36 救世主万歳 後編
ヴェルフは耳をパタンと閉じ、顔をしかめた。クズハの店は一瞬シーンとなり、ブーイングしていた者たちはただならぬ空気を感じ取って、邪魔しないようにまた各々の宴へと戻っていた。
「い、異世界って、こことは違う世界があるってのかィ!?」
「獣人の世界やのうてヒトの世界……とかそうゆうオチかっ!?」
フィラとサムは、身を乗り出してヴェルフに詰め寄った。
「カレルセでもマギアでも、ついでに精霊界でもなくて、ちゃんとした異世界だ。詳しくはシアに聞け!!」
フィラとサムは同時にシアを見た。
「……えっと、その──」
シアは意を決して、この世界に召喚されてからこのキャンプに着くまでの経緯を語りだした。
魔力のない異世界から召喚されたこと、救世主と『救済の武具』と『厄災』のこと、アデル王との約束のこと、元の世界にいる弟と病気の妹のこと、四天王の訓練、要塞での初戦闘、アデルの裏切り、姫とヴェルフに助けられたこと、そして、異世界の門のこと。
こんな突拍子もない話を信じてくれてるのか、シアはとても不安だった。だからこそ包み隠さずに全てを話そうと思った。それでもすでに『国宝』を貰い、今も持っていることだけは言えなかった。サム以外は静かに聞いてくれていたが、サムはいちいちリアクションがうるさかった。
「そうかい、弟妹のために……。そりゃあ何としても元の世界に帰らないとね、シア」
フィラは、シアに向かって優しく微笑んだ。シアはその微笑みに、なぜだか深い哀しみを感じた。しかしその理由を考えることもできなかった。サムの大声に邪魔されたのだ。
「うぅ~、若いのに大変やってんなぁ~」
サムは号泣していた。
「これ使って」
号泣しているサムに、黄金色のもふもふがするすると伸びてハンカチを渡した。いつの間にか、シアの隣には女性が座っていた。女性は頬杖をつきながら、キセルで紫煙を燻らせている。パッと見はヒトのようだが……彼女からは数本の尻尾が生えていた。
「おおきに、クズハはん」
サムはハンカチを受け取り、ズビーと鼻をかんだ。そしてハンカチを返そうとしたが、クズハは二本の尻尾で大きなバッテンを作って、返還を拒否した。
(クズハ……、この人がテントで寝てた女性……!!)
シアは、息を呑んだ。
テントでは毛布のせいで目しか見えなかったが、クズハはドキッとするくらい美しかったのだ。黄金色の見事な長い髪に、よく整った白皙の顔、唇と目元に真っ赤な紅を引いている。頭の上に大きな三角形の耳があり、金と蒼の二種類のイヤリングをしていた。
そして、髪と同じ黄金色のもふもふの尻尾。数本をイス代わりにし、残りはクズハの後ろでゆらゆらと揺れていた。
(一、二、三……きゅ、九!? まさか九尾の狐ッ!?)
クズハの尻尾の数を数えて、シアは目を見張った。
九尾の狐といえば、言わずと知れた大妖怪である。無論、シアは元の世界で妖怪を実際に見たことはないのだが、フィクションでは何度も会っていた。そしてどの九尾の狐も最強格だったのだ。
(そ、それにしても……)
それと同時に、シアは目のやり場に困った。クズハは、真っ赤で派手な着物をかなり着崩していたのだ。胸元も脚元も、見えてはいけない所が見えそうなくらいガバッとはだけている。だが当の本人はもちろん、フィラもヴェルフもサムも、誰も何も言わない。
「変わってるとは思っていたけれど、異世界の子だったのね」
クズハは煙を吐きながら、しみじみと呟いた。
「ほんまに。なんや物を知らん、ごっついけったいな子連れてきたなぁ~思てたけど、異世界から来てたんやなぁ~」
サムも賛同した。それも失礼な感じで。
(えっ、そんな風に思われてたんだ……)
シアは、少しショックを受けた。が、すぐに頭を振った。
「そうじゃなくて……こんな突拍子もない話を、信じてくれるんですか?」
シアは分かっていた。言うべき言葉も言わずに、バカな質問をしていることくらい。信じて欲しくて、そして信じてくれているのだから、それでいいはずなのに……。もしそれが嘘だったとしたら、知りたくなんてないのに……。それでも聞かずにはいられなかった。
「何言ってるんや、当たり前やん」
「……異世界から来た人間って、他にもいるんですか?」
「私は色んな所で色んなことをしてきたけど、異世界から来た人間なんて聞いたことないわね」
「だったらなんでッ!?」
気がついたとき、シアは叫んでいた。自分でも予期していない大声に、不安定な心がさらに掻き乱される。頭の片隅で理性の欠片が『止まれ』と叫んでいるが、止まれなかった。
「異世界の存在さえ知られてないのに、初めて会った、よく知りもしないこんな子供の言葉をなんで信じられるんですか!?」
シアはついに爆発してしまった。最初にヴェルフと会ったときから感じていた疑問。今までは見ないようにして、心の片隅に放って置いた疑問。それが澱のようにどんどんと溜まっていき、これまでも幾度となく感情の昂りに耐えてきたシアの心がとうとう決壊してしまったのだ。
爆発しているシアの感情に比して、ヴェルフたちの反応は冷たかった。温度差で風邪をひきそうなくらいに。
彼らは驚いている様子もなく、普通に酒を飲み続けていたのだ。それがまた、癇癪を起こしている子供には何を言っても無駄だ、と理解している大人な行動に思えて、シアの心に突き刺さる。シアは更なる理不尽な怒りに駆られた。
「なんで? なんで! なんでッ!?……」
シアは、まさに癇癪を起こした子供のように『なんで』と繰り返す。しかし、ヴェルフはあっさりと答えた。
「なんでって、疑う意味がないからだ」
「……え?」
あまりに想定外の答えに、シアの癇癪は止まった。すかさずサムがフォローする。
「あのな、シア。ワイらは、初めて聞いたことやからってウソや、って決めつけるほど狭量やないし、それにこれはウソやったとしても、ああウソやったんや、騙されたわぁ~、で済む類いの話やん? もしシアがスパイやったら困るけど、魔法も使えんヒトをスパイにするはずないし」
それは期待していた答え──どんな答えを期待していたのかシア自身でも分からないが──とは違う角度の答えだったが、それでも納得できる答えだった。
溜まっていた澱を全て吐き出し、さらに納得できる答えも貰い、シアの心はスッキリとした青空が広がった。が、それも一瞬だった。どこからともなく後悔と罪悪感と言う名の真っ暗な暗雲が立ち込め、シアの心は押し潰されそうになった。
「……ごめんなさい」
「別に謝らんでもええよ。突然異世界に呼び出されてその上騙されてた、なんてなったら誰だってプッチン来るもん」
サムの優しい口調に、シアはグッと胸の詰まる想いだった。そして絞り出すように言う。
「……あ、ありがとうございます」
と、最初に言うべきだった言葉を。
「じゃあ話も一段落ついたみたいだし、約束のとっておきを持ってくるわ」
クズハは、キセルを空になったグラスにカンカンと打ち付けて、灰を落としながらそう言った。が、言葉とは裏腹に、頬杖をついたままで立ち上がる気配がなかった。
すると突然、クズハの尻尾が五本、バビューン!! と飛ぶように店の方へと伸びていった。
「ウソッ!?」
シアは目を疑った。バッと店の方を見るが、もう尻尾は戻ってきていた。一尻尾に一個のとっておきを持って。
「……えっ、あれ!?」
見覚えのある色と形状。とっておきを持ってるからか、尻尾は行きと違いゆっくりと戻ってくる。だんだんと大きくなるシルエットにシアは確信を持った。間違いない、あれは……──。
「──ソフトクリームッ!!」
シアは、目を輝かせて叫んだ。筒状に焼いたワッフルのような茶色い生地の上に、とぐろを巻く白い物体。それはまさしくソフトクリームだった。
まさか、元の世界では普通に買えたソフトクリームにこれほど喜ぶ日が来るとは……、まさか、この世界の、しかもこんな所でお目にかかれるとは……。シアは二つのまさかで、言葉もなかった。
「あら? シアはこれを知ってるのね。作るのは初めてだから、上手くできたか心配だったけど、一目でわかったのなら大丈夫のようね」
クズハはにっこりと笑い、自分を含めた各人にソフトクリームを差し出した。尻尾で。
「ありがとうございます!」
「ふふっ、それはこちらのセリフよ。お酒をありがとう」
「へぇ~、これがウワサのソフトクリームかい」
「そうこれが、カレルセでも王族と一部の大貴族しか食べられないとっておきのデザート、ソフトクリームよ」
「これはあれか? カレルセの発明家、レオナルのソフトクリーム機で作ったんか?」
「そうよ。昔、私が食べたいって言ったら相棒がとってきてくれたの」
シアもフィラもサムも嬉しそうに受け取った。しかしヴェルフは少し不服そうに手を伸ばした。
「ドゥーハンのご馳走が甘いモンか……」
ヴェルフが取ろうとした瞬間、尻尾がスッと引いた。虚しく空を掴んだヴェルフがクズハを見る。
「あら、文句があるのなら食べなくてもいいのよ、ヴェルフ?」
クズハはたおやかな微笑を浮かべていたが、目は笑っていなかった。
「………………」
ヴェルフは何も言わず、もう一度手を伸ばした。今度は受け取るのではなく、奪い取る気だった。しかも本気で。
しかし手を伸ばしきる前に、パシッと手首に尻尾が巻き付いた。シアにソフトクリームを渡した尻尾だ。間髪入れず、ヴェルフは逆の手を出そうとしたが、それより速くもう一本の尻尾が巻き付いた。こちらはサムに渡した尻尾。
「アッアー、私から奪おうなんて百年早いわね」
と、クズハは笑った。両手を封じられたヴェルフの首には、おまけ──フィラにソフトクリームを渡した尻尾が巻き付いていた。
(ヴェルフが手も足も出ないなんて……)
シアは驚愕した。
「……参った! ごめんなさい、食べたいです」
身動きが取れなくなったヴェルフはヤケクソ気味に降参し、その勢いのまま謝った。
「いいわよ、はいどうぞ」
クズハは尻尾の拘束を解き、ヴェルフにソフトクリームを差し出した。
「何度やってもクズハには勝ってこないのに、アンタはホント懲りないネ」
「ウルセー! 勝つまで諦めなかったら勝てるんだよ」
呆れたように言うフィラにヴェルフがキバを剥いた。そんな二人にクズハは笑いかける。
「そうね。諦めずに何度も挑戦する姿勢は好きだけど、もう少し勝てそうになってから挑戦して頂戴」
そんな三人をサムが急かす。
「そんなことより早よ喰おーや。折角のとっておきが溶けてまうで」
「好きに食べていいわよ」
クズハは、ペロッとソフトクリームを一舐めした。それに続いてシアとフィラもペロッと一舐め、ヴェルフとサムはパクっと一口。
「ん~~、これです、これ! 元の世界と同じ味!!」
と、シアは感激していた。
「うわっ、新食感! だけどこれ、おいしいね」
「冷たっ、甘っ……けどウマッ!」
「こんなうまいモノを作れるやなんて……」
初めて食べた三人も、感激まではいかないが感動していた。
「ふふっ、そんなに喜んでもらえるなら、今まで使わずに取っておいた甲斐があるわ。一回こっきりしか使えないみたいだから、相棒と一緒に食べようと待ってたんだけどね」
「そんな大事なモノ、アタシらが食べてよかったのかい?」
「いいのよ、彼女はもう死んじゃってるし」
クズハはあっさりと言った。シアの黒い目が暗く翳る。
「……悲しくは、ないんですか?」
「そうね、寂しいけど悲しくはないわね。……生きてる限り、『死』はいつか訪れる。だから私たちは一日一日を精一杯生きてるの。それに彼女は好き勝手に生きてきたからね、後悔のない『生』だったはずよ」
クズハは、夜空を見上げて優しく微笑んだ。言いたいことはわかるが、シアには到底受け入れられない言葉だった。
「あぁ~うまかった」
サムとヴェルフは、あっという間にソフトクリームを平らげていた。
「……ところでヴェルフ、話戻して悪いんやけど、お前はシアが異世界から来たこと知っとたんやろ?」
「ああ、初めて会ったときに聞いた。そのときはもっとワケわからん感じの話だったが」
シアはパリパリのワッフルコーンを食べながら、あのときの自分を思い出し、一人恥ずかしくなった。
「せやったら何でもっと早よ言わんねん!」
サムは怒り気味で、ヴェルフを問い詰めた。
「あ? それは……」
面倒くさかった、それが一番の理由だったが、今ここでそれを言ったらさらに怒るだろうな、そう考えたヴェルフは、何かいい感じにごまかすことにした。
「……違う世界から来てようがシアはシアだろ?」
イイコト言うじゃん俺、と、ヴェルフは手前味噌の感想を抱いた。シアもジーンと感動していた。が、サムには通用しなかった。
「エエ風に言ーてるけど、全然ちゃうわ! バカ犬!!」
サムがヴェルフの頭をゴツンっと殴った。
「ッテーー! 異世界から来たヒトは差別すんのかっ!?」
ヴェルフは頭を押さえて、涙目でサムを睨んだ。サムも負けじと睨み返す。
「そうゆう次元の話ちゃうわ! 言うなればシアは生まれたての赤ちゃんみたいなモンで、この世界のことなんっも知らんのやで!? 魔法教える前に魔力についてとか、もっと常識的なことから教えていかなあかんやん!!」
赤ちゃんとは何事だ、あまりの言いようにシアは少しムッとした。
「魔力って、魔法を使うためのエネルギーのことですよね? それくらいなら知ってます」
あまり舐めないでもらえます? と言わんばかりに、シアは鼻をツンとさせて、自信満々で言った。が、特等席は微妙な雰囲気に包まれた。
「……ほらな」
「ホントだ、すまねぇ……」
「ち、違うんですか?」
自信満々だったシアの顔が、一瞬にして崩れた。
「まぁ違わんのやけど、そっちはオマケみたいなもんで。魔力ちゅうんは生きるためのエネルギーなんや。この世界の生き物はみんな、魔力で生きているんや」
「生きるための、エネルギー?」
シアは首を傾げた。サムは頭を捻って、わかりやすい説明を絞り出す。
「う~ん、そやなぁ……。シアは、元の世界ではご飯だけ喰っとったら生きていけたやろ?」
「はい」
厳密には違うのだろうが、シアは頷いた。
「けどワイらは、シアの世界のご飯だけでは生きていけへん……おそらく。まぁアホほど量喰ったら大丈夫かも知らんけど……。何でか言うと、たんぱく質とか炭水化物とか脂質とか、そんな栄養素より、魔力の方が遥かに高いエネルギー持っとるからやねん」
サムは、よっこらしょと立ち上がった。
「ワイら獣人は自分らヒトより何倍も体大きいけど、生きてくために必要な食べ物の量はそこまで変わらへん。なんでや? それはこの世界の食べ物に魔力が含まれてるからや。ワイら獣人は喰った魔力の大半を使て体を作ってるんや。つまり、常時肉体強化魔法使てる感じや。だからヒトよりも体大きくて身体能力も高い。その代わり、そんだけ魔力も消費しとるから魔力量は少ない。自分らヒトの場合はその逆や、喰った魔力を体作るんにはあんまり使わんで、体内に貯めとるから魔力量が獣人より多い。けど体は小さくて弱い」
サムは、またよっこらしょと座った。
「まぁそうゆう傾向ってだけで、獣人でも、ヴェルフとかフィラとかクズハはんみたいに小さいのんは魔力量多いし、ヒトでもあんまエエもん食えてないのは魔力量も少ないし体もあんまし強くない。逆に貴族みたいに代々エエもん食ってきた連中は魔力量も多いし、ヒトにしたら体も強い。それだけ魔力ちゅうんはエネルギーを持ってるんや。だからこの世界の生き物は魔力がないと生きてけへん。だから体内の魔力を全部使てしまったら倒れてまうんや」
話し終えたサムが突然、「あっ!!」と声をあげた。それから、
「そうか……そうやったんかっ……。いや、もしそっやたら……」
と、何かに気がついたかのように、独りぶつぶつと呟きはじめた。シアが慌てて声をかける。
「ど、どうしたんですか、サムさん?」
「あっ、え、サムでエエよ」
「で、どうしたんだい、サム? 何かわかったんなら言いなよ」
フィラに促されて、サムは考えの一部を説明した。
「うん、そやな。魔力のない世界で育ったシアは、当たり前やけど、魔力がなくても生きれる身体に完成ってるはずなんや。だからシアは魔力が空になっても動き回れる。そんで、そのシアがこの世界に来て魔力を手に入れた。つまり、完成された肉体に魔力っちゅう全く新しい力が加わったんや。こりゃ下手したら最強の戦士になるやもしらん。そんで、シアはそのテストのために呼び出されたんちゃうかな……ってワイは思うんや」
サムの説明に、シアはハッとした。
(電動自転車……ってことかっ!)
単体で乗り物として完成している自転車。そこに電気の力が加わり、更なる進化を遂げた電動自転車。シアは、自分自身がまさにそれのように思えた。この例えがこの世界のヴェルフたちに伝わる気がしないので、口には出さなかった。
「とりあえず、マギアがシアをこの世界に喚んだ理由はわかったけどさ。元の世界に帰る方法は、異世界の門の他にはないのかい?」
シアより先にフィラが聞いた。
「シアが元の世界に帰りたいのなら、アデルの創った異世界の門をくぐる以外方法はないわね」
クズハの言葉に、サムはうんうんと頷く。
「せやな。竜巻で異世界に飛ばされた、みたいなおとぎ話がホンマやったとしても、他の異世界召喚できる召喚士見つけたとしても、何個あるかもわからん異世界から元の世界を引き当てるのはギャンブルが過ぎるわ」
「そう、ですか」
シアはうなだれた。
「そう落ち込むな。アデルを倒せばいいってだけなんだからヨ」
「そうや、シア。もし良かったら、マギアの四天王について詳しく教えてくれへんか? 世話になっとたんはわかってるんやけど、アデルにたどり着くためにも──」
「はい、いいですよ」
シアは、サムの言葉を遮った。
誰を裏切ることになっても、何がなんでも『国宝』を持って帰る。それがシアの決意だった。
「……って言っても、オレが知ってるのは三人だけだし、多分そんなに有用な情報は知りませんよ」
「どんな情報でも大歓迎や。ワイらは四天王の後ろ姿しか知らんねんから」
サムは興奮した様子で、グッと身を乗り出した。
「それじゃあ、まずは──」
シアは、一度会っただけで情報の少ない武老師のことから話そうとしたが、ふわぁ~っと大きなアクビが出てしまった。シアは今、猛烈な睡魔に襲われていた。一日動き続けて空になった身体に、暖かい歓迎と美味しい食べ物、さらに甘いものまで詰め込んだのだ、しょうがなかった。
「その話はまた今度にして、今日はもう寝な。明日からもっと忙しくなるんだからさ」
「う~ん、せやな、四天王と戦う前に要塞落とさなあかんしな。そのためにぐっすり寝い」
ヴェルフが超圧縮袋を持って立ち上がった。
「じゃあ行くぞ、シア。お前のテントはこっちだ」
「は、はい。みなさん、おやすみなさい」
シアは特等席の面々にペコリと頭を下げると、ヴェルフの後を追った。
「はーい、おやすみー」
「温かくして寝るんだよ」
「いい夢見いやーー」
クズハもフィラもサムも、シアを見送った。それから、サムがポツリと呟いた。
「これでやっと四天王対策が練れるかもしれん。ほんま、救世主万歳やな」
シアにあてがわれたテントは、ヤーリが使っていた大きなテントだった。テント内に置いてあった私物はアルラウネたちによって片付けられ、ヒトサイズのベッドと机、あとはランプがあるだけでがらんとしていた。それと花の良い香りが充満している。シアは目をしばたたかせた。
「こんなおっきなテント、オレ一人で使っていいんですか?」
もちろん、前の持ち主がどうなったかは、シアは知らされていない。
「ああ。アルラウネたちが酒のお礼に急いで準備してくれたんだ。着替えと裁縫道具は机の上置いとくぞ。あと、俺のテントは向かいだから、何か要る物があったら言ってくれ」
ヴェルフは、超圧縮袋からズートア要塞で貰った着替え十セットに裁縫道具と麦わら帽子を取り出し、机の上に置くと、クズハの店へと戻っていった。
一人になったシアは、ベッドに倒れ込んだ。
「ああ、そうだ。日記を書かなくちゃ……」
そう思ったが、シアは立ち上がれず、そのまま深い眠りに落ちていった。
こうして、シアの長い長い一日は終わった。




