101 王位継承戦──開幕
「お前たちの覚悟、たしかに受け取った」
ダイン王は悠然と立ち上がると、高らかに宣言した。
「では、はじめよう。王位継承戦をッ!!」
バンバンバンバンと、音を立てて窓が独りでに閉まっていき、最後にバン! と、一際大きな音で部屋の扉が閉まった。
シアたちは身構えた。今度は玉座の間全体が淡く輝きはじめ、床に三つの魔方陣が浮かび上がった。部屋の中央に大きいのが一つと、ダイン王の前に小さい二つ。
小さい二つの魔方陣が光り輝き、二つの人影が現れた。魔方陣の光が強烈で、まだシルエットしかわからないが、小柄な影と大柄な影だった。シアは顔を歪ませ、ヴェルフは眉をしかめる。
(チッ、二人だけか。ってことは、あっちにも二人……)
ヴェルフは心の中で呟くと、スパティフィラムを睨んだ。
「オイオイ、話が違ぇじゃねぇかよ、スパティフィラム! 三人いりゃあ、あっちが一人になるんじゃなかったのか」
スパティフィラムは小さく首を振った。
「よく見てください。ダイン王の後ろです」
「後ろ……!」
そこには人影が立っていた。闇を具現化したような、真っ黒な人影が。彼の足元には魔方陣がないのに、まるでシルエットのようだった。
「俺の村を襲ったヤツか! だがいつの間に!?」
「最初からです。彼は、四天王の『影』。よっぽどのことがない限り、ダイン王の側で、まさに影のように護衛しています。この部屋に入るまで、ずっと私たちを後ろから監視していました」
驚くヴェルフに、スパティフィラムは淡々と答えた。
「闇魔法の使う剣士です。闇の中に引き摺り込まれないように気を付けてください」
「……わざわざ敵に説明をどうも」
影は冷たい声で言うと、動き出した。歩くというよりも滑るように、ダイン王の前──二つの人影の隣へと移動する。
魔方陣の光が弱くなり、二つの人影の姿が見えるようになっていた。一つは青いマントを羽織った綺麗な女性で、もう一つはまるで大木のような屈強な大男だった。
「ヤッホー、エル♪ それにシアも」
「やっぱり挑戦者はお前だったか、エル。それと……久しぶりだな、シア。ふむ、筋肉量は落ちているが、魔力量は格段に増えているな」
「私はちょっとぶりだけど……」
二人の声は、シアもよく知っている声だった。
「マイさん、ドミニクさん……」
以前と何も変わらない二人に、シアは血の気の引く思いだった。四天王と戦うことは聞いていたし、覚悟もしていたはずなのに、それでも何も変わらず接してくれる二人を見ると、覚悟が揺らぐ。抜いた剣が震える。
シアは、チラリとエルを見た。自分よりも長い間、二人と共に過ごしてきたはずなのに、エルは真っ直ぐと剣を構えていた。緑色の瞳をギラギラと煌めかせて、今にも襲いかかりそうにだった。シアは、自分の覚悟がいかに貧弱だったのかを思い知らされた。当たり前だ、彼女は実の父親を殺す覚悟でいるのだ。
シアは大きく息を吐くと、グッと表情を引き締め、剣と盾を構え直した。
「フフ、あのときより強くなっているわね。これは期待できるかも♪」
マイは、艶然と微笑んだ。そして振り返った。
「で、私は何をすればいいの、ダイン? 王位継承戦だっけ? いきなり呼び出されたけど、私、何にも知らないわよ」
「ちょうどいい、どうせエルも知らないだろうから教えてやる。よく聞いておけ」
その言い方に、エルは内心イラッとした。
ダイン王はゆっくりと歩き出した。
「ルールは簡単だ。王と挑戦者が中央にある魔方陣の中に入って戦い、このマントを奪い取れば挑戦者の勝ち。晴れて新しい王様の誕生だ」
四天王の間を抜けて、大きな魔方陣へと近づく。
「ここまできて、オレたちには観戦しとけってか!」
ヴェルフが文句を言った。どっちの味方なのか、マイも賛同する。
「そうよそうよ! 呼び出された意味ないじゃん!!」
「まぁ、そう急ぐな。君たちには、ここで四天王と戦ってもらう。そして、この場の四天王を全員倒せば、魔法空間に入り挑戦者に加勢することができる」
「私たちは? シアたちを倒したら、ダインを助けに行けばいいの?」
マイが聞いた。
「私に加勢はいらない。ここで観戦でもしておいてくれ」
「観戦ねぇ~~~」
マイは口を尖らせて、明らかに不服そうに言った。
「しちめんどくせぇ! 四天王なんてもうどうでもいい、今ここでアンタを倒せば終わりじゃねぇのか!!」
ヴェルフが牙を剥いて叫んだ。
「王を殺すことが目的ならそれでもいいが、王になることが目的ならそれではダメだ」
「どういうことだ?」
怪訝そうに聞くヴェルフに、ダイン王は大きく両手を広げて言った。
「このような密室で秘密裏に戦い、その結果新しい王が生まれたとして、民が納得すると思うのか? 認めると思うのか? 国にとって重要な決定は、それが重要であればあるほど、開かれた場所で正当に行わなければならない。民の納得を得られなければ、うまくいくはずがないのだから」
シアは、確かにと納得するのと同時に、意外だとも思った。力が全てのマギア、そこの力の象徴である王様が、民の納得を得ようとするなんて、『開かれた場所』などいう民主的な言葉を口にするなんて、意外以外の何物でもなかった。勝手に召喚された身としては特に。エルを知っているから、アデルのような暴君とまでは思っていなかったが、絶対的な力で全てを独善的に決定する魔王だとは思っていたのだ。
「それに……民はこの日を楽しみにしていたのだ。むやみに奪うと、後が怖いぞ?」
「望むところよ。元々わたし一人でアナタを倒すつもりだったんだから!」
エルは、剣と盾を力強く握り直し、一歩踏み出した。
「エル……」
心配したシアが声をかけたが、エルには届かなかった。
「後は頼んだぞ、お前たち」
ダイン王は振り返って、四天王たちに言った。
「御意」
「了解」
「はいはーい♪」
三天王の三者三様の返事を聞くと、ダイン王は魔方陣の中に入っていった。
エルは黙って魔方陣まで進むと、振り返りもせずに中へと入った。その瞬間、カッ!! と、魔方陣が赤く輝き、二人の姿が消えた。
「消えたッ!?」
思わずシアが叫んだ。
「この魔方陣は、特殊な空間に繋がる転送魔法のようなモノでな」
「特殊な空間?」
「見てみろ」
ドミニクが指差した方を見ると、玉座の間の壁にエルとダイン王の姿が映っていた。
「……ここは?」
エルが目を開けると、そこは真っ白な空間だった。壁も窓もなく、あるのはどこまでも続くような白だけ。
「王を決めるための、開かれた場所だ」
少し離れたところにダインが立っていた。何もない空間に父娘二人きり。エルは、覚悟が揺らがないように、父を睨み付けた。
「見ろ」
ダインが指を鳴らすと、二人の周りにたくさんの映像が浮かび上がった。
「これはッ!?」
マギア国内の至るところの映像だった。民たちが、皆一様に空に向かって手を振っている。声は聞こえないが、歓声を上げているようだった。その中には、玉座の間にいるシアたちの映像もあった。
「驚いたか? ここは国中に見られる代わりに、国中を観られる場所なんだ。それにしても……、これほどまでに楽しみにされていたとはな……」
ダイン王は感慨深そうに言うと、拳を突き上げた。その瞬間、民たちの熱狂が爆発した。皆が飛び上がって喜んでいる。音はないのに、大歓声が聞こえるようだった。自分のときを超える大熱狂に、エルは思わず顔を歪めた。
「どうした? お前も応えてやれ」
ダイン王が促したが、エルは応えられなかった。代わりに剣と盾を構えた。さりげなく顔を隠すために、いつもより盾を引き上げる。
「……見られている理由はよく分かった。だけど、観れる必要はないんじゃない?」
ダインは、呆れたように額を押さえて、大袈裟に首を振った。
「……お前は王になって何を見る、エルグリン? いいか、ここに映っている彼ら民こそ、王が観るべき者たち。護るべき者たちなのだ」
「ここに映っていない人々はどうなってもいいと言うのッ!?」
エルは感情的に叫んだが、ダインは表情を引き締めて静かに言う。
「王は神ではない、たかが人間だ。全てを護るなど不可能。大切な者を護るためならば、犠牲を払う必要もあるのだ」
「勝手なことを!」
父がどんなに立派なことを言おうと、今のエルには、母の復讐をするための言い訳にしか聞こえなかった。
そんな娘を見て、ダイン王はフッと軽く微笑した。
「そんなことも分からないとは……。やはりまだまだ子供、王位継承戦には早すぎたようだな」
「ウルサイ! わたしはもう子供じゃないッ!!」
言うが早いか、エルはダイン王に向かって突進した。やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめると、ダイン王はゆっくりと右手を向けた。
「ギガ・レーザー」
カッ!! と、目を灼くような強烈な光が炸裂した。それは光の洪水となって玉座の間まで押し寄せた。
「エル……ッ!!」
シアは愕然とした。ヴェルフも目を剥いて、スパティフィラムを問い詰める。
「オイ! 殺す気はないんじゃなかったのかよ!?」
だが、スパティフィラムは平然としていた。
「大丈夫です。あの程度でお嬢様は死にません」
「は……!?」
次の瞬間、光の中からエルが飛び出し、ダイン王に斬りかかった。エルは魔法で自分の周りに光のシールドを張り、ダイン王の魔法の中を突き進んできたのだった。
エルの魔法は、親と同じ光魔法だった。ダインとは違い、レーザーなどの攻撃系の魔法はほとんど使えないが、己の周りにシールドを張る防御系の魔法であれば誰にも負けない自信があった。
王は動じなかった。目の前に凶刃が迫っているというのに、笑みさえ浮かべて、振り下ろされる剣を見ていた。
「あれでも傷一つ付かないとは、流石はアスピダ譲りの防御力だな。だが──」
エルの剣は、ダイン王には届かなかった。王の目前で、見えない壁にぶつかって止まっていた。
「──攻撃力は相も変わらず貧弱だ。その程度の攻撃では、何度やっても私のシールドは壊せんぞ」
エルは剣を退いて、ニヤリと笑った。
「それはどうかしら?」
パキッ! と、ダイン王のシールドにヒビが入った。
「パパは知らないだろうけど、わたしは強くなったのッ!!」




