69 転がるマイは止まらない
「ハアーーーッ!!!?」
「マイってあの四天王のかいッ!?」
サムとフィラは驚愕の悲鳴を上げた。
「う、うん」
シアは、控え目に頷いた。
「あら、もう一人いたの? だれだれ? 私の知ってる人ぉ?」
マイらしき人影は、ランタンを掲げて三人目を見ようとした。が、トロールとアラクネが邪魔で見えなかった。これは偶然ではなかった。サムとフィラは、それぞれ異なる理由でシアの存在を隠していたのだ。
「ねぇ、ちょっと! 見えないんだけどーーー」
「ホンマか? ホンマにアレが四天王最強で間違いないんか!?」
彼女の抗議を無視して、サムが小声でシアに確認した。
「そう言われると、ちょっと自信ないかも。顔見えたの、一瞬だけだったんで……」
そう言いながら、シアはもう一度彼女を見やった。ランタンを前に掲げているので、眩しくてフードの中はわからない。顔以外でマイさんだと判別できる物……、と考えながらシアは視線を動かした。
声、マイさんのように聞こえるが断定は出来ない。何分、最後に聞いたのは一ヶ月くらい前だ。よく似た声の別人かもしれない。
武器、マイさんと同じ双剣に見える。だが、剣には詳しくないのでまるっきり同じ物かはわからない。
服装……は何のヒントにもならない。マイさんはいつもコスプレをしていたから。これは見ようによっては赤ずきんにも見える。マントを羽織っていることは多かったが、その色さえ気分で変えると言っていた。
(何か、何かないか。マイさんをマイさんたらしめる物……)
そう思ったとき、シアはハッとして彼女の足元に目をやった。マントの裾からちらりと見えたのは、サンダルだった。
「……サンダル! 間違いない、絶対マイさんです」
シアは、自信満々で言い切った。何のコスプレをしていても常に足元はサンダルだった。それに、先には要塞しかないような峡谷にサンダルで来るなんて、マイさん以外考えられない。
「マジか、あの魔力量で最強なんか。もしかして、マギア四天王って思ってたほどじゃない?」
サムが首を傾げた。フィラは頷く。
「そうだね。魔力量は多いけど、せいぜいアタシの二倍。最強って聞いていたから、もっと桁外れに多いのかと思ってたよ。これなら、アタシたちだけでも何とかなるかもしれないね」
「悪かったわね、最強のくせに魔力が少なくて」
マイが嫌みっぽく言った。
「おっと、聞こえてたか。気分悪~したんやったらすんません」
サムは慌てて謝った。自分たちとマイでは力の差がありすぎて、下手に怒らせると一瞬で殺される危険性があったのだ。怒るんやなくて油断して、と願いを込めて言い訳する。
「ただ、バカにしてるわけやなくてね。なんて言~か、超天才児って聞いてたのに九九出来るだけやったとか、ご馳走喰わしたる言われてカレー出てきたみたいな……」
「なんでよ! カレーは美味しいデショ!?」
「そこォ!?」
思いもよらぬ所に噛みつかれて、サムは思わず突っ込んでしまった。フードの中から鋭い視線を感じる。こうなってしまっては、サムも引くに引けない。
「美味しいけど、せやけどご馳走かって言われたらちょっとちゃうやん!」
マイは両手を広げて、大袈裟にため息を吐いた。
「私のカレーを食べたことないからそんな生意気なことが言えるのよ。大体、魔力量の大小で強さを測るなんてど素人丸出しよ。時代は量より使い方。ただ多いだけじゃあ武器にはならないって、トロールのあなたの方がよく知ってるんじゃないの?」
「たしかにな」
と言ったものの、サムは、マイのその言い方にどことなく違和感を覚えていた。確かに、トロールは魔力量ではなく筋肉量で戦う種族。サム自身も魔力量は多くない。獣人連合国の中でも下から数えた方が早い。だが、『武器にはならない』とは一体どういうことだ?
不意に、サムは首を振って呟いた。
「まぁ、いいわ」
油断してくれたかはわからんけど、怒ったからって速攻で殺しに来るような、攻撃的なヒトやないことわかったから、それで十分や。サムはそう思っていた。
「ほな、早速その使い方とやらを見せてもらおうか」
サムはこん棒を構えた。
「いいわよ」
マイは軽く言うと、ランタンをポイして双剣を構えた。ランタンは地面に落ちずに、マイの周りを漂っていた。
「さぁ、どっからでもかかってきなさい♪」
弾んだ声でマイが言った。サムは、マイから視線を外さずに小声で話しかける。
「ええか、フィラ。相手は四天王最強、こっちは族長二人。作戦はいつも通り、ワイが前でフィラは援護。様子見は要らん。最初っから全力でヤるで」
「オッケー、準備は出来てるよ」
「本当に戦うの? あんな風でもマイさんの強さは本物。族長が二人いても勝てるかどうか……」
シアが不安そうに言った。
「そうだね、アタシたちもわかってるよ。彼女は化け物、本当なら族長全員で戦いたいくらいサ」
シアを安心させるために、フィラは軽い口調で言ったが、その表情は強張っていた。だが、サムは笑って言った。
「せやけど、四天王が一人でのこのこやって来てくれたんや。こんな大チャンス、逃すわけにはいかんやん」
むろん、サムにも余裕はない。高い勝算があるわけでもない。それでも、否、だからこそサムは笑うのだ。ピンチのときこそ笑顔。それがサムのモットーだった。
「だったら、オレも戦うよ」
震える声でそう言うと、シアは剣に手をかけた。しかし、するすると糸が伸びてきて、剣に巻き付いた。
「ダメ。アンタは止めときな」
フィラが止めた。それは力の差だけが理由ではなかった。
「せやな、止めといた方がええわ。今の自分じゃ足手まといにしかならん」
サムも賛同した。だが、シアは小さく首を振った。
「でも、二人が戦うのに、オレだけ何もしないなんて……」
言っていることは立派だったかもしれないが、やはりシアの声は震えていた。エヴァンスとの戦いを乗り越えて、戦いには慣れたはずなのに、マイさんと戦うと思うと恐怖が襲いかかってきた。震えが止まらなかった。他の四天王ならまだしも、お世話になったマイとドミニクとは戦いたくなかったのだ。
そんなシアの頭を、大き過ぎる手がぽんと優しく叩いた。サムだった。
「流石は救世主やな。でも、剣持ってチャンバラするだけが戦うことやない。手伝ってくれるんやったら、二つ頼みがあるんやけど」
「なに?」
シアはすがりつくような目で、サムを見上げた。
「一つは、ワイが合図したらキャンプに走って援軍呼んで来て。もう一つは──」
と、サムが言おうとしたとき、痺れを切らしたのかマイが叫んだ。
「ねぇ! 来ないだったらこっちから行くわよ!!」
サムは軽く口を尖らせる。
「ちぇ、説明してる暇ないようやな。すまんけど、ここで立っといてくれる」
「えっ、立ってるだけ?」
「アンタ、まさか……!」
フィラが非難めいた声を上げたが、サムは笑った。
「せや。頼んだで、シア!!」
そう大声で叫ぶと、サムはマイとは逆方向──キャンプの方に向かって走って行った。
「ええっ、逆……」
思わず、シアはサムの背中に向かって手を伸ばす。掴めたところで止められるはずもないのに。
「えっ、シア!?」
マイは、嬉しそうに驚きの声を上げて、ランタンを飛ばした。邪魔していた二人が居なくて、今度はシアの姿をハッキリと見ることができた。
「ホントだ、シアだ♪ 久しぶりーー元気してた?」
シアに気付いたマイはフードを外し、前と変わらない気軽さで近付いて来た。
流れるような黒髪に、揺らめく炎のように赤い光を放つ片耳のイヤリング、そして白皙で端整な顔に輝くような笑顔。シアも嬉しくて、マイに駆け寄りたい気持ちに駆られたが、今は戦闘中でマイさんは敵、と思い出して踏みとどまった。
と、そのとき、空から緑色の巨体が、まるで隕石のように落下してきた。無防備に近付くマイの頭目掛けて、その巨体にも負けないくらいの巨大なこん棒を振り下ろす。
「ギガトンハンマーーーーーッ!!」
ドッゴーーーーン!! と、サムを中心に、まさに隕石でも落ちてきたような爆発が起こり、衝撃波が大地を揺るがした。シアは堪えきれずに後ろにひっくり返る。衝撃で砂ぼこりが巻き上げられたのか、土煙がもうもうと立ち込める中にサムは立っていた。マイの姿は見えなかった。それでもサムは、手応えを感じていた。こん棒から伝わるこの感触、確実に捉えたで!
しかし、土煙の中からは涼しげな声が聞こえてきた。
「……まさかこんな所で会うなんて奇遇ねぇ~」
「ウソやろ!?」
サムは目を剥いた。マイは顔をしかめる。
「ウソじゃないわよ、ホントに偶然よ。ってかホコリ立てないでよ。シアが見えなくなったじゃない」
マイが不満げに言うと、ビュー! と突風が吹いて、土煙が吹き飛ばされた。
マイは交差した双剣で、サムの巨大なこん棒を真正面から受け止めていた。そのまま状態で笑って言う。
「あら、大丈夫、シア? この程度の衝撃でひっくり返るなんて、ドミニクに叱られるわよ。もっと体幹を鍛えろ! って♪」
「ワイの最強の必殺技をこの程度って……」
サムは愕然とした。二倍以上の身長差をものともせずに、マイは涼しい顔で立っていたのだ。サムの一撃の威力を物語るように、彼女の足元の地面はバキバキに割れている。
「あっ……やっちゃった? でも、ネーミングはなかなか良かったわよ」
「フザケとんのかワレェ!」
サムは目を吊り上げ、歯を食いしばり、上から押し潰すつもりで更なる力をこん棒に加える。いつもの柔和な表情ではなく、見たこともない鬼の形相だった。
「フィラ、ワイごとヤれッ!!」
「言われなくても!!」
フィラの声は上から聞こえた。シアが見上げると、フィラは峡谷の間の空中に立っていた。シアは一瞬ぎょっとしたが、すぐに峡谷の間に蜘蛛の巣のように糸が張ってあることに気が付いた。よく見ると、両側の岩壁には白いアラクネたちが引っ付いていた。
「不可視で不可避な蜘蛛の糸」
フィラと白いフィラたちが一斉に糸を放った。何百本もの、目にも見えないような細い糸が、マイとサムに向かって飛んでいく。だが、マイは余裕の笑みを浮かべていた。
「空を覆い尽くす見えない魔法と、大地に押し潰そうとする見えすぎる腕力。良い連携ね」
「せやっ、避けられへんやろ!!」
「仲間ごと攻撃してるってことは、当たっても大丈夫な拘束系の魔法かしら。だけどっ!」
マイは、グッと剣に力を込めた。そして交差した双剣を開くように、サムのこん棒を力ずくで弾き返した。
「しま──」
こん棒を弾かれたサムは、後ろに仰け反るように体勢を崩してしまった。すかさずマイは飛び上がり、サムの無防備な左脇腹に強烈な蹴りを叩き込む。
「ぐうぅ!!」
ボキボキ! と骨の折れるような鈍い音とうめき声が響き、サムは吹き飛ばされた。岩壁に叩きつけられてようやく止まり、その場に倒れた。マイは、空中でクルリと体勢を変えると、降ってくる無数の糸魔法に向かって双剣を振るう。
重力を無視したようにフワリと着地したマイの周りに、ばらばらになったアラクネの糸が降り注ぐ。シアの目には、まるでぱらぱらと降る粉雪のように見えた。そして、その真ん中で何事もなかったかのようにたおやかに微笑むマイの姿は、一枚の絵画のようだった。
「ごめんなさいね。私、嫌いなのよ、何かに縛られるのは」
「ウソ……アラクネの糸をいとも簡単に。しかも刃の入ってないような剣で……」
フィラは、呆然と岩壁に立っていた。マイの剣は降り注ぐ糸だけではなく、白いフィラたちも峡谷に張った蜘蛛の巣も壊していたのだ。
マイが優雅に首を傾げる。
「あら、シアから聞いてないの? 私の風魔法で強化すれば……」
マイは右の剣を軽く薙いだ。すると剣から、峡谷の横幅いっぱいの巨大なカマイタチが放たれた。
「飛ぶ斬撃!?」
「せやけどデカ過ぎやろっ!?」
だが、真に驚くべきは大きさではなく、射程と威力だった。遠くの方で、ズドン! と、衝撃音が聞こえたかと思うと、けたたましい警報音が聞こえてきたのだ。
「ホラ、何でも斬れるわ♪」
三人は、反射的にズートア要塞の方を見た。遠くて要塞は見えないが、幾つもの光の筋が襲撃者を探すようにあらゆる方法に動き回っていた。
「そんなあほな!? それに、あっこにはカレルセの捕虜だっておるんやぞ!!」
「大丈夫よ、ちゃんと門との繋ぎ目を狙ったから♪」
マイはあっけらかんと言った。
「ははは、冗談でしょ? 要塞を「斬る」なんて……バケモノにも程があるよ」
フィラが乾いた笑いをあげた。そのとき、
「上や、フィラ!!」
サムが倒れたまま叫んだ。見ると、フィラの真上にマイが飛んでいた。
「私の上に立たないでくれる?」
冷たい声と共に、マイは鋭い蹴りを繰り出した。
フィラは両腕でガードしたが、耐えきれず岩壁から落とされた。落ちながら必死で壁に掴まろうと脚を伸ばしたが、落下の勢いがあり過ぎて掴まれない。もうダメ……、と諦めかけたとき、何とか立ち上がったサムが落下地点に滑り込み、間一髪でフィラを受け止めた。
「おお! ナイスキャッチ!」
空を飛んだままのマイが拍手した。
「助かったよ、サム」
フィラはお礼を言ったが、サムは鬼のような形相でマイを睨んでいた。
「こっちは本気であっちは遊んでる。せやのにまるきっり歯が立たん」
「そうだね。このまま戦っても、アタシらに勝ち目はないね」
フィラが苦々しく言った。サムは静かに頷く。
「今、ワイらにできるのは、援軍が来るまでの時間稼ぎと──」
「シアを逃がすこと」
「ちゃうわ! お前も一緒に逃げるんや。こんなとこで族長が二人も──」
そう言いながらフィラの目を見て、サムは言葉を呑み込んだ。フィラの目には『覚悟』が宿っていたのだ。
「はぁ〜あ、何言〜てもムダって顔してるな」
「アタシは、二度と同じ過ちは繰り返さないって決めたんだ。この命にかえても」
「そうか。ほんじゃあ、ちょっくらシア逃してくるわ」
フィラを地面に下ろすと、サムは倒れているシアのところへ走った。シアを起こしながら、諭すように言う。
「シア、ワイらが時間稼ぐから、その間に援軍呼んできて」
サムは逃げろとは言わず、最初の頼み事の体を取った。シアの性格を鑑みると、そっちの方が従ってくれそうだと思ったからだ。
「でも、サムとフィラが……」
「いいから早よせえッ!!」
サムは必死の形相で叫んだ。背後に、マイが降りてくるのを感じたのだ。シアは、弾かれたように走り出した。
「スーパートロールのワイが、蹴り一発でグロッキーになるとはな。けど、ここは死んでも通さん!」
サムは振り返り、マイの前に立ちはだかった。こん棒を持つ手に力が入る。
「あらあら、そんな状態でまだ私に挑むの? 立っているのがやっとじゃない」
そのとき、横合いからマイに糸魔法が飛んできた。マイは、左の剣であっさり防いだ。
「アタシのことも忘れんじゃないよ!」
「こっちは立てもしてないじゃない」
マイが呆れたように言った。フィラは上半身だけ起こし、魔法を放っていたのだ。
「ウルサイ! 立てなくたってアタシは戦えるんだよ」
そう言って、フィラは両手を上げて叫んだ。
「複数人の巨大なアタシ!」
たちまち、フィラの周りに十体の巨大なフィラが造り出された。一体はフィラを背に乗せ、残りの九体はマイを取り囲む。
「同時に十体も操るなんて、ずいぶん器用なのね」
マイは、感心したように言った。
「時間稼ぎくらいッ!」
「せや! シアが援軍呼んでくる時間さえ稼げばワイらの勝ちや!」
マイは、ふ~んと意味深に笑った。
「とんだ詭弁ね。そんなのに私たちが騙されると思ったら大きな間違いよ」
「やってみんとわからんやろ!」
サムとフィラたちの猛攻がはじまった。サムは力の限りこん棒を振り回し、それを援護するようにフィラたちは糸を放つ。二人とも体力も魔力も全て使い切るつもりだった。しかし、マイにはかすりもしない。マイは剣も振らずに、踊るように優雅に避け続けていた。鼻唄まじりで。
「~~♪ ホラ、やっぱり私の方がシアのことをよくわかってる♪」
マイはいきなり止まると、何かに気付いたように剣でサムの後ろを指した。サムは思わず振り返った。
「シアッ!?」
そこには逃げたはずのシアがいた。




