91 守りたいモノ
翌朝。昨日と同じ場所で、姫とレオン王が向かい合っていた。昨日と同じく姫の後ろにはスパティフィラム、王の後ろには獣人たちが並んでいる。が、シアとヴェルフの姿はどこにもなかった。
「我々獣人連合国は、カレルセの民には一切手を出さないことをここに約束する!」
レオン王が高々と宣言した。
「バカな、ヒトの言いなりになるのか!?」
「王と族長は何を考えている!?」
「一体いつからそんなに腑抜けになったのだ!!」
獣人至上主義者たちの間から大ブーイングが起こった。しかし、王の宣言はまだ終わっていなかった。
「だがッ!! カレルセへの侵攻を止めるわけではない! 我々は一気にロクセットへ進軍し、アデル王を倒してロクセット城を占拠する!!」
レオン王が力強く宣言すると、その咆哮がブーイングを吹き飛ばし、一気に歓声へと変わった。百獣の王の咆哮には、言葉以上の、魂を揺さぶる力があったのだ。
「ウオォォォオオオオ!!」
動揺していた獣人たちも一斉に吠えた。
「ロクセットまでの水先案内は我々にお任せください」
獣人たちの間からヒトの一団が前に出て、レオン王に跪いた。先頭にいるのはディクソンだった。黒い戦闘服を脱ぎ捨て、豪奢な軍服に身を包んでいる。
「父の面影を残す私と、父と共に戦場に立っていたサルムーンたちが、ヴィルヘルム家の名前を使いアデル打倒を謳えば、民は協力……、いえ、敵対することはないでしょう」
親友を裏切ってまで叶えようとした夢。エヴァンスが死んだ今、ディクソンはそれを叶えるためにどんなことでもしなければならなかった。
「うむ。よろしく頼む」
レオン王は満足そうに頷いた。
「わかりました。民に被害を出さないのならそれでよいでしょう。ですが、お気をつけください。ロクセットはマギア四天王が守っていますわ」
姫は柔和な微笑みを浮かべて、悠然と答えた。
「ご忠告痛み入る。では、今度は和平交渉の場でお会いしましょう」
レオン王はマントをひるがえし、姫に背を向けた。そのとき、要塞の方から叫び声がした。
「ちょっと待ったーーー!!」
姫も獣人たちもディクソンたちも、全員が一斉に声のした方に目を向けた。要塞の方から駆けてくるシアの姿があった。
シアが交渉の終わりを登場したのは、ドラマチックな演出を狙ったわけでなく、ただ寝過ごしただけであった。朝が来たことにも気が付かずにベッドでぐっすりと熟睡しているところに、先程のレオン王の高らかな宣言が聞こえてきて、シアは飛び起きたのだった。その瞬間に自分が寝過ごしたことを悟り、必要な物だけを引っ掴み、慌てて飛び出したのだ。二、三時間ほど寝て、夜明けと共に色々と準備をしようと思っていたのだが、無限に寝てられる成長期の子供には、狙った時間に自発的に起きるなど不可能だった。
シアはそのまま姫の前まで走ってくると、レオン王に負けないくらい力強く言った。
「エル、オレも一緒に行くよ」
「……ハッ!?」
シアの突然の宣言に、スパティフィラムを除いた全員が驚愕した。
「何考えてるの!? 王位継承戦は遊びじゃない。もし失敗したら死ぬのよ!!」
驚きのあまり、エルは姫の仮面を脱ぎ捨てて、鬼のような形相でシアに詰め寄った。怒られることは想定していなかったシアはぎょっとしたが、それでも引き下がるわけにはいかなかった。尻込みする気持ちに鞭を打って逆に一歩前に出る。
「……わかってる。だけどオレも一緒に行きたいんだ。オレに何ができるかわからないけど、それでもエルを守りたいんだ!」
鞭が効きすぎたのか、シアは思わず言うつもりのなかった本音まで言ってしまった。
「えっ……!」
エルは驚いたようにシアを見た。シアはハッとして慌てて取り繕う。
「……あっ、えっと、変な意味じゃなくて……ホ、ホラ、元の世界に帰るためにはエルの作戦を成功させなきゃだし、ダイン王にも聞きたいことがあるし………………。それにオレ、救世主だから」
「………………」
姫のお株を奪うような一言に、エルは何か言いたそうな顔をしていたが、シアには何も言わず、シアの後ろにいる獣人たちを怒鳴りつけた。
「ボーとしてないでアンタたちも止めなさいよ! シアはアンタたちの仲間でしょ!?」
獣人たちが呆然としていたのは、シアの言葉よりも姫の豹変ぶりに驚いたからであったが、一国の姫相手に「アンタに驚いてたんや」などと突っ込めるはずもない。喉まで出かかった言葉をグッと飲み込んで、サムはシアに向かって言った。
「……せ、せや! そんな思いつきみたいにいきなり言われても、ハイそうですかって敵陣真っ只中に送り出せるかいな。ホラ、レオンも何か言ったって」
「そ、そうだな。今のシアは、我々にとっても重要な戦力だ。それを四天王との決戦を目の前に勝手な行動をさせるワケにいかん」
獣人たちもシアを止めようとしたことに、エルはホッとした。後先考えずに怒鳴ったが、これで獣人たちがシアに賛同していたらいよいよ断れなくなるところだった。しかし、獣人たちの話し合いはまだ終わっていなかった。
「ですが、レオン王。これはチャンスです。昨夜のあの者の話では、あちらの数が増えればこちらの数は減る、と……。たった一人の犠牲でこちらの勝率が大幅に引き上がるのであれば、単独行動も大いにありかと」
「何言ーてんねん、マルコ! 自分もシアのこと認めてたんやないんか!?」
「それはこちらのセリフだ、サム。私が作戦に個人的感情を挟むと思っているのか? これは獣人連合国の行く末を決める大事な一戦、個人的な感情を挟む余地などない。それにこれは、彼自身が望んでいることだ」
「それは、確かにそうやけども……。せやからって、なぁ?」
反論しようのない正論に、サムは言葉を詰まらせてレオン王を見た。だが、レオンの表情はサムの期待と異なるモノだった。
「うむ、確かにマルコの言う通りだ。シア、君が危険を承知で望むのであれば我々は止めません。好きにするがよい」
言葉とは裏腹に、王の眼光は鋭かった。しかし、それを真っ正面から受けてもシアは怯まなかった。決意に満ちた瞳で見返して、力強く頷く。
「ありがとうございます。オレ、行きます」
「……と言うことです、姫。どうぞ連れていってやってください」
そう言って、レオン王は姫に頭を下げた。シアも頭を下げる。
「お願いします!」
ころりと意見を反転させた王に、エルは唖然とした。王に向かって何か言おうと口を開いたが、何も言わずに口を閉じると、ゆっくりとシアの方を見る。
「……そもそも、キミ、馬に乗れるの?」
「あっ!」
もちろん、乗れなかった。シアは、この世界に来るまで本物の馬を見たこともなかったのだ。ケンタウロスになら乗せてもらったことはあるが、本物の馬には触ったことすらない。乗馬など夢のまた夢である。
やりたいことを思い通りにやるためには、それ相応の実力が要求される。ただし、全てを自分一人でやる必要はない。協力者さえいれば……。
シアは、助けを求めるようにサムたちを見た。サムたちは静かに首を横に振った。
それを見て、姫の表情がパアッと明るくなった。
「あら~~、それは残念ですね。この旅は先を急ぐ旅。馬に乗れないのであれば連れてゆきたくとも不可能ですね」
会心の笑みを浮かべて、姫が嬉しそうに言った。別に意地悪しているわけではなく、シアの安全を考えてのことだった。シアにもそれが伝わっていた。だからといって潔く引くつもりはなかった。初めて見つけた「やりたいこと」を簡単に諦めることなどできない。
「走って──」
「無理! 馬の速度に人が付いて来れる訳ないじゃない。短距離の移動ならまだしも、マギアまでなんて人狼でも無理よ」
姫はバッサリと一刀両断にすると、これ以上面倒くさいことにならないうちにと、そそくさと馬に向かって歩き出そうとした。しかしそのとき、
「ちょっと待ちなーーー!!」
と、本日二度目の「待った」が響き渡った。見ると、ロクセットの方から一台の馬車が颯爽と駆けて来る。御者席にヴェルフの姿があった。
「ヴェルフ!?」
驚いているシアたちの前に馬車を止めると、スタイリッシュに飛び降りながらヴェルフが言う。
「これなら、馬に乗れねぇシアでも一緒に行けんだろ?」
今度はエルが「あっ!」と言う番だった。馬車であれば、馬と遜色ない速度でマギアまで行くことができる。そして何より、乗馬の技量を必要としない。乗馬できないことを理由に断った手前、エルは負けを認めるしかなかった。
「……いいわ。一緒に来たいなら勝手にしなさい」
エルは、ため息まじりに降参した。どこか嬉しそうに。シアは飛び上がった。
「ホントに!?」
「ただし、殺されても知らないからね」
エルは、プイッと向こうを見ながら言った。
「うん。ありがとう」
シアは、エルの背中にお礼を言うと、ヴェルフの方を向いた。
「ヴェルフもありがとう。オレのためにわざわざ馬車を用意してくれて」
「ああ、気にすんな。俺一人で付いてくのは流石に気まずいからな」
ヴェルフがあっけらかんと言った。シアたちは驚いた。
「えっ!? ヴェルフも一緒に来てくれるんですか?」
ヴェルフは、ニヤリと不敵に笑った。
「当たり前だ。魔法王を直接倒せる機会なんてそうそうないからな、こんなチャンス逃すわけにはいかねぇだろ。な、いいだろ、姫サマ?」
「知らない。勝手にしたら」
エルは向こうを向いたまま投げやりに答えた。
「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
レオン王たちは、呆れた様子でそのやり取りを見ていた。「また勝手なことを」と思ったが、どうせ言ったところでヴェルフが聞くはずもないので誰も何も言わなかった。
「では、この馬たちを私たちの馬と代えさせていただきます。普通の馬にマギアは厳しいでしょうから」
「オウ。テキトーにやってくれ」
「では、私は馬車の準備をしてきます」
スパティフィラムは丁寧に一礼すると、さっそく馬車の準備に取りかかった。それを横目に見ながら、エルはじとっとした目でヴェルフを見上げた。
「……いつから聞いていたの?」
ヴェルフはふんと鼻を鳴らすと、耳をぴこぴこ動かした。
「俺は耳が良いからな。聞きたくなくても色んな声が聞こえてくんだよ。昨日みたいに静かな夜じゃ特にな」
「あっそ……。で、あの馬車どうしたの?」
「せやせや。自分、ヒトの金なんて持てないやろ?」
「まさか、盗んで来たわけじゃないわよね?」
二人の追求に、ヴェルフは顔をしかめた。
「お前ら、俺を盗賊か何かだと思ってんのか?」
だがそれに対する二人の答えは、沈黙だった。たまらずヴェルフが叫ぶ。
「違ぇよ! 要塞にあった貴重品と交換してきたんだよ!!」
盗品の馬車ではなく、盗品と交換した馬車。どちらにせよ、やっていることは盗賊と何ら変わらないのでは? と、シアは思ったが、エルとサムの二人は納得したように頷いていた。




