30 魔法の言葉
「…………えっ!?」
シアは驚いて、思わずヴェルフの顔を見た。ヴェルフの灰色の瞳が不敵に輝いている。どうやら本気のようだった。
「何を、言っている?」
「キサマ、ボケたのかッ!?」
殺気立っていた二人も、驚きを隠せないといった様子だった。武器を下げ、訝しげな表情でヴェルフを見ている。それもそのはず、先ほどまでシアを守るために二人と戦おうとしていたヴェルフが一転、今度は自らシアを使う、と宣言したのだ。しかし、ヴェルフはさも当たり前のことのように言った。
「だからさ、カギがあれば一人だけ要塞に入れンだろ? ンで、そのカギはコイツが持っている。だったら手なんか斬らずに、最初ッからコイツを送り込めばいいだけの話だろ?」
一瞬、いや二、三瞬の間を置いて、テント内に大絶叫が響き渡った。
「ハァーーーーーッ!?」
その中にはシアの悲鳴も含まれていた。庇ってくれていると思っていたのに、後ろから刺された気分だった。あまりの騒音にヴェルフは顔をしかめた。
「ムリムリムリムリムリ! オレなんかに難攻不落の要塞なんて落とせるはずがないですよ!」
「どこの馬の骨とも知れぬ人間に、作戦の要を任せられるわけないだろう!」
「フザケるなッ!! 軟弱なヒトなんぞにこのような大役が務まるわけがないッ!!」
「アンタは一体何考えてンだい!? こんな小さな子を一人で送り込むなんて無謀にも程があるよ!!」
「お前の発案でも、このような作戦は認めることはできん!!」
五人が一斉に大声で反論をぶつけた。ヴェルフはさらに顔をしかめたが、折れようとはしなかった。
「そう心配するな。こう見えてもコイツは、カレルセで『救世主』って呼ばれてた逸材だ。それにコイツも俺たちと一緒で、家族にもう一度会うためアデルを倒さなきゃなんねぇ……。俺たちが外から攻めて、内を手薄にすれば楽勝で落としてくれるサ。な、シア?」
ヴェルフの言葉で一同の視線がシアに集まった。見ている方も見られている方も、全員が驚愕している。
「オ、オレは……」
ヴェルフの自信満々の言葉に、シアは何も言えなくなった。たしかにヴェルフの言う通りだった。藍と紫苑に会うにはアデル王を倒す必要がある。そのためなら戦える。しかし、たった一人で難攻不落のズートア要塞を落とすのは話が違った。彼らの言う通り、作戦の要なんて自分には荷が勝ちすぎる。分かっていた。それでもシアは言えなかった。ヴェルフの信頼を裏切るのが怖くて。ヴェルフに失望されるのが怖くて。
シアが黙っていると、アラクネが呆れたように聞いた。
「ヴェルフ、本当に大丈夫なのかい? 本人はちっとも大丈夫そうに見えないけど……」
「ああ、モチロンだ。司令官のエヴァンスとは何度も戦ってるし、帰ってくるときに要塞で少し暴れたからな。ヤツらの力量なら把握している」
ヴェルフは依然、自信満々だった。アラクネは、今度はシアに聞いた。
「アンタは大丈夫なのかい? イヤならちゃんと言いな、別の方法を考えるからさ」
その声はとても優しく、本当にシアのことを心配しているようだった。ヴェルフが微かに眉を上下させる。
シアはハッとしていた。その声に、今は亡きおばあちゃんを思い出したのだ。忙しい両親の代わりをしてくれて、いつも優しくて、いつでも味方でいてくれた大好きなおばあちゃん。姿形は似ても似つかないし、声質も違う。それに、おばあちゃん呼ばわりするのは失礼極まりないほどに彼女は若い。それでも彼女の声は──聞くだけで怖がる必要なんてないんだ、と心の底から安心できる温かい声は、在りし日のおばあちゃんを思い起こさせた。
今ならちゃんと言える、シアはそう思った。そこへヴェルフがボソッと耳打ちしてきた。
「断ったら、手ェ無くなるゾ」
シアは、ケンタウロスの槍を思い出してサァーっと青ざめた。
「大丈夫です。やれます」
思わず、シアはそう言ってしまった。レオンがゴホンと一つ咳払いし、王としての威厳を取り繕う。
「……そうか、要塞を落としてくれるなら此方としても有難い。だが、いくらヴェルフの言葉とはいえ、それだけで信じるわけにはいかん」
「なら、どうすれば信じる?」
「そうだな……」
レオン王は少し視線を下げ、立派なアゴに手を当てる。しかし、すぐに顔を上げた。その黄色い瞳は意味深に輝いていた。
「この国は弱肉強食だ、力で信じさせろ。方法は問わぬ。作戦の詳細が決まるまでに君の実力を示し、我ら族長を認めさせろ」
「ああ、いいゼ」
シアの代わりにヴェルフがあっさりと答えた。
「皆もそれで良いな?」
そう言って、レオン王は一同を見渡した。マルコがテーブルからひらりと飛び降りる。
「王がそう仰るのであれば、私に異存はない」
「アタシも。この子がやるって言うなら止めはしないよ」
マルコとアラクネが消極的とはいえ賛成した。ドブルスは憮然とした表情で、隣の僚友を見つめた。マルコは何も言わなかった。
「………………いいだろう」
ドブルスは嫌々ながらも同意した。納得はしてないが、賛成派の方が多いので仕方がない、といった様子だった。唯一、尻尾の生えた女性だけは、我関せずといった具合に寝ていた。
「だがヴェルフ! 俺たちが認めなかったときは覚えていろよッ!!」
「ヘーヘー、もしそうなったら手でも足でも好きなだけくれてやるヨ。行くぞ、シア」
ヴェルフは捨て台詞のように言うと、テントを後にした。シアは、大股で歩いていくヴェルフの後を急いで追った。魔窟から生還できたというのに、その顔は依然青ざめていた。
「あんなこと言って、ホントに大丈夫なんですか?」
シアは、後悔していた。手を守るために仕方がなかったとは思いつつも、一人で難攻不落の要塞を落とすなんて、そんな大それた宣言をしてしまったことを。しかも、その前にあの人たち──じゃなくて彼らに認められなければ、左手を切り落とされる。もしかしたら足までも……。
「知らん」
ヴェルフは振り返りもせず、事も無げに言い放った。
「えっ!?」
「オレはお前の実力を知らん。要塞ンときは敵を殺さないよう気ぃ使ってて、そっちをあんまり見てなかったからな」
「だったらなんであんなこと言ったんですかッ!?」
シアは目をカッと見開いて、問いただした。しかし、ヴェルフはこれまたあっさりと答える。
「しゃーねぇだろ、引けねぇ流れだったんだからサ」
「そんな理由で……」
シアは唖然とした。そんな理由で仲間の命を賭けるとは……。
流石のヴェルフもこれには負い目を感じているのか、足を止め振り返った。
「どうせ元の世界に帰るにゃあ、要塞を落とさなきゃいけねぇんだ。一緒だろ?」
「全然違いますよ! 彼らに認められなかったら手だけでなく足も失いそうだし、認められたら認められたで一人で難攻不落の要塞を落とさないといけないし……。それに……それにもし失敗したら──」
シアが一番恐れているのは、それだった。みんなに認められて、期待されて、それで失敗したら……。そう思うと、怖くて怖くてたまらなかったのだ。
「オレ、何にも悪いことしてないのに、なんでこんなことになってんだろう……」
それは何も今回のことだけではなかった。この世界に喚び出されたことを含め、全てに対してだった。
「そんなにイヤなら今すぐ獣人連合国を出るか? なんなら俺が、愛しの姫サマのとこまで送るぞ?」
ヴェルフは軽く言った。怒っているわけでも失望しているわけでも、温かいわけでも冷たいわけもなく、ただ、こっちの選択肢もあるぞ、と提案するように。
「えっ!?」
ヴェルフは、フッと軽く笑う。
「そんなに驚くことか? 俺が連れてきたんだ、責任持って送り返すさ。ナディエ・ディエをよじ登ってでもな」
「………………でも、ズートア要塞を落とすのに……このカギが必要なんでしょ?」
「お前は、ワイルドカードだ。あったら嬉しいがなくても困らねぇ」
「でもさっきあんな大見得切ったのに、あれはいいの!?」
シアは必死だった。自分でも驚くほどに。
「ああん? あれは俺が勝手に言ったことだ。お前には関係ねぇよ」
その言葉はグサリとシアの胸に突き刺さった。それはヴェルフなりの優しさだった。シアに要らぬプレッシャーをかけないための。しかし今のシアには、それに気づく余裕はなかった。むしろシアには、自分は必要ない、と、ヴェルフにとって自分は必要ない人間だ、と宣告されたように感じた。
(なんで、なんでそんなひどいことを言うの、ヴェルフ?)
ここまで一緒に来たのに……。仲間だと言ってくれたのに……。そう思っていたのに……。たしかに、あまり役には立たなかった。むしろ足をひっぱることの方が多かった。その上、危険を承知でついてきたはずなのに、いざとなると足がすくむ優柔不断の臆病者。それでも、あんまりだった。必要ないだなんて、あまりにひどいと思った。
「で、どうする? ここを出るか、ここに残って要塞を落とすか、シアはどっちを選ぶんだ?」
「………………オレは、オレは……どうすればいいの?」
シアは、すがるような目でヴェルフを見た。シアの黒い瞳が、絶望を映したように真っ暗になっていた。その瞳を真正面から受け止めて、ヴェルフはあっさり答える。
「さあな、それはお前次第だ。お前が何を選んだとしても、他のヤツらがそれを許すとも限らねぇし。でも、だからこそ『覚悟』が必要なんだ。誰にどう思われようが自分がどうなろうが、それでも自分が自分であるために譲れないモノを守る『覚悟』。それを思い出せば、道は自ずと決まるじゃねぇのか?」
しかし、それは効果絶大だった。絶望に染まったシアの瞳に一筋の光が射し、『覚悟』が宿る。
「そうだ……帰らなきゃ……」
(……早く、早く『国宝』を持って帰らないと……。手遅れになる前に……)
シアは顔つきをキュッと引き締め、カバンをギュッと強く握りしめた。
「オレ、やります。一人で要塞、落とします!!」
その力強い宣言に、ヴェルフはニヤリと笑った。
「よし! じゃあ、まずは武器だ」
「あっ、そうか……」
と、シアは自分の腰を見た。そこには鞘があるだけで剣はなかった。元々はカレルセの牢屋にあったのを盗ってきた剣。ズートア要塞から落とされたとき、ヴェルフがその剣をブレーキ代わりに使い、壊れたからそのまま捨ててきたのだった。
「ああ、そういやそっちもだったな。けど、先にこっちだ」
ヴェルフはそう言って、右手を出した。手の甲を見せつけるように。
灰色の毛に覆われた大きな手。しかし鋭い爪が生えているだけで特に何もなかった。
「どれ?」
シアは首を傾げながら、よく見ようとヴェルフの手に顔を近づけた。その瞬間、ジャキン!! と、ヴェルフの爪が伸びた。
「うわッ!?」
シアは驚いてひっくり返った。ヴェルフは楽しそうに笑った。
(たしか、前もこんなことがあったな。『あ世界』の人間は、どいつもこいつも質の悪いドッキリを仕掛けなければ気が済まないのか?)
と、シアは不満げな視線を、笑っているヴェルフに送った。
「イヤ、悪りぃ悪りぃ。思ったよりいいリアクションするからサ」
それは笑ったことへの謝罪で、驚かせたことへの謝罪ではなかった。
「……別にいいんですけど。オレ、普通の人なんで、爪なんて武器にできませんよ」
シアは、フイッとそっぽを向いて言った。ヴェルフはニッと笑う。
「爪じゃなくて魔法だ、魔法」
「エッ!? オレも使えるんですかッ!!」
シアはバッと立ち上がり、キラキラした瞳でヴェルフを見つめた。不満なんぞはどこかへ消え去っていた。
「ああ、おそらくな。使えるかどうかと、シアの魔法がどんなのかを確かめるために、まずはサムんとこ行くぞ」
「ハイッ!!」
シアは元気よく返事すると、ヴェルフの後を追った。置かれた状況は好転していないのに、その顔は希望で輝いていた。
シアとヴェルフが出ていったあとも、テント内では族長たちの会議が続いていた。
「なぁ、レオン。あんな子どもにあんな大役、ちょっと酷じゃないかい?」
「そうです。あのような者に任せるとは何を考えておられる、レオン王?」
ドブルスは眉根を寄せて、厳しい顔に露骨な不満を表した。
「そう思っているのならば! なぜ賛成したのだ、マルコ!?」
マルコは冷然たる瞳でドブルスを睨んだ。
「子供のお遊戯会の相談でもしていると思っているのか? 私が聞いているのは、あのような者を活用できる作戦があるのか、ということだ。貴様のように感情だけ動くような者にはわからんのだろうが、個人の感情など作戦の前では取るに足らぬ」
冷徹な正論に、ドブルスは目に見えてたじろいだ。それでも何とか反論を試みようとした矢先。
「これを見れば分かる」
と、レオンが二枚の紙をテーブルの上に投げた。それは、ヴェルフから受け取った二通の手紙だった。
一通はディクソンがしたためたダイン王への感謝状。心が籠っているとは思えない社交辞令的な感謝の文言がつらつらと綴られ、最後にズートア要塞の修繕工事が一ヶ月で終わることが書かれていた。
もう一通は、カレルセ本国へ向けた援軍要請の手紙だった。ズートア要塞の修繕工事が終わり次第、大規模な実験を予定しており、その実験の際、要塞のゴーレムが召喚不能になるため、兵士の大幅な増員を望む、とあった。
実験の内容については触れられていなかったが、それでも、要塞のゴーレムが召喚不能になる。これは獣人連合国にとって大きな情報だった。ズートア要塞から召喚される大量のゴーレム、これがズートア要塞攻略の最大にして唯一のネックだったのだ。
「なんとッ!! あの忌々しいゴーレムどもが使えないのであれば、あんな要塞恐るるに足らん。全軍で一気に攻め滅ぼすべきだッ!!」
ドブルスが目を剥き吠えた。レオン王が静かに頷く。
「そのためにも本隊の戦力を割くわけにいかん」
「だが、これらがワナという可能性は?」
マルコは口にはしなかったが、シアのことも含まれていた。そしてそれは当然のことだった。突然敵国から逃げてきた者を『はい、そうですか』と言って、信じるわけにはいかない。無論、ヴェルフが裏切った、とは考えていないが、シアがカレルセ側のスパイで、ヴェルフが彼に騙され偽物の情報を掴まされている可能性は排除できなかった。
「それも考慮してあの少年を使う。少年を先行させ、彼が要塞に侵入するタイミングで我々本隊が要塞の最終防衛線に入る。そして内と外、両側から要塞を落とす。もしこれがワナであれば、我々が要塞に近づいたどこかのタイミングで、敵はゴーレムを召喚するだろう。その場合の対応は考えなければならないが、最悪尻尾を巻いて逃げ出せばいい」
「囮か、気に入った! それならば俺はあのヒトを認めてやる!」
今度はいの一番にドブルスが積極的に賛成した。
「なるほど。それならワナがあったとしても、本隊への被害は最小限に抑えられる……。私も王の作戦に賛同する」
マルコも納得したが、アラクネだけは不満げな声を発した。
「あの子を囮に使う気なのかい!?」
「ああ、そうだ。だからこそあの少年に実力を示せと言ったのだ。彼に囮になる……囮になって生還できる実力がないのであれば、申し訳ないが左手ごとカギを貰う。そして我々の誰かを囮として、この作戦を行うつもりだ」
レオンは、王の眼光で族長たちを見渡した。ドブルスとマルコは好意的な返事をしたが、アラクネは何も言わなかった。尻尾の生えた女性は夢の中だった。




