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異世界救世主~憧れていただけのオレがチートで救世主!?~  作者: ヤギリユウキ


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11 世界の終わりに向かって

 孤児院の中では、小さな子供たちが身を寄せ合い震えていた。年長者のトニーとダニエルの二人は、木刀を持って幼い弟妹たちを守るように立っていた。

 子供たちは、院長先生とヴァンス兄ちゃんならどんな敵にも負けない! と信じていた。それでも、不安だった、心配だった、怖かった。そして、時折聞こえる表の音が、それを加速させた。 

 孤児院を揺らすほどの咆哮、ヴァンス兄ちゃんの叫び、誰か知らないヒトの笑い声、これまでより激しい戦闘音。それらが、子供たちの恐怖を最大限加速させたあとに、パッタリと音が聞こえなくなった。

 突然訪れた静寂に、子供たちはざわめく。

「……終わったのかな?」

「どうだろう」

「いんちょうせんせーたち、わるいひと、やっつけてくれたよね?」

 ルルが、涙目でトニーとダニエルに聞いた。二人は力強く答える。

「もちろんさ」

 その言葉で、子供たちの顔がぱあっと明るくなった。しかし、そう答えた二人の顔だけは険しかった。二人は顔を見合わせて、こくんっと頷いた。

「トニー兄ちゃんが様子を見るから、みんなは静かにしてるんだぞ」

 トニーは弟妹たちにそう言うと、木刀を強く握り締めた。ダニエルがぼそっと言う。

「気をつけて」

 トニーは、そぉーっと窓に近づき、恐る恐る窓の隙間から外を覗く。

 大勢の大人が倒れていた。ギョッとしながらも、院長先生とヴァンス兄ちゃん、あと部下の人がいないことを確かめ、ホッと一息ついた。さらに、外の様子を確かめる。見える範囲に動くモノはなかった。

「……よし!」

 と、トニーは決心を固めて、弟妹たちに合図を送った。




「良かった、あの子たちは平気そうだ。ホラ、シア、アンタがあの子たちを救ったんだよ」

 院長に優しく促され、シアは虚ろな顔を上げた。

 孤児院の前では、子供たちが気絶している手下たちをロープでグルグル巻きに拘束していた。ルルが、戻ってくる院長とシアを見て叫んだ。

「いんちょーせんせーー!!」

 ルルは、ぴょんぴょん跳び跳ねて手を振った。他の子供たちも手を止め、それに続いた。

「良かった、無事だったんだ!」

「コイツらは俺たちが縛るから、院長は休んでて」

 子供たちが元気そうに跳ね回っている姿に、シアの顔が自然とほころぶ。院長が嬉しそうに叫んだ。

「そんなことはいいから、アンタたちは早く中に戻りな!」

 そのとき、子供たちの背後で一人の男がヌスリと立ち上がった。その手には剣を持っている。院長に最初に倒されたチンピラ風の男だった。この男は子供たちの目にも下っぱに映った。そのため、拘束順は最後に回され、まだ武器も奪っていなかった。院長が必死の形相で叫ぶ。

「逃げなッ!! アンタたち!!」

 支えていた院長も支えられていたシアも、すぐには動けなかった。トニーとダニエルが木刀を構えチンピラに立ち向かう。

「ガキ!?」

 チンピラは、驚きながらも剣を振り上げた。そして、からんと男の手から剣が落ちた。

「……そうか、ラズルのお頭は……」

 それからチンピラは、ゆっくりと両手を前に差し出した。足元で拘束されている仲間たちと、こっちに駆けてくるババアとガキを見て、全てを悟ったのだった。

 予想外の行動に、トニーとダニエルも、そして院長とシアも固まった。ややあって、固まっているトニーの服を引っ張る者がいた。ルルだった。

「はい、トニーお兄ちゃん」

 ルルはケロッとそう言い、ロープを差し出した。トニーとダニエルは、あっと我に返った。すぐにロープを受け取り、チンピラの手足を拘束した。その間チンピラは一切抵抗しなかった。遅れて院長とシアがやって来た。

「なんでアンタ、抵抗しなかったンだい?」

 院長が棒を突き付け、チンピラを問い質した。そのおかげで子供たちが助かったというのに、院長はそう聞かずにはいれなかった。心臓の高鳴りは、走ったからだけではなかった。

 チンピラは、グッと院長を睨み付ける。その目はうっすらと涙ぐんでいた。それから、スッと視線を逸らし、吐き捨てるように言った。

「ガキどもに用はねぇ。それにラズルのお頭は、死んだんだろ。だったらもう……」

「逃げることもできたはずさねぇ?」

「ハッ! 仲間を見捨ててかぁ? さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ!」

 チンピラは、観念した様子でどすんっと座った。

「オイ、今の叫び声はなんだ? 何があった?」

 そこへエヴァンスが慌てて駆けつけた。院長は、棒を下ろしながら答える。

「何でもないよ。それよりさっさと残りの奴らも拘束するよ」

 院長の言葉の有無を言わせない圧力に全員が動き出した。協力して手下たちを拘束していく。シアもわずかばかりの協力をした。

 他の手下が醒める前に全員を拘束すると、院長がパンっと手を打った。

「みんな、良く頑張ったね。中でジュースでも飲んでゆっくり休憩しな。トニー、ダニエル、頼んだよ」

 院長の言葉の意味を理解したトニーとダニエルは、こくんっと頷いてから、子供たちを引き連れて孤児院に戻っていった。

「さあさあ、みんな行くよ~」 

「まだお昼前だけど、ヴァンス兄ちゃんのくれたお菓子も食べようか!」

 子供たちが孤児院に入るのを見届けると、エヴァンスはチンピラに詰め寄った。

「誰の命令だ?」

 今にも斬りかかりそうな迫力に、チンピラは首をブンブンと振った。洗いざらい正直に話すつもりなのに、しどろもどろになる。

「し、知らん。お、俺たちは手紙で命令されたんだ!」

 エヴァンスはより険しい表情で、さらに詰め寄った。

「手紙だ? そんなこと──」

 そんなエヴァンスの前に院長が割って入った。

「まぁ落ち着きな、ヴァンス。で、アンタも落ち着いて何があったか話してごらん」

 院長が間に入ってくれたことで、落ち着きお取り戻したチンピラは、ゆっくりと話しはじめた。 

「あ、ああ……。俺たちは一年くらい前から、この近くの廃村で暮らしてたんだ」

 その廃村はハイズ兄弟の故郷だった。弟ダズルの提案で、兄ラズルと行き場のない者たちを引き連れて、故郷の村に帰ったのだった。そして、森で狩りをしたり、荒れた畑を耕したり、ひっそりと、でもまっとうに自給自足で暮らしていた。

「もしかして、ベンクト村かい? 廃墟だったはずのあの村が、最近キレイになっているって噂になっていたよ」

「ああ、そうだ。ダズル様が苦心して畑を整地されて、ようやく作物を収穫できるはずだった」 

 しかし、一週間ほど前に突然、ダズルが姿を消した。彼らは必死になって探し回った。そして、手紙を見つけた。そこには「ダズルを助けたければ、命令に従え。追って指示を出す」とだけ書いてあった。

 彼らは、諦めずに探しながら待った。そして今日の朝、ネックレスとともに一通の手紙が届いた。そこには「これを使って、エヴァンス要塞司令官を殺せ。奴らは『エヴァンス孤児院』にいる」と書いてあった。ラズルは命令通りにネックレスを着け、一人でエヴァンス孤児院に向かおうとした。しかし、彼らも思いは一緒だった。

「アンタらには悪いが、俺たちは恩人を救うためにここに来て、そして失敗した。残念だが、犯人に心当たりはない。俺が知っていることはこれで全てだ」

 エヴァンスの表情は険しいままだったが、そこには先程までなかった翳りがあった。院長は、チンピラを見つめていた。シアは目を伏せた。

(あれは復讐の狂気じゃなくて、仲間を助けるのに必死な目だったんだ……。ごめんなさい)

 だからといってあの行為が正当化されるわけではないが、それでもシアは心の中で謝った。

 エヴァンスは、チンピラの鼻先にネックレスを突き付けた。透明なガラスが付いたネックレスを。

「そのネックレスとは、これのことか?」

 チンピラは、じっくりと見てから首を振った。

「……いや、カタチは似てるが、アレには青い宝石が付いていた」

 エヴァンスは唸った。そのネックレスは、ラズルの遺体から外してきた物だった。

「やはり、そうか。これは魔力を蓄える特殊な素材だ。青い宝石に見えたのは、あの精霊が入っていたからだ」

 エヴァンスの言葉に、シアはピンときた。

「魔法瓶!」 

「……こんな高価なモノまで使ってお前なんかを殺そうとするなんて、よっぽど恨まれているんだね。一体、誰に何をしたンだい?」

 院長は、おもいっきり失礼な聞き方をした。だが、それも仕方なかった。この国では、魔法瓶の原料になる鉱石は、どんな宝石よりも貴重で高価だった。このネックレスの大きさなら、一生遊んで暮らせる。それを貴族でもない軍人の暗殺に使うとは、ただならぬ恨みがあるはずだった。

 エヴァンスは、院長に不服そうな視線を送ってから、話しはじめた。

「……一人、心当たりがいる」

 エヴァンスには一人、心当たり……、いや、エヴァンスは犯人と決めつけていた。前の要塞司令官ヴェスパトーレ伯爵だ。伯爵は命令不服従で降格処分を受け、今はズートア要塞の副司令官、エヴァンスの部下だった。そして奴には、高価な魔法アイテムを用意する金も、強力な精霊を召喚する魔力も、エヴァンスを殺す動機──直接恨みを買った覚えはないが、要塞司令官のエヴァンスが死んだのなら自分が司令官に返り咲けると考えても不思議ではない──も、全て揃っていたのだ。

「だが、奴は──」

 チンピラが何か言おうと口を開けたとき、入り口の方から悲鳴が聞こえてきた。

「ぎゃあぁぁ~~!! また死体!?」

 ブラウンだった。荷馬車に乗ったブラウンが、ラズルの死体を見て悲鳴を上げていたのだ。

「ブラウン!」

「あぁ~、エヴァンス様!」 

 ブラウンを乗せた荷馬車は、ラズルの遺体を踏まないように、慎重に向かってきた。

「あぁ、良かった、道を間違えたかと。それにしても、なんですこの森は? 街道からここまでの短い距離で変死体が二体も」

「二体!?」

 思わぬ言葉に、その場にいた全員が驚いた。

「え、えぇ。一体はそこで。もう一体は、森に入ったところで倒れていました。……放っておくのもどうかと思いまして、荷台に載せてきましたが、見ますか?」

 エヴァンスたちがカッと目を見開いたのを見て、ブラウンは付け加えた。

「あぁ」

 エヴァンスは重々しく答えた。確信にも似た嫌な予感があった。

「そうですか。先に忠告しておきますが、森の動物にヤられたのか損傷が激しいです。……私はもう見たくないので、君! あとは頼んだよ」

 ブラウンは荷馬車から降りると、軍服に身を包んだ御者に擦り付けた。御者は、エヴァンスたちが見やすいように荷馬車を移動させる。遺体を見たくないシアは、ブラウンの隣に避難した。

 荷台には、大量の木箱が積まれていた。そして、その間に黒い布に覆われた人型があった。御者が荷台に乗り、布を外した。

 それを見た者は皆、ハッと息を呑んだ。それは予感通りの人物だったが、想像以上に酷い状態だったのだ。エヴァンスと院長は、思わず視線を逸らす。チンピラはふらふらと立ち上がり、縛られていることも忘れて荷台に近づこうとして、そのまま前に倒れた。そして一瞬後、チンピラの慟哭が響き渡った。

「ダズル~~~!!」

 そこには、ダズルの遺体があったのだ。ブラウンの言った通り、全身に酷いキズがあった。しかしそれは動物によるのモノではなく、拷問の痕だった。現役の軍人でも目を背けるほどの凄惨な痕だった。チンピラは慟哭しながらも、芋虫のように地面を這って、荷台に近づこうとしていた。

 チンピラの悲痛な叫びは、仲間たちを叩き起こした。状況を理解する間もなく、ダズルの遺体を視界に収め、次々と慟哭した。痛いほど伝わる大事な者を亡くした悲しみに、シアは胸が張り裂けそうだった。エヴァンスは、ハイズ兄弟がただの悪党ではなかったことを知り、さらにどうにもやりきれない気持ちになった。

「もういい、止まれ!」

 エヴァンスの鋭い声で、チンピラは動きを止めた。エヴァンスはチンピラの拘束を解き、

「少しでも変な動きをしてみろ、容赦しないぞ」

 と、忠告した。

「すまねぇ」

 チンピラは泣きながら立ち上がり、ダズルの元に駆け出した。エヴァンスは、同様に忠告しながら他の手下の拘束も解いていった。解く際にいちいち忠告したのは、自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。

 自由になった手下たちは、ダズルの遺体にすがりつき泣いていた。その中からチンピラが一人、エヴァンスのもとに駆け寄り、土下座して泣きながら懇願した。

「アンタらに頼める義理じゃないが、お頭たちを一緒に埋葬してやりてぇんだ。頼む!」

「……遺体を調べれば、犯人の手がかりがつかめるかもしれんぞ?」

 チンピラは顔を上げ、まっすぐと聞いた。

「それで犯人を捕まえられると、本当に思っているのか?」

 エヴァンスは、言葉に詰まった。おそらく無理だった。犯人がヴェスパトーレ伯爵……でないにしろ、俺を殺すためだけにあのネックレスを用いるほどの金持ちなら、いくらでも逃れる術がある。今はまだ……。

「いや、すまねぇ。アンタを責めるつもりじゃねぇんだ」

 チンピラは慌ててもう一度頭を下げた。

「……いや、頭を上げてくれ。ばあさんもいいか?」

「ああ、もちろんさ。どうせならこの子たちの故郷の村に埋めてやらないかぃ?」

 院長の言葉に、手下たちは一斉に涙を流しながらエヴァンスを見た。

 エヴァンスは少し考えてから答えた。

「そう、だな。俺も一緒に行く。俺たちが埋葬に行っている間に、ブラウンは荷物を馬車に積み込んでおいてくれ。シアは、動けるならブラウンを手伝ってくれ。ばあさんは──」

「アタシも行くよ。アタシが言い出したんだ」


 エヴァンスたちは荷馬車から木箱を下ろし、代わりにハイズ兄弟の遺体を積んで、二人の故郷ベンクト村へ向かった。

 大勢の人間がいなくなり、森に囲まれた孤児院は静けさに包まれた。時折吹く風がさわさわと木々を鳴らす、穏やかな午後。先程まで壮絶な死闘が行われていたのがまるで嘘のようだった。シアは、本当に悪い夢を見ていただけのような気になりそうだった。しかし、ところどころはげた地面とゴーレムの残骸が、それを許さなかった。

「さぁ、私たちもはじめましょう!」

 自分に気合いを入れるようなブラウンの力強い声に、シアも動き出した。

 シアは木箱を馬車に積み込みながら、ブラウンに孤児院で起きた死闘──シア自身があまり覚えていなかったので、起きた事実をなぞるだけの簡単なモノだったが──について話した。ブラウンは、大仰なまでに驚いた。

「えっ!? ということはあれがハイズ兄弟だったのですか!?」

 しかし、二人が会話しながら作業できたのは最初だけだった。シアの話の途中で、ブラウンは相づちを打つ余裕もなくなり、話の終盤はシアもあえぎあえぎになった。木箱の中身はわからないが、孤児院に運んできた物より重かったのだ。

 シアとブラウンは汗だくになりながら、大量にあった木箱を全て馬車に積み込んだ。最終的に馬車は、孤児院への物資を積んでいたときより狭くなった。


 シアとブラウンが汗を流すために子供たちと水遊びしていると、エヴァンスたちが帰ってきた。

 手下たちは孤児院に着くと、すぐに両手を差し出して言った。

「本当に済まなかった。そして、ありがとう。おかげでもう悔いはない」

 エヴァンスが手下たちをロープで拘束しようとしたとき、院長が叫んだ。

「待ちな! その子らはアタシが預かるよ。ちょうど孤児院ここに人手が欲しかったんだ」

「は!?」

 誰もが驚いた。しかし、一番驚いたのは手下たち本人だった。

「何言ってんだ、ばあさん!? 俺たちはアンタらを殺そうとしたんだぞ!?」

 彼らは口々にそんな感じのことをわめいた。院長は顔をしかめながら、ぞんざいに言い放つ。

「ウッサイね。でも、アタシたちは誰もケガ一つしなかった。それに仲間を助けるためだったんだろ?」

「…………」

「シアも文句ないだろ?」

 院長は何気なく聞いたのだが、シアにとっては断れない圧があった。それでも、初めから断る気のないシアには問題なかった。

「ハイッ!」

 しかし関係のないブラウンが、常識的な意見で難色を示した。

「ですが、彼らは凶悪なハイズ盗賊団。そんな彼らを孤児院に置くのは、危険ではありませんか?」

「ムダだ、ブラウン。ばあさんが一度言い出したら誰にも止められん。それにコイツら暴れたところで、ばあさんたちには勝てないだろう」

 エヴァンスは、どことなく嬉しそうに言った。

「エヴァンス様がそうおっしゃるのなら……」

 ブラウンは最後まで渋々だった。院長はブラウンを一睨みしてから、手下たちに向き直り、パンっと一つ手を打った。

「さぁ、あとはアンタたちが決めな! ここでアタシにこき使われるか、牢獄で暮らすか、どっちにすンだい?」 

 手下たちは、思わぬ二択に顔を見合わせた。院長は、犯罪者を無責任に野放しにする気はなかった。これは刑罰の代わりの社会奉仕活動だ、嫌なら服役しな、と、言わば更正の機会を与えたのだった。一番最初に答えたのは、チンピラだった。

「俺は精一杯働く……、いや、働かせてくれ!!」

 それを皮切りに、手下たちは次々と院長にこき使われる方を選び、結局全員が院長の預かりになった。院長は満足そうに頷き、さっそく仕事を課した。

「じゃあ、アンタらが荒らしたここをキレイにしてもらおうか。それが終わったら、アッテンベル村に挨拶に行くよ」

 文句一つ言わず動き出した手下たちに、エヴァンスは言った。

「俺はまだ、お前たちを許していない。勝手に逃げようものなら俺が直接捕らえに行く。それをゆめゆめ忘れるなよ!」


 それからすぐに、シアたち一行はエヴァンス孤児院を出発した。一度ヴィルヘルム街道に戻ってから、ズートア要塞を目指してまっすぐ南に進む。

 この先にはもう町はなく、終点のズートア要塞まで自然しかなかった。一行は、少し前から森の中を進んでいた。要塞関係者しか通らないこの道は、人通りが少なく、道もでこぼこになっていた。

 シアは出発前、エヴァンスに「あの戦いは、実戦には入らないのですか?」と聞いたのだが、「知らん。私の任務は、救世主をズートア要塞まで護衛することだ。つべこべ言わずに馬車に乗れ!」と一刀両断にされたのだった。

 代わり映えのしない森の景色を眺めながら、シアは物思いに耽っていた。ラズルを救えなかったことを、殺せなかったことを、今でも気に病んでいたのだった。

 もし、もう一度同じような状況に陥ったら、オレは──

「あっ、そうだ。シア様、手を出してください」

 突然、ブラウンがそう言った。シアは一瞬迷ってから、左手を出した。

「今から転送魔法陣のカギを付与します」

「???」

 ブラウンは、当たり前のように言ったが、シアには意味不明だった。シアが、ポカーンとしていると、

「ズートア要塞は巨大すぎて、門の開閉に時間がかかるんですよ。出撃時はまだいいんですが、撤退時は下手をすれば、命がけの待ち時間になってしまうんです。それでも国境の門を開けっぱなし、ってわけにはいきませんから、緊急時の転送魔法陣があるんです。カギを持っていれば、門に触るだけで要塞内部に転送されるんです」

 ブラウンは丁寧に説明しなおしてくれた。

「へぇ~、便利ですね」

 ブラウンは、カバンから一本の真っ白な羽根ペンを出した。そして、その羽根ペンでシアの手の甲に魔法陣を書きはじめた。シアは、目を真ん丸にして自分の手を見ていた。羽根ペンの鋭いペン先が、自分の手に文字やら記号やらを書き込んでいるというのに、痛みどころか何の感触もなかったのだ。ブラウンがそれに気づき、シアに忠告する。

「あまり見ない方がいいですよ」

「え? 何か害が有ったりするんですか?」

「いえ、そうではないんですが、心臓に悪いと言いますか……。とにかく、忠告しましたから、ね!!」

 ブラウンは語尾に重なるように、グサッと力いっぱい羽根ペンをシアの手に突き刺した。

「ぎゃあああ!!」

 シアはビックリして、おもいっきり手を引き抜いた。勢い余って窓枠にぶつけてから、ズキズキと痛む左手をさすりながら、ブラウンを睨む。

「な、なんてことするんですかっ!?」

「ですから、見ない方がいいと忠告したんです。それに何ともないでしょう?」

「えっ?」

 シアは改めて、自分の左手をまじまじと見た。確かに突き刺さったはずの羽根ペンはないし、ケガもしていなかった。赤くなっている甲にうっすらと魔法陣が見えた。

「あの羽根ペン自体が、魔法で創られたカギなんですよ。なくしたり敵に奪われたりしたら大変なんで、それをシア様の身体に付与したんです」

「……でも痛いです」

「それはご自分でぶつけたからでしょう」

 ブラウンは、呆れたように言った。シアは、手の甲だけでなく顔まで真っ赤になった。

「あっ、そろそろ森を抜けますよ」

 ブラウンの言葉に、シアは恥ずかしさを隠すように外を見た。

 そこには一面、見渡す限りの広大な草原が広がっていた。赤、黄、白……、色とりどりの花々が、自分こそが一番だ、と誇るように咲き乱れていた。馬車は、草原の間に走る一本道を駆け下った。

「うわぁ……」

 シアは言葉を失った。

 果てしなく続くような草原を、傾いた陽が赤く赤く染めていた。馬車の小さな車窓に切り取られたその美しさは、この世の光景ではないように感じられた。

「スゲーーー!」

 シアは、昔見た海を思い出していた。視界いっぱいに広がる単色。時折吹く風に草がたなびく姿は、まさに波打つ海に見えた。しかしこの海のような草原には、本物の海には無いもの、終わりがあった。

「あの奥の茶色いのが、この国の国境、ナディエ・ディエです」

 草原の遥か遠く、水平線のかなたに赤茶色の壁があった。この赤い海を縁取るようにナディエ・ディエがそびえ立っていたのだ。四天王の二人から聞いていたように、高すぎて上は雲に隠れ、長すぎて端がどこかもわからない。

「デケーーー!!」

 シアは感動で顔を真っ赤にして叫んだ。そのとき、御者席のエヴァンスも叫んだ。

「あれは煙? 要塞からか!?」

 シアは、思わず窓から身を乗り出し、馬車の屋根に手をついた。そして目に飛び込んできた光景に、煙のことなど吹き飛んだ。

「うわぁ、こっちも!?」

 シアの見ていた草原は、半分にしかすぎなかった。反対側にも同じように草原が広がっていたのだ。そしてこちら側には、沈んでいく太陽があり、より一層赤かった。ヴィルヘルム街道は、赤い海を真っ二つに割るように真っ直ぐとのびていた。

 道の先には、端もわからない程長大なナディエ・ディエがそびえ立っていた。赤茶色の岩肌を剥き出しにした『それ』は「誰も通すものか」と、静かに、だが断固として主張しているようだった。

「あれが、ナディエ・ディエ……。話には聞いていたけど、まさかこんなにも雄大だなんて……」

 シアは圧倒されていた。

「シア様! 何か見えますか? 道の先にスパーダストラーダ峡谷があるのですが」

 シアと木箱のせいで、外の景色が一切見れないブラウンが聞いた。

「えっと……!?」

 シアは、道の先を凝視して、ゾッとした。ナディエ・ディエに巨大な亀裂が入っていた。剣で斬り裂いたように、上から下まで真っ直ぐに走る亀裂。おそらく、いや、間違いなくこれがスパーダストラーダ峡谷なのだろう。しかしそんなことよりも、シアには、世界の縁にざっくりと入るその亀裂から、赤い海が流れ出しているように見えた。そして、ヴィルヘルム街道はその中へと続いていたのだ。

 全くもって非現実的なことなのだが、シアはこの道が、世界の終わりに通じているような、そんな気がした。そして、真剣に恐怖した。

「急ぐぞ!!」

 エヴァンスは確信したように叫ぶと、一気に速度を上げる。馬車は世界の終わりに向かって、疾風の如く駆け抜けた。


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