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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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78 真夜中の逃避行

 夜がすっかり更け、世界は闇で満たされていた。満天の星々が輝く空の下、新しくなった獣人キャンプでもクズハの店の前にはキャンプファイヤーが燃え盛り、その周りで獣人たちがワイワイガヤガヤと酒盛りを楽しんでいる。そんな中、シアは一人、真っ暗なテントで一心不乱に薬膳粥を頬張っていた。

「ごちそうさまでした!」

 シアは勢い良く、持ってきてくれたヴェルフと作ってくれたコックと自分の糧になってくれた命に感謝した。しかし、周りには誰もいなかった。

「あれっ、いない……?」

 一応キョロキョロとテントの中を見渡して、本当に誰もいないのか確認する。それから空になった鍋をベッドの脇に置くと、これまでのこととこれからのことを考えはじめた。

 この世界に召喚されて約四ヶ月。カレルセでの三ヶ月も獣人連合での一ヶ月も、時間のことは気にしないようにしてきた。気にしたところで早く帰れるわけでもないし、気持ちばかりが焦り、空回りしてしまい逆に遅くなるかもしれないからだ。誰かが提示してくれたやるべきことを、落ち着いてきちんとやる。それが一番早く、しかも安全に帰れる方法だと信じていた。

(フッ、それで救世主か……。自分で自分が嫌になるな)

 だがこれからは違う。今も病魔に苦しんでいる紫苑と、その隣で震えている藍のためにも、一秒でも早く帰らなければならなかった。そのためには、自分で考えて動く必要があった。救世主らしく、大切な者たちを守るために戦う必要があった。大切な者を失う恐怖を、あの痛みを再び思い出した今、己のことを省みる余裕などない。

(そうだ。あの恐怖を思えば、自分から別れる方が何百倍もマシじゃないか)

 シアは何かを決意したかのようにうんと力強く頷くと、ゆっくり立ち上がった。五日ぶりだというのに、あまり違和感はなかった。身体を伸び縮みさせて、少し動作確認してから、机に置かれたカバンの所に向かう。念のためにもう一度誰もいないことを確認すると、シアはカバンを開けた。

 その瞬間、テントの中に満ちていた闇を切り裂いて、救いの光が炸裂した。『国宝』を包んでいた布がずれて、光が漏れ出していたのだ。それは太陽の光のように強烈だったが、不思議と直視しても眩しくなかった。

 シアは、慌てて布を巻き直して光を閉じ込めると、日記を取り出した。新品だったはずのノートが、書き綴った弟妹たちへの思いでいつの間にか終わりに近づいている。

(こんなに長くなる予定じゃなかったのにな)

 シアは苦笑いしながらベッドに戻ると、日記を開いた。先頭からパラパラとめくり、この世界に召喚された、約四ヶ月前から記憶を辿る。たかが数ヵ月前のことなのに、何年も前のように感じた。

 この世界に召喚された最初の三ヶ月は、言われたことを何一つ疑わずに筋トレに励んでいた。自分のことを『救世主』だと信じて、アデル王の本性も見抜けずウソの約束を鵜呑みにして、マイさんとドミニクさんに『救済の武具』を使いこなすための訓練をしてもらっていた。

(本当に、何一つ疑ってないな、オレは。マイさんとドミニクさんには色々とお世話になってるけど、アデルなんて初日に一回会っただけじゃないか)

 シアは、昔の自分を嘲るように軽く頬を歪めた。

 それから『国宝』を貰って、実戦のためにカレルセを旅立った。エヴァンスさんと一緒にズートア要塞に向かい、そこでヴェルフたち獣人と会った。

(もしこのとき、何も考えないで言われた通りにヴェルフたちを殺していたら、オレは今ごろ元の世界に戻っていて、紫苑も元気になっていたのかなぁ~)

 ふとそんなことを思い、シアはフッと軽く笑った。別に後悔しているわけではないが、紫苑を救えたかもしれない未来をどうしても考えてしまう。

(選ばなかった……いや、選べなかった道なんて、今さら考えたって仕方ない)

 シアは、胸を張って正解だと言えない過去を振り返るのを止めて、本懐に立ち戻った。日記と記憶を照らし合わせて、二人との会話を呼び覚ます。自分の日記を通して確かめたいことがあったのだ。

(……やっぱり、マイさんとドミニクさんはオレを騙してなかった!)

 マイとドミニクは、シアに対して一度もウソをついていなかった。二人とのやり取りを全て事細かに書いてあるわけではないし、教えられていない事実も多々あった。だが、呼び覚ませた記憶の中にはウソをつかれた記憶は一つもなかった。シアが聞いたことに対しては、全て真実を答えてくれていたのだ。……今、分かっている範囲では。

 その事実を確認できたことが、シアは心底嬉しかった。

(二人の目的までは分からないけど、それでも約束を破るような人たちじゃない。マイさんとドミニクさんを信じていいんだ!)

 そう思えた一番の要因は、五日前の戦闘だった。マイさんはいつでも殺せたのに、誰も殺さずに帰ってくれた。こちらは殺そうとしたのに。

(だったら、()()()()()()()()は信じられる!)

 アデル王との約束ではなく、マイとドミニク──()()()()()()()()。実戦の次は魔王との戦い、そう言われてカレルセを旅立った。このときのシアは、魔王と厄災を同一視しており、二人もそれに合わせてくれていた。

(あのとき、ドミニクさんは実戦の相手については何も言わなかった。それはおそらく、相手などどうでもいいから実戦の経験を積め、ということだったのだろう。その証拠に、マイさんは五日前の別れ際に「いつでも待っているわ♪」と言ってくれた。これが彼らの思惑通りだったのかは分からない。でも、オレは獣人たちと一緒にカレルセ相手に戦い、十分に実戦を経験した。あとはカレルセに戻ってドミニクさんたちに報告すれば、厄災との戦いが待っている。それが終われば、元の世界に帰してくれる……はず)

 シアはそう考えた。だが、まだ少しの不安が残っていた。どれだけ記憶をほじくり返しても、彼らから元の世界に戻るための条件をはっきりと明言された記憶がなかったのだ。

(あのときは……ってか今の今まで、アデルとの約束が、マイさんたちとの約束と別物だったなんて思ってもみなかったから、わざわざ聞かなかったもんな……)

 失敗した、シアはガックリと頭を垂れた。すると、広げたままの日記が目に入った。ちょうど獣人連合のキャンプに着いたときのページだった。シアの脳裏に約一ヶ月の幸せな記憶が甦る。

(たったの一ヶ月……。カレルセにいた時間の三分の一しかない。だけど、カレルセにいた時間より長く感じる。ヴェルフたちとは、別れたくないほどに親しくなってしまった……)

 だからこそ、シアは日記を閉じて立ち上がった。そんな彼らを無謀な戦いに行かせるわけにはいかないから。これ以上思い出してしまうと、決意が鈍ってしまう気がしたから。

 そのまま机に向かい、日記の白紙のページを切り取って手紙を書きはじめた。今までお世話になった感謝と、何も言わずにいなくなることへの謝罪。そして、マイとドミニクとの約束のことを説明し、オレが厄災を倒せばこの世界は平和になる。そしたら捕まった仲間たちも帰ってくる。だから待っていて、と締めくくった。

 手紙を書き終えると、シアは日記をカバンにしまい、旅立つ準備をはじめた。カバンを持って、その上からヴェルフに貰ったマントを羽織り、救済の武具のレプリカを装備する。フィラがしてくれたのだろう、剣の柄と鞘の繋ぎ目には新しい糸が巻き付けられていた。

「……ありがとう」

 そっと呟くと、シアはベッドの上に手紙を置いて、静かにテントを後にした。

 外に出ると、シアはまず辺りを確認した。周りに乱立しているテントはどれも暗く、誰の気配もない。少し視線を上げると、遠くの方に無惨な姿になったズートア要塞の残骸が見えた。圧倒的な存在感を放っていたズートア要塞も、上半分の要塞部分がなくなり、ただの巨大な門に成り下がっている。逆方向には大きな炎が見え、そっちからは楽しそうな声が聞こえてきた。

(あそこは、クズハさんの店か……)

 止めておけおけばいいのに、シアは何となく声のする方に目を向け、燃え盛るキャンプファイヤー近くの特等席を見てしまった。いつもの癖だった。そこにはいつものように談笑する三人の姿があった。

 それを目にした瞬間、シアは今すぐ駆け出したい衝動に駆られた。今すぐ駆け寄って感謝を伝えたい。手紙には書ききれなかった感謝を。そして謝りたい。勝手に出ていく身勝手を。しかしできなかった。言えば止められるのがわかりきっているからだ。

「さよなら……」

 三人への想いを振り払うように呟くと、シアはくるりと背を向けた。そして人目を避けるように、たった一人で闇に向かって走り出した。元の世界で苦しんでいる藍と紫苑の元に帰るために。 

 スパーダストラーダ峡谷の入り口──ズートア要塞の残骸が見える位置で、シアは一度立ち止まった。テントの影に隠れて様子を窺う。だが、誰もいなかった。

(あれ、見張りもいない……?)

 シアは首を傾げた。自分のテントからここまで、見張りどころか誰も見かけなかったのだ。そんなにも怪我人が多かったのか、それともみんなクズハさんの店で酔っ払ってるのか……。

(おそらく後者だな)

 そう決めつけて、シアは峡谷へと入っていった。

 峡谷に入ってからは、人目など気にせず全速力で走った。真っ暗な峡谷の中を、シアは風のように駆け抜ける。五日も寝ていたとは思えないほどの絶好調、いや、絶好調とかそういう次元を遥かに越えて、寝ている間に人体改造されたのでは、と疑うほどにシアの身体能力は向上していた。景色が飛ぶように過ぎていく。

(スゲーーー!! これがサムの言ってた、魔力ごっつい増えてるから元気になりすぎてビックリする、ってヤツか!)

 シアの肉体は進化していた。ヒトから獣人へと。それは脚力だけではなく、視力もだった。真っ暗な峡谷の中でも、先導なしで全力疾走できるほどにハッキリクッキリ見えている。今なら何でも出来る気がした。

(これなら、二日もあればロクセットまで行ける! あとはどうやってマイさんを探すかだけど……)

 その方法を考える間もなく、マイによって作られたどん詰まりが見えてきた。二つの巨石が峡谷を塞いでいるのは変わらないが、重なり合っていたはずの真ん中に狭い道ができていた。狭いといっても、獣人たちが全軍で通るには狭いのであって、手を広げたシア三人分くらいはある。

 シアは速度を緩めて、様子を窺いながら近づいた。どうやら巨石同士の衝突で、重なり合っていた部分が脆くなっており、そこを砕いて道を作ったのだろう。その証拠に、今も獣人たちが砕けた岩をせっせと運んでいる。

(さぁどうする、オレ? どうやってこの隠れる所のない峡谷で、獣人たちの目を掻い潜ってあの狭い道を通る?)

 シアは頭を捻った。が、何も思い付かなかった。いくら身体能力が進化しようとも、両側の岩壁(ナディエ・ディエ)を登ろう、など考えもしなかった。

(あまり時間をかけると、ヴェルフたちにバレる危険性も増えるな。こうなりゃ一か八か)

 シアは腹をくくると、堂々と歩いて近づいた。峡谷の真ん中をゆっくりと。

「誰だっ!」

 案の定、すぐに見つかった。鋭い視線が一斉にシアに向けられる。だが、シアは慌てない。そのままゆっくりと近づく。

「おう、シアじゃねぇか。どうした、なんか用か?」

「ってか、体はもう大丈夫なのか?」

 獣人たちはすぐに警戒を緩めてくれた。シアも普段通りに答える。

「はい、おかげさまで。もう完全復活しました!」

「そうか、それはよかった。んで、何の用だ?」

「元気になったことだし、みなさんの役に立ちたいな、って思って。だから、ちょっと敵陣の様子を探ってきます」

 シアは淡々と言った。本当のことは言えないが、少しでも罪悪感を減らすためにウソはつかなかった。だが意味などなかった。当たり前だ、どう取り繕おうとも自分が一番分かっているのだから。

「それはありがたい。が、病み上がりに一人で大丈夫か?」

 獣人たちの優しさが今のシアには痛かった。だが顔には出さないように、

「オレはヒトなんで、見つかっても大丈夫です。ヒトでもヴェルフみたいに強面だったら捕まるかもしれないけど」

 と笑ってみせた。

「はっはっは、そうだな。ヴェルフはヒトのときでも凶悪な顔してるからなぁ~」

「けど、油断すんなよ、シア。何かあった迷わず叫べ、急いで助けに行くからな」

「あんま遠くまで行くなよ」

 獣人たちは、笑って見送ってくれた。

(ごめんなさい)

 シアは心の中で謝りながら、どん詰まりの向こう側に進んだ。背中に彼らの視線を感じたが、振り返ることはできなかった。小走りで彼らの目が届かない所まで離れると、一気に駆け出す。罪悪感から逃げるように。

 スパーダストラーダ峡谷を駆け抜け、マイがいるであろうカレルセの首都──ロクセットへと続くヴィルヘルム街道を脇目も振らずに突っ走った。


 一晩中、走って走って走り続けて、空が白みはじめる頃、ようやくシアは走るのを止めた。進化した体でも、流石に疲れはじめたのもあったが、それよりも言い知れぬ不安と異変を感じたからであった。

 ここは、峡谷の出口に広がる草原を抜けた先にある森の中だった。

 この森の道は、どこまでも真っ直ぐ続く一本道で、これだけ走ればそろそろ遠くに出口が見えるはずなのだが、目の前には闇が広がるばかり。それも、何かとてつもなく嫌な気配を放つ暗闇だった。

 その暗闇が、自分の行く末を暗示しているかのように、シアには思えた。だが、歩みは止めなかった。周囲の警戒と体力の回復のために、ゆっくりと進む。

 進めば進むほど、暗闇は濃く、嫌な気配は強くなっていく。それでも、シアは進み続ける。

 さらにしばらく進み、暗闇の前まで来たところで、シアはようやく暗闇の正体に気づいた。森の出口に大きな建物が立っていたのだ。その建物から、黒い(もや)のような禍々しいオーラが放たれていて、それが暗闇の正体だった。

「これは…ズートア要塞!? それにこの気配は……レオナルの槍ッ!?」

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