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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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38 自然と不自然

 クズハの店は、朝早いこともあって閑散としていた。外に置かれたテーブルは綺麗に片付けられ、キャンプファイヤーの炎も消えている。昨日の宴の痕跡はグースカ寝転がっている酔っ払い共だけだった。

 ヴェルフとサムは、転がっているのを無視して店の中へと入った。シアも後に続く。

 店の中は、ザ・食堂、といったありきたりな内装だった。がらんとした店内にテーブル席とカウンター席があり、カウンターの奥にはお酒が並び、その奥には厨房らしき空間が広がっている。ただ一点だけ、ありきたりではない所があった。奥に行けば行くほど、テーブルが巨大になっていたのである。手前が小さい獣人用で、奥が大きい獣人用なだけだったのだが、シアはトリックアートの世界に迷い込んだような気持ちだった。

 シアのそんな気持ちなど気付かずに、ヴェルフたちはカウンター席へと向かった。

「おはようさん! 誰かおるー?」

 サムは奥に声をかけながら、サムにとっては背の低いカウンター席に座った。ヴェルフとシアは、彼らにとっては背の高い席に座る。テーブルと違い、カウンターは大きい獣人でも小さい獣人でも使えるように中途半端な大きさになっていた。そのためどちらにとっても使いにくかったのである。

「いらっしゃい──ってなんだヴェルフか」

 奥から出てきたのは、クズハではなくフィラだった。フィラはヴェルフを見て、残念そうな顔をした。

「なんだい、もういつもの姿に戻ってンのかィ? ちっちゃくなったアンタを、昔みたいに見下してやろうと思ってたのに」

「アァン? いつの話してんだよ!」

 吠えているヴェルフを無視して、フィラはサムに聞いた。

「冗談はさておき、こんな短い訓練で大丈夫なほどシアは強かったのかい?」

「素の身体能力と剣術の腕だけやったら、ヒトの中でもトップクラスやったで。ひょっとしたら、今のままでもエヴァンスに勝てんちゃうか?」

「ホントですか!?」

「ああ、ホンマや。やり方次第ではイケると思うでぇ~」

「へぇ~、やっぱり『最強の戦士』ってやつは伊達じゃないのね」

「そうだな、千回やったら一回くらい勝てるかもな」

 褒めあげられて顔を輝かせるシアに、ヴェルフがスッと釘を刺した。

「そんなにか? エヴァンスって、何てーか典型的な偏見に満ちたヒトやろ? それにシアと救済の武具のことも知ってるみたいやし、今のシア相手やったらゼッタイ油断するやん? せやからその隙突いてあの一撃目放ったらそのまま殺せる思うねんけどな」

「たしかに……」

 ヴェルフは思わず納得してしまった。たしかにエヴァンスが相手なら先手必勝の一撃必殺、これが一番有効だろう。だが……。

 ヴェルフは、チラリとシアを見た。シアは、さっきまでの輝きがウソのような、どんより暗い顔をしていた。

「……どっちみちマルコに認められるために訓練は必要なんだ。今はそんなことより何か喰おうぜ。フィラ、テキトーに三人分の朝飯くれねぇか?」

「はいはい。それはいいけどお代はどうすんだい?」

 と言いながら、フィラは厨房へと入っていった。

「えっ──」

 お金いるんですか!? そう言おうとしている自分に気がついて、シアは愕然とした。

 シアはこの世界に来てからお金を支払ったことがなかった。カレルセにいた頃は救世主と持て囃され、無料で毎日ちゃんと三食用意されるのが当たり前だった。そしてそんな不自然がいつの間にかシアの自然になっていた。そんな自分が信じられなかったのだ。

「あのっ! オレ、元の世界のお金ならテントにあります!」

 それがこの世界で価値があるとは思っていなかった。しかしシアは獣人連合国のお金はもちろん、カレルセのお金も持っていなかった。

「あ~残念やけど、獣人の国ではお金なんか使われへん。ここでは物々交換が基本や」

「物々交換……」

 何か、交換できそうな物はなかったか、と、シアは自分の持ち物を思い起こして、ガックシと肩を落とした。学校帰りのタイミングでこの世界に召喚されたので、教科書とかノートとか、勉強道具以外持っていなかったのだ。

「何もない……」

 落ち込むシアを、サムが慰めた。

「なんかあったとしても、それ欲しがってるヤツ探して交渉せなあかんから結局時間かかる」

「あっ、そうか……」

 お金──通貨には、誰かによって定められた共通の価値がある。しかし物にはそれが存在しない。誰かにとって喉から手が出るほど欲しい物でも別の誰かにとってはゴミ。そんなことも往々にしてあるのだ。

「せやねん、めっちゃメンドクサイねん。しかもここには色んな種族が集まってるから物の価値もバラバラやねん。だからこの店ができてん」

「どういうことですか?」

「簡単にうたら、この店が銀行。そんで食料がお金や。みんな、採ってきた食料でそのまま食べへん分はここに持ってくる。そしたらクズハはんが種類とか量とか在庫状況とか、なんか色々鑑みて値踏みしてくれる。それで納得いったらクズハはんに引き取ってもらう。その情報は全部店の帳簿に書かれて、ワイらはそれ使つこて、食事したり他のもんうたり、他人に仕事頼んだり……色々してんねん」

 サムの大雑把な説明が一段落したとき、ちょうどフィラが戻ってきた。サムは説明を切り上げ、フィラに笑いかける。

「っちゅーことで、シアの分はワイらのとこから取っとていてぇな、フィラ」

「いや、そうじゃなくて……、アンタら二人の分が足りないんだよ」

 帳簿をパラパラと捲りながら、フィラが言った。

「は……?」 

 三人は、一斉に固まった。

 一番最初に動き出したのはヴェルフだった。

「ちょっと待て、俺にはこの前の戦果があるだろ! カレルセに潜入してそれなり情報も盗ってきたんだぞ!」

 ヴェルフは、テーブルをバンッ! と叩き、必死に言った。しかし、フィラの返事は冷ややかだった。

「その作戦の前に、アンタはクズハから前借りして大騒ぎしただろ」

 ヴェルフは小さく、あっ! と漏らした。ヤーリ達、ズートア要塞に侵入する面々とバカ騒ぎしたのをすっかり忘れていたのだった。

「今回の戦果は、その前借り分でチャラになってるよ」

 ヴェルフは、グゥの音も出なかった。死んだヤツの前借り分は、一緒に飲んでた生き残ったヤツらで払う、それが獣人の通例なのである。

「ワイは!? ワイは、そんなバカ騒ぎに参加してへんで!!」

 と、立ち上がって訴えるサムに、フィラはため息をついた。

「アンタは発明のためとか言って、方々で色んなモノ買ったり、手伝い頼んだり、無駄遣いしてきただろ?」

「せやった……!」

 サムは、無駄遣いちゃうわ! と否定することもできず、すごすごと椅子の座り直した。最後はシア。

「オレは……、オレの分はなんであるんですか!?」

 シアの疑問は、前の二人とは逆だった。疑問が逆ならフィラの対応も逆。フィラは、優しく微笑んで言った。

「シアは昨日来たとこだし、今日はアタシが奢るよ」

 思いがけない言葉に、シアは目をパチクリさせた。

「そんな、オレだけ悪いですよ」

「ええねんええねん、そんなこと気にしぃな。ワイが言うことちゃうけどな」

「今日もお昼から魔法の訓練なんだからちゃんと食べな。アタシの訓練は、ご飯も食べずに乗り切れるほど生易しくないよ」

「でも……」

 そう呟いて、シアは俯いた。本来なら、訓練をしてもらう自分がお礼をしなければならないのに、逆に一人だけ奢ってもらうなんて、どうしようもなく申し訳なかった。そんなシアの背中をポンっと優しく叩く者がいた。

「あんな、シア……」

 声をかけられて、シアは、サムの顔を見上げた。サムは、優しく続けた。

「遠慮ってのは、いつでも美徳になるわけやないんやで。要らんお世話やったら断ってもええけど、他人の親切には素直に感謝するべきやと思うねん。ワイら人間なんて、一人では生きてかれへんのやから、みんなで助け合わな、な」

 シアは、ハッとした。黒い瞳が暗く翳る。

「そんな顔しぃな。ええか、シア。こういうときはな、ニッコー笑って、ありがとうフィラ姉ちゃん、ーとけばええねん」

「アタシはもう、姉ちゃんなんかじゃないよ」

 フィラがボソッと呟いた。

「あの、ありがとうございます、フィラさん」

 シアは、深く頭を下げた。

「いいえどうしたしまして。あと、フィラでいいよ」

 フィラは笑った。どこか哀しそうに。

「よし、なら俺たちの分は前借りで頼む」

 突然のヴェルフの言葉に、フィラは呆れたように言う。

「何が『よし』なのかわからないし、アタシが勝手に前借り(それ)を許可できるはずないじゃないか」

 クズハは前借りに厳しかった。それこそ命懸けの作戦の前日など、特殊な事情がないと許されない。獣人たちが信用に値しないとかではなく、あまり前借りを許しすぎると店の食料庫が空になる危険性があるからだった。もし空になれば、店主の責任としてクズハ自身が食料の調達に向かう必要が出てくる。

 クズハは狩りが大得意だった。その気になれば、店にいたまま九本の尻尾を自在に操り、食料庫を一杯にできるほどに。しかし彼女は狩りが嫌いだった。ただただ面倒くさいのである。大人になって小学生の宿題をするようなもので、簡単ゆえに面倒くさいのだ。必要に迫られれば仕方なくするが、極力したくないものだった。

「いいじゃねぇか、ちょっとくらい。クズハが起きてくる前に返すからさぁ~」

 ヴェルフが口を尖らせて、不満げに言った。フィラは、ため息まじりに返す。

「バレなきゃいい、ってガキじゃないんだからさ、良いわけないことぐらい分かるだろ……。ホンット、アンタは子供の頃から変わんないね」

「……ケチ」

 さらに幼児化するヴェルフに、フィラは意地悪に笑った。

「フ~ン、ならヴェルフはコレ、いらないんだね?」

 フィラの後ろには、焼き立てのパンと、山盛りの果物、それとカリカリのベーコンとスクランブルエッグの載った皿が三皿あった。それを見た瞬間、二人はコロッと態度を変えた。

「いや~フィラは優しいなぁ~」

「ほんまや。最初からワイら分まで頼んでくれてたなんて、神様が帰ってきたんかなぁ~思たわ」

 変わり身の早さに、シアは思わず吹き出しそうになった。

「そんな白々しい言葉なんかいらないよ。いいかい? これは前借りじゃなくて、アタシの分からアンタら二人に貸したんだ。そこんとこ間違えちゃいけないよ!」

 シアの前にベーコン&エッグを置きながら、フィラが二人に言った。

「了解!」

「もちろんやで!」

 二人は同時に言った。

「ならどうぞ」

 と、フィラは二人にも朝食を渡した。

「サンキュー! コレ喰ったら食料探しに行くから、すぐ二倍にして返すぜ」

「せや、食料はどれくらい残ってるん?」

「そうだねぇ~、いつもの半分くらい、だったかな」

「オッ! 思ってたより少ないな、これなら大物狩れたらイケンちゃう?」

 ベーコンを口へと運んでいたシアの手がピタッと止まった。

「狩り……。狩猟、ですか?」

 このベーコンもパンも果物も、これまで食べてきた全ての食べ物は何かしらの生命から出来ている。『生きる』ということは他の生命を奪うことだ。シアはそう思っていた。だがそれでも、直接自分が生き物の命を奪うことにかなりの抵抗があった。

 『生きる』ために『殺す』のであれば、それは当然のことで自然の摂理だと。気を病む必要など何処にもない。そう分かっている。そう分かっているのに、動いている姿を見てしまうとどうしても殺せない。シアはそういう人間だった。

「いや、俺たちは狩猟だが、シアは…採取──山菜採りだ」

 ヴェルフが軽く言った。

「この森で狩猟するにはお前は力不足、逆に狩られるのが関の山だ。だから大人しくキノコでも狩ってろ」

 シアは、ホッとした。殺さなくていいんだ、と。

 

 そして、ハッとした。


 動物も植物も菌類も、生きていることには変わりない。そう思っているはずなのに、狩猟が採取になっただけでホッとしている自分がいる。動かず意思も示さない生き物であれば、殺すことへの抵抗が薄れている自分がいる。そんな偽善的な自分がどうしようもなく歪んでいるように思え、それでも動物を殺すぐらいなら歪んだままで良い、そう考えている自分にどうしようもなく嫌気が差した。

「そう落ち込みなや。山菜とかキノコって、ワイらにとっちゃ小さすぎるから、あんまり採るヤツおらんくて採り放題なんやで。それに、料理にこだわるコック衆にはなんぼあっても困らんからな、高値で買い取ってくれる」

 サムの慰めの言葉で、シアの自己嫌悪は終わった。心に響いたのではなく、現実的な問題が見つかったからだった。

「あっ! オレ、植物に詳しくないです。毒キノコとそうでないのの見分けもつかないです……。ごめんなさい」

「なんや、そんなこと謝らんでエエもよ。フィラ、あっこの緑の本取って」

 サムは背後の、カウンターとは反対側の壁際に置かれた本棚を指差した。

(食事中とはいえ、なんで一番遠いフィラに頼むんだ?) 

 シアは眉をひそめた。それから、

「オレの方が近いんで取ってきます」

 そう言おうとした。そのとき、フィラの手からびゅーんと糸が伸びた。シアは思わず振り返った。フィラの糸は緑色の本に引っ付いていた。

「ハイヨ」

 そう言ってフィラが糸を引っ張ると、緑色の本は宙に浮かび、サムの元へと飛んできた。

「ありがとー、フィラ。ほい、シア、コレ見て採取しぃ」

 サムは、拍手しているシアに本を渡した。

「クズハはんに頼まれて作った、この辺に生えてる植物だけ載せてる図鑑や」

 緑色の図鑑。クズハ用に作っただけあって、シアにもちょうど良いサイズだった。シアは何も考えずに図鑑を開いた。

 図鑑というだけあって、色々な植物の絵が描かれていた。綺麗な花から草に樹木まで、リアルで大きな絵がページにつき一枚。そしてその下にびっしりと説明文とおぼしきモノが書かれているが……。

「読めない……」

 そう、シアはこの世界の字が読めなかった。

 シアが呆然としていると、横からサムがパラパラとページを捲った。

「この辺がキノコのページや。これなら字ぃ読めんでもわかるやろ?」

 サムは笑いながら、一つのキノコを指差した。その絵にはでかでかとドクロマークが描かれていた。

「わかります! このマークが毒マークなんですね」

「そう言うこっちゃ。そんで、その隣のバッテンがこの店では買い取ってくれへんモンや」

「へぇ~、ありがとうございます」

 シアは朝食の続きを食べながら、ペラペラと図鑑を眺めた。弟妹の前では絶対にしなかった行儀の悪い行為。だが、ここでは誰も見ていない。誰も注意しない。ヴェルフたちは、食料庫の残りについて話し合っていた。

 異世界の植物図鑑は、初めて見るような植物がたくさん載っていて、見ているだけで楽しかった。その中には見たことあるような花もいくつかあった。が、それが『い世界』にいた頃に見たのか、『あ世界』に来てから見たのか、同じ花なのか、似ているだけなのか、花にてんで疎いシアにはわからなかった。

 すると、あるページがシアの目に止まった。どこにでもありそうな緑色の葉っぱの白い花が描かれていた。特殊な加工が施されているのか、この絵だけがキラキラと輝いていた。

「あのー、この花はレアなんですか? どっかで見たことあるような気がするんですけどー」

 相変わらず説明文が読めないシアは、サムに本を見せて聞いた。

「うん、どれや? あっこれか! ちゃうちゃう、これはレアなんかじゃなくて、毒なんかより恐ろしいやっちゃ、光ってんの見つけたら急いで離れなアカンで!」

「どういうことですか?」

 この花には、ドクロマークもバッテンマークも描かれていなかった。つまり、毒ではなく、しかも買い取り可能ということだ。

「これは別名『魔力なくなりそう』って呼ばれてて、近づいたもんの魔力吸収して殺すんや。そんでその死骸を養分として成長すんねん」

「そ、そんな危ないのが生えてるんですかっ!?」

「そんな焦らんでも大丈夫や。魔力吸収言ーても人間が死ぬほどやない。一本やったら精々……小さい虫とか死にかけの小動物とか、そんくらいしか死なん。けどな、その死体の栄養でたまに群生しよるねん。まぁでも、見渡す限り一面の魔力なくなり草の花畑、そんなとこのど真ん中でピクニックでもせんかぎり、まず人間が死ぬことはないわ」

「いやでも、ここの森、鬱蒼としてるからこんな小さな花なんかに気づきませんよ!」

「あぁそれは大丈夫。これ光ってるから」

 サムは簡単に言った。

「えっ、光ってる……? なんで?」

「そんなん知らんわ、魔力なくなり草に聞いて。一説には虫おびき寄せるためって云われてるけどな」

「あ、ああ……」

 聞きたかったのは光る原理についてだったのだが、シアは何も言えなかった。


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