73 ハーピーと槍と要塞と 前編
9/1(日) 二ヶ所編集しました。
①最初から29行目 『だが、真の問題はこれからだった。』の後のディクソンの部分。
②最後の部分。
ズートア要塞では万が一に備えた援軍が編成され、いつでも出撃できる準備を整えて、来ない方が良い救援要請を待っていた。中には待ちわびている戦闘狂も存在していたが。ところが、救援要請が来るより先に敵襲があった。マイが放った巨大なカマイタチだ。それは、ズートア要塞の要塞部分と大門のちょうど接合部分を斬り裂き、向こう側の荒野上空で霧散した。
「な、なんだ……今のは……?」
獣人たちが呻いた。峡谷側と荒野側、その両方で。そしてどちらの側でも、その質問に答えられる者はいなかった。
けたたましい警報音が鳴り響き、ライトが敵を探して闇夜を照らす。しかし、どこにも敵の姿はなかった。
「み、見ろ! 要塞に亀裂が……!」
一人が要塞を指差して叫んだ。要塞の端から端まで、キレイに横一線の亀裂が走っていた。
「要塞が、斬られたのか……?」
信じられなかった。要塞が斬られたこともそうだが、それよりも、敵の姿が見えないどころか気配も感じないことが信じられなかったのだ。こんな遠距離から、要塞を斬るような敵が存在するのか……戦闘狂たちも怖じ気づいた。
さしものレオン王も困惑を免れなかった。この先に、とてつもない強敵がいる。例え、獣人連合国全軍で救援に向かったところで勝てる保証がないくらいの強敵が。おそらく、マギア四天王の誰か。だが、サムたちを見殺しにするわけにいかない。それに、四天王を倒さないと仲間は取り戻せない。だったらいっそ……。
レオン王はすぐに冷静さを取り戻すと、全軍に向かって吼えた。
「援軍を再編するッ! 戦える者は全員、ただちに出撃の用意しろ! 幸いここは一本道、背後に回られる心配はない。数の力で一気に押し潰す! マルコ、至急クズハ殿を連れてきてくれ!!」
力強く、そして明瞭な意思を含んだその声は、獣人たちに冷静さを取り戻させた。獣人たちはすぐに動き出す。
クズハの説得に少し時間がかかったが、援軍は問題なく出撃した。本日二度目の全軍出撃である。要塞戦で負傷した戦士がいるため、総数は今朝の出撃時より少なくなっているが、クズハ、マイヤー、サルムーン、と新たな戦士が加わったので、戦力的には大幅に上昇していた。ディクソンは出撃しなかった。要塞の人的被害と損傷具合を確認するためである。
だが、真の問題はこれからだった。
援軍の出撃を見送ったあと、人的被害がなく損傷具合にも問題ないことを確認して、ホッと一息ついたときだった。突然、警報音が聞いたことのないモノへと切り替わり、同時に要塞内の灯りが非常灯に切り替わったのだ。
最初の攻撃はおろか、これまで一度として起こったことのない反応だった。そもそも二度目の攻撃があったわけでもないのに、警報が切り替わること自体が不自然だった。不安と不審に駆られた部下たちがディクソンの元に集まる。
「何だこれは? 誰か知っている者はいるか!?」
ディクソンが叫んだ。副司令官として、要塞に駐在していたディクソンでも知らない反応なのだ、他の者が知っているはずがなかった。
「とりあえず制御室へ向かう。急ぐぞ!」
ディクソンは駆け出した。が、辿り着くことは叶わなかった。至るところで防壁が降ろされ、制御室への道は完全に閉ざされていたのだ。
そのころ、そんなことなど知らないシアたちは、命拾いしたことに感謝しながらのんびりと援軍を待っていた。マイと一緒に。
マイの願いは、要塞にあるアデルの悪事の証拠を入手すること。要塞にいる獣人たちを峡谷に誘い出し、手薄になった要塞に侵入しよう、とマイは考えていた。だからシアたちと一緒に援軍を待っていたのだ。
「ねぇ、あなたたちの援軍、全然来ないんだけど?」
痺れを切らしたマイが聞いた。
「そらアンタが要塞なんか斬るからや! あんな派手な攻撃されたら誰だって慎重になるやろ」
サムはそう思ったが口には出さなかった。代わりに、当たり障りのコメントをした。
「まぁ、ここは要塞からちょっと距離あるしな。けど、もうそろそろやと思うで」
「ふ~ん、獣人ってのも案外その程度なのね、ちょっとがっかりだわ」
あはは、と苦笑いで応じると、サムはムリヤリ話題を変えた。
「あっ、そやそや。新生レオナルの槍やったら要塞の最上階にあるで」
「誰それ? さっきも言ってたけど」
マイが興味なさそうに言った。サムは眉をひそめる。
「えっ、いや、レオナルは大昔の発明家の名前やから別にどうでもいいんやけど。レオナルの槍は大量殺戮兵器や。それにシアの世界の技術を取り入れて、さらに強化したのが新生レオナルの槍なんやけど……。あれ、悪事の証拠ってこれのこととちゃうかった?」
「ああ~、じゃそれかもね。教えてくれてありがと」
「いやいや。助けてもらったんやから、これくらい当然や」
それも嘘ではないが、本音を言うと目的を果たしてマイに早く帰ってもらいたかったのだ。サムの本音に気付いたのか、気付かなかったのか、どちらにせよマイは何も言わなかった。
峡谷に久方ぶりの静寂が訪れた。が、それも長くは続かなかった。沈黙に耐えきれず、サムが喋り出したのだ。
「いやぁ~それにしても、マギア四天王最強がヒトやのうてハーピーやったとはなぁ~。そういや、なんでヒトに化けてたん? ……いや、答えたくないんやったら無視してくれて構わんのやけどな」
言ってから触れてはいけない話題の可能性に気付き、サムは慌てて付け加えた。
「服がないからよ」
素っ気なくマイが答えた。マイのコスプレ好きを知っているシアは「あ~」と納得したが、知らない二人は首を捻った。
「服?」
「そっ、ハーピーが着れる服ってほとんどないのよ。体格はヒトと変わらないのに、腕は翼で足にはカギ爪があるから袖も裾も通らないのよ。頼めば作ってくれるんだけど、時間かかるし、めんどくさいし……。だから普段は、気に入った服を着るためにヒトの姿でいるのよ。今日みたいに戦うかもしれないときは、気にったのじゃなくてハーピーに戻っても大丈夫な服にしてるんだけどね」
ハーピーに変身したことに気を取られて、全然見ていなかったが、赤いマントの下は白いタンクトップに、大きいサイズのズボンを腰でぎゅっとしてムリヤリはいている感じだった。サンダルは脱ぎ捨てていた。
「その赤いマントはハーピー用なんですか? 羽織ったままだと、羽ばたくのに邪魔になりそうですけど?」
ふと気になったので、シアは訊いてみた。
「ああ、これは──」
と、勢い良く言ったところで、マイは不意に固まった。そして何か考えるように視線を動かし、どこか慎重そうにゆっくりと口を開いた。
「……そうね、何というか、色に関係なく、私のマントは全て私用なの。だから邪魔じゃないのよ」
シアには、私用と邪魔にならないの因果関係が理解できなかった。さらに質問しようと口を開いたが、それより先に遮るようにマイが言った。
「そんなことより! ねぇ、あなたたちの援軍はいつになったら来るの。いくらなんでも遅すぎじゃない??」
「ほんまに! そろそろ話すこともなくなってきたし、もう間ぁ持てへんんわ」
マイは、明後日の方向に怒っているサムに一瞥くれると、冷たく言った。
「……だったら話さなきゃいいじゃない? 誰も頼んでないわよ」
それにはサムではなく、フィラが答えた。マイに負けず劣らず冷たく。
「ムリだよ。サムは沈黙を怖がってるから」
「?」
マイが首を傾げて不思議そうにサムを見た。同じくシアもサムを見た。
「まぁ、怖がってるというか怖がられるというか……」
サムがバツが悪そうに頭を掻いた。
「どういうこと?」
「間が持たないんデショ。ちょうどいいじゃない、話しなさい」
マイの威圧的な微笑みに負けて、サムは躊躇いがちに話しはじめた。
「……ワイも一族との折り合い悪くてな、子供の頃にトロールの村飛び出して、色んなとこ放浪しててん。そんで、ホラ、ワイはこんな見た目やんか。せやから黙ってたら普通の、凶暴なトロールやと思われて、怖がられたり襲われたり追い出されたりと、まあ大変なことが多いんや」
「多かった、でしょ。アンタが黙ってても、アタシたちは誰も何も思わないよ」
フィラが素っ気なく訂正した。実際のところ、サムが黙ってたとしたらアタシたちは心配するのだろうが。
「せやな。みんなはワイのことをワイとして見てくれてる。ワイやからってバカにするヤツもおるけどな。もう黙ってても大丈夫って分かってんねんけど、子供ん頃からの癖やからなかなか治らんねん。すまんなぁ」
「そう。弱いって大変ね……」
マイはボソッと呟き、それから何かに気付いたようにシアたちの後ろを見やった。
「あ、やっと来たみたいね」
振り返ると、地平線の先に砂煙を上げて迫ってくる大軍の姿があった。微かに地響きも鳴っている。
「お! ほんまや、ようやっと来た。遅すぎて見捨てられたんか思たわ」
むろん、そんなことは思っていない。むしろ、思ってないからこそ言える冗談だった。
「やっぱり全員で来てくれたみたいね。レオンにドブルスにマルコ……っておや? マルコの背中に乗ってるのクズハじゃないかい。まさか、獣人の総攻撃を敵側から見ることになるとはね」
「総攻撃? まだ禍々しい魔力がま向こうに残ってるけど?」
マイが首を傾げて言った。
「あ、ほんまや。近くに巨大な魔力があるから気付かんかったけど、要塞から変な魔力感じるわ」
サムは爪先立ちになって要塞の方を見た。要塞は見えないが、その上空に辺りに魔力が立ち上っているのを感じた。
「ヴェルフじゃないのかい?」
「いや、違う。ヴェルフの魔力はこないに禍々しくない。それにいくらなんでも早すぎや。シグナスに警告に……」
と、そこでサムが、あっ!! と大声を上げて、マイを指差した。
「ハーピー!!」
「そうだけどなんか文句あるの」
マイに凄まれて、サムは一瞬引き下がりそうになった。
「いやいやそうじゃなくて、ズートア要塞にはハーピー迎撃用の対策がされてるんや! そんで、今あの要塞で使える兵器は新生レオナルの槍だけなんや!!」
「えっ!? ってことは、もしかしてマイさんがあの兵器に狙われてる!?」
要塞で見た兵器を思い出して、シアはゾッと青ざめた。
「こんな場所に撃たれちゃ、もれなくアタシたち全員地獄行きだね」
「あら、あなたたちはやっぱり見捨てられたの?」
「せやったら援軍なんか送らんとすぐ撃つわ。おそらくこれは暴発や。ハーピーの魔力を感知して、要塞が自動的に動き出したんや」
自分の言った言葉で、サムはハッと思い付いた。
「自動やったらハーピーが射程から外れたら止まるかも知らん……! 早よ逃げえ、マイはん!!」
必死な形相で訴えられても、マイは泰然としていた。はぁ~、と軽くため息をつくと、翼を広げる。
「なんで自国側にも仕掛けてるのヨッ!」
語尾に重なるようにバサッと羽ばたくような音が聞こえたかと思うと、もうそこにマイの姿はなかった。
「き、消えた!?」
あまりの速さに、シアたちの目には消えたようにしか見えなかったのだ。
「逃げてくれたんかっ!?」
「違う! 上だよ!!」
フィラが空を指差して叫んだ。見ると、左右にそびえ立つ岩壁のさらに上空、満天の星空に紛れるように豆粒サイズのマイが浮かんでいた。
「どんだけ高くても上じゃあかん。ハーピー対策やねんぞ……」
サムが呻く。そして力一杯叫んだ。
「レオナルの槍や!! 全員、伏せろーーーーッ!!!!」
フィラがシアに覆い被さるように伏せ、援軍たちも進軍を止めて伏せた。
その瞬間、要塞から雷のような強烈な閃光が迸ったかと思うと、轟然と超極太の光の槍が放たれた。それは流星のように夜空を切り裂き、上空にいるマイ目掛けて一直線に駆け抜ける。
直後、夜空に太陽が出現した。槍がマイを飲み込み、大爆発を起こしたのだ。夜が、一瞬昼間のように明るくなるほどの閃光が放たれ、獣人たちの網膜を焼いた。
ほとんど遅滞なく、殺意の波動が峡谷に殺到する。亀裂の入っていた岩壁が轟音を立てて崩れ落ち、峡谷を分断した。シアは吹き飛ばされそうになったが、フィラのおかげで未然に防がれた。が、他はそうもいかなかった。伏せるのが遅れた者や力が弱かった者、そもそも倒れていた者たちは皆、枯れ葉のように吹き飛ばされてしまった。
「これが、レオナルの槍……」
「なんて破壊力だ……」
「この兵器はダメだ。あいつが正しかった……」
想像を絶する破壊力に、無事だった獣人たちは皆、伏せたまま呆然と夜空を見上げていた。レオナルの槍が世界を滅ぼしかけたと言われた意味を、彼らは初めて肌で感じたのだ。ドブルスまでもが、サムの正しさを認めざるを得なかった。
そんな中、一人だけ伏せもせずにシアたちのいるを見つめている者がいた。クズハだった。
「こんなところでハーピーに会えるなんて、重い腰を上げて正解ね」
クズハはそう言うと、一人悠然と歩き出した。それにつられるように次々と獣人たちが起き上がり、何が起こっているのかも分からず、混乱した頭でクズハの後に続いた。




