44 どうしよう
「それじゃ、一日でも早く弟たちの所へ帰るためにも、そろそろ魔法の特訓をはじめるかい?」
フィラは優しく微笑んで聞いた。
「はい! お願いします」
シアは元気よく立ち上がった。うんと一つ頷いてから、フィラも立ち上がる。
「アンタたちはどうすんだい?」
「ワイはここ片付けてから、コック長とちょっと話してこよかな思ってる。まぁ別に急ぎの用でもないし、なんか手伝うことあるんやったらそっちに行くけど?」
フィラは、チラリとシアを見た。見る。
「とりあえず、今日は必要ないかな」
「オッケー。またなんかあったら遠慮なく言ーてや」
と、サムは軽く言った。
「シアが順調に育ったら、また魔法の実験台が必要になるから、そんときはよろしくネ」
フィラはイタズラっぽく笑った。
「よろしくお願いします」
「魔法の実験台かぁ~、アレ疲れんねんな。まぁええけど」
サムは渋い顔をした割りにあっさりと了承した。
(いいんだ……)
シアは心の中で突っ込んでから、
「ありがとうございます」
と、深く頭を下げた。
「で、ヴェルフ。アンタは?」
「オレはパス。さっきからゴン爺たちが忙しそうにしてるからな」
ヴェルフは、巨大ワニの方を鼻で指した。見ると、巨大ワニの骸骨の周りに木で足場が組まれていた。
ワニの頭蓋骨の上では、一人のドワーフがぴょんぴょんと飛び跳ね、アレやコレやと指示を飛ばしている。何十人ものドワーフたちがそれに従い、骨を採寸したり切り出したりと、上へを下への大騒ぎ。背の低いドワーフにはこのワニは大きすぎたのだ。
「俺たちの武器を直してくれてンだ、こういうときに恩売っとかないとな」
ヴェルフは、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
(やっぱりドワーフ族は鍛冶が得意なんだ)
シアはそう思い、フィラは心の中でため息をついた。
(まったく、大変そうだから手伝ってくるって、なんで素直に言えないんだろうねぇ~)
サムは、普通に苦言を呈する。
「なんや剣差してないなぁ~思とったら、また壊したんかいな、ヴェルフ。ええ加減にせな、そろそろゴンザレスはんに殺されんで」
(えっ……武器を壊しただけで殺されるの!?)
シアは目をパチクリさせて驚いた。
「……てか、今『たち』って言ーた? もしかしてシアも!?」
そう言って、サムはぐるんっとシアの方に顔を向けた。シアの心臓がドキリと音を立てる。
「えっ!? いや、オレ、そんな、武器壊してなんか……──」
そう言いかけて、シアはハッとした。
テントに、鞘だけが転がっている……。
木刀を貰ったから、いらなくなった鞘はテントに置いてきた。その事実を思い出して、全身から嫌な汗が噴き出した。シアは両手と首をおもいっきり振って、必死で言い訳する。
「違います違います! オレのアレはカレルセの牢屋から盗ってきたヤツですし、壊したのはヴェルフだし、そもそも剣はズートア要塞に捨ててきたんですから直せませんよ!!」
そして、再びハッとした。
「……あれっ? 盗んで壊して捨てたって、もしかしてもっと悪い……!?」
「まぁ窃盗に器物破損、んで不法投棄やろ。もしかせんでももっと悪いな。自分のを壊すより、単純計算で三倍悪いな」
「三……倍ッッッ!?」
サムの正論パンチがもろにシアの顔面を捉えた。
「フフッ、そんな顔しなくても大丈夫だよ。あの爺さんが怒るのは、自分が造った武具を壊されたときだけだからさ。カレルセの牢屋なんかに、あの爺さんの武具があるはずないから安心しな」
フィラは、優しく言った。しかし、今のシアには届かなかった。どうしよう、で、頭が一杯だったのだ。どうしよう、は、とうとう口から漏れ出した。
「どうしよう……ヴェルフ」
ノックアウト寸前のような真っ青な顔で、シアは助けを求めるようにヴェルフを見た。ヴェルフはバツの悪そうな顔で頭をかいていた。
「アーーー悪ぃ、シアのは違うんだ。ゴン爺にシアのこと話したら、昔打った『救済の武具』のパチもんをくれることになってな、それを今打ち直してくれてんだ。言うの忘れてた」
「またアンタは、そんな大事なことを言わずに……」
フィラは眉間に深い皺を寄せた。しかしシアの顔は血色を取り戻していた。自分用の武具を貰えること、そして恐いドワーフを怒らせてなかったことに、どうしよう、は、全てどこかへ吹き飛んでいた。
少しの間を置いて、サムが叫んだ。
「えーーーーッ!!」
サムの口と目は、おもいっきり開いていた。
「ウルセー!」
「ウルサイ!」
ヴェルフとフィラは、おもいっきり顔をしかめて同時に言った。
「イヤイヤイヤ、逆になんで自分らそんなに落ち着いてんの? 伝説の名工が伝説の武具を模したってあの伝説の逸品やでッ!?」
サムは大興奮で、まくし立てた。ヴェルフとフィラは眉をひそめる。
「……何言ってンだ?」
「伝説が渋滞しているね」
「なんや……、自分らの世代はゴンザレスはんの伝説知らんのか?」
信じられない、と言った具合に、サムは大きく仰け反った。
「ドワーフ一の名工なんだろ?」
「そうそう、ドワーフ族はみんな、あの爺さんに弟子入りするためだけに獣人連合国に移民してきたって聞いたよ」
「弟子入りのために一族が移民!?」
シアは驚いて、もう一度巨大ワニの方を見た。
「そんなん、ゴンザレス伝説にとっちゃただの後日談やわ」
サムは、得意気にゴンザレス伝説を話し出した。
「ええか、伝説の本番はゴンザレスはんが若かったとき──獣人と魔人とヒトとがバチバチにヤり合うてた時代や」
ドワーフ族は、元々鍛冶一筋の一族だった。世界情勢など気にもせず、ただより良い武具を造るために一生を捧げる、そんな職人気質の一族だった。ゆえにどこの国にも属さず、完全な中立国として三国に武具を輸出していた。そんなワガママが許されるほどに、ドワーフの造る武具は素晴らしかったのだ。
その当時から、ゴンザレスはすでに三国一の鍛冶職人と評され、世界中の鍛冶職人から崇められていた。ゴンザレスの打つ武具は、完成度はもちろん、使い手の力を最大限引き出す不思議な力を持つ、といわれ、武具を巡って殺し合いが起きるほどだった。それでも彼は自分の腕に満足せず、より良い武具を造るため、ドワーフの国を捨てて武者修行の旅に出た。三国が本気で世界統一を狙って争い続けているというのに、インスピレーションを刺激する武具、人間、景色を探し、国も戦場も関係なく自由気ままに渡り歩いていた。そして気に入った者に出会うと、その者に合った武具を打ち、贈った。国も人種も関係なく。
無論、三国はゴンザレスを放ってはおかなかった。下手すれば戦局を左右するかも知れないゴンザレスの打った武具。それが敵国に贈られることを各国は恐怖したのだ。好条件での引き抜き、力ずくでの拉致、それから暗殺……、様々な目的で様々な者たちがゴンザレスのもとを訪れたが、ゴンザレスはことごとく返り討ちにして、旅を続けた。最高の鍛冶職人は、同時に最強の鍛冶職人でもあったのだ。
「三国ともゴンザレス探しに全力注いでな、一年くらい戦争が止まってん。戦争をも止める鍛冶職人、それがゴンザレス伝説や。それでその武者修行の旅を終わらせたんが、件の逸品や。ゴンザレスはんはその逸品の出来に満足して、旅を終えたらしいねん」
「らしいって、本人から聞いたんじゃねぇのか?」
「え、ちゃうよ。どっかの酒場でどっかの酔っぱらいから聞いた話やで」
サムはあっけらかんと言った。三人は顔を見合わせた。
「……あきれた。よくもまぁそんな話をあんなに自信満々に話せたもんだね」
「サムの話の真偽はともかく、ゴン爺も当時の最高傑作って言ってたから、逸品には間違いねぇだろうヨ」
「そんなスゴいのくれるんだ。あの中にいるんでしたら、挨拶に行ってこようかな?」
シアはそわそわしながら呟いた。しかし、三人はすぐさま止めた。
「止めとけ」
「あの爺さんは偏屈ジジイだからね、挨拶したところで返ってきやしないよ」
「それどころか、実利のないことに現を抜かしてる暇があるなら、ワシの武具に恥じぬよう鍛練に励むんじゃ! って怒鳴られるだけやで」
そこまで言われてなお、「いいやオレは行くね!」と、挨拶に行ける根性はなかった。
「あっ……じゃ止めときます」
シアはしょんぼりと呟いた。
「性格には難があるが鍛冶の腕は本物だかんな、完成を楽しみにしてただ待っておけばいいサ」
「それが賢明だね。じゃ、そろそろ行くよ、シア」
「はい!」
気持ちを切り替えるため、シアは殊更元気良く返事した。
「訓練頑張ってなぁ~~~、シア」
「頑張れよ~」
魔法の訓練は、昨日と同じくサムのテント近くの広場で行われた。
「今日も、糸を創る練習ですか?」
「いや、違う。糸を創る練習をいくらやったところで、今のアンタが一ヶ月やそこらで戦闘に耐えられる強度の糸を創り出せるとは思えないからね」
フィラの厳しい言葉に、シアはうなだれた。
「やっぱり、ヒトにはちゃんとした糸を創り出すのは無理ってことですか?」
「そんなの知らないよ。努力を続ければ、いつかは創れるようになるんじゃない?」
フィラはあっさりと言った。
「いつか……。オレは、一ヶ月でクモ魔法を使えるようにならないといけないのに」
シアは手を力一杯握り締めて、呟いた。
「アンタの目標はクモ魔法を使いこなす、じゃなくて、エヴァンスを倒せるようになる、だろ?」
「あっ……」
「だからやり方を変える。糸を創るのは諦めて、糸を操る訓練をしてもらう。糸を手足のように自由自在に操れるようになれば、エヴァンスとの戦いでも役に立つだろう」
「でも糸は……」
「糸ならアタシのを使えばいい」
そう言って、フィラは手から糸を出した。訓練用だからか、毛糸ぐらいの太さがあった。
「これを自在に操れるようになれば、もう一つの奥の手を使えるから糸の問題は解決する。シアは裁縫が……、いや、裁縫をしていたから糸を操るのは慣れてるだろ?」
「縫うのはそうですけど、操るのはどうなんでしょう?」
シアは自信がなかった。
「グダグダ言わずにやってみるんだね。でもただ操るってのはあれだから、まずはそうだね……」
フィラは腕を組んで、黙ってしまった。何か考えているようだった。その証拠に、練習用の糸がクエスチョンマークを形作ってリズミカルに左右に振れていた。
(…………あっ、なんか思い付いたんだ)
フィラが口を開く前に、シアにはそれが分かった。何故なら、クエスチョンマークが一瞬にしてビックリマークに変わったからだ。まるで魔法のように。
「円を描いてもらおうか。真ん丸の正円をさ」
糸は、ビックリマークからさらに正円へと変化し、それからシアの手のひらにふわりと着地した。
シアは、ドキドキしながら糸の端を持ち上げてみた。糸はつぅーーーっと持ち上がる。が、手を放した瞬間ふわりと落ちた。
「えっ!?」
と、シアはフィラの顔を見た。フィラは笑って言う。
「そりゃ、アンタのは魔力も籠めずにただ持ち上げただけだからそうなるよ。いいかい、これは魔法──魔力で糸を操る魔法なんだよ。だから、こういう風に魔力を使って──」
フィラは、人差し指をクイッと動かした。すると、シアの手のひらの糸がふわりと浮き上がった。
「おお……!」
フィラはそのまま、空中に絵を描くように指を動かした。それに合わせるように糸は宙を泳ぎ、複雑な魔方陣を描いた。陣の内側には記号やら数字やらが描かれており、シアはこれが一本の糸から成ることを信じられなかった。目の前で一部始終を見ていたというのに。
「まぁ、いきなりこれはムリだろうけど、円くらいならすぐに作れるようになるだろう。と言うより、円は魔法陣の基本だから、作れなきゃどうしようもない」
「が、頑張ります」
「どうしても糸を操れないようなら、アタシの魔法でアンタをグルグルに拘束して、逆さ吊りで放置する。三日もすればどんなに魔法の才能がないヤツでも、糸を操って自力で抜け出してくる」
フィラは笑って言った。が、目はマジだった。
「コツは、糸の先まで自分の体だと思って魔力を流すこと。ホラ、もう一度やってみな!」
「ハイ!」




