
「そんなこと、あなたに言われるまでもなく分かっている!」
スパティフィラムが感情を露に叫んだ。それから表情を翳らせた。まるで、彼にだけ太陽の光が届いていないように、驚くほど暗く。
「言わないのではなく、言えないのです」
「あ? 何寝ぼけたことを」
「ダイン王は、復讐のために動いているわけではありません。ですが、あくまで王としては、なのです。ダイン個人としては、どうしても復讐を考えてしまうそうなのです。ですから、お嬢様には何も言えないのです」
もし娘から「母の復讐を考えていないのか?」 と聞かれたら、なんと答えればいいのかダインには分からなかった。王として、父として、どちらを答えたとしても嘘になるような気がするからだ。だからダインは何も説明せずに、「お前はまだ子供だから」と誤魔化すことにしたのだった。
「そんなのテメェの──」
「申し訳ありませんが話はここまでです」
ヴェルフが反論しようとしたとき、それを遮るようにスパティフィラムが言った。
「どうやら少しうるさくし過ぎたようで、もうすぐお嬢様がお目覚めになられます」
ヴェルフは眉をひそめた。エルが起きないかどうか、一応ヴェルフも気にしていたのだが、人狼の五感をもってしても未だ何の変化も感じられなかったのだ。
だがその直後、エルに目覚めの兆候が現れはじめた。
「マジかよ……」
ヴェルフは驚いた。コイツは人狼以上の感覚を持っているのか!?
「私は執事ですから、お嬢様のことに関してなら人狼にも負けませんよ」
ヴェルフの心を読んだのか、スパティフィラムが事も無げに言った。そのとき、客車から「う~~ん」と伸びをするような声が聞こえてきた。
「最後に言っておきますが、今までのことを話そうとしたら問答無用で殺します」
ヴェルフに釘を刺すと、スパティフィラムは振り返った。
「お目覚めですか、お嬢様」
「ん、うん……」
「国境まで、もう少しでございます」
「そう……。あれ? ヴェルフがいないようだけど……逃げたの?」
エルが寝ぼけた声で聞いた。
「誰が逃げるか! 前だ、前」
「あら? いつの間に」
「オメェが寝てる間にだよ」
エルは、シアを起こさないように席を移動すると、窓越しに御者席を覗いた。
「で、そんなとこで何してるの、ヴェルフ?」
その瞬間、御者席に変な緊張感が走った。だが、起き抜けのエルは気づかない。ヴェルフは頭を掻きながら答える。
「あー、ちょっとスパティフィラムに聞きたいことがあってな」
スパティフィラムは、静かに腰の剣に手をかけた。
「聞きたいこと?」
「人狼の姿じゃなくて『ヒトモード』の方が良いかって聞こうと思ってな」
「なにそれ? どっちでも好きにすれば」
「姫サマにゃあわかんねぇだろうが、敵国に入った瞬間に後ろから剣突きつけられるのはもうこりごりなんだよ」
ヴェルフは、スパティフィラムに向かって皮肉ぽく言った。
カレルセの首都ロクセットに、ヴェルフが単独で潜入しようとしたとき、それを見破ったのはスパティフィラムだった。ヒトの姿になっていたヴェルフを、スパティフィラムは後ろから剣を突きつけて拘束したのだった。
「どちらでも大丈夫ですよ。マギアにも獣人はいますし、それにどうせすぐにバレるでしょうし」
スパティフィラムが冷ややかに言った。ヴェルフはケッとそっぽを向いた。二人のやりとりを見て、エルは笑った。子供のように、けらけらと。
何がそんなに面白いのだろう、と、大人二人は思わず顔を見合わせた。だが、あまりに楽しそうに笑うエルに、二人もなんだか笑えてきた。




