16 大人と子供と
「準備はいいわね。まずはシアの部屋に向かうわ。そしてカバンを取ったら、次は召喚の間。だからヴェルフは、そこまでに召喚の間を見つけてね。そして、召喚の間で異世界の門が開けば、万事解決、めでたしめでたし。先に言っとくけど、兵士に見つかっても殺しちゃダメだからね」
準備を整えた二人に、姫が作戦を説明した。
「はい。お願いします」
「オイオイ、それが作戦かよ。……まあ、約束はできねぇがやれるだけはやってやる」
シアの不安そうな視線に気づき、ヴェルフは渋々了解した。
「じゃあ行くわよ。シアの部屋は……、たしかこっち、急ぐわよ!」
姫はそう言い、廊下を突き進んでいった。たしかで大丈夫かよ、と思いつつ、二人は後を追いかけた。
やはり大丈夫ではなかった。姫は、シアの部屋はおろか、外に出る道も覚えていなかったのだ。それに見回りの兵士も気にせずどんどん進んでいくため、何度も見つかりそうになった。幸い、姫が兵士の格好をしていたのと、姫が見つかる直前にヴェルフが兵士の存在に気づき、シアと二人で物陰に身を隠せたので、なんとか誤魔化すことができた。
数十分間さまよった結果、ようやく建物の外に出ることができた。外は真っ暗だった。
「やっと出られた~。夜が明ける前に急ぐわよ」
「誰のせいでこんなに時間かかったと思ってんだ」
「うるさいわねぇ~。わたしがいなきゃ牢屋からも出れてないくせにぃ」
二人が言い争っていると、雲の切れ間から満月の光が差し込んできた。シアは、キョロキョロと視線を巡らせた。月光に照らし出され、辺りがよく見える。
「ここ……、知ってる。闘技場の近くだ。ここからなら自分の部屋まで行ける」
ここは、数日前までシアが毎日通っていた道の途中、王城の庭園だった。シアたちが囚われていた牢屋は、闘技場の向かいにある建物だった。
「ホント!? じゃあ道案内頼んだわよ」
「兵士に見つからんように慎重にな」
「うるさい! アンタは召喚の間を探しなさいよ」
シアは、火花を散らしている二人に苦笑いで答え、ロクセット城に入った。中はいつものように薄暗かった。
シアは、通い慣れた廊下を月明かりを頼りに、忍者のように物陰から物陰へとささっと移動する。そんなシアをお構い無しに、姫とヴェルフは堂々と廊下を闊歩した。
「なぁ、一つ聞きたいんだが」
「なぁに?」
「なんで俺の正体に気がついた?」
「なんでって、スパティフィラムがわざわざ連れてきたし、こっちじゃ別に珍しくないから」
「スパティフィラムねぇ~。あの男は何者なんだ? 王都に入った瞬間、後ろから声をかけられたんだが」
ヴェルフは不思議だった。変装は完璧だったし剣もマントで隠していた。怪しまれるような行動もしていなかった、実際他の誰にも怪しまれていなかった。それなのに王都に入っただけでヤツには気づかれた。突然、背中に剣を突き付けられ、なすすべなく捕まった。
ヴェルフは、王都に入るに際して最大限の警戒をしていた。それにもかかわらず、たかがヒトに背後を取られ、声をかけられるまでそれに気がつかなかった。それが不思議でならなかった。
「当たり前よ、彼は元四天王の『剣』だもの。影は……」
(はぁ!? 執事が元四天王だと。マジならコイツは正真正銘、王の娘なのか!? いやまだ、大貴族の姫の可能性も……)
ヴェルフは目を見張り、正体不明の姫サマに疑いの視線を向けた。姫は、それにも気づかず得意気に喋り続けていた。
「……薄いけど、能力は超一流よ。剣の腕はもちろん、賢くてかっこよくて、掃除洗濯、それに料理、なんでもこなす完璧執事なの。それにスパティフィラムは、わたしが物心付く前からずっと側にいてくれているの」
姫は、すこぶる嬉しいそうだった。それこそ顔が見えなくてもわかるほどに。
嬉々として家族の自慢をする子供のような彼女を見ていると、ヴェルフは疑っているのがバカらしくなった。そして、素朴な疑問を投げかけた。
「で、なんで元四天王が執事なんてしてんだ?」
「それは……」
そこで姫は、はたと止まった。ヴェルフも足を止めて、彼女を顧みる。あれだけ漏れていた幸せオーラが見えなくなった。
「……質問は一つじゃなかったの?」
彼女はヴェルフの視線に気づき、冷たく言った。ヴェルフは、笑って誤魔化した。
「ついでだ、ついで。ケチ臭いこと言うなよな、姫サマ」
「いやよ、教えない」
姫サマはきっぱりと言い切り、歩き出した。
「へぇ~、そうかい」
ヴェルフは目の前を横切る姫を見ながら、灰色の瞳を意味深に光らせた。
「……じゃあ今度はわたしから質問」
姫は、前を向いたまま素っ気なく言った。
「ああ?」
「アナタ、昨夜のズートア要塞の戦闘に参加してたのよね?」
「ああ」
「どうやってここまで来たの? シアを運んできた天馬の馬車に乗ってたの?」
「走った」
「走っ!? ああ、そうね、そうだったわね」
姫は一瞬驚き、すぐに納得するように呟いた。それから、ヴェルフの方を見て聞いた。
「その変な格好で?」
ヴェルフの灰色のマントの下は、上下ともに明るい緑色だった。さらに、月明かりに照らされると全身がキラキラと輝き、しかもお腹の辺りは人間の顔のような絵がプリントされていた。
「言っとくがこれは俺の趣味じゃねぇぞ!」
ヴェルフはさっとマントを羽織り直し、服を隠した。
「へぇ~、そうなの」
姫は、お返しと言わんばかりに鼻で笑った。ヴェルフは、負けじと言い訳を続ける。
「ああ、そうだ。俺の仲間に発明好きがいてな、コレはソイツの発明品でソイツの趣味だ!」
「へぇ、そのお仲間さんはよっぽど緑が好きなのね」
姫は、適当な返事をした。
「緑が好きと言うか、緑と言うか……」
「お二人とも早く!」
先導していたシアが小声で叫んだ。二人は、会話を中断してシアのもとへと急いだ。
「ここです。ここがオレの部屋です」
二人が近くに来てから、シアは意気揚々と言った。いつもより時間はかかったが、慎重に進んだおかげで、兵士に見つかることなく部屋にたどり着けて大満足だったのだ。
シアの部屋は、出発したときと同様に、壁にはグルグルと赤い鎖が巻き付き、扉の中心には輝く炎のような紋様があった。ただし違う所もあった。壁も扉もキズだらけで穴の空いている箇所もあり、絨毯には黒い炭のような物が散らばっていたのだ。どうやらアデルたちが部屋をこじ開けようとしたらしい。
「なんか、スゴいことになっているな……」
シアの部屋の扉を見て、ヴェルフは呆然と呟いた。それを見て、姫は勝ち誇るように言った。
「ファイアウォールよ。それにしてもドミニクの魔法を力ずくで突破しようなんて、身の程知らずもいいところね」
赤い鎖も炎の紋様もキズ一つなく煌々と輝いている。壁や扉の穴からも強烈な赤が漏れだし、中の様子を窺うこともできなかった。ドミニクの魔法の防犯性能は抜群のようだった。しかし困ったことに、閉めた張本人であるシアにも開け方がわからない。シアは、二人が知っているかを聞こうと呼んだのだが、その前にヴェルフが姫に聞いた。
「で、これどうやって開けるんだ?」
「プププ、カギの開け方も知らないの?」
姫は口に手を当て、大袈裟に笑った。
「ああ、知らねぇよ。俺はどうせ田舎者さ」
ヴェルフは、小さく両手を挙げて早々と降参してみせた。すでにティーンエイジャーの女子とのやりとりに疲れていたのだった。しかし姫は、
「やーいやーい田舎者♪」
と、ティーンよりもっと子供っぽい煽り方で、ヴェルフをからかった。ヴェルフのこめかみに青筋が立つ。
「うっせー、クソガキ!!」
と言いかけたが、大人の自覚がそれを止めさせた。ヴェルフは心を静めるように、フゥーっと息を吐いた。
シアは二人のやりとりを見ながら、心の中でヴェルフに謝った。
(オレの代わりに、ごめんなさい)
ひとしきりヴェルフを煽ってから、姫はシアを見て微笑んだ。
「フフフ、カギのある方の手で普通にやれば開くわよ」
「あの~、もし、ない方の手でやったら?」
シアはいらないことを聞いた。カギを閉めたときに、右手に炎の紋様が刻まれたことを確認しているのだから、黙って右手で扉を開ければよかったのに……。
彼女の緑色の瞳が冷たく光る。この状況を彼女だけが楽しんでいるようだった。
「そうね、おそらくそこら辺に転がっている炭の王様になれるんじゃないかしら」
シアの背筋にゾクッと寒気がした。シアは、右手に扉と同じ紋様があることをもう一度確認してから、おずおずとドアノブを掴んだ。その瞬間、パキンと音を立てて炎の紋様が真っ二つに割れた。続いて鎖も粉々に砕ける。そして何事もなかったように、ぎぃ~っと扉が開いた。
久しぶりの──実際はたったの二日ぶりなのだが──自室は、出発前と何も変わらなかった。カバンもちゃんとベッドの上にあった。
「ちょっと待っててください、すぐにカバン取ってきますから」
そう言いながらシアは、カバンへと走って行った。
「おぉ~、ムダに広いな。まるで王様の部屋だな」
ヴェルフは、シアの部屋を見て感心するように言った。姫は冑を脱いでから、吐き捨てるように言った。
「それにムダに豪華。ここで仕事をするわけでもないのにお金のムダ遣いよ」
姫の声には今までの悪態より数段鋭い棘があった。ヴェルフは思わず彼女の顔を見た。小生意気なクソガキの横顔に、子供とは思えない深い翳りがあった。悲しみというよりも憤りを感じているようだった。
すると、姫がヴェルフをじとっ睨み返した。
「……なに? 召喚の間、見つけたの?」
声は冷たいが、クソガキの顔に戻っていた。ヴェルフはフッと軽く笑い、顔の前で手を横に振った。
「ムリムリ。ずっと痕跡を探していたが、あんな情報だけじゃ見つかんねぇよ」
姫の顔がムスッとする。それから腕を組み、唇に手を当てながらブツブツと呟き始めた。
「そうねぇ~、異世界の門は召喚魔法だから、維持するためにアデルから魔力が供給されているはずで──」
「オイ!」
姫が声に出して考えを整理していると、ヴェルフがそれを遮った。
「今も魔力が流れてんのか?」
姫は、ヴェルフの勢いに一瞬ひるんだ。
「え、ええ、そのはずよ」
「なんでそんな重要な情報を早く言わねぇんだ!」
「だってアナタ、アデルに会ったことなんてないでしょ!?」
「そうだが、アデルの魔力ならコイツが死ぬほど浴びている!」
ヴェルフは、いつの間にかそばに来ていたシアを指差した。
「えっ、オレ!?」
「そうだ。お前からプンプン臭ってくる魔力の痕跡があれば、たぶん見つけられる」
「やったじゃない! シア、お手柄よ」
姫は、満面の笑顔を見せた。シアは、何が何だがよくわからなかったが、真夜中の君に褒められて嬉しかった。えへへへ、と笑いながら頭をかいた。
「よし、あった。おそらくこれを辿れば召喚の間に着くはずだ」
「シア、準備はいい?」
「ハイ、ちゃんとカバンを持ちました」
シアは、力強く頷いた。中身もちゃんと入っていることを確認した。召喚の間も見つかった。あとは元の世界に帰って、藍と紫苑に誕生日プレゼントを渡すだけだ。
「じゃあ行くわよ。先導なさい、ヴェルフ!」
「ヘイヘイ」
張り切っている姫に、ヴェルフは気のない返事をすると、ズカズカと来た道を引き返していった。姫は、冑をポーンとベッドに放ってから、ヴェルフに続いて普通に出ていく。
「え?」
シアは一瞬、目が点になったが、すぐに気を取り直し、慌てて二人のあとを追いかけた。
「お二人とも何してるんですか!? そんなに堂々と歩いていたらすぐに敵に見つかってしまいます!」
小声で忠告するシアに、ヴェルフは淀みなく歩きながら普通の声で答える。
「心配すんな、この辺には誰もいねぇ。大声でも出さなければバレねぇよ」
「へ? もしかして行きも?」
すっとんきょうな声で聞くシアに、ヴェルフは喉の奥で笑った。
「ああ、そうだ」
「なんで教えてくれなかったんですか!?」
シアは、顔を赤くして聞いた。
「なんでって、面白かったから」
ヴェルフは、笑いながら答えた。シアは、心の中での謝罪を心の中で撤回した。
(そんな理由で……、なんて意地悪な人だ。謝んなければよかった)
姫も笑いながらヴェルフに賛同する。
「そうね、とっても可愛かったわ」
(かわ……!?)
シアは、目を大きく見開いた。姫にとっては悪口ではなくむしろ誉め言葉だったのだが、同年代の女子から言われる「可愛い」は、時として男子の幼いプライドを深く傷つける。
「あのっ、お二人はどうして危険を冒してまで、オレを助けてくれるんですか?」
ここまで助けてもらっておきながら言うのもどうかと思っていたが、カチンと来たシアは言ってしまった。最低限の礼節を守り、「そんなに意地悪なのに」の一言は口の中に留めた。
二人が同時に振り返ってシアを見た。緑と灰色の四つの冷ややかな瞳に、シアはたじろぐ。
「姫だから」
「脅されてるから」
二人はあっさりと言った。あっさりしすぎてシアには理解できなかった。シアが詳しく聞こうとしたとき、ヴェルフが一つの扉を指して言った。
「この部屋だ。先に入りな」
姫は、言われるがままに先に入った。シアも姫に続く。
部屋は、無人のはずなのになぜか明かりが灯っていた。見る限り物置のようだった、高そうなモノが所狭しと積まれている。ことさら目を引くのは、部屋の奥に飾られている巨大なアデル王の肖像画だった。
姫は躊躇することなく、一直線で部屋の奥へと進んでいった。シアは、キョロキョロと辺りを見渡す。しかし、異世界の門らしきモノはどこにも見当たらなかった。
「本当にここが召喚の間なんですか?」
と、シアが聞いたちょうどそのとき、二人の背後でバンっと扉が閉められた。シアは驚いて振り返る。ヴェルフがカチャリと鍵を閉めていた。
「残念だが、おしゃべりはここまでだ」
ヴェルフはそう言うと、スラリと剣を抜いた。クククと不気味に笑いながら、近寄ってくる。
「ヴェ、ヴェルフさん!?」




