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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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74 ハーピーと槍と要塞と  後編

 光が良いモノだと、一体誰が決めたのだろう……。 

 チカチカした目で、シアはぼんやりと考えていた。すると、優しい声が聞こえてきた。

「大丈夫かい、シア?」

 ハッと我に返ると、フィラが心配そうに手を差し伸べていた。

「……あ、うん」

 朧気に返事しながらシアも手を伸ばし、起こしてもらう。そのとき、フィラの肩越しに空が目に入った。

 普通の夜空。迷惑な光が消え去り、満月と満天の星々が煌めく夜空。その控え目で華麗な共演を邪魔するモノは何もない。何も、ない……!

「マイさん! マイさんはどこッ!?」

 気付いたとき、シアは叫んでいた。フィラは沈痛な面持ちで、静かに首を横に振る。

「残念だけど、シア。彼女はアンタを守るために犠牲に……」

「ウソだッ!!」

 シアは叫んだ。信じられないというより、信じたくなかったから。心が黒く塗りつぶされていくような気がしたから。だから止まれなかった。大声なんかでは現実を書き換えられないと知りながらも、シアは叫び続ける。

「だって、だってマイさんなんだよ! 最強なんだよ! あれにだって耐えてるかも──」

「見ろッ!!」

 サムがより大きな声で、シアの叫びを遮った。シアはビクッと身を竦めると、怯えた子供のような顔でサムが指差す方を見る。

 サムでも見上げるような巨石が二つ、折り重なるようにしてカレルセに続く道を塞いでいた。両側の岩壁が抉られたように崩れている。おそらく、元々亀裂の入っていた箇所が爆発によって崩壊し、それによって自重に耐えきれなくなった上の一部が崖崩れを起こしたのだろう。

「あのナディエ・ディエがこんなんになるほどの大爆発や。あんなもんが直撃して、無事な生き物なんておるわけないやろ……」

 サムもショックを隠しきれない様子だった。殺そうとして失敗した強敵が勝手に死んでくれたというのに。

 そのとき、涼しい声が聞こえてきた。

「勝手に殺さないでくれる」

 三人は、弾かれたように声のした方を見上げた。

 そこにいたのは、マイだった。巨石の上に無傷のマイが立っていたのだ。その周りには、向こう側に倒れていたはずのローランドたちが浮かんでいる。サムとフィラは目を疑った。

「ウソやん……。何であれで生きてんねん……」

「ははは、まさに怪物だね……」

 二人は笑うしかなかった。

「まだ理解してなかったの? バケモノが最上級の、あなたたちの程度では怪物を計れはしないのよ」

 何事もなかったかのように涼しく言うと、マイは三人の前にふわりと舞い降りた。そして、

「はい、どうぞ。バケモノ程度じゃ向こう側に取りに行くのも大変デショ♪」

 と、浮かべていた彼らをその辺に落とした。

「良かった……! 無事だった……」

 シアは、嬉しくて泣きそうになった。だが、マイはキレイな顔をぷくっと膨らませた。

「無事じゃないわよ! 何よあれ、ビックリして思わずマント取っちゃったじゃない!」

 確かに、マイの羽織っていたわたし用の赤いマントは影も形もなかった。ただ、マントがなくなっただけでそれ以外はどこも変わっていない。新生レオナルの槍が直撃したというのに、衣服にも翼にも焦げの一つも、汚れ一つもなかった。それでもマイは頬を膨らませて怒っている。

「あーもう怒ったわ。証拠だけとったら大人しく帰ろうと思ってたけど、ヤメた。アレごと貰って帰るわ」

 そう言って、マイは翼でシアたちの背後を指した。振り返ると、再進撃を開始した援軍がこちらに向かっていた。しかし、マイが指しているのはもっと上の方だった。三人の脳裏に嫌な予感がよぎる。

「あれって……もしかして要塞かい?」

 それは否定を求める声だった。マイは何も言わずに、ニコッと笑う。

「ジョーダン、ですよね? だってマイさんでも要塞は……」

 シアはそこで言葉を飲み込んだ。マイの目が笑っていないことに気付いたから。

「じゃあね、シア。()()()()()()()()()♪」

 そう言うと、マイはふわりと舞い上がった。瞬く間に峡谷の上まで上昇すると、そこでバサッと一羽ばたきし、バビューン! と、要塞に向かって飛んでいった。

 マイは一気に援軍の上を飛び越え、そのまま要塞に取り付くつもりだった。マイの思惑通り、援軍たちは呆然とただ見上げているだけで何もしてこない。その高度と速度のせいで、彼ら程度では止めることができなかったのだ。しかし、援軍の中にも一人だけ怪物が混じっていた。

「あら、もう行ってしまうの? せっかく会えたのだから、私とも少し遊んで行ってよ」

 言葉より早く、クズハが九本の尻尾を目にも止まらぬ速度で伸ばし、マイに襲いかかった。クズハは、ハーピーが飛んでくることを予想して、尻尾を長くして待っていたのだった。

 マイも同じだった。援軍の中に猛者の存在を感じ取り、何があっても対応できる速度で飛んでいたのだった。さらに速度を上げて逃げ切ることもできただろうが、マイは逆に速度を緩めた。そして、下から突き刺すように伸びてくる九本の尻尾を、右へ左へ巧みに回避する。同時に腰の双剣を飛ばし、九本のカマイタチをクズハにお見舞いした。

 クズハは帯に挿していた鉄扇てっせんを抜くと、しなやかに手首を翻し、飛来する九本のカマイタチを弾いた。同時に尻尾も動かす。ほんの一瞬だが、苛烈をきわめた攻防。当の本人たちは涼しい顔をしているが、周りの獣人たちは冷や汗が止まらなかった。

「へぇ~、言うだけはあるのねっ!」

 マイは感嘆の声を上げながら、バサッと羽ばたいた。避けたはずの尻尾が、今度は上から突き刺そうと降ってきていたのだ。だが、マイの進行方向も上だった。降ってくる九本の尻尾に猛スピードで向かっていくと、マイは紙一重で全てをかわし、尻尾のさらに上に出た。クズハはすかさず尻尾の軌道を変えて、さらに追いかけようとした。が、勢い良く振り下ろした分、軌道を変えるにはわずかな時間を必要とした。マイにはそれで十分だった。

「だけど今は遊ぶ気分じゃないの!」

 と、マイは飛んでいる双剣を操り、カマイタチを地上に向けて撒き散した。

 初撃の九本と比べると、数と範囲は格段に増大しているのに速度と威力は変わらなかった。だが、クズハにしてみれば簡単に防げる攻撃だった。数、範囲、速度、威力、どれを取っても怪物には脅威にならなかった。が、周りの獣人たちにはどれを取っても脅威だった。不可避の死が高速で迫っているのを感じ、レオン王ですら目の前が真っ暗になった。

 クズハは仕方なく全ての尻尾を戻すと、尻尾で傘を作り援軍を庇った。すぐさま傘を閉じて攻撃体勢を取ったが、すでにマイは飛び去ったあとだった。

「若いのになかなかしたたかな娘だこと。まぁいいわ、今日のところは居場所がわかっただけで良しとしましょう」

 小さくなっていくマイを見ながら、クズハはキセルを咥えた。周りでは、九死に一生を得た者たちが胸を撫で下ろしている。

 マイは一気に要塞に接近すると、屋上に降り立った。同時に双剣が飛んでいき、要塞の両端、ナディエ・ディエとの境目に斬り込みを入れる。先の一撃で魔力を使い果たしたらしく、ズートア要塞は沈黙していた。

 それを確認すると、マイは足の大きなカギ爪で要塞をガシッと掴み、そのままバサッ! バサッ! と、大きく羽ばたきはじめた。

 最初のうちは何の変化もなかったが、マイが羽ばたくにつれ徐々に風が吹きはじめ、あっという間に嵐のような暴風になった。

「今度はなんだ!? 一体何が起こってるのだッ!?」

 要塞の外で、ディクソンが真っ青な顔をして叫んだ。

「ディクソン様、ここは危険です。離れてください!!」

 部下たちが忠告したが、ディクソンは承諾しない。

「ダメだ! 要塞にはエヴァンスたち、捕虜がいる。助けに行かなくては」

 その姿勢は立派だったかもしれないが、実行するだけの実力が伴っていなかった。風はどんどん強くなり、強くなるにつれ渦を巻き、たった数秒のうちに要塞を包み込むほど巨大な竜巻が生まれていたのだ。ディクソンたちは要塞に近づくことはおろか、その場にとどまることもできず、風が届かないところまで後退を余儀なくされた。

 ディクソンたちが後退しているあいだにも、竜巻は肥大化の一途を辿っている。備え付けの照明が吹き飛ばされ、資材運搬用のエレベーターが吹き飛ばされ、そして、ゴ、ゴゴゴッ!! と、地鳴りのような音が轟いた。

「ウソ……だろ!?」

 ディクソンたちは愕然とした。巨大竜巻の中で、ズートア要塞が浮き上がっていた。ちょうど要塞と門の接合部分──マイに斬られたところ──で、綺麗に上下に別れていたのだ。

 マイはなおも羽ばたき続ける。

 ガガガガッ! と、とてつもない擦過音と落石を撒き散らして、ズートア要塞はどんどん上昇していく。半身である巨大な門とも永遠のお別れを果たし、そしてついに、スパーダストラーダ峡谷から完全に飛び出してしまった。カレルセの国境を守る難攻不落のズートア要塞が、生まれて初めてその持ち場を離れたのだ。

 そこからは早かった。マイは獣人たちの上を悠々と飛んで、カレルセに帰っていった。竜巻を引き連れて。ズートア要塞を持ったまま。

「あ……ああ……」

 怪物を除いた全員が言葉を失い、我が目を疑った。質量など想像もつかないほどの巨大な建造物が空高く飛ぶ姿は、まさに圧倒的な光景だった。しかも、それがたった一人の人間によって行われている。もはや恐怖を通り越して、神々しさすら覚えた。

「な、なあ、今なら殺れるんじゃないのか、クズハ?」

 要塞が援軍の真上を行くとき、恐れ知らずな誰かが絞り出すように呻いた。クズハは、紫煙しえんくゆらせながら思案しあんげに言う。

「そうねぇ~。誰か、落ちてくる要塞アレを受け止められるかしら?」

 もちろん誰も返事しない。フゥーと煙を吐くと、クズハはあっけらかんと言った。

「なら止めときましょう」


 空高く飛ぶ巨大建造物は、完全に見えなくなるまでかなりの時間を要したが、誰一人として目を逸らせる者はいなかった。やがてそれが地平線の向こうへと消えていくと、糸が切れたようにへたり込む者が続出した。

「終わった、の?」

 シアは体力の限界も忘れ、地面に突き刺した剣にしがみついたまま呆然と立ち尽くしていた。マイと要塞とが見えなくなると、ようやく我に返り、周りを確認することができた。

 峡谷は、まさに嵐の去った後のようだった。崖崩れで峡谷が塞がれ、風で吹き飛ばされてきた物や要塞から落ちてきた物がそこかしこに散乱している。シアは知るよしもないが、援軍にも多数の被害が出ていた。それこそ救助が必要なくらいに。

「これが、マイさんの本気……」

 四天王最強を謳うマイの、おそらく本気。強いことは知っていたが、はっきり言って想像以上だった。それでも三人とも死ななかった。それだけでシアの精神は幸せで満ち溢れていた。しかし、肉体はそうもいかなかった。

 突き刺さった剣を抜こうとしたとき、いきなりどっと疲れが押し寄せ、シアは倒れてしまったのだ。だが、地面にぶつかる前に優しく抱き止められた。

「ホント、アンタは無茶ばっかりして……良かった」

 フィラだった。いつも凛々しく堂々としているフィラが、シアを抱き締めて泣いていた。シアは、その涙に罪悪感を感じた。だが、同時に嬉しくもあった。フィラの奥に心配そうに覗き込むサムがいた。

「ごめん、なさい。二人が危ないと思ったから…。でも、二人とも無事でよかっ──」

 二人に微笑むと、シアは気を失った。汗と土で汚れた顔を苦しそうに歪めている。

「シア……? 大丈夫かい!?」

 フィラが優しく顔を拭う。

「息はしてるけど……すごい熱だよ。ど、どうしよう、サム?」

 フィラが、深刻な表情でサムを見た。

「落ち着け! とりあえず、急いでここから出るぞ」

 フィラはシアを抱き抱え、サムはシアの剣と盾を持って、二人は全速力で獣人キャンプへと駆け出した。

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