102 王位継承戦──誰がために
ダイン王は、怪訝そうに秀麗な眉を寄せた。
「何を勝ち誇っている? この程度のヒビ、すぐ直せるぞ?」
そう言い終える前に、シールドのヒビはキレイサッパリ消え去った。
「だけど魔力は消費する。そのマントで初代王の魔力を手に入れたからって、無限に魔力があるわけじゃないでしょ!」
ダイン王は、感心したように笑った。
「なるほど、貧弱な攻撃力では私を倒せないから魔力切れを狙ってきたか。つまりは根比べ……」
防御魔法は、攻撃魔法に比べて魔力効率が良かった。言ってしまえば、対象の周りに堅い壁を創るだけで良いからだ。さらに、一度発動してしまえば、壊れるまでそれ以上の魔力を消費することはない。それに比べ攻撃魔法は、攻撃とするいうその性質上、対象に当てる必要がある。なので、速度や命中精度、飛距離など、攻撃力以外にも重要な要素があり、それらにも魔力を割く必要性があった。そのため、同じ魔力量の攻撃魔法と防御魔法では、防御魔法が破られることはまずない。また、攻撃魔法は発動する度に魔力を消費してしまう。
エルの作戦は、極めてシンプルだった。初めに最大防御魔法のシールドを発動し、防御面を完璧にし、後は攻撃だけに専念してダイン王の魔力を削り切る、というモノだった。エルのシールドは、卵の殻のように全身をすっぽりと覆っており、どこにも穴はない。また、大きさも計算されており、手を伸ばしてもシールドの外には出ないが、剣だけはシールドの外まで届くようになっている。
「確かに、さっきの魔法でも傷付かなかったそのシールドを、魔法だけで破壊するとなると相当の魔力を必要とする。例え破壊したとしても、今のエルの魔力量ならば同程度の魔法を十数回は発動できる。となると、初代王の魔力をもってしてもギリギリ。いや、シールドとそれを直すための魔力を含めれば、こちらの方が先に魔力切れを起こしてしまうだろうな」
そう言いながらも、ダイン王は余裕の笑みを浮かべていた。
「防御こそ最大の攻撃。アスピダがよく言ってたな」
「パパは、ママに一度も勝てなかったんでしょ?」
「ドミニク……いや、マイから聞いたんだな」
ダインは苦く笑った。
「ああ、そうだ。一度も勝てなかった。騎士団にいたときも夫婦になってからも……一度もな。だがそれは、アスピダが剣の達人だったからだ」
そう言うと、ダインは剣を抜き、シールドを消した。エルは目を見張る。
「何を考えてるの? こっちは真剣。一撃でも当たったら死ぬかも知れないのよ!?」
「何を言っている? 戦場とはそういうものだ。剣だけでなく、覚悟も未熟。やはり、その程度ならわざわざシールドで守る必要もない」
「……わたしは本気で、殺す気でいくわよ?」
「ああ、構わない。例え捨て身で攻撃してこようが、お前の剣は私には届かないからな」
ダイン王は軽く言った。エルの白皙の顔がカッと燃える。
「後悔しても知らないんだから!!」
叫び声とともに斬りかかってきたエルの剣撃を、ダイン王はひらりひらりと回避すると、グッと一歩踏み込んできた。殻に守られているエルは、構わずに剣を振るう。しかし、それより早くダイン王が閃光を撃ち込んだ。
「遅い!」
ダインの剣がエルのシールドにぶつかり、バチバチ! と放電に似た光が迸る。次の瞬間、シールドが悲鳴を上げるように、パキパキパキ!! と、クモの巣状のヒビ割れが入った。たまらず、エルは攻撃を止めて大きく飛び退いた。
「は……? 魔法より剣の方が強いの?」
シアが呆然と呟いた。
「あれはただの剣じゃなく、魔法を乗せた剣だ」
ドミニクが言った。
「魔法を乗せる?」
「そ、私の剣と同じで、剣術の極意よ♪」
確かに、抜いたときは普通の剣だった王の剣が、今は強烈な光を放っている。
その輝く剣をエルに向けて、ダインが叫んだ。
「見ろ! 今のエルの防御力では、たった一撃でその様だ。やはり私に挑戦するには早すぎたのだ。これ以上戦ったところで無駄、ケガをするだけだ。悪いことは言わない、もう諦めろ。今降参するのなら、お前の部下たちも皆、助けてやる」
「絶対にイヤ! 死んだって諦めてやらないんだから!!」
エルは力の限り叫ぶと、シールドを直して、もう一度突っ込んだ。何度壊されたって何度でも直せばいい。こっちはたった一度……。一度だけで良いんだから。
「やれやれ、それほどまでに子供だったとはな……。仕方ない、もう少し付き合ってやるか」
はぁ~と、ため息をつくと、ダインは剣を構えた。
「よそ見をしている場合ではありません!」
鋭い声がして、壁に映ったエルの戦いに見入っていたシアとヴェルフはハッとした。
声のした方を向くと、いつの間にか、四天王たちとの間にスパティフィラムが立っていた。剣を構えて、四天王を牽制しているようだった。
「お嬢様のことが心配なのは分かりますが、我々の相手は四天王です。よそ見なんてしていたらあっという間にヤられてします。気を引き締めてください!」
スパティフィラムがチラリと後ろを見て言った。
(そうだ……エルを助けに行くために四天王を倒さなくちゃ。じゃないと、ここまで付いてきた意味がない!)
シアは、ゆっくりと剣を構えると、四天王たちを睨んだ。
「そうね。エルも諦めないみたいだし、私たちもそろそろはじめよっか♪」
マイがにこやかに言った。そして、
「で、誰が誰の相手をする? 私はスパティ──」
と、言いかけた瞬間、『影』がスッと消えた。次の瞬間、
「って、あっコラ!!」
マイの怒号に重なるように、シアの斜め後ろでガッキーン!! と、鋭い金属音が響いた。ほとんど同時に、シアは視界の端でヴェルフが飛び退くのを見た。
「す、すまねぇ、助かった!」
「えっ!?」
ハッと振り向くと、さっきまでヴェルフがいた場所でスパティフィラムと『影』が剣を交えていた。影の剣はまさに剣の影といった見た目で、刀身の先から柄の終わりまで黒一色だった。
どうやら、背後からヴェルフに襲いかかった『影』をスパティフィラムが止めたようだった。それにしてもいつの間に!? シアには二人の動きが全く見えなかった。
「……邪魔をするのか、スパティフィラム。なら、お前から先に消してやる!」
『影』の足元から無数の黒い手が伸びて、スパティフィラムに襲いかかった。スパティフィラムは飛び退きながら、目にも止まらぬ速度でそれを斬り落としていく。が、全てを斬り落とすには如何せん数が多かった。斬り損ねた手がスパティフィラムの腕を掴んだ。
「しまっ──」
そこからは一瞬だった。動きが鈍ったスパティフィラムは、次々と手に掴まれ、『影』と共に足元の闇へと沈んでいった。シアが助けなきゃと思う間もなかった。
「スパティフィラム!!」
「スパティフィラムさん!!」
ヴェルフとシアが叫んだ。だが、返事はなかった。
「なんて自分勝手。私、アイツ嫌い」
マイが呟くように言った。間髪入れずにドミニクが頷く。
「だろうな」
「どういうことよ?」
ギロリと睨むマイに、ドミニクは軽く肩を竦めると、シアたちの方に向かって歩き出した。不服そうな顔をしながらマイも続く。
「そう心配するな、シア。スパティフィラムは闇の中に引き摺り込まれただけだ。アイツはシアが思っているよりも強い。この程度では死なないよ」
「よかった……」
ドミニクに言われると、それだけでシアはほっと安心することができた。だが、ヴェルフはそうではなかった。
「闇の中……、アイツが気を付けろって言ってたやつか」
と、深刻そうに呟いた。
「ホント。自分で注意しといて引き摺り込まれてたら世話ないわよね」
マイが口を尖らせて言った。
「あーあ、私がスパティフィラムと戦おうと思ってたのに……」
ヴェルフは、少し顔をしかめた。責任を感じていたのだ。マイの言葉に一瞬気を抜いてしまったことに。そのせいで、『影』に後ろを取られ、庇いに入ってくれたスパティフィラムが引き摺り込まれる結果になってしまったのだ。
ヴェルフの後悔を見透かしたように、ドミニクは軽く笑った。
「ハハ、ヴェルフだったか? 君が気にすることはない。あれはスパティフィラムが悪い。執事にかまけてトレーニングを疎かにしているせいで、腕が鈍っていたのだろう」
「ア? 別に気にしてねぇよ」
ヴェルフは強がって言うと、それを隠すように剣を構えた。
「んなことより、どっちが相手だ?」
「私はもうどっちでも良いわ。ドミニクが決めて」
マイがやる気のない感じで言った。
「そうか? なら人狼を任せたぞ、マイ」
「ハイハイ、どうぞどうぞ~」
マイは手をひらひらとさせて、テキトーに言った。
「シア、こっちに来てくれ」
ドミニクが手招きをした。
「え?」
「互いのためだ、マイから離れて戦おう」
そう言うと、ドミニクは振り返って玉座の方へとまた戻っていった。
「あっはい」
カレルセにいたときの癖で、シアは素直にドミニクの後についていった。それを目だけで追いながら、ヴェルフは挑発するように言う。
「チッ、俺の相手は鳥女かよ」
「残念だけど、そんな安い挑発には乗らないわよ、狼男さん♪」
マイがにっこりと言った。
(チッ、やっぱダメか……)
ヴェルフは心の中で舌打ちをした。マイを……というか王を含めた四天王の全員なのだが、一目見ただけで、真っ正面から戦ったところで勝てる訳ない、と思わされてしまっていた。それほどまでに実力差があったのだ。
(ま、見る前から分かってたことか……)
ヴェルフは自嘲気味に頬を歪ませると、マイに全神経を向けたまま、じりじりと間合いを計るように、時計回りに移動しはじめた。
「アンタ、ハーピーなんだろ?」
「ええ、そうよ」
「だったら、そのマントの下にあるのは鳥みたいな羽のはずだ。が、さっき見えたのはヒトの手じゃなかったか?」
「へぇー、案外目ざといのね」
マイは感心したように言うと、ジャジャーン! と見せ付けるようにマントの下から両手を出した。両手とも羽ではなくヒトの手だった。
「ヒトの姿のまんまで戦う気か? 鳥に戻んなくていいのか?」
ヴェルフは動きを止めずに聞いた。
「良いわよ。だって本気出しちゃったらすぐ終わっちゃうじゃない? そしたら私暇になっちゃうし……。あっそっか! 暇になったら、武のおじいちゃんの手伝いにロクセットに戻ったらいいんだ」
「ちょ、待て! それはダメだろ!?」
ヴェルフは思わず慌てて止めた。せっかくあっちの四天王を一人にできたのに、戻られては来た意味が──。
「アハハ、ジョーダンよジョーダン♪」
マイは楽しそうに、声を上げて笑った。
「仲間に楽させるために一人でこっちに来るなんて、案外健気なのねぇ」
「コノヤロー……、かまかけやがったな!」
ヴェルフは足を止めると、剣を持ったまま両手を地面についた。本物の狼のように身を屈めると、一気に跳んだ。マイに向かってではなく、魔方陣に向かって。




