22 カレルセ昔ばなし──暴君誕生
馬車は、ヴィルヘルム街道を飛ぶように南に下った。シアと乗客たちは、『外』の奴らが追って来ないか、とずっと後ろを気にしていた。
しばらくしても追っ手が来る様子はなかった。シアは、ようやくホッと一息つくことができた。
(助かった~~~~~!!)
表には出さないが、心の中では両腕を突き上げ叫んでいた。その瞬間、ぐぅ~!! と、静かな馬車内にシアの腹の虫が響き渡った。これは心の中ではなかった。緊張が充満していた馬車内に、ドッと笑いが起こる。シアは、自分の顔が真っ赤に染まっていくのがわかった。物理的にお腹を静めようと、膝の上に置いたカバンをギュッと抱き締めた。
「ガッハッハ! あんなことがあったてぇのに、見かけによらず豪気だな!!」
「豪気と言やぁ~、そっちのあんちゃんだぜ。『外』の奴らにあんな言い方するからこっちの肝が冷えたぜ」
「でも見たか? その後の奴ら、自分らでぶつかり合って倒れてやんの! ありゃケッサクだったね」
乗客たちは、大声で笑い合った。失態を笑うのはどうかと思うが、それでも馬車内は一気に和やかなムードに変わった。青年が興奮した様子でヴェルフに話しかける。
「なぁ! マギアのヒトたちってみんなあんなに強いのか!?」
「ああ、あれぐらいなら朝飯前サ」
ヴェルフは、いけしゃあしゃあと答えた。マギアのヒトどころかヒトでもないのに。
「スッゲーーー!! なら、そっちのヒトもあれぐらい余裕なのか? 俺より若いように見えるけどさ」
青年は、さらに興奮してシアを見た。
「え? オレは──」
シアは、「そんなに強くないです」と言おうとしたのだが、それより先にもう一度腹の虫が盛大に答えた。ぐぅ~~!! と。
「……こいつも朝飯前だってさ」
ヴェルフのその一言で、乗客たちは爆笑した。手を叩き、やんややんやと喝采する。
「ガッハッハ!! 朝なのに腹が空いてんで朝飯前か!」
「こりゃあ一本とられたぜ!」
「若いのになんて粋な答えだ!!」
楽しげな空間で、シア一人だけが少しムスッとしていた。腹が鳴るのは生理現象で若いも老いも関係ないでしょ、と少しズレた理由で。
「冗談はさておき、俺たちは昨日の晩から飲まず喰わずの働き通しで、本当に朝飯を喰ってねぇんだ」
「『外』が言ってた、人狼がどうこうってやつのせいか?」
「ああ、そうだ。昨日の晩、ロクセット城に人狼が忍び込んだんだ。俺たちは姫に用があってたまたま城に来てたんだが、そのまま姫にこき使われて、一晩中城ン中駆けずり回ってたんだ」
乗客たちは、目を真ん丸にして身を乗り出した。
「ソイツは大事件じゃねぇかッ!? で、人狼はどうなったんだ??」
「結局見つかんなくて、人狼が逃げんのならズートア要塞を通るしかないてんで、俺たちが今ここにいるんだ」
ヴェルフは、平然と言ってのけた。乗客たちは、そんなことがあったのか、大変なことになってたんだな、と非現実的な話に感心していた。しかしシアは、笑って誤魔化すしかなかった。
確かにヴェルフはウソをついていないが、ウソをついていないだけで、その言い方はほとんど詐欺だった。真実──ヴェルフが侵入者の人狼で、シアが異世界からの救世主、とは言えないので仕方ない。シアもそれくらいのことはわかっていたのだが、それでも詐欺に加担することはできなかった。
「ところでお前のカバンには、なんか食べ物入ってないのか?」
ヴェルフがシアのカバンを指してそう聞いた。シアは、突然カバンのことを聞かれ、ドキッとした。
「い、いや、これに、食べ物は入っていないです」
いくらヴェルフでも『国宝』のことは言えなかった。警戒心と罪悪感から無意識のうちに声は少し上ずり、手にはさらに力が入った。
「ふ~ん。そうか」
「なんだあんたたち、そんなに荷物を持ってながら食料の一つもないのかい? ホラ、少ないけど食いな」
乗客の一人が、なかば呆れ顔でサンドイッチを一つ渡した。
「おッ、サンキュー。旨そうな匂いだ」
ヴェルフはサンドイッチを受け取り、匂いを嗅いだ。それから二つに裂き、気持ち大きい方をシアに渡す。
「ホラ、シアも食いな」
「……ありがとうございます」
シアは、受け取ったサンドイッチを複雑な心境で見つめた。どこにでもあるような平凡なサンドイッチ、食パンではなく細長い固めのパンに、ハムとチーズ、そしてレタスが挟まれている。すごく美味しそうだ。
だがこれは……、おじさんが自分たちのことをマギア人だと勘違いしたからくれた。そう思うと、シアの中に罪悪感が満ちていく。
もう一度、ぐぅ~とお腹が鳴った。罪悪感がいくら満ちたところで、空腹感が消えることはなかった。
「……いただきます」
結局、空腹感には勝てなかった。シアは、サンドイッチを遠慮がちに一口食べた。
「……ウマイ!!」
一口食べたが最後、シアは止まれなくなり、サンドイッチにかぶりついた。
背に腹は替えられない。これが現実である。
「よっぽど腹が減ってたンだな……。ホラ、これも喰いな」
「俺のもやるよ」
シアの食べっぷりに、乗客たちから次々と食べ物が出てきた。パンに、干し肉に、くだものに、お菓子に……、瞬く間にシアたちの前には食べ物の山が築かれた。シアは欲望に従った。目についた物に片っ端から手を伸ばし、喰らい続ける。食事に夢中なシアに代わって、ヴェルフがお礼を言った。
「ありがとう。けど、こんなにいいのか?」
乗客たちは、嬉しそうに言った。
「ああ、もちろんだぜ。ズートア要塞まで何日もかかると思ってたんで、こんなに色々持ってきたが、伝説の天馬の馬車ってんなら話は別だ。なんたってたった一日で要塞まで行けんだもんな」
「それに、ダイン様と姫様には感謝してもしきれないほど世話になってるからな。みんな少しでも恩返しがしたいんだ」
それを聞いた瞬間、シアの手がピタッと止まった。幾分かお腹が膨れたこともあり、再び罪悪感が盛り返してきたのだ。それを正確に洞察し得たのは事情を知るヴェルフだけだった。他の乗客たちにとっては、やっと人心地つけたのか、くらいにしか映らなかった。
ヴェルフは、やや改まって言った。
「悪いが、王や姫へのお礼を俺たちが受けとるわけにはいかねぇ」
シアは、持っていた果物をそっと山へと返した。乗客たちは、少し困ったように顔を見合わせる。
「なんだい、そんなこと気にせんでも……」
そう言う乗客を、ヴェルフは手のひらを突きつけ制した。
「そこで、だ。コレと物々交換ってことでどうだ!!」
ヴェルフはそう言うと、ドヤ顔で白い袋から一本のビンを出した。
「あん? なんだいそりゃあ……アアッーー!?」
ヴェルフの出したビンをよく見て、乗客たちは歓喜の叫びを上げた。
「『シャトー・ヴィルヘルム』!! まさか、これを拝める日がくるなんてなんて……!」
「なっ!? 『シャトー・ヴィルヘルム』っていやぁ、貴族どもが殺し合いの奪い合いをしたって、伝説の銘酒じゃねぇか!!」
「なんのなんの、まだまだそれだけじゃねぇぞ!」
そう言って、ヴェルフは袋から次々と酒瓶を出した。それを見て、いちいち乗客たちがワッと盛り上がった。未成年のシアは、大人たちのハシャギっぷりにぽか~んとしていた。元の世界の酒にも興味がなかったのに、異世界の酒なんてもう一つ訳がわからない。
「『ラハール』! 『サクラメント』!! 『神の涙』!? すげぇ……これだけで子々孫々まで遊んで暮らせるぜ……」
「オイコレ本物かっ!? 本当に呑んでいいのかッ!?」
乗客たちは、呑んでもいないのに顔を真っ赤にし、叫んでいた。まるで酔っているようだ。
「正真正銘本物サ。なんたってロクセット城の地下から盗ってきたんだからな。さあ、どれから呑む?」
ヴェルフは悪びれる様子もなく、堂々と『盗った』と言い放ち、乗客たちに瓶を渡した。
「え、盗った……? 城から、アデル王から盗んだ、のか?」
乗客たちの興奮は、酔いが醒めるかのようにサァーと引いていった。それでも、誰一人酒瓶を放そうとはしなかった。乗客たちは、困ったように顔を見合わせる。
「流石に……城から盗んだ物は……なあ……」
「ああ……呑め、ねぇ……よなぁ……」
それは苦渋の決断だった。どう考えたって、この先こんな銘酒を呑む機会は訪れない。それどころか見る機会さえあるかはわからないのだ。そんな乗客たちに、ヴェルフはニヤリと笑いかけた。
「そう、心配すんな。酒を盗ったのは人狼だ」
ヴェルフの言葉に全員が目を白黒させた。特に、それが自供であることを知っているシアの驚きたるや、まさに開いた口が塞がらなかった。
「そうか! 城の侵入者!!」
乗客の一人が手を打った。
「は? それがなんだってんだ?」
「侵入者騒ぎのあとで高級品がなくなってたら、侵入者に盗まれたって普通思うだろッ!!」
そのずる賢い考えに、乗客たちはハッと息を呑んだ。そしてそれはずる賢い考えではなく、事実だった。
「そういうこと。どうせアデルがアンタらの血税で買ったモノさ。それに酒は見て楽しむモンじゃねぇ、呑んで楽しむモンだ!」
ヴェルフは、言いながら栓を抜いた。ふわぁと芳醇な果物の香りが馬車内に広がる。その香りに乗客の一人が我慢できなくなった。
「……の、呑むぞ。俺は呑むぞ!!」
一人の裏切りによって、彼らも耐えきれなくなった。俺も俺もと乗客全員が手をあげる。さらにヴェルフの提案で憲兵も誘い(流石に馬車を駆る御者は誘わなかった)、真っ昼間の馬車内で酒盛りがはじまった。
「銘酒たちに乾杯ッ!!」
「乾杯ッ!!」
男たちは、要塞への補給物資の中にあった杯で乾杯した。
「カッ~~~! 流石は伝説の銘酒、他とは訳がちげぇ。ウマイねぇ~!!」
「そんなのいいから、早く俺にもそっちをくれよ!!」
七人は銘酒たちを飲み比べ、こっちの喉ごしは──や、これの味わいは──、こいつの香りは──、などなど、大盛り上がりだった。酒には興味のないシアは、黙々と目の前の食べ物の山に集中していた。時折、酔っ払いどもから、呑め呑め、と囃し立てられたが、未成年だから呑まない、と頑として断り続けた。
あっという間に銘酒たちは空になった。が、男たちは、杯を探していたときに見つけた補給物資の酒樽に手を付けはじめた。こちらは安酒だが、その代わり量は多かった。
いい感じに出来上がった男たちは愚痴を言いはじめる。
「アデルの野郎、毎日あんなうまい酒を飲んでやがったのか」
「でもさ、アデルの野郎でもこんなけの銘酒を一気に飲み比べ、なんて贅沢なことしてないと思うぜ」
男たちは、大笑いしながら頷き合う。そのとき、ヴェルフが思い出したかのように言った。
「そういやぁ、カレルセの第一王子って、アデルじゃなくてイフリートを使役してた……何てったけ?」
その瞬間、馬車内がシーンと静まった。
憲兵がグイッと杯を呑み干し、静かに答える。
「……ユリウス様、だろ?」
「そうそう、ソイツだ」
「ユリウスさま……ってだれ?」
乗客唯一の青年が少し怪しい呂律で憲兵に聞いた。
「そうか……お前さんは知らないのか。そうだよな、もう二十年近くになるんだもんな……」
大盛り上がりだった酒盛りの雰囲気ががらりと変わり、急にしんみりとなった。食べ物に夢中になっていたシアも顔を上げる。乗客たちは、ちびちびと呑みながら遠い目をしていた。
「……ユリウス様は、何十世代も続きながら、暴君しかいなかったカレルセの王族に、唯一お生まれになった聖人……」
「ああ、まさに聖人君子みたいなお方だったなぁ~。第一王子なのに、貴族でも平民でも、誰にでも平等に優しくって、しかも成年する前に大精霊のイフリートを使いこなす天才で……」
「悪魔が天使を生んだとか、負の遺伝子同士が掛け合わさって正の遺伝子が生まれたとか、言ってたっけ……」
「ああ……あの頃は、ようやくカレルセがまともな国になる、って確信してたんだけどなぁ~」
彼らの語るそれらからだけでも、ユリウス王子の素晴らしさがわかった。だが、それがわかるにつれ、疑問が大きくなった。そんな素晴らしい第一王子を差し置いて、なぜアデルが王になり得たのか、と。
「なんでそんな良い王子がいながら、アデルなんかが王になってんだ?」
ヴェルフも同じ疑問を抱いてたらしく、シアと青年に代わって質問した。憲兵は眉間に皺を寄せて答える。
「ユリウス様は性格が良すぎたんだ」
「は?」
「ユリウス様は、自分が王になった暁には王族も貴族も平民も全てが平等に暮らせる国を作る、と宣言されたんだ」
三人は驚いた。それから、ヴェルフが指をパチンと鳴らした。
「それでユリウスが当時の王の怒りを買い、王のお気に入りだったアデルが王になったのか?」
乗客は、静かに首を振った。
「いいや、その逆さ。当時の王──アルベルトのお気に入りはユリウス様で、アデルのことは心底嫌っていた。なんせアデルは、父王であるアルベルトでも手のつけられない悪童で、実の母も兄弟である王子たちも、誰もが嫌っていた。ユリウス様以外は……」
男たちは、酔っていることもあってか、アデルの悪口になると途端に饒舌になった。
「そうそう、悪魔が魔王を生んだとか、脈々と続いた負の遺伝子の総和とか、俺たちだけでなく貴族たちもアデルの悪口言ってたもんな」
「第六王子なんて微妙な立場のくせに、貴族にも平民にも誰にでも平等に横暴だったからな。ただ召喚魔法の才能だけはユリウス様以上の天才だった」
「そういやぁアデルが十歳くらいのとき、いきなり姿を見せなくなって、いよいよ父王のアルベルトに殺されたんだって、ウワサになってたよな」
「あったあった。たしか、魔力異常症……あの頃は貴族病だったか、で死にかけてたんだよな。あのときほんとに死んでてくれりゃあな……」
悪口の領域を遥かに超えたその言葉に、シアは顔をしかめた。年齢といい難病といい、どうしても妹の紫苑と重ねてしまう。アデル王なんかと紫苑を一緒にしたくはないのに……。
「オイ、待て! 魔力異常症だと!? あれは最近になってようやく解明された病気だぞ!?」
ヴェルフは目を剥いていた。
魔力異常症、それはその名の通り、異常に高まった体内の魔力に、身体が耐えきれなくなり、やがて死に至る病気である。生まれつき体内の魔力量が多くて、まだ身体が成長しきっていない、十歳前後の子供が発症しやすい病気で、今は薬で簡単に治すことができる。しかし原因も治療法も、解明されたのは最近のことで、それまでは発症すれば最後、と恐れられる不治の病だった。カレルセでは、発症者の九割が貴族の子供で、貴族病とも呼ばれていた。
「そうさ、アデルはそれを自力で治しやがったんだ」
乗客は、吐き捨てるように言った。
「どうやって!?」
「そんなことは知らん。アデルは病室に一人きりだったからな。どうやったかは本人しか知らんのさ」
今度はシアが目を剥いた。
「えっ!? いくら難病でも、医者だったり看護師だったりはいなかったんですか?」
紫苑の場合、入院している間は母や看護師さんたちが、家に帰ってきたときにはシアと藍と家政婦さんが、いつも誰が近くにいてくれていた。そしてシアは、紫苑のために出来る限りのことをしていた。シアにはそれくらいしかできなかったから……。
「嫌われ者のアデルが不治の病になったんだ。清々したとばかりにアルベルトはすぐに見限った。医者もメイドもつけず、幼いアデルをたった一人で狭い病室に閉じ込めたんだ」
「そんな……自分の子になんて仕打ちを……」
シアは、初めてアデルに同情した。しかし男たちは、同情の余地なし、とバッサリ切り捨てた。
「それまでのアデルの言動を鑑みれば、アルベルトの選択は当然のことだった。まぁ、それからのアデルを思えば、アルベルトの選択は間違いだったんだが……」
「ああもう! アデルのことなんてどうでもいいんだよ! そんなことより、なんでカレルセが平等で平和な国にならなかったのか教えてくれよ!!」
すでに強かに酔っていた青年が、話の脱線に辛抱しきれなくなり、叫んだ。
「ああすまんな、話が逸れていたな」
憲兵は苦く笑い、話を戻した。
「……で、自分のことにしか関心のなかったアルベルト王は、『余の死後はユリウスの好きにさせよ』って、あっさりユリウス様の改革を認めたんだ」
青年は、驚いて立ち上がった。天馬の馬車は、酔っ払いでも立てるほど揺れが少なかった。
「だったらなんでッ!?」
「他の王子と貴族が怒り狂ったのさ。俺たち平民の喜びが、そのまま奴ら──特権階級の怒りになったってわけだ。そんで奴らはユリウス様が王になるのを妨害すべく、十人の王子とほぼ全てのカレルセ貴族で王族貴族連合を結成し、圧倒的な戦力でユリウス様に戦いを仕掛けたのさ」
「一方、ユリウス様側は、俺たち平民の義勇兵とこの辺一帯を治めてたヴィルヘルム侯爵、あとはアデル……──」
「はっ!? なんでアデルがユリウス様側なんだよ!! おかしいだろ!?」
酔いもあってか、青年は今にも暴れだしそうなほど興奮していた。
「まぁまぁ、落ち着け。全員から嫌われていたアデルは、王族貴族連合に入れてもらえなかったとか、そんなアデルにも唯一優しかったユリウス様の味方についたとか、色々なウワサがあったが、今になって思えば、最大の敵であるユリウス様を油断させるためだったんだろうな」
呑みながら静かに聞いていたヴェルフだったが、そこで口を挟んだ。
「で、内戦には勝ったが、ユリウスはアデルに後ろから刺されたとかか?」
「いや、内戦は小競り合いだけで、本格的な戦いに発展しなかった」
「は? 圧倒的な戦力があるのに連合は攻めなかったのか?」
「戦力は圧倒的だったが、王子同士の仲は最悪だし、貴族たちはどの王子を次の王にするかで揉めていて、一枚岩じゃなかったんでな」
乗客は、呆れるように言った。
「つまり、奴らは連合の中での内戦に忙しくて、攻める余裕なんてなかったのさ」
「そんな折り、第二王子の長女シュザンヌと第八王子──アデルの実の弟のフリードが、相次いで行方不明になったんだ。それで王族貴族連合は全面攻勢するしかなくなった。本心はどうであれ、行動で示さないと犯人と疑われるからな」
「で、いよいよ本格的な戦いがはじまるぞってときに、アルベルト王が王子たち全員を玉座の間に呼び出して、戦いを止めさせたんだ」
「いくら暴君でも子供たちの殺し合いは見てられないってか」
「残念だが、違う」
「なぁ、俺の予想全部外れてんだが……」
ヴェルフのため息まじりの言葉に、乗客は諦観の念を感じさせる渇いた笑い声を上げた。
「ははは、まともな感性ではカレルセの王族の考えはわからないさ。正解は、戦いがはじまったら今の豪奢な生活に支障が出るってんだ」
「ハハッ、そりゃあ当たらんわ」
ヴェルフは、ひきつったように笑った。
「そんな……。なんて最低な親なんだ、自分の子供を何だと思ってるんだ……」
シアは顔を歪ませた。憲兵は、それよりさらに顔を歪ませて言う。
「それでもアデルよりはマシだった。なんせ、アデルはそこで全員殺したんだからな」
「ハア!? なんで!?」
「アデル曰く、『ユリウス兄様がアルベルト王を殺し、他の兄弟たちも殺しはじめた。だから、仕方なく自分が兄様を殺した』だと。いくらユリウス様が強かったとはいえ、全員を殺すなら精霊の力を借りなければ無理だ。だが、ユリウス様の精霊は火のイフリートのはずなのに、死体は全て鋭利な刃物のようなモノで切り刻まれてた」
全員が唖然とした。それは平民には知らされていない情報、彼が憲兵だから知り得た詳細な情報だった。
シアはハッとした。
「……あっ! アデルの精霊は風のシルフ……」
「なら犯人はやっぱりはアデルだろ!? なんでそんな奴が王に!?」
青年が叫んだ。憲兵は静かに答える。
「そうだ、十中八九アデルの仕業だ。だが死人に口なし。さらに敵対していたはずの貴族どもの半分以上がアデルの証言を認め、裁判も行われずにアデルは無罪放免。そして、カレルセ史上最悪の暴君、アデル王が誕生したんだ」
「史上最悪の暴君……」
シアがポツリと呟いた。
「誇張じゃねぇぞ。アデルが王になって最初にやったことは反逆者の虐殺だ。自分に従わない貴族どもを一族郎党皆殺しにしたのさ。さらに同じユリウス派だったヴィルヘルム侯爵をも殺そうとした」
青年は、さらにヒートアップした。おじさんたちに掴みかからん勢いで叫んだ。
「アンタら義勇兵は何をしてたんだよ!? 黙って見てたのかよッ!?」
おじさんも負けじと叫んだ。
「そんなわけないだろ! 俺たちも必死に戦った。だが俺たちの力だけじゃ、当時の王の盾に勝てる見込みなんてなかった。だからヴィルヘルム侯爵を探した。アデルの虐殺から逃れた侯爵を……」
それは怒りの叫びというより悲痛な叫びだった。青年にもそれが伝わったのだろう、青年は小声で「……ごめん」と謝り、腰をおろした。
「……ヴィルヘルム侯爵を取り逃したアデルは、相当焦ってたんだろうな。侯爵の首を取った者には、誰であれ侯爵の領地を与える、と言い出した。もし侯爵が反旗を翻せば、俺たち平民だけでなく、日和見主義の貴族どもまで裏切るかもしれないからな」
「そっからは貴族も平民も、国中の全員が侯爵探しの大騒ぎよ。貴族と平民じゃあ、探す理由が違ったがな」
「でもさ、ヴィルヘルム街道って今も領主がいなかったんじゃなかったっけ?」
青年が遠慮ぎみに反論した。
「そうさ、この事件は突然、誰にも予想できない終焉を迎えたのさ。ヴィルヘルム侯爵の一人息子──まだ十歳かそこらの子供が、侯爵の、父親の首を持ってアデル王の前に現れたんだ……」
シアとヴェルフと青年は絶句した。そんな小さい子供が、親を殺した……!?
「そして領地の代わりに一族の安全を求めたんだ。アデルはこれを快諾した。それどころか、アデルは同じ親殺しに共感したのか、その子に大臣の席を用意したらしい。だがその子は丁重に断り、そのまま姿を消した。今となっては生きているのか死んでるのかすらわからねぇ」
憲兵は、そう締めくくると、グイッと一気に杯を空にした。やりきれない気持ちを呑み干すように。




