94 18禁の真実 前編
東へと馬車を走らせながら、スパティフィラムは少し前から頭を悩ませていた。後ろが静かすぎる、エルに何かあったのか、と。
客車には、左右だけではなく前方にも窓が付いているので、振り返れば簡単に後ろの様子を確認できるのだが、わざわざ確認するのはエルを信用していないことになるし、少し過保護な気もする。しかし、誰の声も聞こえなくなってからしばらく経つ……。執事として、一体どうするべきなんだ?
そんな葛藤していると、突然後ろからどんどんとノックのような音が聞こえてきた。
ここぞとばかりにスパティフィラムは振り返ろうとした。そのとき、後ろから扉が開く音と声が聞こえてきた。
「端に寄ってくれ」
見ると、客車から飛び出したヴェルフが御者席に飛び移ろうとしていた。スパティフィラムは驚いたが、慌てずに端に寄ってヴェルフの着地スペースを作った。御者席は囲いが無いぶん客車よりも広く、大人二人でもゆったりと座れる広々スペースだった。
「おや、ヴェルフ様。どうかされましたか?」
隣に飛び移ってきたヴェルフに、スパティフィラムは何気なく聞いた。
「どうもこうも、ガキどもの邪魔しちゃ悪ぃかと思ってな」
そう言って、ヴェルフはニヤリと意味深に笑った。はて? と思ったスパティフィラムは、振り返って客車の中を確認した。
ガキどもは、二人ともすやすやと眠っていた。狭いシートで肩を寄せ合い、エルは頭をシアの肩に乗せている。なんとも仲睦まじい姿だった。
「おやおや、昨晩は遅くまで起きていましたから、お二人ともお疲れだったのでしょう」
そう言ったスパティフィラムは、従者というより保護者のような表情をしていた。
「黙ってるだけかと思いきや、いつの間にか二人とも眠ってやがったんだ。……ってわけだ、子供にゃあ話せない秘密ってのを教えてくれねぇか? あんなけぐっすり眠ってりゃあそうそう起きねぇだろうからよ」
スパティフィラムは、確認するようにエルの顔を見た。シアの肩に頭を乗せて、幸せそうに寝ている。幸せな夢でも見ているのだろうか。願わくばそうであってほしい。これからもずっと……。
スパティフィラムは前を向くと、声を低めて言った。
「先に断っておきますが、お嬢様の話と私の話にはおそらく齟齬があります。ですが、それはどちらも嘘をついているわけでなく、お嬢様の知っている情報が正しくないだけです。私の聴力はヒト並みなので、あなた方の会話が全て聞こえていたわけではありませんが、それは断言できます。それともう一つ、私から聞いた話は絶対に他言無用でお願いします。特に未成年には」
「ああ、いいぜ」
「分かりました。では、今から向かう王位継承戦についてご説明しましょうか?」
「いや、それはいい。姫サマから聞いた情報で十分だ。どうせ、負けても殺されることはねぇんだろ」
ヴェルフが手を振って、軽く言った。スパティフィラムは意外そうな顔をした。
「ほぉ、お嬢様はそう説明なさいましたか?」
「いや、アイツは負けたら打ち首って言ってたぜ」
「では、どうしてそうお考えなのですか?」
「簡単だ。ずっと外敵と戦ってきたような連中が、自分たち同士で争って戦力を減らすようなバカなマネはしねぇだろ。大方、ワンチャン狙いのバカを生まないための脅しだろ?」
ずっと外敵と戦ってきたのは、ヴェルフが所属する獣人連合国も同じである。だからこそ、ヴェルフは確信していた。
「ご明察の通り、打ち首というのは未成年に無謀な挑戦をさせないための脅しでございます。とかく子供というのは己の力を過信する傾向にありますので、失敗したときに相応の罰がないと挑戦する者が後を絶えなかったのです。挑戦すること自体は大変素晴らしいことなのですが、何分王位を賭けた真剣勝負ですから、どれだけ気を付けようと死傷者が出てしまいます。子供と言えど、中には大人顔負けの強さを誇る者もいますので、こちらも油断するわけにはいきませんし……」
「強さにゃあ年齢は関係ねぇが、経験はそうもいかねぇからな」
どれだけ強くても、最初の実戦が最後の実戦になる子供は多い。初めての殺し合いにビビって力を発揮できなかったり、逆に張り切りすぎて敵陣に突っ込んで行ったりと、経験不足により自分の感情を制御できずに殺されてしまう。歴戦の戦士であるヴェルフは、そういう子供たちを大勢見てきた。かく言うヴェルフも、初陣で死にかけたその一人だった。無論、ヴェルフの場合は後者である。
ヴェルフの初陣は予期せぬ遭遇戦であった。魔人帝国との国境付近を哨戒しているときに、敵の哨戒部隊と鉢合わせたのだ。変な話だが、両部隊とも指揮官はあまり戦いたくなかった。たかだが数十人程度の哨戒部隊を殺しても戦況に大きな影響はないからだ。それよりも味方を死なせない方が大事だった。だが、初陣で張り切っていたヴェルフは命令を聞かず、敵指揮官を目指してたった一人で敵陣に突っ込んで行った。そして見事指揮官の首を取って、勝利の雄叫びを上げた。
……と、そこまではよかったのだが、問題はこれからどう生き残るかだった。ヴェルフは敵に取り囲まれていたのだ。しかも目の前で指揮官を殺された怒れる敵たちに。たった一人で突っ込んでいったから当然である。一瞬の後悔ののち、彼は開き直った。
「全員殺したらいいんだろ!」
まさしく未成年の無謀な挑戦である。ヴェルフはそこで死ぬはずだった。何人かの敵を道連れにして。だが、そこに味方の部隊が助けに来てくれて、なんとか九死に一生を得ることができた。もちろん、その後ヴェルフはこっぴどく叱られた。指揮官でもあった自分の父親に。
「……で、おたくの嬢ちゃんはどうなんだ? 無謀な挑戦じゃねぇのか?」
ヴェルフは苦い初陣の記憶に蓋をして、スパティフィラムに聞いた。
「ええ、まぁ……、無謀ではありますが、勝ち目が無いわけではありません。史上最強の王にも弱点はありますから、作戦通りそこを突ければなんとか……」
スパティフィラムは、苦笑いで答えた。
「真に無謀な挑戦であれば、いかに執事と言えど力ずくで主を止めます」
「まぁ、元四天王のアンタがそう言うんならそれでいい。そんなことより、アンタは前回の厄災と戦ったんだろ?」
「ええ、四天王『剣』としての最後の役目でした……。それが何か?」
「なら単刀直入に聞くぞ。前回の厄災との戦いで何があった? 姫サマは、王妃が死んでダイン王が復讐に取り憑かれたって言ってたが、そうじゃねぇんだろ?」
ヴェルフは、眼光鋭く問い質した。
愛する者を失う痛みはヴェルフも知っている。戦場に出たことのある者なら、誰もが一度は経験している。だが、戦士であれば復讐など考えない。誰かを殺すために戦場に出ている以上、戦場で仲間が誰かに殺されても文句は言えないのである。……いや、文句は言うし、何なら次会ったら絶対殺すとも言う。しかしそれは戦場で会えばの話であって、復讐のためだけに仲間を引き連れて新たな戦いを起こしたりはしない。それをしてしまえば、例え復讐が成功したとしても、次はその戦いで死んだ者たちの復讐をしなければならなくなり、最終的にはどちらかの陣営が根絶やしになるまで終われないことを、戦士たちは知っているからだ。それに、とヴェルフは思う。個人的な復讐戦に走った王は、その戦いで死んだ味方の大切な者に何と詫びるのだろう……。
スパティフィラムはチラリと振り返り、エルがまだ寝ていることを確認すると、大きく息を吐いた。
「……おっしゃる通りです。ダイン王が今回の行動に出られた本当の理由は、アスピダ…王妃の戦死でも、騎士団に甚大な被害が出たからでもありません。……前回の厄災を倒せなかったからなのです」
スパティフィラムが沈痛な声で言った。
「どういうことだ?」
ヴェルフは眉をひそめた。そしてすぐにハッとして、北東に目をやった。
「今もまだ戦ってんのか!?」
「いえ、そうではありません。倒したときと同じように門は消え、小型のモンスターたちも全て消え去りました」
そう言ってから、スパティフィラムも北東の方角に目を向けた。
「厄災は……北の荒れ地に召喚される、異世界の門のようなモノを使ってこの世界にやって来るのですが、前回の厄災の王には、止めを刺す直前にその門の中へと逃げ込まれたのです」
「……? この世界から消えたんなら別にいいんじゃねぇか? それの何が問題なんだ?」
「わかりません」
「バカにしてんのか?」
「そうではなく、わからないのが問題なのです」
「あ?」
「厄災に逃げられたのはこれが初めてなのです。マギアの歴史を調べてみても、一度の前例もありません。ですから我々にもわからないのです。逃げた厄災がどうなるのかは。十年後にまた現れるのか、十年経たずにまた現れるのか、最悪の場合、十年後に別の個体と一緒に現れる可能性も……」
スパティフィラムはそう言って、静かに首を振った。
「一体だけでも厳しいのに、同時に二体の厄災が現れたら我々だけでは対処できません。ですから何が起きても対処できるように、ダイン王は今回の行動に出られたのです」
「ちっ、史上最強の王のくせになんてミスしてくれてんだよ」
ヴェルフが舌打ちした。
「最強ゆえのミスなのです」
「あぁ? 何意味不明なこと言ってンだ」
ヴェルフは不快そうに眉をしかめて、スパティフィラムを睨み付けた。だが、スパティフィラムは平然と説明をはじめる。
「お嬢様からお聞きになられたと思いますが、マギアの戦術は防御重視のモノでした」
騎士団が防御重視の陣形を組み、攻めてきた小型モンスターを一匹たりとも通さないようにひたすら倒し続ける。そうしながら厄災の王の接近を待ち、十分に接近してきたところで騎士団の後ろに控えていた王と四天王が加勢し、一気に厄災の王を倒す。これが以前のマギアの基本的な戦術だった。
「ちょっと待て、以前なんて聞いてないぞ」
と驚いているヴェルフを、スパティフィラムは、
「そうでしょうね、これはお嬢様の知り得る情報ではありませんから」
と、簡単に流して説明に戻った。
「以前までの戦い方であれば、厄災をこちら側に引き込むことになるので、厄災の王と門との間に距離できて、逃げられるようなヘマをすることはなかったのです。ですが、この方法だと厄災との真っ向勝負になりますので、数で負けている我々の被害はどうしても甚大なものになってしまう。そこで、ダイン王は新しい戦術を採用したのです」
「新しい戦術?」
「超攻撃的な戦術です」
新しい戦術でも、騎士団の役目には変わりはなかった。防御重視の陣形を組み、厄災の王が倒されるまで小型を倒し続けて耐え忍ぶのみである。だが、王たちの役目は大きく変わった。
王たちは騎士団の後ろではなく前に陣取る。そして戦闘開始とともに王と四天王が最大魔法を放ち、小型モンスターの群れに風穴を開けて、厄災の王までの通路を確保する。あとは王と王妃と四天王の六人が一気に厄災の王を倒しに行く。しかし、こちらから厄災に向かって行くこの戦い方では、厄災の王と門の距離が近くなってしまい、前回の戦いでは一瞬の隙をつかれて逃げられてしまったのだった。
「おいおいおい、王が戦場に出ること自体非常識なのに、王が先陣を切って敵陣の真っ只中に突っ込んでくなんてメチャクチャじゃねぇか」
「ええ、その無茶苦茶を可能にしたのが、史上最強の王と多彩な魔法を持つ四天王、そしてお嬢様以上の防御魔法を使えた王妃でした」
王が厄災の王と戦い、四天王がその多彩な魔法で小型を近づけないようにしながら王を援護し、王妃が彼ら全員を守る。
「戦術と呼べるかも怪しい力業でしたが、結果として死傷者の数を大幅に減らすことができました。初めて行った前々回の厄災戦では、なんと死者を出さずに終えれたのです」
「だが、前回は失敗したんだろ?」
嬉しそうに言うスパティフィラムに、ヴェルフは水を差した。前々回のことなど知ったこっちゃなかったから。
スパティフィラムの顔からスッと感情が消えた。
「……全て順調だった。奴を十分に弱らせて、後は止めを刺すだけだった。だが最後の最後で失敗した。奴の奥の手を見抜けなかったんだ……。そのせいでアスピダが死に、騎士団にも甚大な被害を出し、奴にも逃げられた……」
スパティフィラムの口から歯ぎしりの音がもれた。
やはりな、とヴェルフは思った。たった六人で敵陣に突っ込む一か八かの作戦が、そう何度も成功するとは思えなかったのだ。もし厄災が逃げなければ、王たちは敵陣の真っ只中に取り残されて確実に全員殺されていただろう。そう考えると、死者が王妃一人だけで済んだのはむしろ成功なのではないか。ヴェルフはそうも思ったが、口には出さなかった。
「……そんだけ強ぇんなら、一か八かの戦術なんか取らなくても、騎士団と協力して小型を全滅させてから大型…厄災の王だっけか? を倒せばいいんじゃねぇのか?」
「いくらダイン王と四天王の魔法が強力とはいえ、小型を全滅させることはできません」
「あの魔法でもムリなのか?」
ヴェルフは、ズートア要塞で見たダイン王の魔法を思い出した。ユーミを消し飛ばして、ズートア要塞にどでかい風穴を開けたあの光魔法を。おそらくあの威力でも、ヤツにとっては挨拶程度の魔法だったに違いない。本気の魔法だったら、要塞ごと俺たち全員──荒野にいたレオンたちも含めて──を消し飛ばしていたのだろう。それでもムリなのか!?
スパティフィラムは頷いた。
「ええ。それに、厄災の王がいる限り、小型たちは門からどんどん召喚され続けるので」
「され続けるたって、限度はあるだろ?」
「ありません。おそらく無限です」
「無限だとっ!?」
ヴェルフは驚いた。
「……いえ、数ヶ月間戦っていても変わらず召喚され続けていた、という記録があるだけで、年単位で戦えば、あるいは限度があるかもしれません」
「ハッ! 数ヶ月間召喚し続ける魔法なんてありえねぇ。そんな魔法使えるヤツがいたとしたら、それこそ女神様くらい……──」
自分の言った言葉に、ヴェルフは不意に背筋が凍るようなとてつもなく嫌な予感を覚えた。そして北を見た。ここからでは見えるはずのない、世界の果ての壁を見るように。
「……なぁ、もしかして厄災の正体って……」




