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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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15 救世主の終わり

「ここだ、入れ!」

 シアは、乱暴な兵士によって薄暗い地下牢に放り込まれた。続いて、鉄格子がガシャンっと閉められる。

「どうすれば……」

 シアはここまでの間、何とか助かる方法を考えようとしていた。が、無駄だった。それどころか状況の整理すらままならなかった。アデル王の変貌、魔王の正体、選択肢、真夜中の君、どれを考えようとしても、首のない兵士の死体が邪魔をするのだった。

(あの兵士はオレを庇って、殺された。オレのせいで、死んだ……、オレが奪った──)

 シアはこの思いに取り憑かれ、涙が止まらなかった。深い深い絶望の淵で押し潰されそうになっていた。そのとき、隣の牢から男が楽しそうに話しかけてきた。

「おい、少年。王直属の兵士に連れてこられるなんて、一体何やらかした?」

「オレは何もしてないッ!!」

 男の楽しそうな声と無神経な質問に、シアは思わず怒鳴ってしまった。

「お、おう、そうか……」

「ごめん、なさい。一気に色々なことが起きて、頭ン中ぐちゃぐちゃで……」

「そうか。なら、全部話してみろ、少しは楽になるぞ、ほらほら」

 隣人は、優しく促した。怒涛の展開でいっぱいいっぱいになっていたシアは、隣人に促されるままにポツポツと話し出した。

「オレは……、騙されたんだ。オレは、救世主なんかじゃなかったんだ。オレは……」 

 話し始めると感情が溢れてきた。シアは、堰が切れたように想いをぶちまけた。異世界から救世主として召喚されたこと、妹の病気とアデル王との約束のこと、四天王との訓練のこと、初めての戦場のこと、アデルに騙されていたこと、自分のせいで死んだ兵士のこと、そして選択肢のこと。シアは、それらを時系列もめちゃくちゃにぶちまけた。

 隣人は、要領の得ないシアの話をただ静かに聞いていた。

「……オレは、死にたくない、殺したくもない」

 全てをぶちまけたシアは、少し気分が軽くなっていた。ようやく絶望の淵から這い上がれた気がした。それから、顔も知らない犯罪者じぶんの、こんな突飛な話を信じてくれるのだろうか? と心配になった。

「そうか、異世界か……。そりゃあ、大変だったな」

 しかし隣人は、優しく言った。それから、独りごちる。

「まさかあれが初戦闘だったとはな……」

「あれが、ってあなたもあの戦場に居たんですか?」

「え? ああ、まぁな。そんなことより選択肢、決めたのか?」

 シアはその一言で、再び絶望の淵へと蹴落とされた気がした。視線を落とし震える声で答える。

「……人殺しなんてオレには無理だし、あいつらを巻き込むのは絶対に嫌だ。やっぱり、本名を教えるべきかな? なぁ、オレはどうしたらいい?」

 シアは、藁にもすがる気持ちで隣人に助言を求めた。しかし、彼は突き放すように言った。

「どうって、そりゃあ自分で考えな、答えは自分の中にしかねぇよ。まあ、ひとつ言えることは、『覚悟』を決めるんだな」

 シアは、少しムカッとして攻撃的に言う。

「『覚悟』って『殺す覚悟』ですか? それとも『死ぬ覚悟』ですか? それが出来れば──」

「違う」

 隣人は、シアの言葉を遮った。

「譲れないモノを守る『覚悟』だ」

「譲れない、モノ?」

「そうだ、自分がどうなっても守りたいモノや願い。『世界を救う』なんて、大層なモノじゃなくていい、少年にも何かあるだろ?」

「守りたいモノや願い……」

 シアは呟き、自分の心を見つめるようにそっと目を閉じた。真っ暗だった。それでもようやく得た藁にすがるように、『何か』を探す。しばらくすると、暗闇にぼんやりと何かが見えた。

 暗闇に浮かんできたのは、やはり弟と妹の顔だった。去年の誕生プレゼントを開けたときのとびきりの笑顔。久しぶりに思い出した笑顔の弟妹に、シアの目から涙がぽろぽろと溢れた。もう一度あの笑顔を見るためなら、何でもできると思った。

(ああー、そうだ、オレはおばあちゃんと約束したんだ!)

 シアは、涙を流しながら顔を上げた。

「藍と紫苑を守らなきゃ!!」

 隣人は少しの間を置いて、試すような口調で聞いた。

「……ならどうする? お前は何を選ぶ?」

 シアは涙を拭いて、『覚悟』を決めた。状況は何も変わっていないのに、それだけで頭が、心が澄み切り、力が湧いてくる。今ならどうすべきかが分かる。

「オレは……どっちも選ばない。アデルに従っても約束は守れない」

 シアは、力強く答えた。約束を守るためなら何でもできる。だが、守るためにはしてはいけないこともあるのだ。

「ほぅ、ならどうやってここを出る?」

 隣人は、目を細めた。シアは、目を見開いた。

「えっ? それは……、どうしよう?」

 シアは、当然の質問に答えられなかった。当たり前だが『覚悟』だけでは牢の鍵は開かない。シアは、希望への道の一歩目を踏み外し、三度目の絶望の淵へと落ちていった。だが、諦めてはいなかった。何かあるはずだ、と牢の中を調べようとしたとき、

「何だか楽しそうな話をしてるわねぇ~」

 と、突然、牢屋の入り口から不敵な声が聞こえてきた。シアはビクッとして、入り口に目を向けた。

「誰!?」

 そこには一人の兵士が立っていた。全身を金属製の甲冑で覆い、顔は見えないが、背中には剣の柄が見えていた。

 兵士は、ゆっくりと近づいて来た。そしてシアの牢の前で止まった。シアはすっくと立ち上がり、ファイティングポーズを取った。救済の武具はおろか、武器も何も持っていないが、『覚悟』を決めた今、黙ってやられる気はなかった。

 だが、兵士は意にも介さない。そのまま何も言わずに、背中の柄に向かってゆっくりと両手を動かした。シアは緊張し、身体に力が入る。

 次の瞬間、兵士は剣の柄ではなくかぶとを掴み、おもむろに脱いだ。

「じゃ~ん。このカッコのわたしもかわいいデショ♪」

 中から出てきたのは、真夜中の君だった。彼女は、長い髪を後ろで一つに束ね、いたずらっぽく笑いながらポーズを決めている。さっき見たドレス姿の凛とした女性と同一人物には到底思えなかった。それでも薄暗い地下牢の中で、彼女の緑色の瞳と金色の髪は、まるで希望の光のように輝いていた。それは、地獄に舞い降りた天使のようだった。シアは、その美しさに見惚れてしまった。そして、思わず本音が漏れる。

「……うん、かわいい」

「あ、ありがと」

 彼女は素直に褒められ、頬を赤らめた。シアは、そんな彼女から目を離せなかった。二人の間に変な空気が流れる。

「オイ、お前ら。そんなことしてる場合じゃないだろ」

 隣の牢からまともなツッコミが入り、彼女は初めて隣人の存在に気付いた。

「あ! アナタ、こんなところに居たの? 牢屋の前で待てって言ったのに!」

 それから彼女は、子供のように頬を膨らませた。

「牢屋の前で待ってたら不審者だろ!」

 隣人のツッコミに、彼女はあんぐりと口を開けた。

「あっ……、そんなことより──」

「オイ、ちょっと待て、今『あっ』つっただろ!」

「そ ん な こ と よ り」

「ヘイヘイ」

 彼女は威圧し、隣人を黙らせた。それからコホンと咳ばらいをし、スッと顔つきを変え、真面目な顔でシアに問いかけた。

「救世主、わたくしは貴方の願いを聴きに来ました。わたくしに可能な範囲であれば叶えましょう」

「えっ?」

 シアは思わず聞き返した。真夜中の君が豹変したこともそうだが、言葉の意味もわからなかった。だが、彼女は何も答えない。

「…………えっと、オレをここから出して、元の世界に帰してほしい……、です」

 何が正解かわからない中、シアは恐る恐る頼んでみた。彼女はさらに問う。

「貴方を牢から出して、異世界の門まで連れていくことは可能ですが、わたくしに門を開けられるかは分かりません。それでもいいですか?」

「ハイ。ここにいるより百倍マシです」

 シアは即答した。すると彼女はニッコリと笑い、牢の鍵を開ける。シアのと、ついでに隣人のを。

「わかりました。では、行きましょう」

「ありがとうございます」

 シアは彼女にお礼を言い、牢から出た。そして、初めて隣人と対面した。

 シアは驚いた。声と話し方から筋骨隆々の歴戦の猛者、みたいな見た目を想像していたが、思っていたより若かったのだ。

 灰色の短い髪を逆立てた精悍な顔つきに鋭い灰色の瞳、せいぜいシアより一回り上、といったところだった。均整のとれた長身、すらっと伸びた長い手足、戦うための無駄のない筋肉。歴戦の猛者というイメージは間違いではないように思えた。

 シアが驚いていることに気付いた隣人が、ニッと笑うと、口許からチラッと犬歯が見えた。そのまま隣人は近づいてきて、小声で言った。

「オイ、ほんとにこんなヤツ、信用するのか?」 

「ハイ。何度も助けられているので」

「内緒話はもういいですか? 急ぎましょう」

 彼女は、「聞こえているわよ」と言わんばかりにニコッと笑い、かぶとを被った。

「ちょっと待ってください。カバンを取りに部屋に寄りたいんですけど……」

「ムリね。脱獄するのに寄り道をしている暇なんてないわ」

 シアの願いを、彼女はバッサリと切り捨てた。だが、それよりもその理由がひっかかった。

「え? 脱獄!?」

 シアと隣人は、声を揃えて驚いた。二人とも彼女が勝手に釈放できるくらい地位の高い人だと思っていたのだ。

「ええ、そうよ。だから、見つかれば追いかけられるし、捕まれば終わり。さあ、見つからないうちに、急ぐわよ!」

 彼女は、あっけらかんと言い放った。シアと隣人は、顔を見合わせた。

「………………」

 シアはすぐに我に返り、出ていこうとしている彼女を止めた。

「待って、それでもカバンがいるんです!」

 これだけは譲れなかった。カバンには弟妹たちへのプレゼント──紫苑の病気を治せる国宝と日記──が入っているから。シアの真剣な目から何かを感じ取ったのか、彼女はしぶしぶ折れた。

「うーん、仕方ないか。じゃあ、シアの部屋経由で召喚の間へ行くわよ。さあ、任せたわよ」

 彼女はそう言い、隣人を指差した。いきなり任された隣人は戸惑った。

「は? オレ?」 

「そうよ。そのためにアナタに頼んだのよ。出来れば、兵士の少ない道をお願いね」

 戸惑っている隣人を尻目に、彼女はさも当然のように言い放ち、さらに注文まで付け加えた。

「オイ、なんでお前が場所知らねぇんだよ」 

 隣人の呆れ声に、彼女は開き直った。

「仕方ないじゃない。シアの部屋は完全に予定外だし、召喚の間みたいな重要施設、わたしみたいな小娘に教えるワケないじゃない」

「あのっ、オレが召喚された所は、闘技場の近くの地下室みたいな場所でした」

 シアは役に立てると、意気揚々と手を挙げて言った。しかし、彼女はあっさりと否定する。

「闘技場の近く……、ああ、それは古い方ね。異世界の門があるのは、王城のどこかにアデルが造らせた新しい方らしいの。でね、拷問部屋と隣接しているらしいから、アナタなら探せるでしょ?」

「その情報だけで探せってか、無茶にも程があんだろ」 

 隣人は、「諦めろ」と言うように、手をひらひらさせた。諦めるわけにはいかないシアは、隣人に頭を下げた。

「お願いします。えっと……」

 そこで止まった。隣人の名前を知らなかったのだ。

「オレはヴェルフ。ったく、できる限りはやってやるよ」

「わたしは……、そうね、『姫』でいいわ」

 シアは、予想外の答えに驚愕した。

「姫、様? ってことは、アデル王の娘!?」

 その瞬間、彼女はすごい勢いで怒った。

「誰があんな奴の娘だ!!」

 あまりの怒りに彼女は目測を誤った。鉄拳制裁ならぬ鉄冑てっちゅう制裁、ガンっと、かぶとを被った彼女の顔がシアの顔に激突した。

「うぐっ」

 シアはのけぞりながら、せめて何も着けてなければ、と思った。それからすぐに顔が赤くなるのを自覚した。

「……ごめんなさい」

 シアは、手で顔を押さえながら謝った。顔が赤くなっていることを隠そうとしたのだが、激突の時点で顔は赤くなっていたので、見られても誰も不思議には思わなかっただろう。

「ほら、さっさと行くわよ」

 と、姫は、先に牢屋を出て行ってしまった。ヴェルフがシアに駆け寄った。

「オイ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」

 シアはそう答えたが、顔はズキズキと痛むし、口の中は血の味がしていた。それでも痛みより恥ずかしさの方が勝っていた。そんなシアをまじまじと見つめて、ヴェルフは怪訝な顔をした。

「なぁ、お前、焦げてないか?」

「へっ、焦げ?」

 何を言ってるんだ? と思いながらシアは自分の体を見た。たしかに焦げていた。服が黒く焦げ、所々に穴も空いている。不思議と身体には火傷一つない。おそらくアデルの雷のせいだった。その代わりと言ってはなんだが、びしょ濡れだったはずの服は乾いている。

 シアが口を開こうとしたとき、出て行ったはずの姫が戻ってきて、強い口調で言った。

「ぐずぐずしないの! 武器はここから適当に盗って」

 シアとヴェルフは言われるがまま、牢屋を出た。

 そこは廊下ではなく、また部屋だった。牢屋と同じく石造りの薄暗い部屋だったが、こちらは看守室のようだ。部屋の中央にテーブルと椅子、壁には、金属製の首輪に手枷足枷、部屋の一角には、罪人から取り上げた色々な物が雑多に置かれている。そして、その横には拘束された二人の兵士が倒れていた。シアは、連行されるときにここを通ったはずなのだが、全く記憶になかった。

「おっ、あったあった、オレの剣とマント」

 ヴェルフは兵士に見向きもせず、盗られた剣と灰色のマントを見つけ、喜んでいた。しかし、シアはがっくりと肩を落とした。

「オレは救済の武具じゃないと……」

 こんなところに救済の武具があるはずもなかった。見かねたヴェルフが声をかける。

「本気で訓練してたんなら、どんな剣でもそれなりに戦えるはずだ。それに、『覚悟』したんだろ?」

「ハイ」

 シアは力強く頷いた。ヴェルフはニヤリと笑った。それから記憶を手繰り、この部屋にある物で救済の武具に近しい上等な剣と盾を見繕った。

「なら、コレとコレ、あとはマントも着た方がいいだろ」

 それらを受け取ったとき、シアは改めて痛感した。

(ああ──、オレは救世主じゃ……なかったんだ……)

 救済の武具では感じたことのない重み、そして何より武具から何の力も感じなかったのだ。だが、不思議と悲しみはなかった。これで良かったんだ、と強がりではなく本気でそう思えた。藍と紫苑にとって良いお兄ちゃんになれるならこれで……。


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