52 族長たちの戦い 後編
手を叩いて大笑いするサムをギロリと睨み付けて黙らせてから、
「こんなデカブツの言うことなんて気にすることないよ。シアはヴェルフの訓練に合格したんだ、もっと胸張りな」
と、フィラが優しく言った。
「うん、もう大丈夫。ちょっと弱気になっちゃっただけだから」
シアは自然と笑っていた。そうだ、エヴァンスは獣人ではなくヒトなんだ。だったら勝てる。そのために一ヶ月ヴェルフたちに訓練してもらった。それにオレは電動だ。ただの自転車のエヴァンスに負けるはずがないんだ。
「そ、そうかい。だったら良いんだけどね……」
フィラは少し眉をひそめて言った。
「族長方に来ていただけて、本当に助かりました」
ヴェルフたちの背後から声がした。見るとと、哨戒部隊の隊長がいた。
「おかげで森に侵入されずに済みました。ありがとうございます」
隊長は深々と頭を下げた。が、片腕がブランと力なく垂れ下がっていた。折れているようだった。
「ええよええよ、困ったときはお互い様や。気にしぃな」
「それより、大丈夫なのか?」
ヴェルフが周りを見渡して、隊長に聞いた。すでに獣人連合国の医療部隊が到着していて、負傷者の治療をはじめていた。負傷者を担架に乗せて診察したり、止血したり、包帯を巻いたりと手際よく動いている。
「幸い死者はいないのですが、何名かが重症です。内臓がヤられてる者もいるので、回復魔法が必要でしょう……」
隊長が深刻そうに首を振った。シアは首を傾げる。
「回復魔法で治るんだったら、何の問題も無いんじゃないの?」
サムの裾を引っ張って小声で聞いた。ドミニクの回復魔法しか知らないシアには不思議だった。サムは座って、小声で答える。
「それがな、獣人連合に回復魔法使えるのは一人しかおらんねん。それでその魔法はよう効くねんけど、ちょっと問題があんねん」
「問題?」
と、シアが聞いたとき、
「お前の魔法はいらんッ! 嫌だ、オレはまだ戦えるんだ!!」
担架に乗せられていた負傷者の一人が騒ぎ出した。だが、担架から立ち上がれないほどの重症で、どう見ても戦えるようには見えなかった。
「イヤなら私はどっちでも良いんだけど、このままじゃ十中八九死ぬわよ」
傍らにしゃがんでいる白衣がすこぶる軽い調子で言った。シアの位置からでは後ろ姿しか見えないが、声から察するに女性のようだった。白衣を頭から被っているのか、頭の先まで真っ白なヒト型の女医。
「おそらく、内臓が損傷している。内臓にアルラウネの薬草を塗ることはできないし、見えないところは俺の糸でも縫えない。魔法を拒否するのであれば、このまま放っておいて自分の回復力に賭けるか、それとも一か八かここで手術するか……。どっちにする?」
女医の横に立っているアラクネが聞いた。こちらは男性のようだった。
アラクネの言葉に、女医がパン! と手を打った。
「そうね! 切り開いた方が苦しむ時間が短くて済むし、途中で死んだらそのまま解剖出来るし、一石二鳥ね。あっ! 死ぬ前に一応聞いとくけど、死んだらその身体要らないよね?? だったら私が実験に使っても良いよね? ね!?」
医者とは思えないとんでもないことを、女医は熱量一杯に言ってのけた。騒いでいた負傷者もその勢いに圧倒されて、うっ、と小さく呻き声を上げただけで何も言えなくなった。しかし女医は止まらない。負傷者の肩を揺すって問い詰める。
「絶対ムダにはしないからいいよね!?」
負傷者は苦痛に顔を歪める。返事したくても、痛みでそれどころじゃないように見えた。それでも隣のアラクネは止めなかった。
「ルー! アレク! いい加減にしないと本当に死ぬよ!」
見かねたフィラが叫んだ。女医とアラクネ男の二人は振り返り、声の主を探すようにキョロキョロしていた。
「えっ!? 白衣じゃない!?」
シアは驚いて声を上げた。後ろからだと白衣に見えたのは、真っ白な包帯だった。彼女はそれを、頭のてっぺんから足の爪先まで、全身の皮膚が見えないくらい厳重に巻いていたのだ。その姿は重病人、もしくはミイラにしか見えなかった。どちらにしても医者の風貌ではなかった。
その声で、二人はバッとシアの方を見た。
「げっ、フィラね──……さん」
アラクネの方が言った。女医の方は、負傷者をベンと投げ捨てると、ダッと走ってきた。シアは慌てて身構えた。気のせいかも知れないが、彼女の視線が自分に注がれているような気がしたからだ。そして少し距離があるとはいえ、獣人の足なら一瞬で詰められる距離だったからだ。
だが、慌てる必要は全くなかった。彼女の足は遅かったのだ。獣人とは思えないほどに。よく見ると、身長もシアより低くヒトの成人女性くらいだった。
(あれ、もしかしてオレと同じヒト?)
と、シアが思ったとき、サムが言った。
「彼女がさっき言ってた獣人連合唯一の回復魔法の使い手、ミイラのミスティ・ルーや」
「ミ……ミイラッ!?」
シアは驚いてサムを見た。サムは普通に頷く。
「せや、ミイラや。そんで向こうにおんのがフィラの従弟のアレク。一応アレクの方が医者や」
どうやら聞き間違いではなく、本当にミイラらしい。だとしたら彼女は死んでいる……のか? でも彼女は動いている。今も元気良く走って──。
と、ミスティ・ルーの方に視線を移した瞬間、シアは飛び上がりそうになった。
ミスティ・ルーがシアの目の前にいたのだ。真っ白な包帯に巻かれた両手を真っ直ぐと突き出し、少し下から俯き加減の上目遣いで、シアのことを睨むように見ている。真っ白な包帯の間から覗く目は、血走ったように赤い目だった。ミスティ・ルーは、地獄の底から囁くような、どんよりと重い声で言う。
「そうよ、私は生まれながらに死んでいるの……」
ゾクリと総毛立ち、シアの身体は勝手に震え出した。
その肩にポンっと優しく手が置かれた。フィラだった。
「あんまりウチのシアを怖がらせないでくれるかい、ルー?」
「あはは、ごめんね~~」
ミスティ・ルーはパッと顔を上げて、軽い調子で謝った。それからフィラへと視線を移す。
「でも、本当のことなんだから仕方なくな~い?」
「なくない。アンタ、怖がらそうと声色つくってたでしょ?」
フィラにきっぱりと否定されたルーは、誤魔化すようにアハハと笑いながら、再びシアに視線を戻した。そして改めて自己紹介する。
「私はミイラ女のミスティ・ルー。死体としてこの世に生を受けた、唯一無二の業の深~い生物よ。ヨロシクね」
ミスティ・ルーは言葉にそぐわない明るい声で言うと、シアに向かって右手を差し出した。
「よろしくお願いします……っ!?」
包帯に巻かれた手を握って、シアはハッとした。ミスティ・ルーの手が驚くほど冷たかったのだ。氷のような皮膚に突き刺さる冷たさではなく、『命』の温もりを感じられない冷たさだった。シアにとっては、思い出したくない記憶を刺激する、心に突き刺さる冷たさだった。シアは思わず顔を歪めてしまった。
それに気づいたのか、ミスティ・ルーがぱっと手を放して笑う。
「ナニコレ、って思ってるデショ?」
「あ、いや、その……ごめんなさい」
「別にいいよ。悪気あるなし関係なく、初対面の反応は大体そんな感じだから。かく言う私も、甦ったときそう思ったし」
ルーはさりげなくとんでもないことを言った。
(甦った……?)
一瞬、言っている意味が分からなかったシアだったが、すぐにピンときた。
「そうか、回復魔法か!」
シアは指をパチンと鳴らして言った。だがしかし、ルーは両手で大きなバッテンを作った。
「残念! 私の魔法は呪いよ」
シアの閃きは間違っていた。思わずバッとサムの顔を見た。サムは苦笑い。
「うん、まぁ、正確に言うと、『魔力を強制的に使わせて、回復力を高める呪い魔法』やから、ぎゅっとすると回復魔法になるやん?」
シアは、ポカンとした。理解が追いつかなかった。呪いのこともそうだが、なぜサムはぎゅっとしたのだろう?
「すごーく簡単に言うと、私の呪いにかかっている間は怪我が治るかわりに魔力が使えなくなるの」
「それって普通に回復魔法なんじゃ……?」
「私は呪うだけで解呪はしないの。だから呪われたら最後、一生魔力は使えない」
ミスティ・ルーの物言いに、シアは少し引っかかった。
「出来ない、じゃなくて、しない、なんですか?」
「そうよ。出来るけどやらないの」
ミスティ・ルーはあっけらかんと言った。
「私も同じような呪いで生かされてるから、下手に解呪して自分のまで解いちゃったら死ぬじゃない。だからやらないの」
「怪我が治る代わりに一生戦えんくなる。これがさっき言ってたちょっとした問題や」
「何が問題よ! 死にかけのところから復活できるんだから、それだけでいいじゃない。その上なんて、多くを求めすぎなのよ」
「そうですよね。何も出来なくても、生きていてくれるだけでこっちは良いのに……」
目を伏せて、シアが悲しそうに呟いた。
「だがな、それが死ぬよりもイヤなヤツもいるんだよ」
「…………」
そんなことは、シアにも分かっていた。
「シアにはわからないだろうけど、アタシらは魔力が使えないとほとんど力が出せないのさ。仲間が命がけで戦っているのに、自分は一生キャンプで荷物整理。後方支援をバカにしているわけじゃないけどさ。戦士には耐えられないよ」
「けど……」
「シアの言いたいことはよお分かる。ワイらもみんなそう思ってる。だから、最終的には大体ヤツが呪いを受け入れる。そのまま死を選ぶヤツもおるけどな」
サムは、遠い目をして言った。誰か思い当たる人物がいるのか、ヴェルフとフィラも複雑な表情をしていた。
パン! と、ミスティ・ルーが手を打った。
「ハイ、辛気くさい話はこれで終わり。ところで……シア君、キミがウワサの異世界人だよね!?」
ルーはずいっとシアに近づいて、上から下まで舐め回すように全身を観察した。
「は、はい」
イヤな予感がしたが、シアは素直に頷いた。その瞬間、ルーのテンションが爆発した。
「やっぱり!! ね、解剖してもいい!? 異世界から来たキミの身体を調べれば、絶対に生命の神秘に一歩近づくと思うんだよ!!」
答える前に、フィラが二人の間に割って入った。
「バカ言ってんじゃないよ! アタシのお……仲間を解剖なんて、アタシが赦さないよ!!」
フィラに脅されても、ルーは動じない。
「フィラは関係ないデショ。あなたのお──」
ルーがそう言いかけたとき、
「ルー! それはダメだ!!」
と、かき消すようにアレクが叫んだ。皆が一斉にアレクを見やる。
「……ホラ、早くしないと本当にこの患者が死んでしまうからさ」
そう言って、アレクは担架に乗せられた負傷者を指差した。
「頼む……ルー、回復魔法を……」
負傷者は口から血を吐きながら、喘ぐように言った。
「あっ、すっかり忘れたわ。じゃあ考えといてね、シア。最悪死んじゃってからでもいいから、解剖の許可をちょうだい。フィラとヴェルフもよ~~」
ミスティ・ルーはそう言いながら、患者の元へと歩いていった。
「じゃ、俺たちもキャンプに戻るとするか」
ヴェルフが言った。見ると、マルコとドブルスはいつの間にかいなくなっていた。フィラが拘束していた大型ゴーレムもバラバラになっている。
帰りは、シアも自分の足で歩いた。ドブルスが作った道があったので、一時間もかからずに帰ることができた。
「三人ともご苦労だったな」
キャンプに戻ると、入り口でレオン王が待っていた。
「疲れているところ悪いが、今から族長会議だ。マルコとドブルスが待っているから急ぐぞ」
「オレとシアはパス。ゴン爺のとこに武器を貰いに行かなくちゃなんねぇ」
「ワイもパスや。アイツ居ったら会議にならんし」
二人は、王の要請をあっさり断った。フィラが大きなため息をつく。
「ほんとにアンタらは、族長のくせに……。こんなヤツらは放っておいていいんじゃないかい、レオン?」
「いや、ダメだ。これは作戦会議にでもあるんだ。サムには絶対出てもらう」
「え~~~! 作戦やったらあの脳筋の居らん会議で決めたやん!!」
ぶ~たれるサムに、レオン王は茶色の薄汚れた封筒のような物を見せた。
「カレルセの作戦の詳細が手に入ったのだ。だからお前の意見が必要なんだ、サム」
「おっ、やっぱりあったか。じゃ、俺はお役ごめんだな。行くぜ、シア」
「あっ、ちょい、ヴェルフ……」
サムが止めるも虚しく、ヴェルフはぴゅ~っと走っていった。失礼します、と一応一礼してから、シアも慌ててヴェルフを追っていった。
「……あ~もう。出ればええんやろ、出れば」
サムたちは、本陣のテントへと向かった。テントの中で、すでにマルコとドブルスが待っていた。
「遅いぞ、何をしていた!」
テントに入った瞬間、ドブルスが吠えた。
「ああ、すまない」
レオン王はおざなりに謝りながら、一番奥の王の席についた。
「本題の前に、まずはあの少年を認めるかどうか聞きたい」
レオン王が族長たちに問いかけた。一番最初に答えたのはサムだった。
「もちろんワイは認めるで。あんなええ子、認めん方がおかしいわ」
「アタシも認めるよ」
「私もだ」
続いて、フィラとマルコも答えた。必然的に、皆の視線が最後に残ったドブルスに集まる。ドブルスは面白くなさそうに腕を組んでいた。
「先に、一つ確認しておきたいことがある」
ドブルスが静かに言った。
「なんや?」
サムの言葉には若干のトゲが生えていた。
「……あの小僧は本当に戦えるのか?」
「どういうことだ?」
今度はサムより先にレオン王が聞いた。
「あの小僧が木刀以外を使っているところを見たことがない。そんなヤツに実戦ができるのか? まさか実戦も木刀でやる、などと、ふざけたことをぬかすつもりじゃないだろうな」
サムとフィラは顔を見合わせた。言われてみれば、シアに確認していなかった。
「それは……アレや。訓練でヴェルフ相手やったから木刀使てたんや。今、ゴンザレスはんに武具貰いに行ってるし、実戦やったらシアも真剣使うよ。……たぶん」
「たぶん、だとぉ~~」
我が意を得たりと言わんばかりに、ドブルスは得意満面の笑みを浮かべた。
「そんな不確定な要素がある者にこの重要任務を任せるのか!? そもそもあの小僧は何を考えておる! せっかく俺が認めてやって、敵陣突入という重要任務を任せてやっているのに。救世主などと呼ばれて勘違いしておるのかッ!!」
本当にシアが真剣を使えるのか、その議論であれば、サムはこれ以上反論することができなかった。しかし、ドブルスは調子に乗ってシアの人格まで否定した。その結果、サムに反撃の機会を与えてしまった。
「ハァ~!? 自分頭沸いてんの? 今回の作戦はシアが居らんかったら不可能な作戦なんやで!? その上シアはこの国のために頑張る義理なんて一個もないのに、毎日毎日必死こいて訓練して、いっちゃん危険な任務やってくれる言うてるんやで。本来ならこっちが頭下げてお願いする立場やのに、それを認めてやった? 任せてやった? 何を偉そうに、自分こそ勘違いしてんちゃうん!? それが物頼む態度か!?」
サムの火を吹くような反論に、ドブルスは何も言い返さなかった。口喧嘩ではサムに勝てないことを知っていたのだ。
「もういい! さっさと本題に移る」
レオン王はそう言うと、茶色の封筒を取り出した。
「大型ゴーレムに仕込まれていた協力者からの手紙だ。これによると、カレルセの大規模実験は明日の早朝に行う、とのことだ。援軍として、王の盾全軍がズートア要塞に駐留しているらしい。そしてその実験内容だが、どうやらレオナルの矛と異世界の科学を融合した兵器の試運転、だそうだ」
「なんやて!?」
サムは、レオン王から手紙をひったくった。
「ほんまや。この実験が成功したら、とんでもない兵器が完成するかもしれんで。そうなったらマギアもヤバイなんで……。そうか、レオナル条約が制定されたときは、マギアは戦いに参加してなかったから、あの兵器の危険性を知らんのか……」
サムは顔を歪めて呟いた。しかしドブルスは簡単に言う。
「それならば、あの小僧から異世界の科学とやらを聞き出して、こちらも作ればいいだろ。万が一に備えて、レオナルの盾をどこかに保管してあるのだろう?」
「ハッ、アホかボケ! それやったら戦いに勝ててもこの世界が終わるわ!! 何のために条約があると思ってんねん、向こうが破ったからってこっちも破ってエエわけとちゃうんやぞ!!」
明らかにサムの言い過ぎだった。当然のようにドブルスは激怒した。手のひらをテーブルに勢いよく叩きつけて、怒りを湛えた鋭い眼光でサムを睨み付ける。
「この俺を愚弄するのか! キサマッ、表に出ろ!!」
「ほんまこの馬鹿牛は今さっき言ーたことも覚えてへんのか? 物頼むときは、出てください、やろが!?」
サムも負けじと、鬼のような形相で睨み返した。
「いい加減にしろ! ケンカなら他所でやれ!!」
レオン王が吼えた瞬間、サムはけろっと表情を変えて、笑った。
「ほな、静かなとこで頭冷やしてくるわ、お先に失礼。レオンとマルコはまた後で」
そう言うと、サムはさっさとテントを出ていった。ドブルスは一瞬戸惑ったが、すぐに悟った。
「……ああ、クソォ! 俺を抜け出すためのダシに使ったなぁ!!」
ドブルスの哀しい絶叫がキャンプ中に轟いた。




