17 人狼襲来
「ヴェ、ヴェルフさん!?」
シアは、愕然としながらジリジリと後ろに下がった。すると、突然背後から口を塞がれた。
(なに!? 誰!?)
姫だった。しかしシアは訳もわからずにもがいた。必死になって口を塞ぐ手を払い除けようとする。そんなシアに、姫はドスの利いた声で囁いた。
「いいから黙って」
耳元で囁かれたそれにシアは凍りついた。剣を肩に乗せてヴェルフがゆっくり近づいて来る。それでも姫はシアを放さなかった。
ヴェルフは、どんどんどんどんシアに迫ってきた。そして、そのままシアの横を通りすぎて行った。
「!?」
ヴェルフは、アデル王の肖像画の前に立ち、小声で言った。
「もういいぞ」
ようやく姫はシアを放し、ヴェルフの横に立って呟いた。
「どうやら向こうにはバレなかったようね」
「ああ。それにしても、あんたは少しも動じねぇのな」
ヴェルフは、横に来た姫を物理的に見下ろした。
「だってわたしの方が強いもん」
姫は、頭一つ分以上大きいヴェルフを見上げて、余裕で返した。
「可愛くねぇガキ」
「うるさい、オジサン」
二人は不敵に笑い合った。そこに、ようやく解凍したシアが小声で割り込んだ。
「一体、何なんですか?」
ヴェルフは肖像画を見たまま、声を潜めて答えた。
「この絵の後ろに隠し通路と部屋がある。中には兵士が三人、まだこっちには気づいていないようだが、召喚の間に行くにはここを通る必要がある」
ヴェルフは、まるで絵の向こう側が見えているかのように言った。
「助けを呼ばれる前に三人とも倒さなきゃなんねぇが、俺より強いんなら作戦なんていらないだろ?」
「そうね。けど、殺しちゃダメよ」
「よし。俺が道をひらくから、助けを呼ばれる前に一瞬で片付けるぞ」
ヴェルフは、腰を落とし剣を構えた。次の瞬間、肖像画の下を除いた三方向に切れ目が入った。重力に負けてアデル王がハラリと倒れる。シアには、ヴェルフが剣を一振りしただけにしか見えなかった。
ヴェルフの言った通り、絵の後ろには通路、その先に隠し部屋があった。兵士の数もきっかり三人、通路に一人と部屋に二人。全員が甲冑で全身を覆い、剣と盾を持っている。シアたちに気づいているのは通路の一人だけのようだが、その兵士も予期せぬ登場に事態を呑み込めていないようだった。
「!?」
姫とヴェルフは、兵士が動き出す前にダッと通路に踏み込んだ。わざわざアデルの顔の辺りを踏んで。
「わたしは右」
「俺は左」
二人は走りながら狙いを定める。兵士は三人、なら……。
「真ん中はオレ!?」
「シアは動かないで!」
「シアは動くな!」
二人が同時に叫んだ。
「あっ……、ハイ」
戦いたくないくせに二人してそこまで言われると、へこむシアだった。それでもシアは、もしものときのために、と剣と盾を構えた。
ようやく兵士は状況を理解したのか、弾かれたように逃げ出した。
「敵──」
ガンッ!! ヴェルフが後ろから兵士の頭を掴み、壁に叩きつけた。その音で部屋にいた兵士たちが反射的に立ち上がり、剣を抜いた。
「なんだ、貴様ッ!?」
兵士たちは、目を疑った。隠し通路で背の高い男が、仲間の頭を鷲掴みにし高々と掲げている。仲間はピクリとも動かない、完全にノビているようだ。だがここは王城の、しかも一部のヒトしか知らない隠し部屋だぞ!? それなのに、なぜここに敵が……。
「ええい、敵は一人だ! 挟み撃ちにするぞッ!!」
兵士は、考えるのを止めた。戦闘体勢を取り、仲間に呼び掛ける。
「応!」
もう一人も戦闘体勢を取った。次の瞬間、
「あら、敵は二人よ」
と、下から可愛らしい声がした。
「なッ!?」
兵士は、知らず知らずのうちに上がっていた視線を下げたが、もう一人の敵を視認する前に、下から顎を突き上げられた。
「うぐっ──」
ノーガードの顎に掌底を喰らった兵士は、ガシャンと後ろに倒れた。思わず残った一人は、そちらに目を向ける。金髪の少女が倒れた仲間を見下ろしていた。
「なにッ!? もう一人いたのか!?」
全ての事象が兵士一人では太刀打ちできないことを物語っていた。兵士は、すぐに勝ち目がないことを悟った。ならばせめて仲間に知らせなければ、とバックステップを踏んだ。
ドン! 兵士はあるはずのない壁にぶつかった。青ざめた顔で後ろを振り返る。そこには通路で仲間を掲げていたはずの男がいた。
「いつの間──」
言い終わる前に兵士は、男に首を絞められた。力なく最後の一人が倒れ、部屋は静かになった。
「戦闘中によそ見をするからだ。もういいぞ、シア」
ヴェルフは、何事もなかったかのように呼んだ。絵の影で見ていたシアは、度肝を抜かれ、あんぐりと口を開けていた。
「スゲー……」
作戦を決めずに突入したはずなのに、なんとも見事な連係プレー。ヴェルフさんは見た目通りの強さだけど、姫様まで……、あっ、そういえば真夜中の君は、救済の武具を使ったオレより強かったんだ。シアは、そそくさと剣を仕舞った。
ヴェルフはそのまま部屋の奥へと進み、何かを探すように身を屈めた。姫は、死んでいないかを確認するために、ヴェルフが倒した兵士の所へ向かう。
「おっ、あったあった、ここだ」
そう言うと、ヴェルフは床を持ち上げた。すると、床は扉のようにパッカリ開いた。そこには地下へと続く階段があった。
「隠し部屋に隠し階段!」
シアは、子供のように目を輝かせた。そこに姫が合流する。
「兵士は二人とも生きていたわ」
姫の言葉に、ヴェルフはフンっと鼻で笑った。
「当たり前だろ。俺を誰だと……、ってお前その盾」
姫は右手に盾を持っていた。それを少し挙げて、平然と言う。
「兵士から盗った」
「姫サマが盗みなんていいのか?」
ヴェルフが皮肉っぽく言った。
「脱獄幇助、王城への不法侵入、それに兵士暴行。盗みなんていまさら気にすることでもないでしょ」
姫は、臆面もなく言い放った。
「たしかにな」
ヴェルフはそう言って、肩をすくめた。だがその横で、シアは青い顔をしていた。
「オレのためにそんなに……、本当に大丈夫なんですか?」
二人のような肝っ玉を持ち合わせていないシアは、罪状を羅列されると一気に心配になったのだ。
「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」
と、可愛らしい少女が擦れた大人みたいな物言いをした。
「だったら顔、隠した方が……?」
「いやよ。あれ、窮屈なんだもん」
少女は、今度はだだっ子みたいに口を尖らせた。
「窮屈って……」
「まぁ、いいじゃねか。この先は兵士がうじゃうじゃしてて、警備がかなり厳重だ。いくら兵士の格好してても、不審者はすぐに捕まるだろう。だから慎重に、誰にも見つからないように行くぞ」
ヴェルフの真剣な言葉に、ぐっと緊張感が高まる。各々頷き、気合いを入れ直し、ヴェルフを先頭に地下への階段を下りた。
「チッ、思ったより広いな」
ヴェルフは舌打ちした。
階段の下は左右に廊下が伸びており、その突き当たりも左右に別れている。階段、別れ道、扉には松明が焚かれ、階段からでもいくつもの灯りが見えた。
「王城の地下にこんな迷宮を造るなんて」
姫が呆れたように呟いた。すぐにヴェルフが警告を出す。
「シッ」
姫は素直に口を閉じた。シーンとしたのも束の間、ガシャン、ガシャン、と兵士の歩く音が四方から聞こえてきた。
「ホントにうじゃうじゃしてるわね」
薄暗い地下道を、ヴェルフを先頭に三人は慎重に進む。
ヴェルフは、召喚の間までの道を知っているかのように、迷わずズンズン進んだ。兵士の足音は聞こえているのに、シアたちは誰にも見つからなかった。そして、誰一人見ることもなかった。シアは、ヴェルフさんは敵の位置が表示されているミニマップを見ているのでは、と真剣に疑った。
曲がり角で突然、ヴェルフが静止の合図を出した。壁に張り付き、曲がり角の先を慎重に覗く。
「あったぞ、あの部屋だ。チッ、警備の兵がいやがる」
曲がり角の先には、二人の兵士に守られた一際立派な扉があった。姫は、ヴェルフのマントをちょんちょんっと引っ張り、そこを代われ、と合図した。ヴェルフは、文句も言わずに場所を代わる。
「あれね。確かに他とは違うようだけど、ホントに召喚の間なの?」
「知らん。お前の情報に当てはまるのがあそこってだけだ。開ければわかるさ」
ヴェルフは、事も無げに言い放った。
「開けて違ってたらどうすんのよ!」
「そんときゃ、城の部屋全部確かめな」
小声で怒っている姫に対し、ヴェルフは意地悪く笑った。だが、すぐに顔色が変化した。
「ヤバッ、後ろから兵士がこっち来る!」
ヴェルフがすぐさま近くの扉を開け、三人はそこに滑り込んだ。その直後、二人の兵士が三人のいた廊下に現れた。
部屋の中は真っ暗だった。シアたちは闇の中で、二人の兵士が行き過ぎるのを、息を殺して待った。二人の兵士は、侵入者に気がつかなかったようだ。世間話をしながら歩いていく。足音はどんどん遠のき、やがて聞こえなくなった。
闇に慣れた眼がお互いの顔を映す。程度の差はあれ、三人の顔には安堵の色が浮かんでいた。
「……ふぅ~、危なかったぜ」
「危なかった、じゃないわよ。アンタならもっと早く気づけたでしょ!?」
少しの間を置いて、ヴェルフはしたり顔で言った。
「……うるせ~な、お前は気づけなかったくせに~」
姫は、カッと目を見開いた。
「もしかしてそれ言いたいがためにわざと……?」
姫のそれは全くもって邪推だった。ヴェルフの反応が遅れたのは、先のニオイに気を取られていたからであって、わざとではなかった。だがしかし、ヴェルフはそのことを隠すように、腰に手を当て、動きだけで大袈裟に笑った。シアは、二人のやりとりを楽しそうに、そしてどこか寂しそうに見ていた。
「姫様、ヴェルフさん」
小声だが、力強くシアが言った。
「ありがとうございます。お二人のおかげでオレは元の世界に帰れます」
姫と違って、ヴェルフを信頼していたシアは、あの部屋が召喚の間だと信じていた。もうすぐ元の世界に帰れると思っていた。それは同時にこの二人との別れが近づいているということだった。
誰が味方かもわからない状況で、この二人は助けてくれた。報酬も見返りも何もないのに。それに、わずかな時間だけど楽しかった、わずかな時間だとわかっていたのに楽しんでしまった。これ以上、一緒にいたらもっと別れがつらくなる。あんな思いは……もうしたくない。だからこそシアはキッパリと別れを告げた。
「……本当にありがとうございました」
姫の顔は、部屋よりも暗く翳っていた。
「前にも言ったけど、シアがわたしにお礼をする必要はないの」
それから姫は、ヴェルフの方を向いた。
「でもそうね、ありがとね、ヴェルフ。アナタのおかげでここまで来れた。……じゃあさっさとあの二人気絶させて、シアを送り届けるわよ!」
姫は少し照れくさそうにお礼を言うと、部屋を飛び出そうとした。が、ヴェルフがそれを止める。
「ちょっと待て、奥の部屋に兵士が集まっている。たぶん、兵士の詰め所だ」
深刻なヴェルフに対し、姫は呑気に言う。
「そんなの、速攻であの二人を倒して中に入って扉閉めたらいいじゃない。あれ? もしかして自分の嗅覚に自信無いの?」
ヴェルフは、ため息をつきながら聞いた。
「元の世界に帰るシアはいいが、残ったオレたちはどうすんだ?」
「あっ」
「オイオイ、姫サマがそんなので大丈夫か?」
ヴェルフは呆れた。
「国民の前ではちゃんとしてるもん!」
姫は、頬を膨らませ言った。
「ホントかよ。ったく、しゃーねぇな。オレがおとりになって兵士どもを引き付けるから、あとは二人でうまくやりな」
ヴェルフは、他愛もないことのように言ったが、姫の表情がキリリと引き締まる。
「ほんとにいいの?」
「姫サマが言ったんだろ。『牢屋に入りたくなかったら協力しろ』って」
ヴェルフは、軽く笑って言った。
「律儀ね。貴方が探していた人たちなら無事よ。だけどこの国にはいないわ」
「なんで?」
今度は、ヴェルフの表情が変わった。真剣な目付きで姫を見ていた。ヴェルフは、まさにその情報を探るために危険を顧みず王都に潜入していたのだ。それをまさか向こうから教えられるとは。
驚いているヴェルフを見て、姫はにんまりと笑った。
「言ったでしょ。『ちゃんと報酬も用意する』って」
「アンタも律儀だな。それじゃあ気合入れていくか」
ヴェルフは、両手の指をボキボキと鳴らし、そして何故だが靴を脱ぎ捨てた。
「ちょっと待ってください。それはヴェルフさんが危険すぎます」
二人のことを信頼していたシアは、決まった作戦に従おう、と黙っていたが、おとり作戦に決まりそうになり、思わず口を挟んでしまった。
「大丈夫、俺はヒトなんかにやられたりしねぇ。それに、前にも言ったはずだぜ、『覚悟のないヤツが戦場に来るな』って」
ヴェルフは、灰色の瞳を冷たく光らせて、ニヤリと笑った。シアは、その口元に大きく鋭い犬歯を見た。歯、というにはあまり大きく鋭い、まるで……。
「キバ……」
シアは、ハッとした。あまり思い出したくない戦場の記憶がよみがえる。
「キバにその眼にその言葉……、まさかッ!?」
驚くシアの前で、ヴェルフの身体が膨らみはじめた。顔も長く伸び、口が大きく裂け、キバがさらに大きくなった。両手にはダガーのような鋭い爪が伸びた。筋肉が膨れ上がりパツンパツンになった緑の服を、両手のそれでビリビリ引き裂く。顔も腕も胴も、全身が灰色の毛に覆われていた。元々背が高かったヴェルフが、今は見上げるほどに高くなっていた。
「ヴェルフさんが、あのときの人狼……!」
人狼は大きな毛むくじゃらの手で、呆然としているシアの頭をポンと優しく撫でた。
「あんときは事情も知らずにすまなかった。今度こそ家に帰ってパパとママに甘えな」
それだけ言うと、ヴェルフは勢いよく扉を開け、疾風迅雷のごとく部屋を飛び出した。
扉の開いた音に気付いた兵士たちが見たのは、すごい速度で向かってくる黒い大きな影だった。その正体が、人狼だと気づいた時には遅かった。
「あっ!?」
と言う間もなく、兵士はすでに倒されていた。金属製の甲冑が床に叩きつけられ派手な音を鳴らした。
「ぐわあ」
「ひい!?」
ヴェルフは、倒れた兵士を踏みつけて、もう一人の怯えて動けなくなっている兵士に尋ねた。
「オイ、助け、呼ばなくていいのか?」
兵士は、ハッとして叫んだ。
「敵襲ッーー!!じん──」
ヴェルフは、最後まで聞かずに駆け出した。
「ありがとよ」
と、ついでのようにもう一人の兵士をなぎ倒し、援軍が出てくるであろう扉に向かって。
「どうした、何が──」
廊下での派手な音と叫び声を聞いた兵士が急いで詰め所を飛び出した。次の瞬間、飛び出た兵士は、詰め所の扉と一緒に吹き飛ばされていた。
「オイオイ、こんなにいんのかよ」
詰め所の入り口には、飛んで行った兵士の代わりに人狼が立っていた。突然の人狼出現に詰め所にいた数十人の兵士が色めき立つ。
「なんで人狼が? ここは王城だぞ!?」
「見回りの奴らは何をしている!?」
その動揺を吹き飛ばしたのは、一人だけマントを羽織った兵士の叱咤だった。
「狼狽えるな! 如何に人狼といえどもこの人数に勝てるはずはない!!」
その兵士の毅然とした声が、兵士たちを元の精鋭へと戻した。即座に、全員が武器を構え、臨戦態勢を取る。しかし、人狼はくるりと背を向けた。
「ここじゃないのか、アデル王はどこだ!」
ヴェルフは、聞こえるようにそう言い、シアたちのいる部屋とは逆方向に逃げ出した。王を探している雰囲気と敵を引き付けるため、それとストレス解消のために手当たり次第に扉をぶち破りながら。
「やはり狙いは王か。お前はドレスラー隊長にこのことを知らせに行け。一班は王の護衛、二、三班は俺と共に人狼を追う。残りは階段を固めろ、地下で人狼を仕留める。さぁ、狼狩りをはじめるぞ!」
マント付きは、テキパキと命令を下し、すぐにヴェルフを追いかけた。兵士たちも次々に詰め所から出ていった。




