33 ヴェルフの作戦報告
すっかりと日が暮れ、暗くなった本陣のテントの中で、ヴェルフはレオン王と会っていた。
「それでどうだった、あの者は?」
族長たちが去り、本来の広さを取り戻したテントに王の声が響いた。
「そうだなぁ~、七対三、ってとこかな。死にかけたが、無事に帰ってこれた。それに土産を貰えたしな」
「やはり、全面的に信じるわけにはいかないようだな。それではお前の話を聞かせてもらおう」
ヴェルフは、カレルセであったことを王に話した。
実際に見て聞いたカレルセの現状。マギアの姫様から聞いた捕虜のことにマギア騎士団のこと。そして、『厄災』のこと──『厄災』それ自体が真実かはわからないが、マギアは本当に信じているということを。
レオン王は深刻そうな顔で、静かに聞いていた。そしてヴェルフが話し終えたあとも何も言えなかった。
(『厄災』……ッ!? まさか、まさかマギアは本当にそれを信じていたのか……)
レオン王は、心の中で頭を抱えていた。
もし『厄災』が真実だとすれば、マギアはこれまでそれと戦い続けてきた。ならばあの強さ──二大大国を瞬時に打ち破ったその戦力にも納得がいく。だが逆に言えば、その戦力をもってしても『厄災』は強敵だということだ。だからこそマギアは世界を一つに……。ならば、我々はどうすればいい? マギアに……降伏するべき、なのか。だがそれは……──。
レオンは、王としての苦悩に直面していた。自分の決断が国の運命を、国民の未来を左右させる、その責任の重さに。
誰かに代わって貰えたら……、そう思うが口には出さない。なぜなら彼は王だから。これが王の責務と知っているから。
しかしそれはレオン王の表情に色濃く表れていた。獣人たちの多くは夜目が利く。完全なる闇でもない限り、見えないということはない。
「降伏も……一つの手だと、俺は思うぜ」
見かねたヴェルフが助け船を出した。
「だがそれでは皆がッ!?」
思わずレオン王は立ち上がった。
「まあ最後まで聞けよ」
「あ…あぁ、すまない」
腰を下ろしたレオン王が少し落ち着くのを待って、ヴェルフはおもむろに更なる爆弾を投下した。
「俺たちでは、絶対マギアに勝てない」
「なッ!?」
「レオンも……他のヤツらもみんな分かっているはずだ。俺たちがずっと勝てなかったカレルセと魔人帝国を、マギアはいっぺんに倒したんだ。当然だろ?」
「それは……」
レオン王は濁った。それを王が認めてしまえば、捕虜になった仲間は二度と取り返せないから。ヴェルフは軽く笑った。
「フッ、俺もそうだ。認められなかった、認めたくなかった。だけどな、マギアの姫を見たとき、俺は勝てないと悟ったんだ」
「……ハ?」
レオンは驚愕した。獣人連合国の中でも五本の指に入るの実力を持つヴェルフ。そしてその実力に相応しい……、いや実力以上に強気なあのヴェルフが……。
「お前が……敗けを認めるのか!?」
ヴェルフは笑った。ヴェルフには珍しく自嘲の香りがする笑いだった。
「ああ、情けないだろ。マギアの姫はシアと同じくらいの年齢だ。しかも俺は姫の魔法も知らないときた」
ヴェルフが姫を見たとき、『勝てない』と思ったのは事実だった。ただ、『敗ける』とも思わなかった。なぜそう思ったのか、ヴェルフは自分でもわからなかった。(おそらく姫の魔法が関係しているのだと思う。)そして自分でもわからないモノをレオンに説明するのは面倒くさかった。
「この俺が子供一人にも勝てないんだ。俺たちがマギア騎士団になんて勝てるはずがねぇ。マギア騎士団にケンカを売るなんて自殺行為……死にに行くようなモンだ」
「………………」
「それにマギアの連中は戦力を欲している。ヤツらに降伏しても悪いようにはされないだろう。その証拠にカレルセは平和だった。民がマギア王を救世主って呼ぶほどに、な」
「………………なるほど、一理ある」
そう言ったレオン王だったが、その表情は険しいままだった。
「一つの手、と言うことは他にも手があるのだな?」
ヴェルフはニヤリと笑った。いつもの強気な笑い。
「ああ、もちろん。マギアと和平を結ぶ、こっちが俺の本命だ」
「マギアと和平?」
「そうだ。降伏ではなく、マギアと対等な同盟関係を結ぶんだ。ヤツらに協力して『厄災』と戦うことになるだろうがな」
「それはいい。もし『厄災』が真実ならば、我々にとっても敵であることに違いはない。だがどうやって、どうやってマギアと同盟を結ぶ? 今さら我らと、同盟を結ぶ利点がマギアにあるのか?」
レオン王は、身を乗り出して聞いた。ヴェルフもスッと笑みを消した。
「おそらく、それを知るためにマギアは、俺たちから仲間を奪っていったんだろうよ。お前たちに、仲間を取り戻すだけの『力』は、勝ち目のない戦いに挑む『覚悟』はあるのか、ってな」
「………………」
「だから、それを示すためにもまずカレルセを侵略する。マギアの四天王が守っているカレルセを奪えれば、それだけの『力』を持っている証明になる。それからマギアと和平交渉し、カレルセと交換に捕虜を取り返す……と、これが俺の案だ。希望的観測と言われればそれまでだし、それに結局あの四天王と戦わなくちゃいけねぇ。それでもマギアに攻め込むのよりかは何百倍も勝ち目があると思うゼ」
「なるほど。我らが『厄災』に対抗する戦力になることを示せば、同盟を結ぶ利点があるのか……」
レオン王は低く唸るように呟いた。
「お前の意見は大いに参考になった。しかしこれは、王といえど私一人で決めていい問題でない。族長たちとも相談する必要がある」
「ああ、わかってるよ。それにしても王ってのはタイヘンだな」
他人事のように言うヴェルフに、レオンは噛みついた。
「オイ、ヴェルフ! そう思ってるなら会議の間くらい仲良くしてくれ!」
「それはアイツらに言ってくれ、先にケンカを売ってきたのは向こうだ」
子供のような論法で反論しながら、ヴェルフは出口に向かって歩き出した。そして出口の前で止まり、振り向かずに言った。
「お前を王に選んだのは俺たちだ。お前の選択がどんなモノでも、俺は尊重するぜ、レオン」
「ああ、わかっている」
レオン王は素っ気なくそう言い、心の中では、ありがとう、ヴェルフ、と呟いた。ヴェルフはニッと笑い、外に出る。
すると突然、暗闇から声をかけられた。
「待っていたぞ、ヴェルフ」
かがり火に照らされて、ヴェルフの灰色の瞳が意味深に光る。
「なんだ? さっきの決着でもつけようってのか、マルコ?」
ザッと蹄の音がして、暗闇からマルコが現れた。辺りを包む暗闇より暗い顔をしている。
「いや、そうではない。あれは私が悪かった。私は、焦っていたのだ。ヤーリとユーミ、二人の犠牲に見合う……いや、そんなモノはありはしないが、二人の犠牲を無駄にしないために、結果が欲しかったのだ。あの少年にも悪いことをした」
ヤーリとユーミ、二人はマルコの愛弟子だった。そしてマルコは、次世代のケンタウロスを率いるのは彼らだ、とそう思っていた。しかし二人とも帰ってこなかった。
ユーミを守るために片腕を失い、それでもヴェルフたちをズートア要塞へと導くために自ら囮となり、そして奈落へと落ちていったヤーリ。
そしてヤーリの死を受け入れられず、怒り、無謀にも単身で魔法王に突進し、そして跡形もなく消し去られたユーミ。
「そうか、ヤーリも死んだのか……。カレルセでは遺体を見つけられなかったから、もしかしてと思ってたんだが……」
「何? ヤーリの遺体は、カレルセが回収したのではないのか?」
死んだばかりの人間の肉体は、精霊の器に最適だった。召喚士がわざわざ魔力を使って創らなくとも、元々魔力を持っており、そして死んで魂のない肉体ならば精霊の意のままに操れる。壊れても直せない、時が経てば腐る、など制限つきとはいえ、召喚士にとっては大いに価値のあるモノだった。特に、高い身体能力と高い魔力耐性を持つ獣人の肉体は、垂涎の代物だった。
「お前たちが撤退した直後、カレルセは全軍を挙げてヤーリを探した。俺もヒトになって、ヤツらに紛れて探したんだが、ヤーリは見つからなかった。そっちが連れて帰ってないってことは、もしかすると──」
「残念だが、それはないだろう。あの荒野には身を隠せる場所がない。おそらくは崩れたタイタンの下敷きになっているのであろう……」
マルコは沈痛な面持ちで静かに首を振った。
「そうか、ヤーリもユーミも、カレルセに利用されることはないのだな。それは、せめてもの救いだな……良かった。ありがとう、ヴェルフ」
と、少し頭を下げてから暗闇に戻っていったマルコに、ヴェルフが光の中から声をかけた。
「礼なんていらねぇから、ちょっと一緒に来てくれねぇか?」
マルコは振り返り、訝しげな表情でヴェルフを見た。そしてヴェルフが語を継げようと口を開いた瞬間、
「断る、一人で行け」
ピシャリとそう言った。
「おい、まだ何も言ってねぇだろ!」
「聞かずとも分かる。あの刃こぼれした刀身に、その夜中のトイレを怖がる子供のような顔、どうせゴンザレス殿のところだろう?」
ゴンザレスは、獣人連合国の武具を一手に引き受ける凄腕の鍛冶職人である。
「……そうだ」
「少し刃こぼれさせただけで激怒する御仁だ。あのボロボロな刀身を見たらどうなるか……。ヤーリを見つけてきたのならまだしも、そうでもないのにそこまで付き合う義理はない。一人で行け!」
マルコはもう一度ピシャリと言うと、パッカパッカ立ち去っていった。
「……わあったよ! 一人で行くよ!!」
ヴェルフは吠えた。遠ざかるマルコの背に向かって。それからフンッと鼻から息を吐いて、マルコとは逆の方向に歩き出した。
ヴェルフは、大きなテントの前に立っていた。他とは異なり壁のない開けっ広げのテント、その下に、轟々と火を吹く炉、大きな金床、大小様々な道具が並び、そして奥には小さなテントが併設されている。ここは鍛冶場。
「おーい、ゴン爺いるかー?」
ヴェルフはテントの下に入りながら呼んだ。呼んでいると言うのに、心なし小さな声で。
「おぉヴェルフ、何じゃもう戻っていたのか?」
奥のテントから年老いたドワーフが現れた。背が低く、ずんぐりとしているが筋肉質の身体、白髪頭、白い髭、年期の入った厳めしい顔に鋭い眼光をしている。
「ああ、さっき戻ったとこだ」
ゴン爺は片目を吊り上げて、ヴェルフを見上げた。
「さっき……? 戻ってすぐワシのとこに来たということは、もしやお主……また壊したのか?」
ヴェルフは頭をかきながら、無言で腰の剣を抜いた。無残なほどボロボロの刀身が姿を現す。その瞬間、ゴン爺の両目が吊り上がり、炎が噴き出した。
「あれほど! 武具は大事に扱え、と言っておるのに何度も何度も壊しよって! こンのクソガキッ!!」
ゴン爺は近くにあったハンマーを、ヴェルフに向かって力一杯ぶん投げた。ヴェルフは反射的に身体を捻る。その鼻先をハンマーがかすめた。
「うおっ! 何すんだよ、ジジイ!」
「何度言っても分からんのなら、まずはそのバカな頭から直してやる!!」
ゴン爺は叫びながら、次々とハンマーを投げる。ここはゴン爺の鍛冶場、ハンマーはいくらでもあった。
「ジジイこそ道具を大事に扱えよ!?」
「フンッ! ワシのハンマーはこんなことでは壊れんわ!」
「ちょ、ちょっと待ってて! 今回はちゃんとした理由があるんだって!!」
「戦場でどれだけ敵を殺そうが、ワシが打った武具を壊した理由にはならんぞ!!」
「ちげぇよ。今回は仲間を、『救世主』を助けたんだ!!」
容赦なく飛んで来るハンマーをかわしながら、ヴェルフが叫んだ。その瞬間、ピタッとゴン爺の動きが止まった。
「救世主……よもや『救済の武具』の使い手か?」
ゴン爺の顔が怒りから驚きへと変わる。
「あ、ああ……、使い手だった男だ。あっそうだ、ちょうどその救世主サマが武具を探してンだ、何か良い剣と盾はねぇか?」
ヴェルフは、これ幸いとばかりに話を逸らした。
「なんと……っ! す、少し待っておれ」
そう言うと、ゴン爺はびゅ~んっと風のようにどこかへ走っていった。
「フゥ~、救世主サマサマだゼ」
ヴェルフはホッと胸を撫で下ろした。
しばらくすると、行きよりも速い速度でゴン爺は帰ってきた。子供のように瞳をキラキラと輝かせて、ヴェルフに剣と盾を見せる。
「これ、これじゃ」
何の変哲もない、どこにでもある量産品の剣と盾に見えた。が、とりあえずヴェルフは褒めた。
「おお、なかなか良い武具だな」
これ以上ハンマーはこりごりだし、何より武具のことなら自分よりゴン爺さんの方が信用できる。
「そうじゃろ。大昔にワシが『救済の武具』を模して打った武具じゃ」
大昔、ゴン爺がまだ爺さんになる前、インスピレーションを刺激する良い武具を探して戦場を渡り歩いていた頃、一目見た『救済の武具』に魂を揺さぶられ、取り憑かれたように打った剣と盾。しかし獣人連合には盾を使う者はおらず、造られてからずっと倉庫の片隅で眠っていた剣と盾。
「『救済の武具』の特殊能力は再現できなんだが、それでも当時のワシの最高傑作じゃ」
「へぇ~、シアも喜ぶよ、ありがとな」
ヴェルフは武具を受け取ろうと、手を伸ばした。が、ゴン爺はひょいっと避けた。そして、ボケたのか、と言いたげな表情をしているヴェルフに向かって一喝。
「これを渡せるわけないじゃろうが!」
「あぁ? じゃあなんでわざわざ持ってきたんだよ!」
「そうじゃないわい。これを打ってから何年経ったと思っておるんじゃ。いくら当時の最高傑作と言えど、当然劣化しておる。これをこのまま渡すわけにはいかん、と言っておるんじゃ」
「ああ、そういう~」
ヴェルフは納得したようにポンっと手を打った。ゴン爺は腕をまくりながら聞く。
「次の戦闘はいつじゃ?」
「大体一ヶ月後」
「それだけあれば十分じゃ。ついでにお主の剣も直してやろう」
「おっ、サンキュー。流石はゴン爺だぜ。じゃあまた今度、差し入れ持ってくるよ」
ヴェルフはまくし立てるように一気に言うと、さっさとゴン爺の鍛冶場を後にした。ゴン爺は武具のことで頭が一杯で、ヴェルフが帰ったことにも気がついてなかった。
ヴェルフはその足でクズハの店へと向かった。予想以上に遅くなっちまった、アイツら先に始めてねぇだろうな、と心なし急いで。




