66 一難去ってまた一難 前編
「それにしても、前見たときよりだいぶイカつくなってんな」
部屋の真ん中で、怪しい光を放っている新生レオナルの槍を見上げて、ヴェルフが呑気に言った。
前に見たときは、台座の上に白く輝く球体があるだけだった。しかし今は、台座からは何本ものパイプが伸び脚のように床に突き刺さっており、球体からは大きな砲身が生えている。どくんどくんと鳴動しているのは同じだが、放つ光が白から赤黒い色へと変色していて、不気味さは幾万倍だった。
「これが例の新兵器か……。要塞のコアに直接レオナルの槍を繋いでんのか。そんでこのパイプでナディエ・ディエの魔力を吸収してんのか。いやぁ~、これまでのレオナルの槍とは比べもんにならんくらい魔力溜め込んでんなぁ~」
赤い瞳をキラキラと輝かせて興味深そうに観察するサムの隣で、レオン王が唸るように言った。
「なんと禍々しい。これが撃たれていたら、と思うとゾッとする」
「ブラウンには悪いことをした。もう少し早ければ、殺さずに止められたのに。……すまない、ブラウン」
いつの間にかヒトの姿に戻っていたディクソンが、冷たくなったブラウンからナイフを抜き取り、謝罪の言葉を口にした。どれほどの想いを込めたとしても、黄泉の国はおろか、この部屋の外にも届くことのない謝罪。届かない謝罪が自己満足以外の何物でもないことを知っていながら、それでも彼は謝らずにはいられなった。
「だが、おかげで我々は助かった。お礼を申し上げる、ディクソン殿」
レオン王が恭しく頭を下げた。しかし、
「いえ、あなた方を助けるためではなく、私の中のちっぽけな正義がこの兵器の使用を許せなかったのです。私自身、これまで戦場で幾人も殺してきたというのにね」
ディクソンは自嘲するように薄く笑った。
「そんなことよりどうすんのこれ? なんやバチバチしてるけどこのまま放っといて大丈夫なん?」
新生レオナルの槍を観察し終わったサムが、半ば他人事のように言った。
「それは……」
と、言い淀みながらディクソンは、ブラウンがやっていたようにコンソールを操作しはじめた。だが、指の速度はブラウンの半分以下。
……数分後、一生懸命動いていたディクソンの指が止まった。
「これは、私ではどうにもできませんね。申し訳ありません、機械の操作は苦手なモノで」
振り返ったディクソンは、貴公子然とした白皙の顔に人好きのする微笑をたたえていた。
「えっでも、転送魔法を変えてくれてたんじゃ……?」
サムの影に隠れて、シアが小首を傾げた。要塞にいる協力者が、転送場所をこの部屋に変えてくれた、と、シアは思っていた。協力者がディクソンさんだったということは今しがた知ったのだが。
「ああ、それは工事に来ていた親方たちにやってもらったのです」
ディクソンは、誰かを探すように視線を動かし、サムの影に隠れるように立っているシアを見つけて笑いかけた。
「シア君が参戦するなら、転送魔法を活用すると思ってね」
「……あ、ありがとうございます」
輝くような王子様スマイルに、シアは思わず見惚れてしまった。すかさずヴェルフが冷やかす。
「なに男に見惚れてンだ、お前にゃあ愛しの姫サマがいんだろ」
「あっ、いや、そんなんじゃ」
恥ずかしさを隠すように、シアは両手をブンブンと振って否定した。ヴェルフはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあなんで隠れてんだ?」
「これはその……」
シアは口ごもった。シアが隠れているのはブラウンの死体を見ないようにするためだった。しかし、今さら死体を見るのが怖い、と言うのも別次元の恥ずかしさがあったのだ。
「気にせんでもええで、シア。ヴェルフのはただのひがみやから」
サムの出した助け船は少し攻撃的だった。
「ハァ?? 何で俺がひがまなくちゃいけねぇんだ?」
「どうせ、自分のヒトモードのときにシアが見惚れへんかったから気にしてんねんやろ」
呆れた顔になっている王様にも気にせず、ヴェルフとサムはしょうもない言い争いを続けていた。それを微笑んで見ていたディクソンだったが、わざとらしく咳払いをすると再びコンソールに向き合った。
「……他にも警報装置やセンサー類、念のためにハーピー対策の迎撃機構の停止、など要塞の魔力の節約を名目に、色々と変更してもらったのですが……」
話しながらピコピコと指を動かしていたが、浮かび上がった文字列を見て首を振った。
「……どうやら元に戻されたようですね」
「やっぱりハーピー対策してたんか」
何事もなかったかのように、サムは真面目な話に合流した。
「ええ、空はこの要塞最大の弱点ですから。ハーピー一族の総攻撃の後、設置されたんです。もっとも、あれ以来ハーピーが攻めて来ていないので使われたことはないですが」
「なるほど、それでシグナスに伝令を頼むように言ってきたんだな、サム」
昨夜、レオンはサムから、シグナスに本国への連絡を届けるよう頼んで、と頼まれていた。連絡の内容は、敵が新開発したレオナルの槍を使う可能性あり、万が一に備えて避難せよ、だった。
シグナスは、獣人連合国唯一のハーピーで、両手が大きな白い羽になっている男だ。彼は、里を抜け出した裏切り者のハーピーを探すため、クズハと共に獣人連合国に身を寄せている協力者である。ゆえに、彼らとレオン王は対等な立場だった。しかしクズハと違い、シグナスは王の頼み事を断ったことはなかった。
「せやけど、再設定されてんのやったらしばらくは戻ってこんように言うた方がええな」
「その方が安全かと。下手をすれば、この兵器が暴発することも考えられますので」
ディクソンの言葉に、サムとレオンは頷き合った。
「で、結局これはどうすんだ?」
ヴェルフが新生レオナルの槍のパイプをぱんぱんと叩きながら言った。
「ああ、そうでしたね。兵器に改造されても要塞の心臓としての機能は残っているので、魔力吸収用のパイプを外しておけば、二、三日で要塞に魔力が還元されるはずです。今すぐどうにかすることはできないので、とりあえず砲身をカレルセの方へと動かしておきましょうか」
ディクソンは何気なく言った。
「えっ、これ動くん!?」
サムもシアもヴェルフもレオンも、皆等しく驚愕した。
「はい。これは対マギア用に開発された兵器ですから、移動できる用に造られているのです。この要塞でナディエ・ディエの魔力を充填して、マギアを狙える場所まで移動させて発射する。ここからですと、どう頑張ってもナディエ・ディエが邪魔になりますからね」
ディクソンはあっさり答えた。
「いやいやいや、そういうことじゃなくて。こんなデカイのどうやって動かすん?」
「アデルには四大精霊のシルフがついていますから、風の力でかなりの重量を浮かせることができるのです。これはシルフが浮かせられる上限の質量になっているはずですが、トロールの膂力であればおそらく回転させることはできるかと」
言いながらコンソールをポチポチと操作するディクソン。すると、プシュ! と軽快な音と共にパイプが外れて床に横たわった。
「どうぞ、試してみてください」
ディクソンは簡単に言った。
「ほんまに動くんかぁ~?」
サムは疑りながら新生レオナルの槍の砲身に手をかけて、力を籠める。すると、ズ、ズズズッと、砲身が台座ごと回転しはじめた。
「ほんまや! めっちゃ重いけど動くわ!!」
おおっ! と、シアたちも感嘆の声を上げた。そのまま半分ほど回転したところで、ディクソンが叫んだ。
「もういいです! その辺りで十分です」
「あーーー、疲れた!」
サムは地面に大の字に倒れた。
「お疲れ様です。ブラウンの部下を脅して解除させても良かったのですが、我々では理解していないことが多いので、解除すると言いながら撃たれても困るのでね」
「よし、じゃあ地上に降りるか」
ヴェルフが言った。レオンも頷く。
「そうだな。今後について、貴官らと協議する必要もあるしな」
レオン王は、そう言ってディクソンの方を向いた。
「そうですね……」
と答えたものの、ディクソンは奥歯に物が挟まったような表情をしていた。そのままレオン王を見上げて、申し訳なさそうに続ける。
「その前に、私には二、三やることがあるのですが……」
「なんだ? ……ああ、そうか。もちろん良いぞ。では、我々は先に降りている」
言ってから、ディクソンの視線の先にブラウンの遺体があることに気付いて、レオンは納得し、許可を出した。
「ありがとうございます」
ディクソンはお礼を言うと、ブラウンの遺体をひょいっと担ぎ上げた。それを見てしまったせいか、シアは不意に気分が悪くなってクラっと倒れそうになった。
「おっと。大丈夫か?」
倒れる前に、ヴェルフが支えてくれた。シアは、真っ青な顔で口元を押させて呻く。
「気持ち悪い……吐きそう……」
乗り物に酔ったときのように気分が悪かった。死体を見ただけなのに、と、シアは自分でも情けない気分になった。
上半身を起こしたサムが、シアの青くなった顔を覗き込んで苦笑いした。
「あー、こりゃ完全に魔力に当てられてるな。まぁ、部屋ん中にこんな濃い魔力があんねやからしゃーない。心配せんでも、この部屋から出るだけでだいぶ気分良うなるはずやで」
その瞬間、シアは走り出した。この気持ち悪さから一刻も早く解放されたかったのだ。くらくらする頭も込み上げてくる朝食も必死に耐えて、一目散に部屋の外を目指す。ぶち破る勢いで扉に体当たりすると、シアはそのまま廊下に倒れ込んだ。
「うおっ! だ、大丈夫ですか?」
廊下にいたマイヤーが慌てて駆け寄り、シアを起こそうとした。しかし、
「大丈夫じゃ……いや、大丈夫!!」
と、シアは一人で飛び起きた。サムの診断通り、部屋の外に出るだけですっかり気分が良くなったのだ。
「はやっ!」
それにはサムも驚いた。気分良うなるとは言ったけど、そんな勢いで元気になるとはな。シアって思ってたより魔力耐性高いんか? けどまぁ……
「元気になったんやったら良かったわ」
ディクソンを先頭に、ヴェルフたちはゆっくりと歩いて近づいてくる。だが、シアは彼らに背を向けていた。死体を見たくないのもあったが、それよりも部屋の向かいにあった扉が気になっていたのだ。
「あれっ、こんな所に扉? それにあのボタンって……」
前来た時にはなかったような気がするし、シアの脳内地図が正しければ、ここは要塞のはしっこで、この先は外のはずだった。そして、扉の横には見覚えのあるボタンがあった。まるでエレベーターのような上三角と下三角の二つのボタンが。
「エヴァンス司令官は牢に閉じ込めました」
マイヤーが廊下から報告した。ディクソンは静かに頷く。
「ご苦労。では彼らを下に案内して、先に協議をはじめていてくれないか、マイヤー?」
「承知しました」
「任せたぞ。では、失礼します」
ディクソンは、ブラウンの死体を担いだままどこかへ行ってしまった。
「では、少々お待ちください」
マイヤーは、部屋の中にいるレオン王とサムに敬礼すると、下三角のボタンを押した。
「なんや、魔力いらんのか?」
部屋の中からサムが聞いた。サムたちが部屋から出ようとしないのは、廊下が狭いからだった。
「はい、要塞に魔力が供給されはじめているので大丈夫です」
と、マイヤーが言ったとき、チーン、と、聞き馴染みのある音が鳴り、外壁にある扉が左右にスライドして開いた。
扉の先には、武骨で巨大な金属製の箱があった。正面の壁だけは格子状になっており、外の景色が見ることができた。
「やっぱりそうだ!」
自分の考えが合っていたことが嬉しくて、シアは思わず声を上げてしまった。それから訝しげな視線で見ている四つの視線に気がつき、弁明した。マイヤーはスッキリとした表情で補足してくれた。
「ああ、そういうことでしたか。おっしゃる通り、これは工事のために増設された、資材運搬用のエレベーターなのです」
資材運搬用のエレベーターなだけあって、サムとレオン、それと後の三人が乗ってもエレベーター内は広々としていた。
ただ、外の景色はあまり良くなかった。ズートア要塞最上階という高所にもかかわらず、見えるのは茶色の壁──ナディエ・ディエと、それに挟まれたどこまでも続くような一本の道──スパーダストラーダ峡谷だけだった。ほとんど真下、要塞の足元には馬車が並んでいたが、シアの目には豆粒サイズにしか見えなかった。それを指して、ヴェルフがマイヤーに問う。
「あれは放っておいてもいいのか?」
「ええ。あれらは百害あって一利なしの類いのですから。だからと言って殺すのはしのびない、何もせずに逃げてくれればいいのですが」
「ふ~ん、どの集団にもそういうヤツらはいるんだな」
ヴェルフが外を見ながら呟いた。シアは何のことかわからなかった。




