54 復讐の炎 前編
紅に染まった夕暮れの訓練場に、鋭い金属音が連続して鳴り響いていた。
ヴェルフが直りたての愛剣を思い切り振り回し、容赦のない苛烈な剣撃を繰り出す。シアが模造刀とレプリカの盾でもってそれを防ぐ。火花散る、目にも止まらない激しい打ち合い。シアは言われた通り、防御だけに徹していた。攻撃を考えなくていい分、余裕が生まれ、何とかかんとかヴェルフの猛攻を防ぎきることができていた。
ヴェルフは真剣を使っていたが、シアには死の恐怖はおろか、怪我の心配もなかった。ヴェルフのことを信頼しているからだ。実際、シアの防御を掻い潜った剣撃は、皮膚に到達する寸前で止まり、毛先や衣服が切られることはあってもかすり傷一つ負うことなかった。むしろ痛みという点では、直撃のある木刀よりもマシだった。だが、防御したときの衝撃は真剣の方が遥かに強かった。まともに受け止めようものなら、武具を伝わって骨の髄まで痺れるような衝撃が全身に走った。それでもシアが何とか立ち続けていられるのは、ゴン爺製作の武具が優れているからと、ドミニクの地獄の筋トレのおかげだった。シアも武具に頼りきらず、まともには受け止めず受け流すように努めた。
一方ヴェルフは、本気と言いつつもかなり手加減していた。ヴェルフ本来の戦い方ではなく、これまでの訓練と同じエヴァンスの戦い方を模倣し、肉体強化魔法は使っていたが、シアに怪我させないように最低限の強化からはじめ、そこから気付かれないよう徐々に強化を高めていた。今は半分程度まで強化を高めていたが、少し前から疲労のせいか、シアの動きが徐々に鈍くなっていた。
「どうしたどうした? もう限界か!?」
いつものように、汗だくのシアにヴェルフが涼しげに笑いかける。
「……ま、まだまだァ!!」
いつものように、シアは息も絶え絶えのくせに強気で返した。ヴェルフはニヤリと笑うと、飛びさすった。
「よし、良い返事だ。だが日も暮れてきたし、次を最後にするぞ」
そう言いながら、ヴェルフは剣を上段に構えた。シアも最後の攻撃に備える。フッと短く息を吐いて気合いを入れ直し、グッと腰を落として盾を上げた。このとき一瞬、盾がシアの視界を防ぎ、ヴェルフが見えなくなった。
「しまっ──」
すぐさま盾を下げたが、ヴェルフの姿はどこにもなかった。次の瞬間、シアは首筋にヒヤリとした感触を感じた。後ろから剣を突き付けられていたのだ。
「不用意に盾を上げるな。死角を増やすだけだ」
後ろから真剣な口調で忠告すると、ヴェルフはスッと剣を退いた。
「それ以外は上々だ。この調子なら、エヴァンスが捨て身の攻撃に出たとしても、防御にだけ集中すれば殺されることはないだろう」
と、ヴェルフは言ったが、シアは複雑な表情で頷いた。
「うん……」
一ヶ月も訓練してきたのに、最後に自分の盾で相手を見失うなんて、初心者みたいな凡ミスした自分に納得出来なかった。自分で自分が情けなかった。
とそこに、キャンプの方からサムが駆け寄ってきた。どうやら見物していたらしい。
「いやぁ~見事に一本釣りにされとったなぁ、シア」
「えっ、一本釣り?」
「ホラ、最後の。これ見よがしのヴェルフの上段の構え。自分はこれに釣られて、盾を上げ過ぎたんや」
サムの言葉に、シアはハッとした。
「あっ、そういうことだったんだ!!」
それはヴェルフの仕掛けたワナだった。上からの攻撃を意識させることで、シアのガードを引き上げ、その際に生まれる死角を利用して背後を取ったのだ。
「じゃあオレの凡ミスじゃなかったんだ……」
シアはホッとしたように呟いた。が、サムはピシャリと言う。
「いや、簡単に引っ掛かったのは凡ミスちゃうか?」
「ぐぅ……」
ぐぅの音を上げているシアを無視して、サムはヴェルフを見た。
「せや、ヴェルフ。頼まれとったん持ってきたでぇ。いつものヤツでよかったんやろ?」
と、ヴェルフにマントを渡す。ヴェルフ愛用の灰色のマントだった。
「おっ、サンキュー」
ヴェルフは受け取ると、それをそのままシアに投げた。
「ほらシア。やるよ、俺の一族に伝わる戦士の証だ」
「えっ、いいの??」
黒い瞳を輝かせて、ヴェルフを見た。
「俺の訓練に合格したからな。お前は一人前の戦士だ」
「ありがとう!!」
お礼を言うと、シアは早速羽織ってみた。が、人狼用のマントはシアには大きかった。裾が地面を擦っている。それを見て、ヴェルフとサムが笑った。
「シアには少し長いが、お前ならちゃちゃっと繕えるだろ」
「良かったな、シア。ワイも何か……うん、何も思い付かん。明日までに考えとくから、とりあえずクズハはんの店に行こか。フィラが待ってるわ」
クズハの店は、いつものように大繁盛だった。店の外まで獣人で溢れ返り、皆、酒を片手に哄笑し、楽しそうに食事していた。だが、どこかいつもと違う、ピリピリとした雰囲気があるようにシアは感じた。ヴェルフとサムは気にせず、フィラの待つキャンプファイヤー近くの特等席へと向かった。特等席のテーブルにはすでに大量の料理と酒が並べられており、先にはじめていたフィラが、グラスを掲げて三人に笑いかけた。
「お疲れさま。また訓練してたんだってね」
「まぁな。最後の総仕上げってヤツだ」
「二人とも木刀じゃないので打ち合(お)うてたわ」
ヴェルフとサムは席に着くなり、グラスに酒を注いで飲みはじめた。お酒を飲めないシアは、目の前に置かれていた料理──骨付きの肉の塊にかぶりつく。なにしろ昼メシ抜きで動き回っていたので、お腹がペコペコだった。
「あ~~、生き返るぅ~~」
空っぽの身体に魔力が染み渡るようだった。元は動物なだけあって、肉は魔力と栄養が豊富だった。
「生き返るのはいいんだけど、手はキレイなのかい、シア??」
「あっ……」
と、シアは自分の手を見た。泥々というほどではないが、お世辞にもキレイとはいえない。元の世界にいたときは弟妹たちの手前、しっかりと手洗いもうがいもしていたが、ヴェルフたちと暮らしている間に、徐々に衛生観念が欠如しはじめているシアだった。
「アンタはコイツらと違って野生児じゃないんだからサ、気を付けないとお腹壊すよ」
ふぁーい、と、肉を頬張ったまま立ち上がろうとしたシアを、サムが止めた。
「ちょい待ちや、シア」
「???」
もぐもぐしながら、シアは首を傾げた。
「手ぇ出して」
言われるがまま、シアは両手を出した。サムがおもむろに酒を注ぐ。
「あっ、もったいねぇーー!」
ヴェルフは顔をしかめたが、サムはにこやかに頷いた。
「でもこれでキレなったし、ついでに消毒もできた」
「……なんともものぐさな洗い方だけど、今、シアが一人になるのは危ないから、何も言わないでおくよ」
フィラは、お手拭きをシアに渡しながら言った。
「ありがとー」
と、手を拭くと、シアは早速食事を再開した。そして人心地ついたところで、はたと気が付いた。
「危ない、ってどういうこと?」
「遅ッ! えらい時間差やなぁ~」
「いやぁ~、いつもよりピリピリしてるなぁ、ってのは感じてたんだけど、そんなことよりお腹ペコペコで」
シアは、ハハハと笑いながら頭をかいた。フィラが呆れたように笑う。
「そんなことってアンタねぇ~」
「そりゃああんなけ運動してたら腹も減るわな」
「で、何があったんだ?」
ヴェルフが本題に戻した。
「ああ。前々から言っとった通り、明日ズートア要塞に攻勢かけることに決まったから、ついさっきレオン王から作戦説明があってん」
「えっ、オレ聞いてない……?」
「大丈夫大丈夫。全体で共有すんのは概要だけで、詳細は部隊長しか聞かされへん。明日の早朝にズートア要塞を総攻撃するぞ、とか、この戦争の最終目標がカレルセと交換に捕虜取り戻してマギアと和平結ぶことや、とか、あとカレルセの民間人には絶対手ぇ出したらあかん、とか……概要は大体そんな感じのことで、シアは前にワイらから聞いとったやろ」
「反応はどうだった?」
「ワイらが聞かされたときと同じで、最初はざわめいたけど大半はすぐに納得してくれた。『仲間を取り戻せるなら、それ以上犠牲を出して戦う必要はないな』って。ただ、ヒトを見下してる連中は最後まで反対してた。『より優れている我々が、何故ヒトに尻尾を振らなければならないのだ』とか言って怒っとった。まぁ、圧倒的に少数派やったから、レオン王の一喝で渋々引き下がったんやけど──」
と、そのとき、バンッ!! と大きな音がした。クズハの店の扉が乱暴に開け放たれたのだ。見やると、揃いの黒装束を纏った十数人が、面白くなさそうにぞろぞろと出てきていた。皆、身体を隠す黒いマントに、顔には黒い包帯のような布を巻いて、ギラギラとした両眼だけを覗かせている。
「噂をすればなんとやら……。アイツらが件の少数派や」
サムが肩をすくめて言った。
「ああ、やっぱり……」
シアでさえ驚かなかった。
フィラの謂うところの、ヴェンデッタの成り損ない共。ヒトを見下し、ヒトを悪だと決めつけ、ヒトを皆殺しにすると声高に宣言する、過激な差別主義者の集団。シアは幸運なことに彼らと会うことがほとんどなく、それ以上のことを知らなかった。サム曰く「ああいう連中は陰にこもるから夜型なんや。早寝早起きの超健康的な生活送ってるシアは会うことないよ」とのことだった。
シアがご飯を食べながら何の気なしに見ていると、そのうちの一人と目が合った。するとソイツは周りの連中に何やら言い、全員でこちらに向かって来た。眼しか見えていないのにニヤニヤしているのが分かった。彼らはそのままシアたちをテーブルごと取り囲んだ。正体を隠すためか、彼らからは独特の甘ったる香りがした。
大小様々な人影に取り囲まれながら、四人は平然と飲み食いを続けていた。ヴェルフたちと一緒にいるからか、シアも彼らに恐怖を感じなかった。
「なぁ、ヴェルフ。お前がヒトの和平なんてふざけたことを提案したんだってなぁ~」
成り損ないの一人が、覆面越しに酒臭い息を吐いた。
「そこの小さいお友達に絆されて獣人の誇りを失ったのか?」
「なんたってコイツは犬だ、ヒトのガキに尻尾振ってんのがお似合いだもんな!」
下卑た笑いが起こった。あまりの程度の低さに、ヴェルフは怒る気すらなれなかった。代わりにサムが口を開く。
「ハッ、これは戦争なんやぞ。そんなちんけな仲間意識で作戦決めると思ってんのか?」
サムの声も怒りというより、呆れの成分の方が多かった。
「いや、そう思ってるからこそ、数頼んでヴェルフに聞きに来てんねんな。そんで、お前らみたいな顔隠して仲良しこよしで同好会やってる連中やったらそうすんねんやろな」
酔っているせいか、それとも元々なのか、どちらにせよ彼らの反応は鈍かった。
「なんだと? トロールのくせにケンカ売ってんのか!?」
「そんなことも聞かんとわからんのか?」
サムは大げさに肩をすくめて言った。
「サム、食事中にホコリを立てるんじゃないよ」
「そうだぞ、シアは俺たちと違って胃腸が弱いんだからな」
フィラとヴェルフが諌めるように言った。だが、サムは聞かなかった。
「今後のためやし、ちょっとくらいええやん。こういう手合いは痛い目見んと学習できへんのやから。なんせ、トロールのワイよりバカやねんから」
「なん、だとぉ……!!」
その直接的すぎる表現は、彼らにも理解することができたようだ。カッと両眼に侮蔑と怒りの炎を燃やして、一斉に武器を抜き放った。
「全員やっちまえ!!」




