67 一難去ってまた一難 後編
「ありがとう、シア。君のおかげで被害も最小限にズートア要塞を落とすことができた」
「ほんまに。初陣で敵司令官を殺さずに捕縛するなんて活躍しすぎやで、シア!!」
「ああ、我らでも、初陣ではこんな派手な活躍はできなかったぞ」
「せやせや、ワイの作戦が良かったのは言わずもがなやけど、シアがそれを完璧に実行したからこその完全勝利やで!」
ゆっくりと高度を下げてゆく鉄の揺りかごに揺られながら、シアは称賛の嵐に晒されていた。この活躍が自分の実力ではなく、サムの作戦のおかげだと知っているので、嬉しさよりも気恥ずかしさが上回っていた。だが、逃げ場のないここでは堪え忍ぶしかなかった。しまいにはマイヤーまで褒めはじめる。
「その若さでエヴァンス司令官に優る剣技を持ち、単身敵陣に乗り込み敵司令官を倒したというのに、その功を誇らないとは。やはり立派なお方だ。年齢など、凡人を測る秤でしかないのですね」
返答に困って愛想笑いするシアの隣で、ヴェルフが自慢げに鼻をつんと上げる。
「当たり前だろ。シアは俺の自慢の弟子だからな」
『俺の自慢の弟子』
その一言に、シアはハッとさせられた。すかさずサムがちゃちゃを入れる。
「なんでヴェルフの方がエラソーに答えんねん。師匠も弟子の謙虚さを見倣った方がええんとちゃうか?」
「ウルセー、弟子の手柄は師匠のもんだろ!」
そんなこんなしていると、再びチーンと耳馴染みのある音が鳴り、シアたちは地上に降り立った。
スパーダストラーダ峡谷は珍しく明るかった。傾きつつある太陽の光が、開け放たれている要塞の門の間を通り、峡谷を照らしていたのだ。
「あれっ、もう陽が傾いている?」
シアは驚いた。特に時間を気にしていたわけではないが、まだ昼過ぎくらいだと勝手に思い込んでいた。しかし実際は夕暮れ前だった。ずっと窓もない室内で戦っていたので、時間感覚が狂っていたのだ。
「時間も分からんなるほど集中してたってことやな」
と、サムは優しく微笑む。しかし、師匠は冷たい。
「何言ってんだ、エレベーターからの景色だって暗かっただろ?」
「…………だって、峡谷だから陽が届いていないだけかな~って……」
シアの言い訳も虚しく、ヴェルフたちは先に門の方へと歩き出していた。シアも慌てて追いかけた。
要塞の下には、門番のように二つの人影があった。一つはヒトの、そしてもう一つは獣人──ケンタウロスの影。ヒトは中央辺り、獣人は荒野側の端と、二人の間には大きな隔たりがあったが、その影は隣合って立っているように見えた。彼らは門番だった。ヒトは獣人たちが要塞に侵入しないように見張り、獣人はヒトを見張りながら獣人を要塞に近づけないようにしていたのだ。
だが、そんなことを知らないシアは、隣り合っている二つの影にカレルセの未来を、ひいてはこの世界の未来を夢見た。誰でもないヒトと獣人が、種族の枠を越えて隣り合って立てる、そんな平和な世界を。
気配を察知したのか、中央にいたヒト影が振り返り、シアたちの方へと近づいてきた。味方だと確信を持てないヴェルフたちは、足を止め軽く身構えた。妙な緊張が走る。
夢の世界はやっぱり夢なのか、シアが漠然と寂寥を感じたとき、マイヤーがスッと一歩前に出た。
「大丈夫、彼は私の仲間です」
その瞬間、シアはフッと空気が軽くなったのを感じた。ヴェルフたちは構えを解いていた。ヒト影はそのままシアたちの側まで来ると、敬礼した。
「サルムーンです。どうぞ、お見知りおきを」
サルムーンは筋骨隆々の巨漢で、見るからに猛将タイプだった。背丈も体の厚みも、ついでに年齢もマイヤーより一回り上に見える。
「ああ、よろしく頼む」
レオン王が答えた。
「サルムーン、私はこれから、ディクソン様の代わりとして彼らの陣営で協議に参加する」
「ディクソン様はどうしたかしたのか? まさか…!」
と、サルムーンは腰の剣に手を伸ばそうとしたが、その腕をマイヤーが掴んで止める。
「違う! ディクソン様はまだ要塞内に残っておられるのだ」
サルムーンの腕から力が抜けるのを確認すると、マイヤーは手を離し、静かに言った。
「……おそらく牢に入れたエヴァンス司令官のところだろう」
「そうか、やはり司令官は裏切らなかったか……」
サルムーンは残念そうに呟くと、チラリとマイヤーを見た。
「一人で大丈夫か?」
「ああ。私も彼らを信頼している」
マイヤーはそう言ったが、サルムーンは納得していないように見えた。
「サルムーン殿が心配するのも当然だ。そうだな、念のために場所を伝えておこう。奥にある一番大きなテントで行う。見えるか?」
レオンが指差した先、荒野にはすでに新しい獣人キャンプが出来つつあった。キャンプの真ん中にはクズハの店(クズハがそのまま持ってきた)があり、その奥には本陣のテントがあった。
森の中のキャンプを撤収させた獣人連合は、最初からこの場所にキャンプを建て直すことを決めていた。ゆえに、荒野での戦闘が終わった直後から、獣人たちは休憩もせずにキャンプの設営に精を出していたのだ。
「何かあれば、向こうにいるケンタウロスに言ってくれ。彼がテントまで案内してくれる」
レオンが言うと、了解した、と言わんばかりに、遠くにいるケンタウロス──マルコが左手を上げた。
「流石は獣人、この距離でも聞こえているのですね」
マイヤーが感心したように言った。
「何かあれば叫べよ、マイヤー」
そう言うと、サルムーンは道を開けた。
「うむ。では、行こうか」
レオンたちは再び歩きはじめた。数歩行ったところでサムが遠慮がちに聞く。
「なあなあ、マイヤーはん。無事にこの要塞落とせたし、ディクソンはんのことは信用してるんやけど……、あんたの仲間は何人おるん?」
「なるほど。ディクソン様は信用するが、その部下までは信用できない、と言うことですか?」
マイヤーは穏やかに笑った。彼にしていれば、ディクソンを信用している、と聞けただけで十分だったのだ。
「まぁ、平たく言うとそういうこっちゃ。裏切ったあとやねんからもう言うてもええんちゃうの? まぁ、イヤやったらええけど」
サムは開き直ったかのように、あっけらかんと言った。マイヤーは苦笑いする。
「そう…ですね。嫌ではないのですが、私が勝手に決めていいことでもないので、申し訳ありません。代わりと言っては何ですが、私たちがディクソン様に忠誠を尽くす理由であればお話できますが?」
「じゃお願い。ワイに信用するか決める権利はないけど」
サムの意地悪な言葉に、マイヤーは困ったように笑った。
「では簡単に。……私たちは皆、代々ヴィルヘルム家に仕えてきた者たちなのです。この要塞の兵士になったのも、アデルへの忠誠やこの国のためではなく、ディクソン様に仇討ちをするためだったのです」
「仇討ちッ!?」
と、シアとサムは同時に叫んだが、二人の声の性質は真逆だった。マイヤーは穏やかに笑う。
「ええ、仇討ちです」
マイヤーは穏やかに言った。シアが伏し目がちに聞く。
「…それって、ディクソンさんが父親を殺したからですか?」
一瞬だけ、マイヤーの表情が険しくなったが、すぐに穏やかに首を振った。
「いいえ、違います。そのおかげで我々、ヴィルヘルム領の住人は救われたのですから」
「救われた?」
「そうです。あのとき、アデルたちはヴィルヘルム侯爵を探すことを名目に、ヴィルヘルム領を荒らし回っていました。いくつもの町や村が焼かれ、抵抗する者は子供でも容赦なく殺されました。ですが、ディクソン様のおかげで、アデルたちはヴィルヘルム侯を探すという名目を失い、撤退したのです。…侯爵の性格を知っていた我々は、ディクソン様を救うために侯爵が自らを犠牲にしたのだと思いました。ですから、お姿を消したディクソン様がいつお帰りになられても良いようにと、我々の多くはヴィルヘルム領の復興に精一杯努めてきました」
「せやのに、なんでそっから仇討ちしよ、ってなったん?」
すこぶる軽くサムが聞いた。仇討ちの決行者と対象者が、両方生きていることを知っているからこその軽さだった。マイヤーも気を悪くした様子を見せず、普通に答える。
「カレルセ軍に入ったディクソン様がこの要塞に赴任してきたからです。我々は許せなかった。ヴィルヘルム侯爵を、お父上を殺す元凶になったアデルに、ディクソン様が仕えているのが。ですから、仇討ちしたのです。……まぁ失敗しましたが。ディクソン様がお一人になられたところを十数人で襲いかかったのですが、あっさりと返り討ちに遭いました。そのとき、ディクソン様のあのお姿と夢を知ったのです」
「そんで忠誠を誓ったんか」
「はい。我々を信用して、全てを話して下さったのです。もう二度と主を裏切るような真似はできません」
「なるほど、ディクソン殿の人柄に惹かれているのだな。ならば我らも信用していいだろう」
傍らで聞き耳を立てていたレオン王が言った。サムも頷く。
「せやな。打算的なモンじゃなくて、人柄で繋がってるんやったら信用できるわ」
「ありがとうございます」
マイヤーは心からお礼を言った。
「ほんならワイとシアは、フィラ探しに行ってくるわ」
荒野の入り口に近づいた所でサムが言った。
「いいの?」
と、パッとシアは顔を輝かせた。が、すぐに輝きを消した。
「あっでも協議は?」
「そんなんええよ」
と、シアに笑いかけてから、サムはレオンの方を向いた。
「王さんがおればそれで十分やろ? いや、むしろ王さんとのタイマンの話し合いってことにして、声と態度がデカイだけの邪魔者を参加させんようにした方がええんちゃう?」
「ああだが、ケガの治療中のアイツが、協議のことを知っているとも思えんが?」
レオンがそう言うと、コツコツと蹄の音を鳴らして、マルコが近づいてきた。
「いや、先ほどからラークたちがこの辺りをちょろちょろしていた。アイツらなら、告げ口に行くことも多いに考えられる」
「ラークか……。あの二人、普段は水と油やのにヒトのこととなると途端に仲良うなるからな。ほっんま救いようないわ」
サムは呆れたように首を振った。
「そうだな。念のため、こちらは私だけにしよう」
誰も固有名詞を出さなかったが、マイヤー以外は同じ牛を思い浮かべていた。
「では、私は引き続きここを見張っている。案内のこともあるが、ラークのようなヤツらを向こうに行かせるわけにはいかないのでね」
「うむ、頼んだ」
マルコは、パカラパカラと持ち場に戻っていった。
「んじゃ、俺もフィラ探しに付き合うか」
マルコの背中を見ながら、ヴェルフが何気なく言った。が、サムが止めた。
「ちょい待ち!」
「あ?」
「ヴェルフは、シグナスに帰ってくんなって言って来て」
「は? なんで俺が?」
「昨日の会議から逃げたから」
と、冷たく言ってから、サムはわざとらしく付け加えた。
「ああ~、そういやヴェルフはシグナスが嫌いやったな、勝たれへんから」
「えっ、ヴェルフより強いの!?」
シアは思わず声を上げた。
「ちげーよ、引き分けだ、引き分け!」
ヴェルフは声を荒げて否定した。それから聞いてもいない言い訳をはじめた。
「あの勝負は遊びだったし……。それに空飛んでるヤツどうやって戦えってんだ。てか、嫌ってる理由もそれじゃねぇし……。何つーか、アイツは強いくせに弱えぇんだよ。性格が弱者のソレってつーか、強いわりに余裕がねぇ~ってつーか……。ああーーー、もういい! レオン王からの伝言ってことで、ハーピー対策のこと伝えてくればいいんだな?」
「ああ、そうだな。頼んだぞ、ヴェルフ」
「ハイハイ」
投げやりな返事をすると、ヴェルフはそのまま走っていった。サムとレオンは呆れ顔だったが、シアはヴェルフの新たな一面を見れたようで嬉しかった。
「ほなワイらも行こか、シア」
「ハイ!」
元気よく返事をすると、シアとサムは、フィラ探しに出発した。
(シアも会いたいやろうけど、それよりもフィラの方が会いたがってるやろうな)
と思うサムであった。
荒野に作られた新しい獣人キャンプは、以前の森の中の獣人キャンプをそっくりそのまま持ってきたかのように、ほとんど一緒の配置だった。その中を、白いアラクネと二足歩行のキツネが、荷物を持ってところ狭しと走り回っていた。大きさはシアの半分くらいだが、数えきらないほどに大量だった。サムによると、それらはフィラとクズハの魔法とのことだった。この魔法を使えるのであの二人が撤収係りに選ばれたのだとか。
そんな中をフィラを探し歩いていると、テントとテントの間で作業しているフィラを見つけた。サムが声をかける。
「あ、おったおった! お~~い、フィラ~~~!!」
「なんだい──」
振り向いたフィラは、血相を変えて突進してきた。シアの直前で蜘蛛の脚を折り畳むように滑り、シアの頭を抱えるようにおもいっきり抱き締める。
「シア! 無事で良かった……」
シアは息もできなかった。抱き締める力が強過ぎるのもあるが、それよりもフィラの温もりが心に沁みるようだった。小さい頃、一度だけ母に同じように抱き締められたことがあったような……、遠くなる意識の中でそんなこと思っていると、サムの優しい声が聞こえてきた。
「フィラ、嬉しいのはわかるけど、そのままやったらシアが窒息するで」
「あっごめん!」
ハッとしたフィラがパッとシアを離した。その瞬間、シアは再び息をすることができた。窒息を免れた代償にゴホゴホと咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫かい?」
咳き込んでいるシアの顔を覗き込むようにして、フィラが心配そうに聞いた。シアは嬉しかった。窒息しかけたのは事実だが、それはアラクネの力に負ける自分の弱さのせいであって、フィラを責める気持ちは全くなかった。むしろ、心配してくれるのが嬉しかったのだ。少しオーバーな気もするけど。
「うん、大丈、夫……」
咳き込みながら言うそれは、自分でも大丈夫そうには聞こえなかった。シアは、咳をグッと堪えて笑った。
「大丈夫。それにどこもケガせずに、エヴァンスを倒したよ」
心配してくれるのは嬉しいけど、やはり心配はさせたくなかった。出来得る限り安心していてほしかった。
「よかった……」
それで落ち着きを取り戻したのか、フィラもようやく笑った。それから何かを思い出したかのように、小さくあっ、と言った。
「そうだ、シアはコレを取りに来たんだね。それなのに舞い上がちゃってごめんね」
フィラは背負っていたシアのカバンを、少し恥ずかしそうに渡した。受け取りながら、シアは自分自身に愕然としていた。
(何よりも大事なカバンなのに、オレは忘れてた……)
シアは、カバンのことなどすっかり忘れて、ただフィラに会いに来ただけだったのだ。
「…あ、ありがとう」
カバンのことを忘れていたショックで、シアはお礼を言うので精一杯だった。
「難攻不落のズートア要塞も落とせたことやし、あともうちょっとで元の世界に帰れるな、シア!」
サムが嬉しそうに言った。シアは虚ろに答える。
「うん」
「そうなると寂しくなるね。でも、アタシたちも最後まで協力するからサ」
フィラの言葉が、シアの心に突き刺さった。カレルセのときとは違い、獣人連合には悲しんでくれる人たちがいる。
獣人たちは、シアが心に空けている大穴など意にも介さずひょいと軽々飛び越え、近くに来てくれた。いつもなら、シアは自ら離れることを選らんでいただろうが、今回はズートア要塞があって逃げられなかった。いや、ズートア要塞を言い訳に離れなかった。
そしていつの間にか、彼らはシアにとってかけがいのない存在になっていた。別れたくない存在に。一刻も早く元の世界に帰らないといけないのに、紫苑の命が危ないかもしれないのに、それなのに彼らと別れたくないと思っている自分が頭の片隅にいる。そのことにシアは気付いてしまったのだ。
「ありがとう、ございます。……あの、オレ、テントにカバン置いてきます」
シアの様子の変化に、フィラは小首を傾げた。だが、初陣で疲れたのだろう、と思った。
「そうかい? テントの位置は変わってないからね」
シアは、心のここにあらずといった様子で、とぼとぼと歩いていった。途中、何人かの獣人に声をかけられたが、シアには届かなかった。
どこをどう歩いたのかもわからないが、シアは自分のテントの中に立っていた。頭の中はまだぐちゃぐちゃだった。帰らなくちゃいけないと頭の大部分が叫んでいるのに、彼らと別れたくないという気持ちが消えてくれない。
そのとき、どこかで雷のような怒号が轟いた。ぐちゃぐちゃのシアの頭では何を言っているか聞き取れなかった。それでもドブルスの声だと言うことはわかった。
「何かあった……?」
そう思ったとき、シアの中で悪魔が囁いた。
(だったら、こんな所で悩んでいる場合じゃないんじゃないか?)
シアは、ノータイムで悪魔の囁きに乗った。ぐちゃぐちゃとした考えを全て捨て去って、カバンを置いてフィラたちのところに急いで戻る。そして着いたとき、再び怒号が聞こえた。しかし、今度は要塞の方からで、声の主もドブルスではなかった。
「ヒトが逃げたぞーー!」
「追えーーー!!」




