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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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23 カレルセ昔ばなし──地獄と天国

 ヴィルヘルム街道をひたすら南へ南へと疾走する天馬の馬車。荷台から聞こえる酒盛りの声に、御者は麦わら帽子を深く被り、自らの影法師だけをお供に手綱をひいていた。


「そんなことが、あったのか……」

 青年は、苦々しく呟いた。それから憲兵に聞いた。

「でもなんで、なんでそのことが俺たちの世代には伝わっていないんだ?」

箝口かんこう令のせいさ。お前さんも知っているだろ?」

「あっ……」

 青年には思い当たる節があるようだった。だが、シアとヴェルフにはさっぱりだった。

「なんだ? アデルがユリウスのことを喋るのを禁じたのか?」

 憲兵は静かに首を振り、沈痛な面持ちで言った。

「いや、それだけじゃねぇ。奴は、これまでの王族に関する全ての口外を禁じたんだ。それを破れば平民でも貴族でも子供でも、容赦なく反逆者として処刑だ。それこそ歴代の王族の名前を口にしただけで、反逆者として処刑するほど徹底的にな」

「なっ!? 王族と同じ名前の人はどうしたんですか? いなかったんですか??」

 シアが声を上げた。乗客は苦く笑う。

「もちろん改名したさ。好き好んで暴君と同じ名前をつける親なんていなかったが、何世代も前の王族の名前なんて知るはずもねぇからな。たまたま同名だったってのがほとんどだったが、アデルはそれすらも許さなかった」

「そンでも何年も何十年もその名で生きてきたんだ。本人はともかく、周りの人間は口を滑らせちまって前の名前を呼んじまう……。そンで数え切れないほどのヒトが、犠牲になった」

 乗客は、悔しそうに手を打ち合わせた。

「そんな……」

 シアは息を呑んだ。たった一人の人間がそれほど多くの人を殺したなんて……。しかも、そんな大量虐殺者が王だなんて。これが暴君──専制君主制なのか……、と。

「けどさ、国中を監視なんて物理的に不可能だろ?」

 ヴェルフが訊ねた。乗客は言いにくそうに答える。

「シルフとその眷属の精霊どもが国中を監視してたんだ。それに、平民の中にも告げ口するのがいた……」

「なんで!? アデル王は平民の敵だろッ!!」

 気づいたとき、シアは叫んでいた。呑んだ息が、胸の奥でふつふつとたぎる怒りに熱せられ、爆発したのである。異世界の、それも過去の出来事だというのに、彼は本気で怒っていた。ウソだらけの暴君の言葉を鵜呑みにして、何も考えずに手伝いをしようとしていた自分に怒っているせいなのか、それとも馬車内に充満する酒気に酔っているだけなのか、自分でもさだかではない。だがとにかく、シアの心の中は荒れに荒れていた。

「褒賞金と出世のためさ。それと、アデルは平民の敵、と言うわけではなかった。平民でも官吏かんりにさえなれれば、貴族と同等の特権が与えられたからな。奴は史上最悪の暴君だったが、これまでの暴君と比べると一番平等でもあったのさ」

「ハア!? アデル王は貴族ばかりを重用して、平民は出世できないって聞きましたよ

!?」

 シアは、少し喧嘩腰になっていた。彼らに当たってはいけないと分かっているのに。

「これまでと比べるとって言っただろ。アデルが官吏に求めたのは、カネと忠誠心と能力だけで、大貴族でも下っ端貴族でも平民でも、なんなら犯罪者までも、奴はその三つだけで判断した。大半の貴族なら、腐るほどの金と、権勢けんせいには際限なくへりくだる腐った心を持っている。だが能力は? 奴らがしてきたことと言えば、先祖の名声を自慢することと平民を虐げることだけで、奴ら自身はそれほど優秀じゃない。名門中の名門の大貴族でも、役職に見合う能力がなければ、アデルは容赦なくクビにした。そして文句の一つでも言おうものなら、その場で首を斬った。物理的に……」

 シアは、顔面蒼白になった。自分を庇った兵士が、首を飛ばされたシーンを思い出してしまったのだ。あのときの、アデル王のあの動きは、熟練した剣術の発露はつろではなく、あの動き──首を飛ばすあの動きだけを、数え切れないほどに繰り返してきた証明のように思えた。

 血の気と共に怒りもサァーーっと引いていき、シアは、顔だけでなく心まで真っ青になっていた。シアの変化に気づかず、男たちが続ける。

「で、自分の力だけで生きてきた平民は、能力では貴族なんかには負けねぇ。心の方は、まぁ平民でも持っている奴はいる。だが金はムリだ。その一点だが貴族には勝てねぇ。宮仕えで裕福な生活を夢見る平民の若者にゃあ、密告か軍に入るしかなかったんだよ」

「軍人は、金よりも忠誠心と能力が重視されたからな。今向かっている、ズートア要塞の司令官とその副官も平民から成り上がった奴らだ」

「エヴァンスとディクソンか。孤児からあそこまで出世したのは立派だと思うが、今も軍人を続けているのはちょっとな……」

「だが、軍人に必要なのは戦闘能力だ、魔力の少ない平民が出世するのは難しい。そこで密告だ。反逆者を見つける能力と仲間を売る忠誠心を示して、それで金が手に入る」

「それでも官吏に貴族が多かったのは、悪魔に魂を売るより貧乏を選んだ平民──善良な平民が多かったってことさ」

 乗客は、自慢げにそう言った。そのとき、突然青年が怒り出した。

「オイ、その言い方はないだろッ!! 俺の兄貴は貧困であえぐ家族のために軍人になった。そのおかげで俺もエリンも餓死せずに何とか生きてこられたんだ!!」

「すまねぇ、ちょっと言い過ぎた。そうだよな、あの頃は皆、生きてくのに必死だったもんな……」

 どんよりとした陰鬱な空気が馬車内を支配しようとしたとき、乗客の一人が叫んだ。

「だが今は違うッ!! 誰の名前を叫ぼうが、どれだけアデルのことをバカにしようが、もう殺されることはねぇ! 威張り腐った貴族どもに搾取されて餓死する心配もねぇ! 俺たちにはダイン様がいるッ!!」

 馬車内がワッと盛り上がった。一人が立ち上がり、杯を掲げて叫ぶ。

「そうだ! 我らが救世主ダイン王に乾杯ッ!!」

「乾杯ッ!!」

 ヴェルフも一緒になって乾杯していた。酔っ払いたちの歓声につつまれた中で、シアの口から言葉が漏れた。

「救世主……」

 つい先日まで自分もそう呼ばれていた。何も知らずに、そう呼ばれ浮かれていた。

「そうだ。ダイン様の強さと姫様の優しさに、俺たちは救われたんだ……」

 それから乗客たちは、陽気に喋り出した。地獄のような過去を。

「夜明け前が一番暗い、とはよく言ったモンだよな。あんときの俺たちは、これっぽっちの希望の光もなくて、真っ暗な絶望の中だったもんな!」

「そうそう、必死になって働いても、法外な税金と『外』の奴らへの袖の下で全て消えちまう。家はボロボロ、怪我しても病気になっても医者にかかる金もねぇ、しまいにはその日喰うのにも困るような状況だってぇのに、アデルたちは毎日のように贅沢三昧。俺たちは、アデルたちに贅沢させるために生きているようなもんだった」

「金だけならともかく、アデルは子供たちまで奪っていきやがった。やれ獣人連合と戦争だ、やれ魔人帝国と戦争だ、つってアルベルト王のときとは桁違いの数の若者を徴兵しやがった」

「その上マギアに攻め込むってんで、さらに税と徴兵を重くしやがった」

 乗客たちの話す姿は、悲しき過去に囚われることなく、そして忘れるわけでもなく、それでも前を向いて強く生きているようだった。ただ酒量は明らかに増えていた。いくら乗り越えた過去とはいえ、その話をするにはアルコールの力が必要だったのだ。シアは、そんな彼らを直視できなかった。さりげなく視線を食べ物へとそらす。

「だけどよぉ、それが同時に千載一遇のチャンスだったんだよ! いや、アンタらマギアのヒトにゃあ悪いンだけどもさ。アデルのバカが功を焦って、王の盾の半分以上を戦場に出した。そして王城の警備を手薄にしたんだ。そんとき俺たちは覚悟を決めた。このままずるずる殺されていくくらいなら、二十年前にできなかったことをやろうってな」

 ロクセットの民衆が、暴君アデル王に一斉蜂起したのである。戦える者も武器も限られていて、勝算があるわけでもなかった。それでも、民衆は命を賭けて立ち上がった。

「んで、武器を持って王城に突撃したら、全然王の盾がいなくてさ。あれよあれよと言う間に玉座の間の前まで来ちまった。あんときは流石にワナにはめられたって思ったね。全兵士を玉座の間に集めて、俺たちを迎え撃つつもりだったんだって」

 決死の反乱の話に、話す方にも聞く方にも自然と力が入る。シアは身を乗り出して、男たちの話に聞き入っていた。

「だけど今さら退くわけにもいかねぇ、俺たちは意を決した。王の盾なんて無視してアデルだけを狙おう、一直線でアデルに向かって走る、何人倒れようが絶対止まるな、全員殺されるとしても絶対にアデルだけは殺そう。そう誓い合い、大扉を蹴破り玉座の間になだれ込んだんだ、が……──クッ、ハハハ!!」

 何故かそこで、男たちは笑い出した。シアたちは、キョトンとした。

「そうそう、あれはまさになだれ込んだ、って感じだったな。なんせ、先頭の奴らが誓いを破って、入ってすぐに止まりやがったんだ。後ろの奴らは止まれず前にぶつかってよぉ、気づいたときには全員倒れてた!!」

 乗客は、笑えないことを大笑いしながら言った。周りも手を叩いて笑っている。シアは、彼らは悲しみを乗り越えたのではなく、悲しみでおかしくなったのでは、と真剣に思った。

「俺は北の果ての村に住んでいるから、反乱には参加してないんだけどさ。それで死人が出てもおかしくなかったって聞いたぜ」

 青年も笑いながら言った。

「ガッハッハ! ワシの顔の真横には、後ろの奴の槍が突き刺さっておったからな!」

「笑い事じゃないですよ!? それッ!!」

 シアは、思わず叫んだ。乗客は、涙を拭きながら答える。彼らは信じられないことに笑い泣きしていたのである。

「……まぁそうだよな。最初は俺たちも、二十年ごしの反乱がこんな形で終わるなんて……って絶望した。なんで止まったんだ! って先頭の奴らを怨んだ。だけど、立ち上がったら全部吹き飛んじまった」

 そこで男たちはもう一度笑い合った。続きが気になるシアが耐えきれずに急かす。

「何!? 一体何があったんだよ!?」

 彼らは別に、嫌がらせをしていたわけでも期待を煽っていたわけでも、もちろんおかしくなったわけでもなかった。あれからこれまで、酒の席で幾度となく繰り返してきたこの話だが、話す度にこうなっていた。二十年に及んだ地獄のような過去と決死の反乱が失敗したときの絶望、そしてそのあとに待っていた天国のような今を思うと、笑わずにはいられなかったのである。

「なんと! アデル王と王の盾の全員が玉座の前に倒れてやがんの!!」

「そんで玉座には見たこともねぇ男が、王冠とマントのどう見てもただ者じゃねぇ男が座ってた!」

「その男は、俺たちが立ち上がるのを待って、無表情でこう言った。『この国は、私──マギア王のダインが占拠した』」

「ヨッ!! ダイン様ーーー!!」

「救世主ダイン王ーーーッ!!」

 男たちはまたまた杯を掲げ、ダイン様に乾杯ッ!! と叫び、やんややんやと歓声を上げる。シアは、驚いていた。姫から、ダイン王と四天王でマギアを攻めたと聞いていたが……。

(まさかのダイン王の一騎駆いっきがけ!?)

「へぇ~、そんなことがあったのかい。で、アンタたちは武器を持っているのに、誰もダイン王には逆らわなかったのかい?」

 ヴェルフはニヤニヤしながら、意地の悪い質問をした。乗客たちは、ばつが悪そうに顔を見合せる。

「うっ、あんちゃんは痛いとこ突くネ。イヤネ、俺たちも命がけの反乱で、血気にはやってたんでネ……」

「あ、ああ……、それにそンときゃあ、誰もダイン様のことを知らなかった。そンで誰かが、この国にもう暴君はいらねぇ! って叫んで、その……全員で一斉に飛びかかった。だが、一瞬で返り討ちさ。ダイン様は座ったままなのに、俺たち全員倒れていた」

「倒れた俺たちを見るあの人の顔は恐ろしかったなぁ。殺されるって思ったぜ」

「まぁ殺そうとしたんだ、殺されても文句は言えねぇよな。だがな、あの人は倒れている俺たちに説教をはじめたんだ。『それ程の気概きがいがあって、何故今まで反乱しなかった。暴君を生んだのは貴様らのその態度だ』って……」

 乗客は、目を細めて呟いた。

「ああー、あの言葉はキツかったなぁ。平民が何をしたって無駄だ、逆らっても殺されるだけだ、って最初から諦めていた俺たちは何も言えなかった……」

「俯いて黙っている俺たちに、ダイン様は、『今後のことは追って知らせる。今日は帰って休め』とおっしゃった。俺たちは恐怖に震えて、王城から逃げるように飛び出した」

「下町が心配で心配でたまらなかったんだ。あの頃マギアについて知っていたのは、アデルが侵略しようとしている小国ってことだけ……。アンタらマギアにとっちゃあ、カレルセは敵国……、いや侵略者だ。そんなとこの民に容赦するとは思えなかったんでな……」

「だけど下町に戻ったら、もう姫様と四天王の皆様が、病人、怪我人の治療に、炊き出しまでやってくれてたんだ」

「そんときに俺たちは、この王様なら信じられる、俺たちは救われたんだ、って感じたんだ」

 乗客たちは、目頭を熱くしてそう語った。そのとき、シアの頭の上に特大の雷が落ちた。救世主は、誰かを救って初めて救世主なのだ。絵本の中の救世主たちも、皆、そうであったではないか! どれだけ努力しようが、誰も救えなかったら救世主ではない。ましてや、まだ何もしていない自分が『救世主』と呼ばれるはずがなかった。そんな当たり前のことに、最初から気がついていれば、今ごろ……──。

 シアは、そこで考えるのを止めた。過去を掘り起こして絶望するのは、意味がないどころかマイナスに思えたからだ。特に、二度と同じようなことが訪れないであろうこの場合は……。

(それで俺たちもあんなに歓迎されたのか。それにしても『救世主』ね……)

 ヴェルフは、下町での熱烈な歓迎っぷりに一人納得した。それから、シアの方をチラリと見た。シアは、無表情で目の前の食事を貪っていた。

「……アンタらがダイン王をどう思っているのかは、よ~くわかった。だが、ダインはアデルを殺さなかった。さらに兵権まで残した。それは許せたのか?」

 と、ヴェルフが改まって訊ねた。その瞬間、馬車内の空気がピリッと引き締まった。憲兵が杯を置いて答える。他の乗客は、固唾を呑んで二人のやりとりを見守っていた。

「ああ、まぁな、それには驚いた。正直、あんなクソ野郎を殺さないのは今でも不思議だ。それでも、徴兵されていた者も帰ってきたし、兵士を続けるかどうかは各自が選べるって話だったから、まぁ納得はできた。それに、そのあとの知らせの方が驚きだったからな」

「そのあと?」

「『アデルと貴族が不当に貯めた巨額の財産を全て没収した。これにより十分な財源を確保できたので、この国が復興するまで税金は取らない』っておっしゃったんだ!」

「おお、マジか!? そりゃあ豪気な救世主だな!」

 ヴェルフは、二割増しに驚いてみせた。乗客たちは、それで空気が宴会に戻ったのを感じた。ホッと一息の代わりに、ゴクッと一杯呑んだ。

 そこから酔っ払いたちは、マギア賛美カレルセ罵倒合戦をはじめた。

「ダイン様は、王様なのに一切偉ぶらねぇ。ああいうのが本当に『偉い』って言うんだろうな。今回の仕事も、ダイン様が自らワシらのとこに頼みに来てくださったんだ。『獣人連合国との戦闘でズートア要塞が壊れたから直してくれないか』ってさ。いやぁ、あんときはビビったな」

「姫様は、この国が暴君から解放されたことを僻地の村まで伝えに来てくれたんだ。しかも大量の物資を持って。それで俺の村も生活が楽になったから、ズートア要塞にいる兄貴に軍を辞めてまた一緒に暮らそうって言いに来たんだ」

「それに引き換え、アデルと貴族どもは何もしてないくせに無駄に偉そうだったもんな。『外』の奴らなんか、最初はマギアのヒトたちにビビり散らかしてたのに、俺たちがマギアのヒトたちに遠慮しているのを知ると急に調子づきやがったし……」

 大盛り上がりの酒盛りをよそに、シアは一人食べるだけ食べると、いつの間にか夢の中だった。


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