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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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59 ズートア要塞攻略戦──ブラックアウト

 その日、ズートア要塞周辺は快晴だった。白みはじめた空には雲一つなく、輝く星々も徐々に東の方から姿を消してゆく。

 星々の輝きも届かぬ真っ暗な獣人の森と、煌々とした投光器に照らされ明るい荒野。その闇と光の境界の、闇側に獣人連合の戦士たちは集まっていた。両目にギラギラとした闘志を滾らせて、太陽が顔を出すのを今か今かと待ちわびている。その中にはシアの姿もあった。 

 シアは獲物を狙う獣のように、藪に紛れてじっと息を殺し、荒野の向こうに見えるズートア要塞──その最上階、要塞の心臓部に居るであろうエヴァンス司令官を一心に睨んでいた。むしろ、それ以外を見ないようにしていた。

 生まれてからこれまで、争いとは無縁の生活を送ってきたシアにとって、戦場に出る、しかもそれが国家同士の戦争など、耐えきれるはずがなかった。恐怖を覆い隠していた強気も、いざとなると、責任と緊張と重圧でぺしゃんこに潰れてしまいそうだった。そこでシアは少しだけ見方を変えることにした。これは戦争ではなく、自分とエヴァンスとの戦いなのだと、自分に言い聞かせた。そうすることで何とか精神を保つことができた。ウソは嫌いなシアだが、自分に対してだけは例外だった。

「フ、フゥーーー……」

 と息を吐いて、シアは自身の左手にある印に視線を落とした。それはズートア要塞に侵入するためのまさしくカギだった。カレルセで救世主と持て囃されていたときに付与してもらった、ズートア要塞の転送魔法を起動するカギ。このカギがある状態で、要塞の門に触れれば内部へと転送される、らしいのだが……。

「おはよう、シア。おっ! えらい集中してるな。初陣やから心配してたけど、これやったら大丈夫そうやな」

 後ろからサムに話しかけられた。

「お、おは、よ、ござ、います」

「そ~でもなさそうやな」

 振り返ったシアの顔を見て、サムは苦笑いした。シアはガチガチに緊張していて、キュビズムで描かれた肖像画のような、そんなぎこちない顔をしていた。

「初陣なんだし、大体のヤツはこんな感じになるだろ?」

 ヴェルフが笑って軽く言った。

「それはそうなんやけど、シアの場合いきなり一人やん? 危ななっても誰にも助けてもらわれへんし」

「なぁに、やるべきことはちゃんとやったんだ。戦いになったら身体が勝手に動くだろ」

「ほんまテキトーやなぁ~」 

 ヴェルフとサムはいつも通りだった。大規模な戦いの前だというのに、緊張もなければ闘志も感じられない。まさに自然体。ヴェルフたちにしてみれば、戦争も訓練も狩りも、全てが日常の延長線上だった。どの場面も一生に一度しか訪れない、特別で平凡な日常。例え、クズハの店で毎晩飲み明かしたとしても、その一夜一夜は同じように見えて、全く違うものだということをヴェルフたちは理解している。

 いつも通りの二人のやりとりを見ていると、シアも緊張がほぐれ、自然と笑顔になった。自然な笑顔に。

「ふっ、いい表情かおになったな」

「せやせや。人生なんていつ終わってもおかしないんやから笑わな損やで。何はなくとも顔には笑顔。それだけで大体三割増しでウマイこと行くわ!」

 サムは満面の笑顔で豪語した。たしかに、説得力も三割増しに思えた。結構シアも単純な人間だった。

「今度こそ大丈夫だな?」

 ヴェルフはニヤリと不敵に笑った。

「ハイッ!」

「よし、じゃ行くか。俺の背中に乗れ、シア」

 ヴェルフはうーんと身体を伸ばすと、あっさりと言った。

「えっ……?」

 驚くシアの前で、ヴェルフの身体が縮みはじめた。みるみるうちに人間の部分が縮んでゆき、四つん這いになり、そして本物の狼のようになった。狼と呼ぶには少し大きすぎるような気もするが。

「ええぇぇぇええええ!!」

 目玉を飛び出させんばかりに驚くシアに、サムはあっさりと説明する。

「ヴェルフの『狼モード』や。ヒトになってたんと原理は同じで、人狼の中の狼部分を強化して狼になれるんやって。因みに、ヴェルフの服にはワイの魔法がかかってるから、ヒトからワンコまで伸縮自在や。人狼に戻ってもすっぽんぽんになる心配はないでぇ」

 よく見ると、ヴェルフはちゃんと服を着ていた。元の世界でたまに見た、服を着させられて散歩しているワンちゃんみたいで少し可愛かった。灰色の体毛に黒っぽい服と、ワンコの服にしてはだいぶ地味だったが。

 ヴェルフは、シアの横を通りすぎて、不機嫌そうに振り向いた。そして、サムにアゴをしゃくる。

「アホなこと言ってんとよ乗れやって」

 サムは、シアを持ち上げてヴェルフの背中に乗せると、振り返った。

「よっしゃ、はじまんでぇ~みんな! 耳塞ぎぃ~!!」

 サムはそう叫ぶと、自分も耳を塞いだ。戦士たちも次々と耳を塞いでいく。大の大人が揃いも揃って耳を塞いでる光景は異様だった。頭にハテナを浮かべながらも、シアも右へ倣えで耳を塞ぐ。

 次の瞬間、ヴェルフが空に向かって吠えた。

「ワオォーーーーンン!!!!」

 まさに本物の狼の遠吠えのように空高く響き渡る。ヴェルフの背中という超至近距離にいたシアは、耳を塞いだままうずくまった。それでもめまいがするような衝撃だった。それは要塞まで届いたのだろう、投光器が一斉に森を照らす。そして、遠吠えに起こされたように太陽が顔を出した。

 その瞬間、ヴェルフはダッと森から飛び出した。シアを背に乗せてままぐんぐん加速し、荒野を疾風かぜのように駆け抜ける。シアは振り落とされないよう、しっかりとヴェルフに掴まった。けたたましい警報が遠くで鳴り響く中、投光器の光がヴェルフを追ってゆく。

「いいかッ! ヴェルフたちは囮だ。あの二人が要塞の召喚範囲に入ってもゴーレムの召喚がなければ、ドブルス率いる第一部隊の出撃だ!!」

「応ッ!」

 レオン王の命令に、ドブルスは拳を突き上げた。これに応えて、部隊の面々が一斉に拳を突き上げる。ドブルスの率いる部隊は、ミノタウロスを中心にした足の遅い獣人で構成されていた。サムやオルソ、クロコなど主要なメンバーもこの部隊だった。

「続いて、第一部隊が完全に召喚範囲を越えたところで、マルコ率いる第二部隊の出撃だ」

 マルコが静かに槍を掲げた。マルコの率いる部隊は、ケンタウロスと人狼を中心にした足の速い獣人で構成されていた。

 情報源を信頼していない獣人連合は、慎重策をとることにした。足の遅い第一部隊と足の速い第二部隊に別れて、時間差での突撃。つまり、足の遅い第一部隊を足の速い第二部隊が追いかける形になる。もしこれがワナで、第一部隊を狙ってゴーレムの召喚が行われた場合、第二部隊が救援に向かい、速やかに撤退することができる。

 それに、ナディエ・ディエの魔力を使用した大規模なゴーレムの召喚がなかったとしても、要塞の召喚士によるゴーレムの召喚があるはずだった。さらに援軍の王の盾も加われば、相当数のゴーレムが予想できた。突破力のある第一部隊がそれらを蹴散らしながら突撃し、要塞の門を破る。そこに第二部隊が合流し、一気に要塞を落とす、という作戦だった。

「そして最後に、私が率いる第三部隊は後詰めとして森の中で待機する」

 これはレオン王の戦場に出たい、と、サムとマルコの王は安全な所で指揮を執れば良い、が、せめぎあった結果だった。

「いいか! まだワナの可能性も残っている。全員、油断するなよ!!」

 「まもなくヴェルフが召喚範囲に入ります!」

 偵察の報告に、ドブルスたち第一部隊は臨戦態勢をとった。

「今日でズートア要塞の不落神話を終わらせるぞッ!!」

 レオン王が吼えた。戦士たちも一斉に応える。

「応―ーーッ!!」

 そして、ヴェルフたちが召喚範囲に入った。しかし、ゴーレムは出現しなかった。

「出陣だ! 行くぞッ!!」

 ドブルスの号令とともに、第一部隊が森を飛び出した。大きく横に広がり、要塞目指して一心不乱に突撃する。これはレオナルの槍を警戒してのことだった。

 レオナルの槍は、『槍』と名付けられている通り、一点集中型の兵器だった。本来であれば突破力の高い密集陣形でとりたい所なのだが、下手するとレオナルの槍で全滅させられる危険性があった。

 ズートア要塞屋上、半日の休暇で存分に英気を養った見張りの兵士たちは、いつになくやる気に満ちていなかった。というのも、夜行性の獣人たちがこんな時間に攻めてくることなど今までなかったからだ。兵士たちは固定観念に囚われ、完全に油断していたのだ。

「ハッ、やっぱり狼一頭じゃゴーレムは作動しなかった。賭けは俺の勝ちだな」

「でも、これやばくないか?」

「ハハハ、たかが一匹の狼に何が出来る? こっちは難攻不落の要塞だぜ?」

 高みの見物を決め込んでいる兵士は、次の賭け──『無謀な狼がこの後どうなるか』──に移ろうとしていた。一番人気は、「自分らの誰かに仕留められる」で、他に「尻尾を巻いて逃げ出す」や、「逃げ切れずに仕留められる」、なかには「ズートア要塞の番犬になる」などと、大穴を狙う者もいた。もちろん、「ズートア要塞が落とされる」と予想する者は誰一人いない。ところが、その平穏は一挙に崩れ去った。兵士の一人がうわずった声を上げたのだ。

「お、おい、森の方、土煙があがっているぞ!」

 兵士たちは一斉に森を見た。たしかに朝靄のように霞んで見える。だが、遠くてよく見えない。望遠鏡を覗いた兵士が悲鳴にも似た叫び声を上げる。

「ミ、ミノタウロスだ! しかもなんだあの数っ!?」 

 兵士たちは互いの顔を見合わせた。どの顔も青ざめている。誰かがポツリと呟いた。

「まさか、奴ら本気で……」

 事の重大さを悟った兵士たちは、すぐに慌ただしく動き出した。訓練通りにテキパキと迎撃の準備を進め、持ち場に着いて第一部隊を待ち構える。迎撃準備が整った頃には、兵士たちは落ち着きを取り戻していた。

「迎撃用ゴーレムさえいればズートア要塞は難攻不落」

 それがカレルセ軍人の共通認識で、心の支えだった。

 いよいよ、獣人連合の第一部隊が召喚範囲に差し迫っていた。兵士たちは緊張の面持ちでその一瞬を待っていた。しかし、獣人が召喚範囲に入っても迎撃用ゴーレムは召喚されなかった。

 瞬間、兵士たちは色を失った。

「迎撃用ゴーレムさえいればズートア要塞は難攻不落」

 それが召喚されないのならズートア要塞は……。

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