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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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88 真夜中の君  前編

「ホラ、この部屋を使いな」

 ヴェルフが案内した部屋は、ズートア要塞の最上階にある貴族のゲストルーム、シアとヴェルフが一度泊まった部屋だった。貴族用なだけあって造りも頑丈なのか、贅を尽くした部屋の中はあの時のまま、綺麗な状態を保っていた。姫は一歩部屋に入って、振り返って丁寧にお辞儀をする。

「ありがとうございます。ですが、貴方は会議に参加できなくて良かったのですか?」

「あの会議にゃあ何の意味もねぇからな。姫サマも分かってンだろ?」

 ヴェルフは瞳をキラリと煌めかせて姫を見たが、姫は「何のことですか?」と言わんばかりに微笑を浮かべて首を傾けた。

 ヴェルフは面倒くさそうに眉をひそめると、小さくため息をついた。

「……俺たちにゃあ、断る利点が一切ないんだよ。捕虜が返ってくんならそれで万々歳だかんな。元々民間人に攻撃するつもりなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのために一部隊を先に行かせて、通り道にある街に警告までしてんだ」

「そういえば、ここに来る途中に何人か兵士さんを見ましたわ。あの方々がそうだったのかしら?」

「知らねぇヨ。んでだ、俺たちが他に悩むことがあるとすれば、このままカレルセに攻め込むかどうかだが…攻め込むに決まってる」

 ヴェルフはきっぱりと言い切った。

「何故です?」

「王なった暁には、なんてアンタみたいな小娘の夢物語を信じて、何もしないで待ってるわけにはいかねえからな」

 ヴェルフはニヤリと笑って、挑発するように言った。だが姫は、

「あら、手厳しいこと」

 と、淑女のような余裕の笑みで返した。ヴェルフはケッと鼻を鳴らして、不満げに呟く。

「……なんか調子狂うな、そっちモードのアンタは」

「ふふふ、交渉も一段落ついたことですし……」

 とそこで、姫はごほんとわざとらしく咳払いをし、にひっとイタズラっぽく笑った。

「やーいやーい田舎者♪」

「うっせークソガキ!」

 ほとんど反射的に、悪態がヴェルフの口をついて出た。姫の目がカッと見開かれる。

「なによ! せっかく堅苦しいのを止めてあげたってのに」

 二人は睨み合った。バチバチと見えない火花が二人の間に散る。

 だが、すぐにヴェルフはニッと笑った。

「やっぱそっちのアンタの方がしっくりくるぜ」

 姫はプイッとそっぽを向いて、部屋の奥へと入っていた。

「わたしもこっちの方が楽なんだけど、姫には姫の立ち居振舞いってモノがあるのよ。特に、さっきみたいな交渉の場だとナメられちゃいけないしね」

 そう言いながら剣と盾を外して、姫は後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。

「へぇ~、姫サマも大変だなぁ」

 言わない方がマシまである気のない返事をしながら、ヴェルフも後に続いて部屋の中へと入った。部屋の中から漂ってくる、芳しい香りが気になったのだ。

「テキトーな返事をどうも。そんなことより一つ聞きたいことがあるんだけど?」

「なんだ?」

 ヴェルフは姫の方を向いて、少し眉をひそめた。姫は身体を起こしてベッドに座っていたが、その表情が少し曇っているように見えたのだ。

「……亡くなった、フィラって方はどんな方だったの?」

 姫が遠慮がちに聞いた。

「あ? なんだ、シアに言われたこと気にしてんのか? アイツだって本気で言ったワケじゃねぇと思うぞ」

「別に気にしてないわよ。だた……気になっただけよ」

 姫は、視線を逸らして言った。

「ふ~ん、まぁそうだな。フィラはアラクネの族長で、シアにとっちゃ魔法の先生だった」

「……それだけ?」

「ああ。特筆すべき点はな。知りたいんなら性格から生年月日まで全部教えてもいいが、そんなこと聞きたいわけじゃねぇんだろ?」

 ヴェルフがほとんど教えなかったのは、姫が敵だから情報を与えたくないとかではなく、むしろその逆、姫に過度な罪悪感を与えたくなかったのだ。フィラとシアは師弟関係というより姉弟のようだった、とか、フィラはほぼ全獣人から慕われていた、とか、本当のことを言ってしまえば、姫に背負う必要のない罪悪感を抱かせることになるかもしれないからであった。

 だが、そのあまりにあっさりとした説明に、姫は察する所があった。少し悲しげな表情で聞く。

「そう……。あなたは? あなたは悲しくないの?」

 思わぬ質問に、ヴェルフは一瞬動揺した。しかし、それを微塵も見せずにニヤリと笑った。

「……フッ、()()()()()()()()()、だろ?」

「ケチ」

「まぁ俺から言えることは、多くを殺してきた者はいつ殺されたって文句言えねぇってことだ。そんなかでも、フィラは満足して死んでった。殺してきた人数を考えると、文句どころ感謝してるだろうよ」

 ヴェルフは、明後日の方向を見ながら何事もないように言うと、ぐいっと姫に顔を近づけた。

「んじゃ、次は俺が聞く番だ」

「な、なによ?」

 ヴェルフのあまりに真剣な表情に、姫は思わず身構えた。

「騎士団にせよ、四天王にせよ、カレルセにせよ、これからすぐに攻めてくることはないんだな?」

 思ってたより普通な質問に、姫は拍子抜けした。

「なに? あなたもそんなこと心配するんだ、なんだか意外ね」

 この状況下を考えれば至極真っ当な質問なのだが、ヴェルフの性格(ほとんど知らないけど)からすると意外に思えたのだった。

「いいから答えろ」

「その心配はないわ。騎士団や四天王が奇襲なんてしないし、わざわざする必要もないし。カレルセにしたって攻めるほどの兵士は残ってないし、アデルはわたしが投獄したから」

 アデル王が脱獄したことを知る由もない姫は、自信満々に言い切った。

「よっしゃ! それじゃあ存分に酒が呑めるぜ」

 ヴェルフが嬉しそうに吠えた。姫は呆れたように言う。

「どんなけお酒が呑みたかったのよ」

「なら姫サマは呑まねぇんだな?」

「当然じゃない。わたしはまだ未成年よ」

「こりゃあ意外。そっちモードの姫サマでも、そんなルール守ってんだな」

「当たり前。王族だからこそ、そんなルールでもちゃんと守らなきゃいけないのよ」

 姫はピシャリと言った。

(俺が言ったのは、シアを脱獄させてバレなきゃいいって言ってた姫サマでも、って意味だったんだがな)

 と、ヴェルフは思った。だが考えてみれば、他人の精神的な規範など別にどうでもいいことだった。

「まぁいい……ってか好都合だ。それならこの部屋の酒全部貰ってくぞ」

「どうぞ、お好きに。わたしのモノじゃないけどね」

「ありがとよ。んじゃ、俺はこの階で酒呑んでるから、何か用あったら声かけてくれ。要塞に入れる大きさの獣人は少ねぇし、姫サマなら万が一にも殺られることねぇだろうが、念のため下にゃあ降りるなよ~」

 ヴェルフは酒瓶を数本持ってゴキゲンに去っていった。

 一人になった姫は、ぐるりと部屋を見渡して憎々しげに呟いた。

「軍事要塞なのに、なんでこんな豪華な部屋がいるのよ」


 すっかり暗くなった要塞の前で、シアは一人呆然と立ち尽くしていた。ヴェルフと姫がモーゼのように獣人の海を切り裂いて要塞に入っていく姿も、切り裂かれた海がワッとスパティフィラムを取り囲んでそのままキャンプ予定地に消えていく姿も、ディクソンが慌てて降りてきてその軍団に合流する姿も、全て目に入っていたが見てはいなかった。

 だが、いつまでもここで後悔している訳にもいかなかった。どれだけ後悔しても過去は変えられないのだから、後悔を後悔で終わらせないためにも動き出すべきだった。真に後悔しているのならなおのこと。何をすればいいのかは分からないシアでも、それだけは分かっていた。

 やがて、シアは大きく息を吐いた。心も身体も空っぽにするように長く、そして深く。一旦何もかもを吐き出して、最後に残ったことこそが自分の今するべきことだと、そう考えたのだった。

「………………謝りに行かなきゃ、姫に」 

 八つ当たりして、ひどいことを言ってしまったのだから謝る。それは至極単純で当たり前のこと。許してもらえるかどうかは、また別の話だった。

「確か、貴族のゲストルームって言ってたよな」

 シアは小さく呟くと、ぽつぽつと歩き出した。

(ついさっき、おんなじような気分で要塞を上ったとこなのに……いや、ディクソンさんに刀を返しにいくことを思えば幾分かマシな気分かな)

 何しろ誰も殺していないのだから。それでも幾分程度なのは、姫には特に嫌われたくなかったからだった。

 ゲストルームのある最上階に着いたとき、シアは暗い廊下の向こうから誰何すいかの声をかけられた。

「なんだ、シアか」

 と、シアが答える前に暗闇からヴェルフが現れた。ヴェルフは酒瓶を片手にゴキゲンな様子だった。

「愛しの姫サマなら屋上だぞ」

「……うん。ありがと」

 シアは視線を落として低く呟いた。

「頑張れよ、若人わこうど

 ヴェルフはからかうように言うと、面白そうに笑いながら闇の中に消えていった。

 シアは苦笑いでもう一階上へと階段を上った。屋上の扉の前に着くと、本日二度目の扉を、今度はスッと開ける。

 太陽は完全に沈んでいたが、地上よりも星に近いこの場所は、満天の星空に照らされてぼんやりと明るかった。

 シアは、ロクセット城の闘技場を思い出した。カレルセにいた頃は、真夜中の君に会いに、毎晩うす明るい闘技場に通っていた。彼女は毎日は来なかったけど、来たときには必ず訓練してくれた。そして最後の訓練のときに、またここで逢おうと約束したあの思い出の場所。要塞屋上の景色が似ているとかではなく、このぼんやりとした明るさと、真夜中の君に会いに来たという状況がそうさせていた。

(懐かしいな……。けど、今は)

 感傷に浸るのもそこそこに、シアは真夜中の君を探した。

 真夜中の君は、奇しくもディクソンと同じ場所に立っていた。石柵に頬杖をついて眼下に広がる景色を眺めている。その姿はすこぶる絵になった。夜風になびく金色の長い髪に、星明かりが反射してキラキラと輝いて見えた。

 シアは、見惚れてしまっている自分に気がついて、ブンブンと首を振った。今のお前に見惚れる資格なんて無いだろ! と、自らを叱責し、そして歩き出した。十分に近づくと、意を決して声をかける。

「あのっ! 姫さ──」

「エル」

 景色を見たまま、遮るように姫が言った。

「え?」

「エ ル。それがわたしの名前。わたしに魔法を使わせたら教えるって約束だったデショ。本名じゃなくて愛称だけどね♪」

 と、振り返ったエルは、あの頃と何も変わらない眩しい笑顔だった。謝りに来たはずなのに、シアの憂鬱な気分は全部吹っ飛んで、幸せが溢れ出した。あの頃に戻れたような、そんな気さえした。

「………………で、でも、さっきのアレで教えてもらうのは、何か違う気がする」

 シアは、正々堂々とした勝負で彼女に魔法を使わせて、そして認められた証しとして名前を教えてもらいたかったのだ。何ともめんどくさい性格だ、自分でもそう思う。

「でももう知っちゃったんだから、今さら聞かなかったことにはできないでしょ?」

「それは……そうだけど」

 ぐうの音も出ない正論に、シアは言葉を詰まらせた。

「そうだ。じゃあ代わり──になるか分からないけど、オレも本名を教えるよ。オレはく──」

 シアが頭文字を言っただけで止まったのは、自分の本名を忘れてしまった……わけではもちろんなく、エルの人差し指に口を塞がれたからだった。指が唇に触れたのはほんの一瞬だったが、それでもシアは驚きのあまりに固まってしまい、二文字目を言うことさえできなくなった。

「前にも言ったけど、この世界では本名はすごく大切なの。家族でもない人間に本名を教えるのは特別なことで、裏切られてもいいって思えるほどに大切な親友相手か、もしくはプロポーズくらいよ」

「えっ!? プロポー……──あっ、その──」

 テンパってるシアを無視して、エルは天使のように微笑んだ。

「そうね、父も民も世界も全部ほっぽり出して、シアと一緒に異世界に行くのも良いかもね」

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