62 ズートア要塞攻略戦──新生レオナルの槍
時を少し遡って──。
要塞の門に触れたシアは光の中にいた。ふわふわとした浮遊感に包まれ、身体を動かすことはできないが、それでも上へと引っ張り上げられているような気がした。まるで空気でできたエレベーターに乗っているような、そんな不思議な感覚だった。
シアは、自分がどこに運ばれているのかさっぱりだった。だが、それはどうでも良かった。目的地が最上階なことと階段が東西の端にあることを知っているので、要塞のどこに転送されても問題なかったのだ。もし要塞の兵士に見つかったとしても、シアはヒトだから味方のフリができる。
突然、シアは光の中から放り出された。思わず前につんのめって、床に手をついた。どうやらエレベーターが終点に到着したらしい。どこだかわからないが、静かな場所だった。とりあえず安全を確認しようと顔を上げる。
シアが転送されたのはどこかの室内だった。要塞の一室とは思えないほどだだっ広くて何もない部屋。見える範囲には、扉はおろか窓すらなかった。
(ここってもしかして……)
シアは、予想を確信に変えるために振り返った。しかし、目に飛び込んできたのは予想外のモノだった。
「なにこれッ!?」
それは大砲のようだった。ただし、見上げるような、とてつもなく巨大な大砲。市民体育館みたいなだだっ広い空間の、その真ん中にそびえ立つ小さな家屋みたいな大砲。シアにはどことなく見覚えがあった。元の世界のアニメやゲームなんかでたまに見る、レーザー兵器のようだった。
立ち上がったシアが、それに一歩近付こうとしたそのとき。
「誰だッ!?」
と、鋭い誰何の声が響き、大砲の奥から二つの人影が飛び出した。その声を、その姿をシアは知っていた。緑の軍服に栗色の短髪、そして腰には刀。
「エヴァンス、さん……!」
その人影は要塞司令官のエヴァンスだった。そしてもう一つは、よれよれの白衣にひょろひょろのブラウン。前に見たときよりももっとよれよれに見えた。
「無事だったのか、シア!?」
「どうやってここに!?」
二人とも驚きの声を上げたが、エヴァンスの方はどことなく嬉しそうに聞こえた。その反応がチクリとシアの胸を刺す。だからシアは、ブラウンの言葉に意識を向けた。
どうやってここに!?
(ブラウンさんのあの驚きよう、それに要塞司令官が居るってことはやっぱり……!)
シアは逸る気持ちを抑えて、部屋の中央の大砲に視線を移した。バカデカイ砲身のその根元に光る球体があった。心臓のように鳴動する球体が。よく見ると、むしろ球体が大砲の核のようだった。
「ここが、心臓部……!」
シアは驚いた。だが、表情には出さないよう感情を心に閉じ込めて、逆に不敵に笑った。
「まさか、目的地に直接転送されるとはな。せっかくピッキングを習得したのに意味ねぇじゃん。これで難攻不落ってんだから呆れるぜ」
シアの声と表情は、主人の意思を完璧に全うした。それでもその心臓は、要塞のモノより激しく拍動していた。
「なん、だと?」
エヴァンスは眉をしかめた。
「ここに直接転送? まさか……!」
ブラウンは慌てて球体の台座に取り付くと、何やら操作しはじめた。淀みなく動く指に反応して、ブラウンの前に次々と文字が浮かび上がる。
「あぁ、やっぱり! 転送魔法のシステムが書き換えられてる。一体誰が!? いや、それだけじゃない。警報にセンサーに……」
ブラウンの指と専門用語は留まることを知らなかった。シアには何のこっちゃわからない。そして司令官であるエヴァンスも専門用語はさっぱりだった。専門的なことはブラウンに一任しているエヴァンスは、救世主に向き直ると、取って付けたような動作で仰々しく挨拶した。
「……お久しぶりです、救世主様。それで、御一人で何の用ですか? ケモノ共に喰われる前に、こちらに戻りたくなったのですか? それともまさか、たった一人でここを落とすつもりですか?」
エヴァンスの気取った言葉には、無数の小さなトゲが生えていた。皮肉なことに、それがシアの心を軽くした。
「残念だけど、そうじゃない」
「残念? ハッ、むしろ感謝さ。選ばれただけのクソガキの世話はもうこりごりなのでね」
両手を広げて嬉しそうに毒を吐くエヴァンスに、シアは冷たく笑った。
「フッ、残念なのはアンタの頭のようだな。いくら貴族みたいに上品ぶっても、頭は良くなんねぇんだな」
その瞬間、エヴァンスを覆っていた貴族風のメッキが弾け飛び、両眼にカッと炎が燃え上がった。真っ暗な炎が。
「アァ、なんだと!」
「オレは一人じゃないんだよ」
内心はどうであれ、シアは顔には出さない。サムの作戦通りに演じきる。
「アンタの言うケモノ共と一緒にここを落としに来たんだ!」
そのとき、コンソールを操作していたブラウンが叫んだ。
「あぁああ獣人の大群だ……! エ、エヴァンス様、大変です。獣人連合の総攻撃です!!」
宙空に、要塞の外の映像が浮かび上がっていた。ちょうど王の盾が陣形を組み終わって、獣人連合軍を待ち構えているところだった。
「なッ!?」
エヴァンスは愕然と息を呑んだ。それから、靴を踏み鳴らしてわめく。
「なぜだ……なぜよりにもよって今日なんだ!!」
だが、それを偶然だと考えるほどエヴァンスは愚かではなかった。奴らはゴーレムが使えない今日を狙って総攻撃を仕掛けて来た。奴らは使えないことを知っていたのだ。
つまり、この要塞に裏切り者がいる……!
そうしか考えられなかった。エヴァンスは侵入者を睨み付けたまま、心の中で呟く。
(だが、誰だ? 誰が裏切った?)
今回の実験を知っていて、要塞のシステムを書き換えられるであろう人物は少なからず存在する。生き残りの貴族連中にブラウンとその部下の技術班。だが、知り得た情報をどうやって敵に流した? 予定通りになったとはいえ、実験日を確定したのは昨日だ。それにこの一ヶ月、俺の代わりに要塞を護っていたのはアンドレイだ。自分で言うのも何だが、俺の目を盗むより百倍難しい。
エヴァンスにとって、ディクソンは何でも涼しい顔でこなす完璧超人だった。孤児院で出会ってから約二十年、ディクソンの失敗らしい失敗を見たことがなかった。
そんな完璧超人の目を盗んで、敵に情報を流すなんて不可能だ、と、エヴァンスは思っていた。だが、現実は違った。極秘実験の今日、要塞の心臓部に侵入者が転送され、ケモノ共が総攻撃を仕掛けてきている。誰が不可能を可能にしたのだ。もし、この要塞にそんなことができる人物がいるとすれば……。
それは完璧超人のアンドレイだけだ!
親友への絶対的な信頼が、エヴァンスを慄然とさせた。
そしてそう仮定すると、全てのつじつまがあった。要塞を護っていた張本人なら簡単に要塞のシステムを書き換えれるし、アンドレイなら誰にも気付かれずに敵に情報を流すことくらいやってのける。それにアンドレイはこの作戦に否定的だった。
しかし、エヴァンスには信じられなかった。いや、信じたくなかった。親友が自分を裏切るなんて、そんなこと有り得るはずがない。そもそも裏切る理由が……。
「あぁ~~~~なんで、なんで一人で!?」
ブラウンの悲鳴が、現実と信頼の二律背反からエヴァンスを解放させた。バッと振り返って、ブラウンを見る。
「どうした!?」
「それが、門の開閉装置にいるのがサルムーン様お一人だけなのです」
「なんだと!」
無駄に大きい要塞の門の開閉にはやはり無駄に大量の魔力を必要とし、貴族とはいえ一人の魔力では開閉できないことは、要塞に関わる人間の常識だった。案の定、サルムーンは開けるので精一杯で、門が閉まる気配はなかった。
ハッと栗色の瞳に鈍い光を湛えて、エヴァンスが叫んだ。
「サルムーンが裏切り者だったのか……!」
不都合な事実には目を向けず、エヴァンスはそう決め付けた。サルムーンは無能ではないが、何かを主導できるほど有能ではないことを知っているにもかかわらず。
「裏切り者はいいのですが、我々はどうしますか? 門が閉まらないのでは、王の盾がヤられたら最後、一挙に敵が要塞内に入ってきますよ。新兵器の魔力充填率はまだ半分程度ですが、いつでも撃てます」
ブラウンの問いが、エヴァンスの思考を有意義な方へと進ませた。考えても仕方がない裏切り者のことから今するべきこと──どう敵を撃退するか──へと。しかし、答えを出す前に、侵入者が割り込んできた。
「ウソ、もう使えるの!?」
血相を変えたシアが、鞘がつきっぱなしの剣を構えた。それを見て、ブラウンは自信に満ちた表情で笑った。
「壊そうったって無駄ですよ。この兵器は救済の武具と同じで、伝説の金属──オリハルコン製なのですから」
「ハッ、こんなバカデカイのを造れるほど大量にあるってぇのに、伝説を名乗ってンのか?」
「よくぞ聞いてくれました! 何を隠そう、この私が造ったんです。神の金属といわれるオリハルコンを!!」
ブラウンは科学者魂に火が付いたように、自分の功績をペラペラと早口で喋り出した。
「全ては貴方のおかげです、救世主様。貴方の世界の超合金の技術とこの世界の魔法をかけ合わせればなんと、神の金属オリハルコンを人工的に造り出せたんです!! いやぁ~、貴方の世界の科学技術はホンットに素晴らしい。その技術で私が造ったこのオリハルコン製のレオナルの槍は、従来の何十倍もの魔力にも耐え得る耐久力を誇るのです。これはレオナル本人が造ったオリジナルをも超えるのです。これは進歩の枠を超えてもはや進化です。私の造った新生レオナルの槍は、射程距離も破壊力も大幅に向上し、理論上は射程も威力も無限大! ゆくゆくはこの要塞からでも各国の首都を狙い撃てるようになるのです! さぁエヴァンス様、ご命令を! 我らの名前を、カレルセの威光を世界へ轟かせましょうぞ!!」
頬を上気させて振るったブラウンの熱弁は、しかしエヴァンスには受け入れられなかった。
「いや、まだダメだ」
エヴァンスは首を振った。
「なぜです!? 今の段階でも従来のレオナルの槍の、数倍の魔力を充填しています。敵を一掃するだけの威力はありますし、実験としても十分です」
「今撃てば王の盾を巻き込むことになる。それに、我々が示さなければならないのはこの新兵器がマギアに対抗する武器になり得るということだ。ケモノ共一掃できたところで、実験の成功とは言えん」
「ではどうするのです!?」
一番確実なのは、実験を中止して迎撃用ゴーレムを召喚すること。だが、目の前にいる侵入者がそれを黙って見ているとは思えない。
「まずは侵入者を殺す。その後残っている魔力でゴーレムを召喚し、王の盾を撤退させる。そして新兵器で一挙に殲滅する。お前は魔力の充填を急げ。私は侵入者を殺す」
それが最善策だった。しかし、侵入者は挑発するように冷ややかに笑った。
「止めた方がいい。今のオレはアンタより強いぞ」
シアはバサッとマントを翻して、剣と盾を構えた。それがエヴァンスの気に障った。生意気な言動もふざけた服装も、シアの全てが気に入らなかった。中でもその武具──鞘を付けたままの剣が、一番気に入らなかった。
「救済の武具ならいざ知らず、鞘を付けたままのその剣で俺より強い、と?」
エヴァンスは両眼から凶暴な光を放ち、スラリと刀を抜いた。その刃は、持ち主の瞳とは正反対の透き通った冷たい光を放った。
「ああ」
「抜かせッ! ガキがァアア!!」
エヴァンスはケモノのように吠えると、ダッと地面を蹴った。




