50 族長たちの戦い 前編
お祭りムードは一瞬にして終わりを告げた。ピリピリとした緊張感が辺りを包み、獣人たちは三々五々動き出した。
ついさっきまで主役だったシアは、一人ポツンと訓練場に取り残されていた。初めての敵襲に、どうすれば良いのかわからず動けなかったのだ。どうしよう、と辺りをキョロキョロしていると、キャンプの入り口へと走るサムの背中が目に入った。シアは疲れきった体に鞭を入れて、その背中を追った。
シアがキャンプの入り口に着いたとき、すでに多くの獣人たちが集まっていた。皆武器を片手に、戦闘準備万全といった様子だった。
「おっ、見えたで!!」
上からサムの大声がした。サムは入り口近くの見張り台の上にいた。
「ゴーレムの頭が一、二……五、こっから見えんのは五体や!!」
「五体……少ないな」
レオン王が呟いた。レオンは立派なたてがみを持った獅子の獣人で、獣人連合国の王様である。
「タイミング的に十中八九偵察と牽制やろな。まぁ、樹ぃが邪魔でこっからじゃ大型ゴーレムしか見えんから、実は大量のゴーレムが控えてて本気で攻勢かけてきてる可能性もあるけどな」
見張り台からドスンと飛び降りて、サムが言った。
「そんなことはどうでもいい!」
雷鳴のような大声が轟いた。ドブルスだ。鍛え上げられた鉄のような、巨大な身体と角を持つ威圧的な風貌、そして風貌そのままの高圧的な態度のミノタウロス。背中には巨大な戦斧を携えている。
「敵が攻めて来たのならば叩きのめすまでだッ!!」
ドブルスはそう叫ぶと、単身飛び出した。自慢の角で巨大な樹々をなぎ倒して、森の中を猛然と突き進む。
「待て! 勝手な行動は許さんぞ!!」
レオン王の叫びはドブルスには届かなかった。それでもドブルスに続こうとしていた獣人たちには届いた。彼らは足を止め、不服そうに王を顧みる。
「ドブルスが行ったんだ! 俺たちもいいだろ!?」
「ダメだ! ヤツらの目的が偵察ならすでに達成されている。放って置いてもすぐに撤退をするだろう。それに今さらゴーレムを破壊したとて、中身の精霊は要塞に戻って報告するだけだ。そんな無意味な戦闘を許すわけにはいかん!!」
レオン王は断固として出撃を認めなかった。ヴェルフの情報が正しければ、近日中にズートア要塞に総攻撃をかけることになる。今の時期に、無駄な戦闘で戦力を減らすわけにはいかなかったのだ。
しかし総攻撃のことを知らない獣人たちは、納得していない様子だった。王が秘密にしているわけでなく、獣人たちが知ろうとしなかったのだ。
大半の獣人たちは作戦には興味がなかった。命令があれば、戦場に赴き暴れる。それだけが良かった。
「大勢であれこれと作戦を考えるよりも、賢い数人で作戦を考える方が良い作戦が出来る」
昂然とそう言い放ち、頭を使う七面倒臭い作戦立案を王と信頼できる族長たちに丸投げにして、自分たちは自由気ままに楽しく酒を飲んで酔っぱらっていた。もしかしたら、船頭多くして船山に上る、ということを本能的に理解していたのかもしれない。
どちらにせよ、王たちが頭を悩ませている間、彼らは楽しく飲み食いしている。その後ろめたさから、作戦や命令に意見することはほとんどなかった。だが、仲間のピンチとなれば話は違った。
「……そう言うが、哨戒のヤツらじゃ大型ゴーレムは止められないぞ!?」
獣人キャンプは鬱蒼とした森に囲まれているため、森の中を動き回る哨戒部隊には小柄な獣人が多かったのだ。
「哨戒部隊には、極力戦闘を回避せよ、と命令している!!」
レオン王が吠えた。それでも獣人たちは食い下がる。
「『極力』でアイツらが逃げると思うのかよ!!」
誰かが叫んだ意見に、そうだそうだ、と賛同の嵐が巻き起こった。嵐が大きくなるにつれ、徐々にレオンの眉間のシワが深くなってゆき、恐怖以外の何物でもない巨大なキバが露になった。グルル……という地鳴りのような低い唸り声も、嵐にかき消され届かない。獅子の怒りが臨界点に達する寸前、
「王の作戦は正しい!」
威厳のある声が響いた。その声は獣人たちを圧し、静寂を生んだ。獅子の怒りも嵐と共に何処かへ消え去った。
シーンとした中、ザッ、ザッと小気味良い蹄の音をさせて、マルコが歩いてきた。マルコは、下半身が白馬になっているケンタウロスの紳士だ。見た目だけでなく、立ち振舞いから中身に至るまで全て紳士だった。粗暴で豪快な獣人が多い中、彼は冷静で優雅で気品が溢れていた。
「……ですが、現状は作戦通りに動いてはいません。彼らの言う通り、『極力』では哨戒部隊の者たちは退きますまい。その上ドブルスが向かったのです、戦闘になるのは必至。ここは援軍を出すべきでしょう」
「せやせや。それに、たぶんこれが最後の接触や。何か情報得られるかも、やで、レオン」
サムは、意味深にウインクした。
「むぅ、たしかに……」
レオン王は眉をひそめたが、すぐにヴェルフを見た。
「なら、援軍の編成と指揮を頼んでもいいか、ヴェルフ?」
「いいぜ。誰を連れてっても構わねぇよな?」
ヴェルフはあっさりと答えた。
「ああ、好きにしろ」
レオン王がそう言った瞬間、獣人たちによるアピール合戦がはじまった。俺を連れていけ、俺の方が役に立つ、とヴェルフに猛アピール。
「そうだな……」
と、ヴェルフは人の悪い笑みを浮かべて、群がる獣人たちを値踏みする。
「じゃ、ドブルスが先に行ってるし、せっかくだし族長ズで行くか!」
ヴェルフは思い付きで言った。その瞬間、アピール合戦は驚きに取って代わった。族長たちだけで戦場に出るなんて、これまで一度もなかったのだ。
「いいけど、族長ズってアンタね」
「任せとき、族長ズ行くでぇ!」
「わかった」
フィラはため息まじりに、サムは胸を張って、マルコは端的に、と三者三様の返事をした。
「マジかよ……。全族長の戦いを一遍に見れんのかよ……」
今の獣人連合国に、族長は五人しかいなかった。人狼のヴェルフ、アラクネのフィラ、ケンタウロスのマルコ、ミノタウロスのドブルス、そしてトロールのサム。彼らは一族の代表というだけではなく、レオン王にその強さを認められた、獣人最強の戦士たちだった。
『強さ』
その一点で周りから一目置かれ、その上で王のような責任も生じない。ゆえに多くの獣人にとって、族長は王様よりも憧れの存在だった。だがなかには、クズハやゴンザレスのように族長になりたがらない獣人もいた。ちなみに、サムは族長がいない一族の包括的な代表である。
「よし、そっちは任せたぞ、ヴェルフ。他の者は万が一に備えて、ここの守りを固める。急げ!」
獣人たちは一緒に行きたい気持ちを押し殺して、王の命令に従った。ぞろぞろとキャンプに戻ってゆく。シアも一緒になって戻ろうとした。がしかし、
「オイ、何ぼさっとしてンだ、シア! さっさと行くぞ」
と、ヴェルフに引き止められてしまった。
「えっ、オレも?」
シアは鼻白んだ。ハッキリ言って行きたくなかった。戦闘面では役に立てないし、その前に移動の段階で絶対足手まといになるからだ。元気一杯の状態でもそうなのに、疲れきっている今なんて足枷だ。
だが、ヴェルフは気にしない。
「そうだ。俺たち族長の戦いを間近で見られるチャンスはそうないからな、木陰にでも隠れて勉強しろ」
「けど、オレ──うわぁ!?」
オレはもう動けないよ。そう言おうとしたシアの体が突然浮き上がった。マルコが槍の石突きを襟に引っ掻けて持ち上げていたのだ。マルコは、そのままシアを自分の背中へと乗せた。
「これならいいだろ?」
何を隠そう、シアをいち早く認めてくれたのはマルコだった。毎日真摯に訓練を続けるシアを見て、マルコはすぐに認識を改めたのだった。それから初対面の非礼を謝り、力を貸してくれ、と、シアに頭を下げていた。もちろんシアは二つ返事で受け入れた。とは言え、背中に乗せてもらうのは初めてだった。
「あっ、ありがとうございます」
「振り落とされないよう、しっかり掴まれ」
「ハイ!」
シアは元気よく返事して、マルコに掴まった。服がシワにならないように気を付けて。
「まずはドブルスだ。ヤツが森を出る前に追い付いたい、急ぐぞ!」
そう言うと、マルコは走り出した。そのあとにヴェルフたちも続いた。
「うわっ、速ッ!!」
マルコは森の中を風のように疾走した。流石はケンタウロス、と、シアは心の中で舌を巻いた。
「今からでも余裕だろ。俺たちはアイツが作った道を行けばいいんだからさ」
ドブルスの通った所は樹も草もなぎ倒され、無惨な様相の道になっていた。ただ地面は、大きな根っこが這い出していたり、樹がなぎ倒された衝撃で土がほじくり返されたり、とガッタガタの悪路だった。
そんな道を風のように疾走しているにもかかわらず、シアはほとんど揺れも衝撃も感じなかった。マルコが背中のシアを気遣って、速度より安定を取ってくれているのだろう。そのおかげでヴェルフだけではなく、フィラとサムも置いて行かれずに済んでいた。
「ホンッマ、あのアホ牛は。またこない要らん自然破壊しよって! いっぺんアルラウネとトレントにシバかれたらええねん!!」
後ろからサムの悪態が聞こえてきた。シアは少し項垂れる。
サムは、基本的に誰にでも友好的で優しかった。が、ドブルスをはじめ、合わない人間とはとことん仲が悪かった。ヴェルフ曰く、アイツらは全員差別主義者。獣人の、それも戦士こそが至高の存在と信じ、それ以外の全人間を下に見ている幼稚なヤツら、とのことだった。
サムの過去を思えば彼らと仲が悪いのは仕方ないことだと、シアも理解している。それでも悪態を聞くとチクリと心が痛む。
「まぁ、そのおかげでアタシらは走りやすいじゃないか。それに予定じゃ明日総攻撃だろ? どうせ道を作るんだからいいじゃないさ」
フィラがフォローした。
「エエことない! あの牛は絶対そこまで考えてないもん。敵やー聞いて、何も考えんとただ真っ直ぐ向かってっただけに決まっとる!!」
猪突猛進。それがドブルスの生き様だった。牛のくせに。
「………………」
流石のフィラもフォローの言葉を見つけられず、ヴェルフの方を見た。すると。
「あれ? 木刀で大丈夫なのかい、ヴェルフ?」
シアの訓練の直後だったからか、ヴェルフは愛刀ではなく木刀を持っていた。
「しゃあねぇだろ? ゴン爺がまだ出来てねぇって言うんだからヨ。まぁ、万が一のときにゃあ俺にはコレがある」
そう言って、ヴェルフはジャキーンと爪を伸ばした。
「無駄話は終わりだ。ヤツの背中が見えた」
前方を指差して、マルコが言った。ヴェルフは爪を引っ込めて、前を見る。
「おっ、やっぱり間に合ったな」
視力には自信があるシアも、マルコの背中越しに目を凝らして前方を凝視した。
「うーーーん、見えない」
が、何も見えなかった。マルコが軽く笑う。
「この程度の距離も見通せないとは、まだまだ修行が足りないな」
「えーーー、ヒトでもですか?」
「こんくらいの距離やったら、もうちょい体に魔力が馴染んだらヒトでも見えると思うで。人狼の嗅覚とかアラクネの糸とか、マネしようのない種族特有の能力もあるけどな」
そんな話している間に、ドブルスの背中はシアでも見える距離まで近づいていた。フィラが呼び掛ける。
「おーい、ドブルス!!」




