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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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34 救世主万歳  前編

 すみません。予約の日付間違えてました

 本格的な夜を迎えて、クズハの店は先ほどより大盛り上がりだった。満点の星空の下、酒を片手に料理を囲み、あっちでワイワイこっちでヤイヤイ、様々な獣人たちが思い思いに一日の終わりを楽しんでいた。客たちの間を二足歩行の小型の狐たちがチョロチョロと走り回り、酒を運んだり料理を運んだりと、忙しそうに働いていた。

 ヴェルフは脇目を振らず、真っ直ぐいつもの席へと向かった。店から一番遠い、キャンプファイヤーの近くの席。そこは他のテーブルより低く、ヴェルフたちの特等席だった。

 特等席には先客がいた。テーブルには酒瓶一本と空のグラスが三つ。料理はなかった。それとシアとサムの姿もなく、フィラは轟々と燃え盛る火柱のそばで一人しんみりと飲んでいた。

 いつも凛々しいフィラが物憂げな表情でグラスを回している。その白い横顔が真っ赤な炎に照らされて、なんとも儚げで幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 ヴェルフはその姿に目奪われ、立ち止まった。すぐに気を取り直して、再び歩き出す。

 席に近づくと、フィラがヴェルフに気づいた。彼女はヴェルフの腰の辺りを見て、微笑を浮かべた。それから洗練された動きで空のグラスにお酒を注ぐ。なみなみと。

「お疲れさま」

 フィラがグラスを滑らせる。グラスはヴェルフの前でピタッと止まった。中の液体を一滴もこぼさず不自然に。

「ありがとう」

「……おや、今日はどこもケガしなかったのかい」

 ヴェルフの身体をじろじろと見て、フィラは意地悪に笑った。なんだか残念そうにも聞こえた。

「まぁな、救世主がいたからな」

 ヴェルフはドカッと座ると、グッと一気に飲み干した。

「カァーー! やっぱこの味だなぁ!」

 獣人特製のお酒。カレルセで飲んだ銘酒とは違い、安っぽいチープな味だが、それでもヴェルフはこっちの味も好きだった。飲み慣れた安心する味。

「それで、シアとサムはどうした?」

 辺りを見回しながらヴェルフが聞いた。

「そういえば遅いわね。あの魔力量じゃすぐに空になると踏んでたんだけど、思ったより魔力量が多かったのかね? それとも何かあったのかしら?」

「サムが一緒なんだ、大丈夫だろ」

 少し心配する様子のフィラに、ヴェルフはあっさりと言った。それから身を乗り出して聞く。

「で、どうだった、シアの魔法は?」

「……あれはダメだね。糸すら満足に出せないんだ、一ヶ月でどうこうなる話じゃないね」

「ふ~ん、魔法はダメか。まぁでも、ゴン爺の最高傑作があれば、エヴァンスぐらい何とかなるだろ」

 フィラの辛辣な評価にも、ヴェルフはあっけらかんとしていた。

「ねぇヴェルフ。アンタ、次の作戦のこと、レオンから聞いたんだろ?」

 フィラはグラスを置いて、真剣な顔で訊いた。

「あぁ? なんだよいきなり……」

 ヴェルフは怪訝な顔で、酒瓶に手を伸ばした。が、動かなかった。よく見ると、フィラの手から伸びた糸が酒瓶に巻き付いている。

「いいから答えな!」

「聞いてねぇよ!」

 その瞬間、フッと糸が緩んだ。すかさずヴェルフが酒瓶を引き抜く。

「そう、聞いてないのかい……。だったらアタシが言うよ。レオンは──」

「シアを囮にするつもり、なんだろ?」

 ヴェルフはとくとくとお酒を注ぎながら、事も無げに言った。フィラが顔を歪ませた。

「聞いてねぇ……けど、知ってる。あの手紙を持ってきたのは俺だ、中身くらい確認するサ」

 フィラはバンッと勢いよくテーブルを叩いた。

「ならわかってるだろ? もしこれがワナだったら、どれほど良い武具を持とうがどれほど剣の腕があろうが、魔法も使えないヒトの子がゴーレムの群れから逃げられないってことぐらいはさ!?」

 ヴェルフはお酒を一口飲んでから、軽く答えた。

「……ちゃんとわかってるヨ」

 それからフィラの目を見て、ニッと笑った。

「だから俺がシアを要塞まで運ぶ、背中に乗せてな」

 フィラは目を丸くした。

「は? アンタが、誇り高い人狼のアンタがヒトの乗り物になるってのかい?」

「別に好き好んで乗せるわけじゃない。けど、アイツにやりたくないことをやらせるんだ。俺だって少しくらい我慢するサ」

「はぁ~、アンタも大人になったんだねぇ~」

 フィラはしみじみと呟いた。

「あのな、俺をなんだと思ってンだ」

「そんなことよりもう伝えたのかい?」

 フィラはしれっと無視した。ヴェルフは眉間にシワを寄せた。

「伝えてないし伝える気もねぇよ」

「なんでさ?」

「知ったところでその先は、シアが一人でやることは同じだろ? 要塞に侵入して、エヴァンスを倒して、ゴーレムの魔方陣を破壊する。どうせ同じなら伝えるだけムダだろ」

 フィラは、信じられない、といった顔で大きくため息をついた。そのため息が前言撤回と言っているようだった。

「ねぇヴェルフ。俺が世界の中心だ、みたいなその態度、いい加減やめないと、アンタいつか痛い目みるよ」

 フィラの説教に、ヴェルフはそっぽを向いた。

「あぁん? 別にそんなこと思っちゃねぇよ。ただ、俺の世界の中心が『俺』ってだけだ。それに痛い目をみたとしても、自分のせいなら受け入れるさ」

「…………」

 フィラは呆れ果てて何も言えなかった。それでも何か言わなければ、と言葉を探したが、見つける前にヴェルフが緑色の巨体を見つけた。

「おっ、やっと来たな」

 サムは、その巨体に相応しい巨大な荷車を引いていた。荷車には荷物が一杯に積まれている。が、白い布で覆われていて、何が乗っているのかはわからない。その横にはシアが歩いていた。

「なんだい? あの大荷物。引っ越しでもするつもりかい?」

「あれは秘策さ。シアを仲間にするための」

 ヴェルフは嬉しそうに言うと、グイッとグラスを空にした。フィラは首を傾げた。

 シアの速度に合わせているのか、それとも荷車が重いのか、シアとサムはとぼとぼとゆっくり歩いてきた。フィラは空のグラスにお酒を注いで、ヴェルフは舌舐めずりして二人を待った。

 ようやっとの思いで特等席まで来ると、

「疲れたぁ~~~」

 と、叫びながらドスンっと地面に倒れた。フィラは呆れ顔のまま、グラスを差し出して問う。

「なんでアンタの方が疲れてんだい、サム?」

 フィラはそのまま逆の手をクイっと動かした。すると、シアの目の前にイスとグラスがすぅーと滑ってきた。

「あっ、ありがとうございます」

 シアはフィラに一礼して、背の高いイスに座った。しかしグラスには手をつけなかった。お酒だとわかったから。

 背の高いイスに座ったというのに、テーブルはまだ少し高かった。シアは、なんだか子供に戻ったような気がした。サムはそのまま地べたにあぐらをかいて座った。サムの身長だとそれくらいがちょうど良い高さだった。ヴェルフの特等席は、ヒトにしてみれば高いが、獣人にしてみれば低いのである。

「あぁ~蘇る~~! ほんま、フィラは命の恩人やでぇ~」

 サムは、フィラから受け取ったお酒を一気に飲み、大袈裟に感謝した。

「で、なんでアンタの方が死にかけてたんだい?」

「ヴェルフのせいやん。カレルセ行く~から、これ貸したらえらい目に合ったわ」

 サムはさりげなく魔法でシアのイスの大きさを調節しながら、荷車から白い袋を取り、テーブルの上にドンっと置いた。

「これは、ヴェルフがさっきアンタに押し付けた袋じゃないのかい?」

 その通りだった。しかしそのときよりもパンパンになっている。

「せや、サム特製の超圧縮袋や。この袋に魔力を流すとあら不思議、中のモンが全部小さなんねん」

「へぇ~、それは便利だねぇ」

 と、フィラは袋に手を伸ばした。それを見てサムが慌てて止める。

「ちょいフィラ。せっかく元に戻したのに小させんといてや」

「わかってるよ、そんなことするはずないじゃないか。ははは」

 そう言いながらも、フィラはさりげなく手を引っ込めた。

「せやったらええねん。……実はこれ、失敗作やねん。魔力さえ流したら誰でも小さくはできんねん。けどな、元に戻すんはワイしかできひんねん。しかも一個ずつ徐々に大きして、小さした魔法を帳消しにしなあかんねん」

 サムは苦い顔で言った。

「へぇ~、それは大変だねぇ」

「せやろ! せやのにこのアホ狼はアホほど物入れて返しよった。ちゃんと貸すときに説明したはずやのにな!」

 サムに嫌みを言われても、ヴェルフは知らん顔でグラスを傾けていた。

「もしかしてそこの荷物が全部そうなのかい?」

 フィラが目を大きくして荷車を指した。サムが大きく頷く。

「せや! これ全部や!! シアの魔力はすぐすっからかんになったのに、これのせいでごっつい遅なってしもた」

 二人が遅くなった理由は、シアの魔力量が多かったわけでも何かあったわけでもなく、これだった。シアの魔力はすぐ──サムが発明品を片付け終わる前に空になっていた。そこでシアはサムの代わりに発明品の片付けに、サムは超圧縮された物を元通りにする作業に、それぞれ取りかかった。しばらくして、シアが山のような発明品をテントに押し込み終えても、サムの作業はまだ半分も進んでいなかった。シアは続いて、サムが元に戻した物を荷車に積み込むのを手伝っていたのだった。

「シアが手伝てつどうてくれへんかったら、今もせっせと大きぃしてなあかんとこやった。ほんまありがと~な」

「いえ、色々とお世話になったんで、少しでも役に立てたのなら良かったです」

「うん?」 

 二人の会話を聞いていたフィラが首を傾げた。

「……てことは、魔力がなくなっても倒れなかったのかい?」

「せやねん! シアは魔力ゼロやのに倒れるどころか、元気に走り回りよんねん。不思議やろぉ~?」

 元から魔力が少ないからかなぁと、サムも首を傾げた。シアは、ハッとした。

「え? 倒れるまで魔力を使うって、例えじゃなかったんですか!?」

何言うてん、当たり前やんか。倒れてそのまま死なんように、ワイが見てたんやし~」

「えっ、死!?」

 その瞬間、シアの頭の中は真っ白になった。知らず知らずのうちに、死ぬかもしれない訓練をさせられていたなんて……。

「せやで。てか、ワイが今さっき倒れたのも演技とちゃうで? フィラのくれた酒飲んで魔力回復したら助かったものの、あのままほっとかれたら死んでたところや。それにしても、まさかこの歳で魔力切れで死にかけるとは思わんかったわ。まだ戦闘中やったらわかんねん。今もずっと戦争してるわけやし、殿しんがり務めて仲間守るために戦い続けて、魔力切れで死ぬとかな。けど──」

 サムがペラペラと喋り続けていたが、シアは一つも聞いていなかった。長いお喋りのおかげでショックからは立ち直っていたが、頭の隅に何かが引っ掛かっている、そんな気がしてサムの話に集中できなかった。

「だが、命、賭ける価値はあっただったろ?」

 永遠に続くと思われたサムの話が突然終幕を迎えた。ヴェルフが割り込み、ムリヤリ終わらせたのだった。

「なんやそううのは悔しいけど、たしかにあった」

(あるんだ……)

 シアは呆れた。あれに命を賭ける価値があるとは到底思えなかった。

「じゃあ良かったじゃねぇか」

「せやけど、いくらなんでも多すぎひんか?」

「俺たちの分だけじゃねぇからな」

 ヴェルフはニヤリと笑うと、立ち上がった。それからテーブルへと飛び上がる。サムとフィラは着地する前に、サッとテーブルの上の物をどけた。

「オイ! お前ら!!」

 ヴェルフは、キャンプ中に聞こえるような大声で叫んだ。店の中にいた者や通りにいた者たちが、なんだなんだ、とテーブルの上のヴェルフに注目する。

(何するつもりなんだろぉ?)

 シアは、ぼぉ~とヴェルフを見上げていた。すると、突然ヴェルフの手が伸びてきて、首根っこを掴まれた。

「えッ!?」 

 と、思う間もなく、ヴェルフにヒョイッと持ち上げられた。シアはイスに座った姿勢のまま宙に浮かんだ。

「俺たちの新しい仲間を紹介する、救世主のシアだ!」

 ヴェルフがシアを掲げて叫んだ。獣人たちの驚いた視線が一斉にシアに注がれる。むろん、好意的なものではなく、悪意の混じった誰何の視線。だが、一番驚いているのはシアだった。シアは首根っこを掴まれたまま、頭の中までカチコチに固まっていた。それはまさに親猫に咥えられた子猫のようだった。

「………………」

 少し待っても何も言わないシアを、ヴェルフはテーブルの上にそっと下ろした。ふいに地に足がついたことで、シアの身体は反射的にバランスを取ろうと動いた。身体が動いたことで、シアの頭も動き出した。

「………………よ、よろしくお願いします、シアと申します」

 全身の筋肉と脳細胞を総動員して、シアはペコリと頭を下げた。拍手の一つもなかった。獣人たちは、そもそも見てもいなかった。ヴェルフの奇行をなかったことにして、宴会を再開していたのだ。だが、それはマシな方だった。

「オイ、救世主! 俺はヒトが喰いたくて死にそうなんだ。腹に収まって俺を救ってくれねぇか?」

 どこからともなく豪快なヤジが飛んで、笑いが起こった。

「おいおい、クロコ。それはジョーダンだよな?」

 ヴェルフに名指しされたクロコがのっそりと立ち上がった。ヤジの主は、二足歩行のワニのような姿をしていた。背丈はテーブルの上に立ったヴェルフと同じくらいで、その口はシアを丸呑みにできるほど大きい。

「それはこっちのセリフだぜ、ヴェルフ。そんな訳のわからんヒトの子を連れてきて、いきなり救世主だと? ナメてんのか?」

 フィラもサムも、酒を片手に面白そうに見ていた他の獣人たちも皆、頷いた。シア自身ですら、それはその通りだ、と思った。だがしかし、ヴェルフだけは不敵な笑みを浮かべていた。

「俺はいつでも本気だぜ。お前こそ、救世主にナメた口利いてると後悔するぜ?」

「アァン? そんなガキ──」

「おっと、一度吐いた言葉は二度と戻せねぇぞ、クロコ」

 いきり立つクロコの言葉をヴェルフが遮った。それから意味深に瞳を煌めかせて、サムに手で合図を送る。それだけヴェルフの思惑を理解したのか、サムはサムズアップで応えた。

「……これを見ても、まだそんなナメた口を利けんのか!」

 ヴェルフの声と同時に、サムが荷車を覆っていた白い布をバサッと外した。

 獣人たちは、ハッと息を呑んだ。見事な連携プレーにではなく、巨大な荷車一杯に積まれていた荷物を見て。

「おおぉ……こ、これは……!!」

 数えきれないほどの酒瓶と酒樽が並んでいた。どれも獣人の世界ではめったに手に入らないヒトの酒。それらにキャンプファイヤーの炎が映り、宝石のようにキラキラと輝いていた。

 獣人たちは、宝石に負けないほど瞳をキラキラと輝かせて、ゴクリと唾を飲んだ。獣人には、宝石など光る石ころに過ぎないのだが、これは宝の山だった。

「救世主サマからのありがた~い贈り物だ。お前らぁ、飲むぞォーーーー!!」

 ヴェルフが右手を突き上げ、叫んだ。それにいの一番で応えたのはクロコだった。両手を突き上げ、叫ぶ。

「ウオォーー! 救世主万歳ッ!!」

 獣人たちは一斉に立ち上がり、口々に『救世主万歳ッ!』と叫んだ。獣人キャンプに割れんばかりの大歓声が響き渡る。騒ぎを聞き付けた他の獣人たちも大急ぎで駆けつけ、クズハの店は一瞬でお祭り騒ぎになった。サムとフィラは荷車を店へと運び、狐の従業員たちに酒の数と量を説明していた。

 しかし、シアはテーブルの上で耳を押さえて呆然としていた。

(お酒だけで、こんなに……!?)

 さっきまでとは真逆の、この大歓迎っぷりが信じられなかったのだ。だがよく見ると、誰も自分のことなど見ていなかった。『救世主万歳』と叫んではいるが、お酒しか見ていない。

(あれ、これってオレを歓迎してるんじゃなくて、お酒を歓迎してる……)

 そのとき、頭をポンっと優しく叩かれた。見上げると、ヴェルフが笑っていた。

「うまくいったな、シア。これでお前は俺たちの仲間だ」

「でも、あれを持ってきたのはヴェルフでしょ。オレは何もしてない……」

「なーに言ってンだ。お前がいたからマギアの命令書を貰えたんだ。流石の俺もあれ無しじゃ、こんなに大量の酒は盗ってこれなかった。だからこれは俺たち二人の手柄だ、もっと胸を張れ」

 ヴェルフはニッと笑った。

「ヴェルフ……」

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