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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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58 ズートア要塞攻略戦──準備万端

「シア、……起きてるかい?」

 その控え目な声で、シアは目を覚ました。ゆっくりと目を開けるが、テントの中はまだ薄暗い。どうやら夜はまだ明けていないようだった。訓練のために毎日早起きしているシアだったが、流石に夜明け前は早すぎた。

(……? 気の、せい……──!)

 ぼけ~っとした起き抜けの脳みそが空耳判定を下そうとした瞬間、シアはハッとして飛び起きた。今日が何の日か思い出したのだ。

「寝過ごしたっ!?」 

 今日は、この国の命運をかけた超重要な作戦の日だった。夜明けと共にズートア要塞に総攻撃をかける作戦。つまり、夜が明ける前には準備万端でなければいけない。いつものように朝日に起こされるようでは間に合わないのだ。作戦の要であるシアが寝過ごしたなど、洒落にならなかった。

「大丈夫だよ、作戦まではまだ時間があるから」

 と、フィラがテントに入って来た。軽く微笑んでいるが、どこか元気がなさそうに見える。

「へっ……?」

「驚かせちゃってごめんね。だけど、作戦の前にどうしてもシアと話をしなきゃと思ってね」

 どうやらさっきの声の主はフィラらしい。起き抜けの混乱から回復できていないシアの脳ミソでは、それを理解するのが精一杯だった。

「はなし……?」

 おうむ返し的に口に出してから、昨夜の出来事を思い出して、シアはあっ……と口を開けた。寝ぼけた顔に『しまった』がかすめる。それに気付いたのであろう、フィラが苦く笑った。

「アタシにも、()()()()()()……」

 話すために来たはずのに、フィラの声は少し震えていた。シアは泣きそうに眉をひそめる。

「過去、形……」

「うん。数年前にね、戦死したんだ」

「………………」

「デールって言ってね。シアとそっくりだったんだよ。もちろんアタシと同じアラクネだったから、見た目はゼンゼン違うんだけど、ひたむきで努力家なとことか……雰囲気がどことなく似てるんだよ。それでね、あの子もシアと同じで、魔法はアタシ、剣術はヴェルフに教わってて、アタシよりも強かった。……だけど、あの子は殺された。倒した敵にトドメを刺すそのときに、一瞬、躊躇(ちゅうちょ)しちまったんだ……。それで反撃されて、あの子は……」

 フィラは話さなかったが、デールが躊躇したのには理由があった。敵にトドメを刺そうとしたそのとき、倒れた敵を庇うように一人の女性が覆い被さった。それは咄嗟に体が動いてしまったようで、庇っているというより二人まとめて殺すチャンスだった。普段のデールであれば、間違いなくまとめて突き殺していたのだが、デールはその姿に、自分の姉──フィラの姿を重ねてしまったのだった。

「アタシは、あの子を守れなかった……お姉ちゃんなのに! 何に代えてもあの子を守るって決めたのにッ!!」

 フィラは後悔していた。後悔などとたった二文字で簡単に言い表したくないほどに悔やんでいた。デールには非情に徹しきれない甘さがあることを知っていたのに、それをあの子の優しさだと黙認していたこと。自分がその場に居なかったこと。そして、弟が死んだのに自分が生きていること。あの結果に繋がる選択の全てを。これからもずっと、ずっと……。

 だからこそ、同じ過ちを二度と繰り返すことはできない。どんな手を使ってでも。

 できることなら、このままシアを連れ去って、どこか安全な所で平和に暮らしたい。戦争のことなんて忘れて。だけどそんなことはできない。シアは元の世界に帰らなければならない。待っている弟妹がいるから。

「だから! シアには絶対死んでほしくないんだよ。これがアタシのエゴなのはわかってる。アンタにはアンタの覚悟があって、それで殺さないことを決めたのもわかってる。だけど、だけどせめて、武器はコレを使って」

 そう言って、フィラはシアに何の変哲もない剣を見せた。

「これは、救済の剣のレプリカ……?」

 だがしかし、剣の柄と鞘の繋ぎ目には、抜けないように糸が巻き付けられていた。

「うん。アタシの糸と魔法で、どんなに振り回しても絶対に抜けないようにした。鞘を付けたままなら殺す心配がないから、これで模造刀と同じように戦える。……だけど、中身は真剣。抜けば敵を殺せる。糸で抜けないようにしているだけだから、シアがその気になれば簡単に抜ける」

 フィラは剣を差し出すと、シアの黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。

「お願い、シア。もし、エヴァンスに勝てない、殺されるって思ったら、迷わずこれでエヴァンスを殺して。アタシはもう、弟を失いたくないんだよ。お願い……」

 そう言って、フィラは顔を伏せた。

 一瞬だけ、朝陽が昇ったかのようにシアの顔が晴れやかに輝いた。しかし、またすぐに翳った。

(──今はまだ……)

 心の中でそう言い訳をすると、シアはニコッと笑って剣を受け取った。

「うん、分かった。約束するよ」

 フィラは分かっていた。こういう頼み方をすればシアが断れないことを。これがズルいやり口だということを。分かりながらやるのだからなおさら卑怯だと。それでも彼女は、シアに生きていてほしかった。

「ありがとう……」

 フィラは、怖くて顔を上げられなかった。だが、それがシアを不安にさせた。何だかこのまま消えてしまいそうな、そんな儚さが今のフィラにはあった。

「フィラも絶対に死なないでね」

 切実なシアの声に、フィラはハッとして顔を上げた。声に負けず劣らず、シアは真剣な顔をしていた。フィラはもう一度目を逸らして、そっと呟く。

「……そうだね。アタシが死んだら魔法がとけて、糸がほどけるもんね……」

「そんなこと言ってるんじゃない! ただ、生きていてほしいんだ」

 フィラは驚いたように目を少し見張ってから、たおやかに笑った。

「……ありがとう。だけど大丈夫。今回、アタシは戦場に出ないから」

「え?」

「今回のアタシの仕事は、キャンプの撤収の指揮だけだから。戦場に出ることはないんだよ」

「キャンプの撤収ッ!?」

 今度はシアが驚く番だった。シアは自分の事だけで手一杯で、作戦の全体像を聞いていなかったのだ。

「そうだよ。敵にここの場所を知られたようだからね、万が一に備えて引っ越すんだよ」

「に、荷物は!?」

 シアは思わず、枕元に置いてあるカバンをぎゅっと抱き締めた。念のために日記をカバンにしまい、きっちりとカバンを閉め、枕元に置いて寝る。それがシアの日課だった。獣人たちを信じていないわけではないが、念のためだ。なんせ、このカバンには命より大事なものが入っている。妹の病気を治すための『国宝』と、おまけの日記。シアは知らないが、このテントはケンタウロス族のモノだった。つまり、このテントに手を出すということはケンタウロス族にケンカを売ることになる。そんな危険を負ってまで、ヒトにちょっかいを出そうとする命知らずはいなかった。

「それが例のカバンかい? 変態的な魔法がかかってるってヴェルフたちから聞いてるよ」

 フィラが笑った。このカバンには魔法によるカギがかけられていて、開けるのが持ち主のシアだけなのは言わずもがな、悪意のある人物は触れることすら許されなかった。

「そ、そうなんです」

 シアはぎこちなく点頭した。

「そんなに心配なら、アタシが預かっておこうか?」

 心配もあったが、それよりも罪悪感の方が大きかった。『国宝』のことをフィラたちにも言えないでいる罪悪感。

 戦争中のこの国には怪我人が大勢いた。ほとんどは擦り傷、かすり傷の軽傷人だったが、まれに四肢を欠損している重傷人もいた。いくら獣人の治癒力がヒトより優れているといえど、失った手足が再生することはなかった。種族によってはそれもあり得るのかも知れないが……。とにかく、自然には治らないであろう怪我を負っている彼らを見るたびに、シアは『国宝』を使えば治せるのかもと思い、思うからこそ『国宝』の存在を誰にも言えずに、一人罪悪感を抱えるのだった。

「はい、お願いします」

 シアは、あっさりとカバンをフィラに渡した。作戦に必要な物はカバンには入れていなかった。それに戦闘に持っていくよりかは、フィラに渡している方が何百倍も安心だった。??

「たしかに預かったよ。肌身離さず持っておくから、絶対受け取りに来るんだよ!」

 フィラが凛とした声で言った。その姿は、いつものフィラに戻っていた。 

「うん!」

 シアは力強く頷いた。

「よし! ……じゃあ、アタシはそろそろ行くよ。ヴェルフたちはクズハの店に居るから、シアも準備ができたら店に行くといいよ」

 フィラは優しい微笑むと、テントから出ていった。

 シアは少しの間、フィラの出ていったテントの入り口を見ていたが、もう一度うんと頷くと、作戦の準備に取りかかった。昨夜、対エヴァンスの作戦を授けられたあとにサムから貰った特製のシャツ──黄色地にサムの似顔絵がでかでかと描かれた──に袖を通し、ヴェルフから貰った人狼のマント──寝る前にシアサイズに調整した──を羽織り、ゴン爺に打ってもらった救済の盾のレプリカを背負い、今さっきフィラから受け取った救済の剣のレプリカを手に持つ。

「よし、やるぞ!」

 最後に一人で気合いを入れると、シアはテントを後にした。



 夜明け前のクズハの店。いつもなら、夜が明けるまで飲んでいる獣人たちが大騒ぎしているのだが、今日は静かな雰囲気に包まれていた。獣人たちは皆、戦いの前の高揚感と緊張感をみなぎる戦士の顔で、静かに集中力を高めている。

 キャンプファイヤー近くの特等席で、ヴェルフは一人、グラスを傾けていた。その様子はいつもと変わらない。流石に、グラスに入っているのはアルコールではなかったが。

「あ、おはよう、ヴェルフ」

 どこからか声がした。シアがこちらに向かっていた。そのすっきりした顔と手に持っている剣を見て、ヴェルフはニヤリと笑った。

「準備はできてるようだな」 

 シアも笑い返した。緊張と恐怖を覆い隠すように、出来るだけ強気に。

「うん。準備万端!」


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