75 Adult Children
「あ~~~重いぃ~~~。……うん、この辺だったらもういいかっ!」
ドゴオオオーーーーン!! 未明のカレルセに激震が走った。就寝中だったヒトたちも皆一様に飛び起き、慌てて外に飛び出した。
「な、なんだっ!?」
「地震かっ!?」
「いや、隕石じゃないか? 一度きりだし、何かが落ちてきたような衝撃だったぞ!!」
人々は混乱のままに議論したが、それで答えが見つかるとも思えなかった。そのとき、男の絶叫が響いた。
「な、なんだアレっっ!!!!」
屋根に登っていた男が、南の森を指差していた。
「どうしたっ!?」
「隕石か!? 森に隕石が落ちているのか!?」
「ち、違う。落ちてきたのは隕石じゃない……バカデカイ建物だッ!!」
「は?」
みんなの頭の上にハテナマークが浮かび上がった。業を煮やした者たちが自分の目で確認しようと、こぞって屋根に登りはじめ、そして南を見て固まった。
この街は、ヴィルヘルム街道沿いにあるカレルセの最南端の街だった。ゆえに、南には森と峡谷が見えるだけで、建物など見えるはずがなかった。森の手前に巨大な建造物があったのだ。
「ほ、本当だ……!」
「オ、オイ! あれ、ズートア要塞じゃねぇか!!」
下にいる皆に動揺が走った。彼は、昨日ズートア要塞から帰ってきたばかりだったのだ。彼にしてみても、直し終えたばかりの要塞がすぐそこにあるのは信じられなかった。だが、破損している箇所も多いが紛うことなきズートア要塞だった。
「なんでこんなところに難攻不落の要塞が……」
「落とされたのか!? 落とされた、のか……??」
同じ頃、同様に……いや、彼ら以上に衝撃を受けている者がいた。ズートア要塞司令官のエヴァンスである。落下の衝撃で入れられていた牢が壊れ、逃げ出すことができた彼は、同じく捕虜になっていた部下たちを救い出し、共に要塞の外へと飛び出し、そして要塞の現状を見て頽れた。
「俺の要塞が、俺の夢が…………。赦さんぞぉ、救世主! アンドレイィイイイイ!!」
エヴァンスは地面を勢い良く殴り付けて、血を吐くように空に向かって憎悪を吐き出した。すると、呪詛の言葉が、涼しげな女性の声になって返ってきた。
「あら、中に人がいたんだ。ごめんね、気付かないで落としちゃった♪」
まるっきり悪びれる様子のない謝罪と共に、マイがふわりと舞い降りてきた。その姿はすでにヒトの姿で、どこから持ってきたのかマントも羽織っていた。
エヴァンスは、ギロリとマイを睨んだ。
マギア四天王のマイ。カレルセにとってもエヴァンスにとっても憎むべき敵だった。だが、エヴァンスは頭を下げた。
「悪いと思っているのならば、ロクセット城まで俺を連れていってくれないか? 一刻も早くアデル様に会わなければならないんだ、頼む!」
「いいわよ」
マイはあっさりと了承した。しかし、周りにいたエヴァンスの部下たちは血相を変えた。
「何を考えているのですか、エヴァンス様! 今、アデル王にお会いしても殺されるだけです」
部下たち全員で止めたが、エヴァンスは聞く耳を持たなかった。司令官のあまりの頑迷さに、説得が無駄なことを悟った幾人の部下たちは、逆に同行を申し出た。
「わかりました、ならば私も同行いたします。王の怒りが分散すれば、命だけは助かるかもしれませんので」
今度はエヴァンスの顔色が変わった。
「バカな! これは司令官の責任、お前たちまで付き合う必要はない。そうだ、お前たちはほとぼりが冷めるまで近くにある孤児院で隠れておけ。俺の名前を出して事情を説明すれば、歓迎してくれるだろう」
やがて、エヴァンスだけを連れて、マイはロクセット城へと飛んでいった。部下たちが納得したわけではなく、付き合いきれなくなったマイが独断で動いたのだった。
明け方のロクセット城。アデル王が一人、豪奢な玉座に頬杖をついて偉そうに座っていた。孤独な王は、時が止まったかのように微動だにせず、開け放たれている一つの窓を見詰めている。爽やかな朝陽が射し込んでいるというのに、その瞳は深い憂いに満ちていた。
突然、その顔がパッと輝いた。朝陽の中に、蒼い光が浮かんでいたのだ。それは朝陽より眩しくキラキラと輝き、ゆっくりとアデルの方へと近づいていた。
「ああっ、シルフ! ようやく帰ってきたのか、心配してたんだぞ」
声を弾ませてそう言うと、アデルは光に向かって手を伸ばした。そっと光がその手に乗る。
「ごめんよ、アデル。予定外のことがいっぱい起きちゃって、遅くなっちゃったんだ」
親に心配をかけさせたことを謝る子供のような声で、蒼い光は言った。アデルは優しく微笑んだ。
「いや、シルフが無事ならそれでいいんだ。それで、実験はどうだった?」
「うん。一応成功だったよ、二つとも」
「一応?」
「うん。要塞の方なんだけどね、エヴァンスのヤツが失敗したみたいで、ケモノどもに要塞を奪われてたんだ」
「なにっ!? あの要塞は難攻不落だぞ。エヴァンスとドレスラーは一体何をやっている!!」
エヴァンスは、思わず声を荒げた。
「ボクが着いたときにはもう落とされてたから詳しくはわからないんだけど、どうやらディクソンが裏切ったみたいなんだ」
「ディクソンが、僕を裏切った……」
アデルは目を見開いて、うめいた。
「家族を手にかけた者同士、彼のことは信頼していたのに」
「そんなに落ち込まないでよ、アデル。ボクがずっと一緒にいるからさ」
「そうだね、僕には君がいてくれる。それだけで十分だ、ありがとう、シルフ」
アデルは、いとおしそうに蒼い光を抱き締めた。
「お礼なんていらないよ。ボクもキミがいてくれたらそれで十分なんだ、アデル」
ありがとう、シルフ。心の中でもう一度お礼を言うと、アデルは話を戻した。
「……それで、要塞はどうなったんだ? 教えてくれるかい、シルフ」
「うん、もちろん。それでね……」
シルフは、見てきたことをアデルに説明した。
シルフが着いたとき、すでに国境の門は開け放たれ、周りには獣人たちが我が物顔で闊歩していたこと。ズートア要塞から馬車の一団が逃げ出したこと。マギア四天王のマイが現れ、その正体がハーピーだったこと。新生レオナルの槍の破壊力、だがマイには効かなかったこと。マイがズートア要塞を持って、カレルセに帰ったこと。
「……そこでボクの魔力に限界が来ちゃって、要塞をどこに運んだかはまで知らないんだ。だけど、峡谷にもケモノどもにもけっこう被害が出てたみたいだから、すぐに攻めてくることはないと思うよ」
「そうか、四天王はそれほどまでに強かったのか。その上要塞まで失ったとなると、状況はなかなかに悪いな」
アデルが神妙な面持ちで呟いた。
「ごめんよ、アデル。ボクがもっと早く要塞に着いていれば、落とされずに済んだかもしれないのに……」
シルフの蒼い光がしょんぼりと明滅した。アデルは慌てて首を振った。
「謝る必要なんてないよ、シルフ。君が悪いことなんて一つもないんだから」
「ほんと?」
蒼い光がパッと輝いた。アデルは柔和な微笑みを浮かべて頷く。
「ああ、本当に決まってるさ。僕たちの間にウソはつけないし、僕は君にウソをつかない。僕たちは二人で一つ、だろ?」
「ありがと。だけどどうするの? 状況は最悪だよ?」
「僕たち二人が一緒ならなんだってやれる。それに、僕たちはいつも最悪な状況からはじまったじゃないか。忘れたのかい、僕たちが出会ったときだってそうだったろ?」
「そうだね、あのときは二人とも死にかけてたね」
シルフは、けらけらと無邪気に笑った。アデルも自然と笑顔になる。だがそれは、比喩や誇張の類いなどではなく、実際に二人とも瀕死の状態だった。
「僕は魔力異常症で家族に見捨てられて……」
「ボクは火と水の精霊に捕まって……」
二十年以上前のことなのに、初めて出会ったあの日の奇跡を、二人は昨日のことに覚えていた。
窓もない、暗くて狭い部屋でひとりぼっち。病魔と暗闇が体を蝕み、孤独と絶望が心を蝕む。ハッキリと見える『死』に、恐れ戦き泣き叫んだ。だが、どれだけ叫んでも誰も助けてくれなかった。絶望の深い闇に侵されて、体より先に心を死んでいった。それでも最後の力を振り絞り、助けてと必死に伸ばした手。その先に君はいた。まるで燦然と輝く救いの光のように。
「……キミが喚んでくれたからボクは救われた」
「……君が応えてくれたから僕は救われた」
最悪な状況下での、奇跡のような最良の出会い。アデルとシルフにとって、互いの存在がまさに救いそのものだった。その日から二十年以上、アデルはシルフを召喚し続けていた。シルフはアデルを支え続けた。二人はいつまでも一緒に生きると誓い合い、それを実行し続けてきたのだった。
しかし、最期までそれを実行するのは不可能だった。ヒトと精霊では寿命が違いすぎるのだ。百年程度しか生きられないヒトと、半永久的に生きる精霊。どう頑張ってもアデルの方が先に寿命が尽きてしまう。
自分が死んだら、シルフはひとりぼっちになる。そう思うと、アデルの心は締め付けられた。だからせめて、自分がいなくなった後もシルフが幸せに生きられる世界を残したかった。そのために世界を征服して、シルフの望み通りに作り替えようと心に決めた。そのためなら世界中を敵に回す『覚悟』があった。
「そうだ、良いこと思い付いた」
アデルの白皙の顔に、悪魔めいた彩りが浮かび上がった。
「全てエヴァンスたちの失態なんだ、奴らに責任を取らせよう」
「え~~~、あんなゴミみたいなヤツら、いまさら何の役にも立たないでしょ」
「ははは、その通りだが、シルフ。どこぞの傲岸不遜の王が言ってたじゃないか。ゴミの力を引き出すのが王の仕事だと。それであの実験をはじめたんだよ」
「あっ、そうか!」
「ああ、そうだ。頼まれてくれるか、シルフ?」
「モッチロン!!」
と、シルフが元気よく返事したとき、大扉の向こうから衛兵たちの怒号が聞こえてきた。
「止まれ!」
「この先は玉座の間、貴様のような者の来るところではないッ!!」
それを聞いて、アデルは冷たく笑った。
「ちょうど、戻ってきたようだな」
「だね。ボクは中で少し休んでるよ」
シルフはそう言うと、アデルの胸へと飛び込んだ。アデルは、胸のペンダントにそっと触れると、表情をキッと引き締めて叫んだ。
「扉を開けろ、ソイツはエヴァンスだ!」
「これがエヴァンス様!?」
「お言葉ですが、アデル様、どこか様子が……」
戸惑いを隠せない衛兵たちに、アデルはもう一度叫んだ。
「構わん、通せ!」
大きな扉が開かれ、エヴァンスが入ってきた。確かに、エヴァンスは以前とは別人のようだった。髪も服もビシッと決めて颯爽と歩く好青年だったのが、今や髪も服もボロボロで歩くのがやっという様子だった。だが、その瞳にはギラギラとした異様な輝きがあった。
「申し訳ございません、アデル様。私は、失敗しました」
エヴァンスは、アデル王の前に深々と頭を垂れた。
「ああ、知っている」
暴君の声は表情と同じで、何の感情もこもっていない無機質な声だった。エヴァンスはさらに頭を下げ、重く沈痛な声で言った。
「信頼していた副官に裏切られ、ケモノどもにズートア要塞を奪われ、こともあろうかマギアに助けられました。それでもおめおめと生きて戻ってまいりました」
「それも知っている。で、余に何の用だ?」
「私にもう一度チャンスを……奴らに、裏切り者に復讐したいのですッ!」
エヴァンスは、ガバッと顔を上げて懇願した。その目は憎悪の炎に燃えていた。アデルは心の中でニヤリと会心の笑みを浮かべた。だが表情は変えず、声はむしろ一段と冷たく言った。
「………………いいだろう、最後のチャンスをくれてやろう」
「ありがとうございます……! 今度こそ、必ず成功させてみせます!」
「その言葉、努々忘れるなよ」
「もちろんでございます。私にはもう失うものはありません」
「よろしい。こちらの準備が整い次第、再びズートア要塞に向かってもらう。それまでは休養でもしておけ」
エヴァンスはもう一度頭を下げ、玉座の間を後にした。その直後、アデルのペンダントが光った。
「ねぇアデル。元々アイツに任せるつもりだったのに、なんであんな回りくどいことしたの?」
「聞いていたのか、シルフ。こういうのは「自分で選んだ」と思わせるのが重要なんだ。強制すれば言い訳が生まれる。そして言い訳は弱さに繋がる。だが、自分で選んだのならもう後には退けぬ。目的を果たすためなら何でもするようになるのだ。エヴァンスみたいな奴はとくにな」
玉座の間を退出したエヴァンスは、自室には向かわず、意外な人物の元を訪れていた。
「先ほどは助かりました、マイ殿。それで、貴殿に折り入って頼みがあるのですが……」
「なに?」
「私に、剣の稽古をつけてもらいたいのです」
エヴァンスは、マイの前にひざまずいて頭を下げた。
「あら、敵に教えを乞うのはプライドが許さないじゃなかったかしら?」
意地の悪い笑みを浮かべて、マイは冷ややかに言った。
「それでも、倒したい奴がいるんです。どうか、お願いします」
エヴァンスは歯を食い張りながら、さらに頭を下げた。口からポタポタっと血が垂れる。
「……いいわよ。カレルセの兵士たちを鍛えるのも私たち四天王の任務の一つだし」
少し間を置いて、マイは承諾した。
「ありがとうございます」
エヴァンスはそのまま体勢で謝辞を述べた。
「じゃ、先に闘技場に行ってるわ」
エヴァンスが動きそうにないのを見ると、マイは窓から出ていった。
アデル王が、玉座の間に科学者たちを集めて、実験の報告と次の作戦の協議していると、そこにマギアの姫が数人の憲兵を引き連れて現れた。
「ご機嫌はいかがかしら、アデル王?」
爽やかな一言で、アデルのご機嫌は急降下した。何のようだ、小娘!! と、怒鳴りたかったが、グッと堪えて玉座から立ち上がると、アデル王は表情も変えずに頭を下げた。
「……我がズートア要塞の危機を救っていただいたようで、恐悦至極に存じます」
「ああ、それは別にいいの」
「……では、何の用ですか?」
「アデル王、貴方を逮捕しにきたの」
姫がにこやかに言った。科学者たちは愕然としたが、アデルは平然としていた。
「何をおっしゃられる。そもそも何の容疑で?」
「ズートア要塞で開発されていた『新生レオナルの槍』の件、と言えば分かるかしら?」
姫の質問に、アデルは冷たく笑った。
「何を言い出すのかと思えばそのことですか。確かに、条約で禁止されている兵器を開発させました。ですが、マギアはレオナル条約に加盟されていませんよね?」
「そうね。マギアはレオナル条約に加盟してないわ」
「でしたら、マギアに逮捕する権限などないはずでしょう」
アデルは勝ち誇ったように白い歯を見せた。しかし、姫も微笑みを崩さなかった。
「一人で盛り上がってるところ悪いのですれけど、貴方の容疑は、我々マギアとの取り決めを破ったことですよ」
「なんだと?」
アデルは目を白黒させた。
「聞くところによると、件の兵器には異世界の技術が使われてるとか。ですから、異世界の門不正使用の罪で貴方を逮捕します、アデル王」
その瞬間、アデル王の堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけるな! あれは僕の魔法だぞ、僕が使って何が悪い!! それに、あれを使ったのは貴様らにカギを奪われる前の話、貴様らの計画には何の支障もないはずだ!!」
アデルは、醜く顔を歪めて怒鳴った。しかし、姫は全く意に介さない。
「そんなの知らないし、どうでもいいわ。貴方は異世界の門をマギアに渡し、その代わりにカレルセの兵権を手に入れた。それなのに勝手に異世界の門を使った。これは、取り決めを破ったと言わざるを得ません。ですから逮捕します」
姫が冷然と言い放つと、憲兵たちが王に歩み寄った。警察組織が存在しないカレルセでは、憲兵隊が警察の代わりだった。しかし、暴君に警察組織を委ねる危険性を鑑みたダイン王は、譲渡する兵権に憲兵隊を含まなかった。そのため、アデル王に指揮権はなかった。
姫の本気を悟ったアデル王は、高らかに哄笑した。
「クッ、ハハハハ! いいだろう、望み通り捕まってやる」
それからペンダントを外すと、科学者たちに手渡した。
「これをエヴァンスに渡せ、あとはお前たちに任せる」
アデルはそれだけ言うと、一人でずんずん歩いていった。逃げられないように、姫と憲兵たちがあとに続く。
アデルはそのまま真っ直ぐ地下牢まで行くと、自ら一番奥の牢に入った。憲兵たちがガチャリとカギをかけるのを見届けると、姫はそのカギを受け取って去っていった。
汚くて狭い牢屋。だが窓はあった。登れないように高い位置にあり、ヒトが出られないように小さくて、さらに鉄格子まではめられている。それでも光は射し込んでいた。
「フッ、あの頃の僕は囚人以下だったのか」
思わず漏れた呟きが、チクリと胸を刺した。
「どうでもいい」
そっと呟くと、アデルは光に向かって手を伸ばした。
「もう一度僕を助けに来てくれ、シルフ」




