63 ズートア要塞攻略戦──DOKIDOKI電撃大作戦
「見た目で判断してたら痛い目にあうぜ」
両眼に怒気と殺気を滾らせて、猛然と襲いかかってくるエヴァンスに、シアは剣と盾を構えたまま薄く笑った。が、その内心はビビり散らかしていた。
(う、うわぁ~~、来たよ、来ちゃったよ。めっちゃ怒ってるよ、怖ぇよぉ~)
エヴァンスの姿は、まるで鎌を振り上げて迫ってくる死神。だが、その速度は木刀を持った人狼より遅かった。
「死ねぇえええ!!」
魂の叫びを上げながらエヴァンスが、袈裟懸けに刀を振り下ろす。シアはスッと左に一歩だけステップを踏んだ。刀はシアが一瞬前までいた空間を斬り裂き、床石を打ち砕く。
「なッ!?」
必殺の一撃を、完璧に回避されたエヴァンスは目を見張った。その瞬間、視界の右端に不吉な影──鞘付きの剣を振りかぶっているシア──を見た。しかし、体勢を崩している彼は見ていることしかできなかった。
「にィ──!?」
ドンッ!! と強烈な衝撃がエヴァンスの顔面を襲った。ブラウンが叫ぶ。
「エヴァンス様ッ!!」
無様に吹き飛ばされたエヴァンスは、もんどりうって地面を転がってからバッと跳ね起きた。
(よし! 戦える……!)
シアは、武具を握る手にグッと力を込めた。
「油断しただけだ。落ち着けばなんてことはない!」
口から血を流しながら言うエヴァンスのそれは、ただの強がりにしか見えなかった。だが、れっきとした事実だった。エヴァンスが冷静さを取り戻したらシアに勝ち目はなかった。だからこそ、シアは最初からエヴァンスを挑発し続けていたのだ。そしてそれがサムの作戦だった。
「ええか、シア。ハッキリ言うけど、今の自分では真っ向勝負でエヴァンスに勝つんはきびしい。真剣使わん言うんやったら九割九分九厘ムリや。それに、戦闘が長引けば長引くほどシアは不利になる。せやから今回は奇策や。端的に言うと、エヴァンスをキレさせて速攻で勝負をかける。名付けて、怒気怒気! 電撃大作戦や!!」
エヴァンスをバカにしてキレさせろ、とサムは言ったが、シアは、人をバカにするのは好きではなかった。むしろ嫌いだった。作戦とはいえやりたくなかった。しかし、真剣は使わない、敵は殺さない、とすでにワガママ放題言っているので、これ以上文句は言えなかったのである。
「いきなり不用心に突っ込んでくるなんて油断し過ぎだぜ。まったく、マイさんに教わらなかったのか?」
シアは、追い討ちをかけるように挑発した。しかしこれはあまり響かなかった。尊大とも取れる態度でエヴァンスが言い返す。
「私は誇り高いカレルセの軍人だ。何故、マギアの連中などに教えを乞わないといけない?」
エヴァンスは、シアがヒトを殺せないことを知っている。正確に言うと、一ヶ月前のシアが死にかけのラズルを殺せなかったことを。そして先の一撃で、シアが今もヒトを殺せないことを確信していた。一片の殺気も感じないガキの剣に負けるわけがない、幾つもの戦場を生き抜いたエヴァンスには強者の自負があった。それは自信だけでなく、慢心も生んでいた。
シアはフッと軽く笑うと、事も無げに言い放った。
「弱いから」
それは、シアの脳内にいるイマジナリーヴェルフの言葉だった。
その氷のような文句は、エヴァンスの強者の自負を深く傷付けた。
「殺す覚悟もないくせに、俺が弱いだと!」
エヴァンスはカッとなって叫んだ。取り戻しかけていた冷静さにひび割れが生じ、真っ黒な怒気が漏れはじめているようだった。それを見て、シアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。エヴァンスの我慢の限界はすぐそこだ。
「オレに殺す気があったら、アンタは最初の一撃で死んでるぜ?」
「黙れッ!!」
叫ぶのと同時に、エヴァンスはシアに躍りかかった。一気に距離を詰めて、刀を振るう。まさに紫電一閃!
激突した刀と盾は、鋭い金属音と無数の火花を散らした。凄まじい衝撃が、盾を通してシアの全身に走る。それでもシアはほくそ笑んでいた。
(かかった!)
エヴァンスは、間髪入れずに怒りの猛攻撃を繰り出した。むせかえるような怒気と殺気を迸らせ、強化魔法も全開に、シアの首を飛ばそうと冷たい光を煌めかせる。シアは防御に専念した。剣と盾の両方でそれを捌き、さらに挑発を続けた。攻撃と口撃の応酬が続く。
「どうしたどうしたぁ~、オレを黙らせンだろ? その程度の攻撃じゃまだまだ喋れるぜぇ?」
「黙れ、黙れ、黙れッ!」
エヴァンスの連撃は激しくて重いが、ヴェルフの本気に比べれば大したことなかった。さらに挑発すればするほどエヴァンスの攻撃は乱雑になり、防御ではなく回避する余裕も生まれた。
(サムの言った通りだ……)
シアの脳裏に、昨夜のサムとの会話がよみがえる。
「でも、キレたらもっと強くなるんじゃ?」
「そんなんで強なるんやったら誰もカルシウム摂らへんよ」
笑って言ったサムだったが、納得いかなそうなシアの顔を見て、ちゃんと説明をしてくれた。
「普通戦闘って、相手倒しても自分が死んだら意味無いから、だいたい攻撃三、防御七くらいの割合で死なんように戦ってて、そんでトドメ刺すタイミングだけ集中して攻撃十とかにするんやけどな、怒ったときってのは知らず知らずのうちに攻撃に意識が傾いてって、そんでキレたら最後、防御なんかほっぽり出して相手を殺すことしか考えらへんようなんねん。せやから攻撃は十どころか十二にくらいまで振り切れて、強なったように思える。せやけど実のところ、そういうときの攻撃は、大振り、直線的、単調って忌避すべき三拍子が揃ってるから簡単に見切れるし、防御の方は意識ゼロやからカウンターし放題で、相対的に見たら弱なってるんや」
ここまでは作戦通りだと、シアは思っていた。だが、サムの想定より戦闘は長引いていた。エヴァンスの怒りの限界が、サムの想定を超えていたのか、シアの挑発──イマジナリーヴェルフの完成度──が、サムの想定を下回っていたのか、ともかく、激怒はしているが、エヴァンスはなかなかキレなかった。
その結果、先に限界が来たのはシアの方だった。何でもないエヴァンスの大振りを、バックステップで回避しようとしたシアだったが、思うように足が動かなかった。咄嗟に盾で大振りを受け止めたが、踏ん張る力もなく吹き飛ばされた。すぐに受け身を取って立ち上がったが、シアは今にも倒れてしまいそうだった。呼吸は乱れに乱れ、視界は霞み、膝は震えている。
シアは、自分の体に何が起きているのかわからなかった。まだいつもの訓練の半分も戦っていないのに、パワーもスピードもキレもエヴァンスよりヴェルフの方が圧倒的に上なのに、なんでこんなに疲れているんだ!?
「どうしたどうした、減らず口が止まっているぞ?」
今度はエヴァンスが嘲笑う番だった。
「オレに、何を、した?」
シアのあえぎあえぎの質問に、エヴァンスは哄笑した。
「ハハハ、まだ分からないのか? ここは戦場だ、一瞬の油断が死に直結する殺し合いの場。訓練場でのチャンバラごっことはワケが違う!」
受け損なえば死ぬ。その緊張感が、殺気の籠ったエヴァンスの一撃一撃が、シアの精神を削っていたのだ。
(だから、サムは電撃作戦を……)
シアは今ごろになって気がついた。だけど、今はとにかく呼吸を整えなくては!
「それにしても、あの人狼でも倒せなかった俺相手に、こんなガキを送り込んでくるとはな。所詮はケモノか」
エヴァンスは芝居がかった動きで大げさにため息をついた。それから、フッと表情を和らげてシアを見た。
「どうだ、もう降参しないか? さんざの無礼も、今ならまだ赦してやるぞ」
シアは、疲れきった精神を奮い立たせるように笑った。これが最後のチャンス!
「ハハハ、赦してやる? 平民のくせに?」
エヴァンスの両眼にカッと黒い炎が灯る。
「まだそんな減らず口を叩くか……!」
吐き捨てるように言うと、刀を構えた。
「チャンスをくれたお礼に、一つ教えてやるよ。ヴェルフたちは、アンタを殺さないよう、気を使って戦ってたんだとよ」
そう言って、シアも剣と盾を構えた。
「どうやらもう限界のようだな。ウソが見え透いてるぞ」
エヴァンスはニヤリと笑った。シアの構えが形だけなのを見破ったのだ。
「ウソ? 本人から聞いたんだ、ウソじゃねぇよ」
「ケモノ共は、お前と違って殺すことに何の抵抗もない奴らだ。お前は聞かされてないだろうが、獣人にとってヒトは食糧だ。アイツらは、ヒトを取って喰う凶暴な連中なんだぞ」
「それがどうした?」
シアは表情も変えずに言った。
たしかに聞かされていないが、シアは薄々勘づいていたのだ。サムには非常食呼ばわりされたし、何より獣人は共食いをすると聞かされている。それでもシアは、獣人と居ることを選んだ。憎しみで殺し合いをするよりも、食べるため、生きるために殺し合う方がむしろ自然に思えたからだ。もちろん、シアはヒトも獣人も食べようなどとは思わないが。
「知っていたのか……!」
エヴァンスは少し目を見張った。しかし、すぐに嘲弄のさざ波を浮かべる。
「……まぁいい。そんな奴らが、なんで俺を殺さないように気をつけるんだ?」
その質問は、シアも疑問に思ったので、ずっと前にサムとヴェルフに質問していた。
「俺でも勝てるくらいに弱いんだったら、なんでエヴァンスさんは生きてるんですか? 戦い方を真似れるくらい戦ってるんでしょ?」
サムの答えはこうだった。
「理由は色々あるけど、一番の理由は、エヴァンスが指揮官向きやないからや。戦争ってのは、指揮官の良し悪しで勝敗が決まるんや。いくら兵士たちが強くても指揮官が悪ければその力は発揮できひんし、逆に兵士たちが弱くても指揮官が良ければ実力以上の力を発揮できる。せやから、ズートア要塞の司令官がエヴァンスの方がワイらにとっちゃ都合がええねん」
しかしシアは、敢えて違う答えを言った。
「リーダーが雑魚だとその群れ全体が弱くなるから、アンタを殺さないようにしてるんだってサ」
それはイマジナリーヴェルフではなく本物のヴェルフの答えだった。そして本物の破壊力は桁違いだった。
「俺が雑魚!?」
その単純な悪口を聞いたとき、エヴァンスの両眼に燃えていた黒い炎が爆発的に燃え広がった。瞬く間にエヴァンスの全身を包み込み、何十年と募らせたコンプレックスを燃料に、より一層黒く、激しく燃え盛る。それは、激しい怒りによって具現化した魔力だった。
「これを見ろ! 俺は覚醒したんだ。孤児の俺が! 血反吐を吐く努力で! それでも雑魚だとォ!!」
怒声と共に怒気と殺気が迸り、シアは思わず一歩退いてしまった。
(これが、覚醒……!)
覚醒は、その名の通り、眠っていた魂が目覚めることである。目覚めた魂からは蓄積された膨大な魔力が解放され、さらには第二魔法を使えるようになる。カレルセでも獣人連合でも覚醒している者は少なく、それ自体が強さの証拠だった。
(だけど……!)
シアはくるんっと剣を回すと、一歩前に出た。
「アンタのそれはまだ不完全なんだろ? 体外に魔力が漏れ出してるのは、身体が魔力に耐えきれてねぇからだって聞いたぜ」
「ダマレェエエエエ!!!!」
燃え盛る業火に身を焼かれているような狂った絶叫が響き渡った。シアは、退きたくなる気持ちをグッと堪えて、さらに一歩踏み出した。トドメを、刺す!
「知ってるか。獣人連合では、司令官のアンタより副官のディクソンの方が遥かに強いって言われてるんだぜ」
それは、昨日から考えていたとっておきの悪口だった。自己の強さに誇りを持っているエヴァンスさんなら爆発する、シアはそう思っていた。
だが次の瞬間、轟々と燃え盛っていたエヴァンスの黒い炎は、フッと消え去った。




