51 族長たちの戦い 中編
ドブルスは少しも止まる気配を見せずに、チラリと後ろを振り返った。
「フィラ、マルコ、……それにオマケども。何をしに来た? ゴーレムなんぞ俺一人で充分だ、帰れ!!」
「そんなわけいくか! 王の命令や!!」
口から飛び出そうになる暴言を必死に押さえ込んで、サムが叫んだ。状況も考えずに喧嘩を吹っ掛けるほど、愚かなサムではなかった。
「王の……」
わずかだが、ドブルスの勢いが削がれた。すかさずマルコが追撃を加える。
「そうだ。レオン王の命令で、この迎撃戦はヴェルフの指揮で行うことになった」
「そう言うこった、ヨロシクな」
「そんなバカな……。何故ヴェルフなんだっ!? 俺は聞いてないぞォ!!」
喚くドブルスに、マルコは事も無げに冷たく言い放った。
「貴様が先走るからだ」
「クッ……仕方ない」
と言いながら、ドブルスは納得していなかった。腹いせに、目の前に迫った大樹をなぎ倒すのではなく、真上に突き上げる。シアの目の前で、見上げるような大樹が土を巻き上げて舞い上がった。
「うえっ!?」
シアは驚いて変な声を上げ、マルコは冷ややかにため息をついた。
「子供か、貴様は……」
流石のミノタウロスでも、大樹をそれほど高く上げることは出来なかった。一時の空中浮遊を終え、大樹はすぐに落下を開始した。突き上げた本人は余裕で、真後ろにいたマルコは辛うじてその下を走り抜ける。
しかしその後ろの三名は間に合わなかった。あわや下敷きになるか、と思われたが、サムは降ってきたきた大樹を、まるで頭にかかる梢を払うように簡単に払いのけた。それから何事もなかったようにヴェルフに訊ねる。
「そんで、作戦はどうすんの、隊長?」
ホッとしたのも束の間、シアは嫌な予感がして、思わず振り返ってヴェルフを見た。ヴェルフの無謀な作戦に従った結果、ズートア要塞の屋上から落とされることになった忌まわしい過去がそうさせたのだ。
「あ、作戦? 詳しくは戦場に着いてから決めるが、そうだな……、とりあえず俺たちが五人でゴーレムも五体なんだから、一人一体でいいんじゃね?」
シアの嫌な予感は的中した。ヴェルフ隊長の作戦は、作戦と言うのもおこがましいぞんざいなモノだった。だが、サムもフィラもマルコも何も言わなかった。
(あれ? 獣人の作戦ってこんな感じ??)
シアが不安に思ったとき、不意にフィラが叫んだ。
「出口はすぐそこだよ! 気合いを入れな、アンタたち!!」
「えっ、もう!?」
シアは驚いて、前を見た。たしかに鬱蒼とした森の終わりがすぐそこにあった。その先には草一本生えていない死の大地が広がっている。シアでは数時間かかった道のりも獣人にかかればたったの数十分だった。
ドブルスが最後の一本をなぎ倒して、一行は森から飛び出した。
するとそこには、森の樹々より大きい大型ゴーレムが五体いた。
「デカッ!!」
シアは思わず叫んだ。下から見上げる大型ゴーレムは驚くほどに大きかった。岩の巨人と言うよりも小さな山のようだった。高さも横幅もサム二人分はある。実際には超大型ゴーレムほどではないのだが、シアにはそれ以上に見えていた。そして足元には数十体の小型ゴーレム──と言ってもゴーレム基準の小型で、シアと同じくらいの高さ──の大群がいた。
「チッ、やはり退かなかったか」
マルコが舌打ちした。大方の予想通り、哨戒部隊は逃げずに立ち向かっていたのだ。十数人の猿人たちが、果敢に大型ゴーレムに取りつき、周りを跳ね回り、必死に応戦している。それが五ヶ所で同時に行われていた。哨戒部隊は部隊を五等分にし、それぞれで大型ゴーレムを足止めしているようだった。
しかし大方の予想通り、戦況は芳しくなかった。何人もの猿人がやられて地面に倒れているが、大型ゴーレムたちは表面に無数の切り傷があるだけで五体満足の状態だった。彼らと大型ゴーレムでは大きさに差がありすぎて、彼らがいくら攻撃したところ大型ゴーレムの致命傷にはならない。逆に、大型ゴーレムの攻撃はたった一発が彼らの致命傷だった。彼らの力では、余りある体格さは如何ともしがたかったのだ。
「ガッハハハ!! 土塊如き、俺が粉微塵に吹き飛ばしてくれるわ!!」
ドブルスは叫んで、真ん中の大型ゴーレムめがけて突進していった。が、他の族長たちは動かなかった。ヴェルフの作戦を待っていたのだ。そしてそのヴェルフは、何かを探すようにスンスンと鼻を鳴らしていた。とりあえずマルコが叫んだ。
「退けーーー! 哨戒部隊ーーーーッ!!」
「!?」
哨戒部隊の面々は動きを止めることなく、声のした方へと目を向けた。そして歓喜の声を上げる。
「援軍だ! 族長たちが来てくれた!!」
「足止めはもう終わりだ! 全員、負傷者を連れて引き揚げろォ!!」
中央で部隊長らしき猿人が叫び、哨戒部隊は一斉に撤退を開始した。近くの負傷者に手を貸し、それぞれで逃げる。ゴーレムたちの反応は鈍かった。数十秒の間を置いて、逃げる哨戒部隊を慌てて追いはじめる。
サムはその間に、シアを抱き上げてマルコの背中から降ろしていた。
「シアはここで隠れて見学しとき。万一、ゴーレムが来たら一目散に逃げるんやで」
「は、はい。サムたちも気を付けて」
そう言って、シアは木陰に身を隠した。
「まだなのかい、ヴェルフ!」
フィラが金切り声を上げた。哨戒部隊の一隊が、大型ゴーレムたちに追いつかれそうになっていたのだ。哨戒部隊の足は多数の負傷者を抱えているせいで、大型ゴーレムのそれより遅かった。
「いいや、もうわかった」
ヴェルフはニヤリと笑った。
「フィラ、森に近い左端のヤツを頼む!」
「ハイヨ!」
フィラはそう言うと、樹へと飛び上がった。そして樹から樹へと跳び移って、左端の大型ゴーレムへと向かう。
「あとは……好きなヤツを選べ!」
「なら私は右から二番目だ。あそこが一番危ない!」
言うが早いか、マルコは駆け出した。そこの部隊は負傷者が多く、今にも大型ゴーレムに捕まりそうになっていたのだ。
「ほんならワイは右端か。あんなけ離れてたら、足の遅いワイでも間に合うやろ」
大型ゴーレムとの距離を一番空けているのは中央の部隊だったが、そこにはすでにドブルスが向かっていた。
「じゃあ俺は残りだな」
と、ヴェルフは、残った左から二番目の大型ゴーレムに向かって走り出した。
「やっぱり適当だ……。あんなデカイのが相手なのにそんな感じなんだ……」
木陰でシアが呟いた。呆れと驚きが二対八くらいで、そこに心配はなかった。
一番最初に大型ゴーレムの元へとたどり着いたのは、マルコだった。マルコの本気は、風をはるかに越えて、もはや雷のような速度だったのだ。
「やっぱり、オレを乗せてたときは全然本気じゃなかったんだ……」
シアが呆然と呟いた。あまりの速さに、ワープしたんじゃないの、と本気で思うほどだった。
哨戒部隊を飛び越えて、大型ゴーレムの間に割り込むと、マルコが叫んだ。
「シア! しかと見ておけ、私の槍は一瞬だぞ!!」
その言葉で、シアはハッと我に返った。だが同時に、大型ゴーレムの攻撃対象がマルコに移ったようだった。大型ゴーレムが足を止め、マルコを見下ろす。
「そうだ。族長の戦いを見て、勉強するために連れて来られたんだった」
マルコの一挙手一投足も見逃さないよう、シアは刮目して待った。少し距離はあるが、マルコもゴーレムも大きいので、さして問題はなかった。
先に動いたのは大型ゴーレムの方だった。岩のくせに目にも止まらぬ速度で、石柱のような腕を繰り出した。
ズドン! と、大地に石柱が突き刺り、砂煙が立つ。
「ああ!!」
シアは思わず、木陰から身を乗り出した。
マルコは大型ゴーレムの拳の上に立っていた。そのまま腕の上を駆け上がり、飛び降りざまにゴーレムの心臓の辺りを槍で貫いた。
シュタッと地面に着地すると、マルコは大型ゴーレムに背を向けて、悠然とシアを見た。だが、ゴーレムは動かなかった。見た目通りの石像になったのか、片手を地面に着いたままピクリともしなかった。
シアは目を疑った。大型ゴーレムの心臓に大穴が開いているわけでもないし、もしそうだったとしても、岩で造られているゴーレムが心臓で動いていたとも思えない。
「どうだ、見えたか?」
通常、器が破壊されても中の精霊は無傷である。それは、精霊が器の中を自在に動き回り、攻撃が直撃するのを回避しているからである。例え、器を粉微塵に破壊されたとしても、精霊は自主的に器を捨てて難を逃れるだろう。
しかし、マルコの槍はそれを許さない。研ぎ澄ませた獣人の感覚で器の中の精霊に狙いをつけ、回避不可避の神速の槍でもって貫くのだ。
だがもちろん、遠目から見ているだけのシアにはそんなことは分からなかった。
「見てましたけど……」
と、シアは首を傾げる。
「そうか、だが説明の前にフィラだ! 彼女の戦い方が一番お前の参考になるだろう!」
マルコが叫びながら、槍で左端のゴーレムを指した。ちょうど、森に侵入するところだった。
「フィラはっ!?」
と探そうとした瞬間、大型ゴーレムの頭に、ピタッと糸が張り付いた。ハッとして糸を追うと、樹の上にフィラがいた。シアは糸を視認したのではなく、同じ魔法の使い手として糸の存在を感じ取っていたのである。
フィラは糸を掴んだまま、ポーンと森から飛び出した。まるで振り子のように、大型ゴーレムの周りを高速で回転する。
大型ゴーレムは、攻撃もせずに周りをグルグルしているだけのフィラに戸惑っているようだった。動きを止めて、キョロキョロと首を動かしてフィラの姿を追っている。やがて、少しずつ遠心力が弱まり、フィラの姿がはっきりと見えるようになった。そこで初めて敵だと気づいたのか、大型ゴーレムは腕を振り回そうとした。
が、遅かった。すでに大型ゴーレムはフィラの糸で絡め捕られていたのだ。見えないほどに細い糸で全身をグルグル巻きにされて、一切動けなかった。大型ゴーレムは何とか抜け出そうと必死にもがいていたが、糸はびくともしなかった。
「スゲー……これが本物のクモ魔法」
フィラはたった一本の糸で、あっという間に大型ゴーレムを拘束してしまった。フィラの糸が強靭なのは重々承知していたが、あの巨大なゴーレムの力にも耐えるとは……。
「オイ、ぽけーっとすんな」
「えっ、あっ、はい」
撤退してきた哨戒部隊の一隊がシアの周りに集まっていた。いつの間にかシアは、隠れるのを忘れて森の外に出ていたのだ。
比較的軽傷だった彼らは、シアの周りに腰を下ろして、族長たちの戦いを観戦する気満々に見えた。
「次はヴェルフんとこだな」
大型ゴーレムの目の前にいるにもかかわらず、ヴェルフはシアとの訓練のときのように、木刀で肩をぽんぽんと叩いている。
「張り切って来たのはいいが、流石に木刀じゃ岩は砕けないよな。どうすっかな~」
ヴェルフは、大型ゴーレムを見上げて考えていた。しかし大型ゴーレムにそれを待つ筋合いはない。次の瞬間、大型ゴーレムが腕を振り回した。ヴェルフはひょいっと簡単にかわす。
「爪使えば、それで終わりなんだが……」
大型ゴーレムが続けざまに二度三度と腕を振り回したが、ヴェルフはぶつぶつと呟きながらそれらもあっさりと回避してみせた。
「……それじゃシアの参考にはならねぇだろうしなぁ~」
と、シアのことを考えたとき、ヴェルフの頭にハッと良案が浮かんだ。
「やったことねぇけど、やってみるか!」
それからは早かった。四度目の大型ゴーレムの攻撃をかわすと、ヴェルフはその場で木刀を振り下ろした。
ピシッ! と大身体に亀裂が入り、大型ゴーレムは真っ二つに裂けて崩れた。が、同時にヴェルフの木刀もバキッと折れた。
「あーあ、折れたか。思ったより使えねぇな」
「な、何が起きたんだ?」
哨戒部隊は口をあんぐりと開けていた。だが、シアには思い当たる節があった。
「飛ぶ斬撃だ……!」
剣先から魔力を飛ばして遠距離の敵を斬る技。救済の剣を使っていたときは、シアも使いこなしていたが、それでもあんなに大きなゴーレムを一撃で真っ二つにできるとは思えなかった。
「あと、二体。次は……ドブルスの方だ!」
一番最初に飛び出したわりに、ようやくだった。彼は足が速くないのである。
逃げる哨戒部隊に追い付き、踏み潰そうと大きく足を上げていた大型ゴーレムだったが、ドドドド! と地鳴りを響かせて迫ってくるドブルスを見て、そちらに狙いを変えた。ドブルスを踏み潰そうと、振り下ろす。
しかし、ドブルスは一切速度を緩めなかった。まさに牛のように、真っ直ぐ一直線に、迫る足に向かって突進した。
ドン!! と、ドブルスの角と大型ゴーレムの足が衝突し、その衝撃波が大気を揺らした。
ドブルスは踏み潰されることなく、真っ正面から大型ゴーレムの足を受け止めていた。いや、受け止めたのではなく打ち勝っていた。ゴーレムの足にはヒビが入っていたのだ。それはパキパキッとあっという間に全身に広がり、ドブルスがフン! と大きく鼻息を吐くと、ズサッーーー! と大型ゴーレムの身体が粉々に崩れ去った。
全身に砂のシャワーを浴びながら背負った戦斧を抜くと、ドブルスは不敵に笑って小型ゴーレムの群れへと突っ込んでいった。
最後はサムだった。右端の大型ゴーレムへと走りながら、サムはため息をついた。
「はぁ~、見下ろされるんは久しぶりやな」
大型ゴーレムは、後退していく偵察部隊には目もくれず、接近するサムに狙いを定めた。そして大岩のような拳をサム目掛けて振り下ろす。
ドシンッ! 大型ゴーレムの拳は大地を揺るがせた。
「サムーーーッ!」
「心配せんでもええ、シア! こんな石っころに潰されるサム様やあらへんでぇ!」
サムはこん棒で、大型ゴーレムの拳を受け止めていた。そしてそのまま、左手でゴーレムの拳に触れる。
「思った通り、戦闘用やのうて偵察用やな。この程度の魔力量やったら一瞬や!」
サムがニヤリ笑った。次の瞬間、大型ゴーレムがギューーーン! と縮み、小山は瞬く間に小石となった。
「やっぱり、見下ろす方がワイの性に合うてるわぁ~」
サムは、大型だったゴーレムを見下ろして、悪い笑みを浮かべた。中にいた精霊は、すでに逃げているようだった。
無機物であれば、全ての物がサムの魔法の適応範囲なのである。ただし、対象物の魔力量によってコントロールできる幅に制限があり、サムの魔力量を越える場合は一ミリたりとも変えられない。
「ほなな」
と、サムは小石を踏み潰した。
「終わった、な……」
誰かが呟いた。シアはため息を洩らした。
「あんなテキトーな作戦だったのに……」
族長たちは圧倒的な身体能力で、哨戒部隊に更なる被害を出さず、見事に敵を討ち滅ぼした。こうなってくると、ズートア要塞での作戦が失敗したのも、自分の身体能力のせいなのでは、と思うシアだった。
「俺たちの休憩も終わりだ! 一人がキャンプに報告、他のヤツらで負傷者の手当てをするぞ!!」
一人が立ち上がって、号令をかけた。
「やっぱ族長たちは強ぇな」
「俺たちももっと頑張らないとな」
先に撤退を終えていた部隊の面々は、それに従って慌ただしく動きはじめた。
ヴェルフ、フィラ、サムの三人が、何事もなかったかのように戻ってきた。マルコは拘束した大型ゴーレムの元に向かっており、ドブルスはまだ笑いながら大きな戦斧を振り回して小型ゴーレムたちを蹂躙していた。
「どうや、シア。ワイらの戦いは勉強になったか?」
サムの問いかけに、シアは黙って首を振った。一生懸命見ていたが、身体能力やら魔法やら……全てにおいて実力差がありすぎて、参考になどならなかった。初めから分かっていたことだが、まざまざと見せつけられると心に来るものがあった。
「オレなんかが、本当にエヴァンスを倒せるのかな?」
「オレたちと違って、エヴァンスにゃああのゴーレムは倒せないから安心しろ」
「せやせや。エヴァンスの身体能力はヒトだけやと上の方やけど、獣人と一緒にしたら下の方や。せやから大丈夫やで!」
「……あのぉ~、オレもヒトなんですけど……」
「そやったなぁ~アハハハ!」




