100 聖人魔王
次の日の朝。
シアたちは、しっかりと準備を整え、朝御飯も食べてからオストア要塞前の広場に向かった。
要塞を出ると、すでに馬車が用意されてあった。なぜだか、屋根付きだった客車が屋根のないオープンカータイプに取り換えられている。シアは首を傾げたが、ヴェルフなんかは窮屈から解放されたと喜んだ。
「おはよう! それに乗ってこっちに来てくれ!!」
広場では、ウィンストンが地面に巨大な魔方陣を描いて待っていた。馬車がすっぽりと入るくらい大きい正円。外周に沿って文字やら記号やらがびっしりと描かれているが、真ん中は空白だった。
「朝からありがとう、ウィンストンおじさん」
エルは、馬車の上からお礼した。ウィンストンはにこやかに微笑む。
「そのまま中に入って、真ん中で待ってってくれ」
言われた通りにスパティフィラムがゆっくりと馬車を進める。
「街の入り口に転送されるようにした。準備はいいか?」
「お願い」
「じゃあ、送るぞ」
ウィンストンはそう言うと、馬車の車輪で消された部分を書き直した。すると、魔方陣が光り輝きはじめた。あまりの輝きに、シアは目を閉じる。
「頑張ってな、エルちゃん。私もここで観るからな!」
ウィンストンの声が聞こえた直後、光は最大になり、そこから徐々に落ち着いていく。
やがて、周りが一気に騒がしくなった。
転送は終わったのだろうか……。シアは、恐る恐る目を開けて、言葉を失った。
シアのイメージしていた、魔法王国の首都のイメージと全然違ったのだ。魔法王国の首都というから、神秘溢れるような、昔ながらの荘厳な街並みを想像していたが、実際のマギアはすごく近代的だった。地面が石畳なのは想像通りだが、道の両側には赤、青、黄色とカラフルな装いのお店が並んでおり、ショーウィンドウの中には華やか服や可愛らしい小物が並んでいた。
店々の軒先には大勢の観衆が集まっており、大歓声を上げていた。観衆のなかには、ちらほらとヒト以外も混じっている。
「お帰り、エル!!」
「頑張れよ~~! エルちゃ~~ん!!」
「応援してるぞぉ~~!!」
まさにお祭り騒ぎ。大歓声のパレード状態だった。空には次々と花火が打ち上がり、青空に百花繚乱の大華を咲き乱らせる。そこから散った花びらが七色に輝きながらひらひら舞い落ち、とても幻想的な光景だった。
「スゲー……!」
シアは、呆然とした。
「ホント……!」
なぜだかエルまで驚いていた。向かいに座っているヴェルフが怪訝そうに聞く。
「姫サマの国だろ? なんでお前まで驚いてんだ」
姫サマは口を尖らせて答える。
「だって、生まれて初めての王位継承戦だもん、仕方ないじゃない」
「王位継承戦は、新たな王が生まれるかもしれない一大イベントですから、マギアでは何よりも盛大にお祝いするものなのです。かく言う私も、これほどまでに熱狂的な応援は見たことがありません!」
馬車を操るスパティフィラムが興奮気味に言った。
「挑戦者の姫サマがこんなに応援されるってことは、ダイン王は相当嫌われてんだな」
シアが思っても言わなかったことを、ヴェルフはあっさりと、しかも面白そうに言った。
「そういうわけではありません。挑戦者が勝つということは、より強い王が誕生するということ。ですから、現王より挑戦者を応援するのが一般的。むしろ、まだ未成年で何者でもないお嬢様がここまで応援されているというのは、それだけ父であるダイン王が尊敬されているということなのです」
一行はパレードの中を進み続け、ついに王城に辿り着いた。王城の前まで来ると流石に静かだった。ここまで地獄だったシアは、ホッとため息をついた。
エルが応援されるということは、その部下であるシアたちにも注目が集まるということだった。スパティフィラムは、マギアの元貴族でしかも元四天王。マギアでも有名人なのだろう、大歓声でもって迎えられた。ヴェルフは、シアと同じでマギアでは誰にも知られていない。が、それでも人狼という強そうな見た目と、ふてぶてしいまでに堂々とした態度に、マギアの観衆たちは好感を得たようだった。時折、「頑張れよー、人狼!」などと声が飛んできていた。だがシアは、本当に何者でもない、ただの少年でしかないシアは、痛いくらい好奇の目を向けられた。熱狂的な大歓声の中でもそれが分かるくらいだった。オープンカーだから隠れるところもない馬車で、シアは外に目を向けれず、ただただ縮こまっていたのだった。
マギアの王城はシアの想像通り、魔法王国のお城、という見た目だった。石造りの荘厳な城で、入り口には大きな城門があり、そして緑が溢れている。
城門の前で馬車から降りると、騎士が駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、挑戦者様。王を呼んで参りますので、どうぞ玉座の間でお待ちください」
「いいわ、会いに行くから。どうせ庭の方にいるんでしょ?」
「分かりました。それではご武運を」
エルは城には入らず、城壁に沿って進んでいった。
「あっ、お城に入るんじゃないんだ?」
思わずシアが聞いたが、エルは答えなかった。無視したのではなく、聞こえていなかった。今のエルには、他を気にかける余裕などなかったのだ。
この先に父がいる。もし説得に失敗したら……、だけど、もう後戻りはできない。
そう思うと、エルは心臓が握り潰されそうだった。しかし足を速めた。少しでも足を止めると、もう歩き出せない気がしたから。グッと拳を握りしめて、前だけを見て進み続ける。
「……もちろん城の中からも行けますが、外から行く方が近いのです」
代わりにスパティフィラムが答えた。
「あっ、そうなんですね」
王城の庭は、庭園というより霊園のようだった。生け垣で囲まれた芝生の庭で、大きな樹々が生い茂り、色とりどりの花々が咲き乱れ、小さな池まである。庭の真ん中に大きな石碑があり、その周りに十数個の小さい墓石があった。一番端の墓の前に、一人の男が座っていた。何やらお墓に話しかけているようだった。
エルたちが庭に入ると、足音に気付いたのか、男は少し変わった白い花をお墓に供えて、立ち上がった。
「来たか、エル……」
「お父様……」
(あれが、ダイン王……)
シアは、目を見張った。
エルの父親ということは、おそらく三十代から四十代くらいなのだが、エルの兄だと言われてもすんなりと受け入れられるほどに若々しかった。炎のように真っ赤な頭髪と、それを彩る金ぴかの豪華な王冠。瞳はエルと同じ緑色をしているが、エルのよりも暗く、深い森のように濃かった。そして輝くような純白のマントを羽織っている。エルの父親だけあって、メチャクチャ格好良かった。だが、シアのイメージとは違っていた。
力がすべての国を支配する王で、他国からは魔王と呼ばれ、恐れられている恐怖の象徴。だが目の前にいるのは男は、穏やかで優しそうだった。
「どうだ、先に母の墓参りをするか?」
ダインは、穏やかに微笑み、エルに訪ねた。エルは表情を変えない。真剣な表情のままでキッパリと言う。
「遠慮します。そんな石に話しかけないでも、私はいつでも話せますから」
「ふっ、やはり親子だな。アスピダと同じことを言う」
ダインは、懐かしそうに墓を見てから、エルを見た。
「では、何故帰ってきた?」
エルは短く息を吐くと、キッと睨んだ。決意を秘めた緑色の瞳で父を。
「即刻停戦するよう、お父様を説得しに来ました」
ダインは何も答えなかった。
「ズートア要塞は落とされ、獣人連合国はすでに首都ロクセットに向けて進軍を開始しています。おそらく、今ごろロクセットに到着しているでしょう」
エルの言葉通り、このとき獣人連合国は、ロクセットを目視できる位置まで進軍していた。しかし。
「それがどうした? ロクセットは四天王に任せてある。獣人たちがどれほど強くなったか知らないが、四天王一人いれば事足りるだろう」
ダイン王の推測の通り、進軍した獣人連合国は、ロクセット正門前に陣取る四天王の三人相手に気圧され、目視できる位置から進めず立ち止まっていた。
「ですが! 彼らはすでに一定の力を示しました。今からでも遅くありません。すぐに停戦して、協力を仰ぐべきです」
「ならん!」
先程までの優しい表情が一変した。そこにはシアのイメージ通りの魔王が立っていた。空気ごと入れ替えられたかのように、ピリピリとした緊張感が走る。
「何故ですッ!?」
「ここで止めれば今までの犠牲が無意味になる」
「ですが、この先の犠牲はなくせます」
「我が王家の役目は厄災を倒すこと。そのためならどんな犠牲もいとわない。我が民の犠牲でなければ尚更だ」
「……敵国の民など、どうなってもいいと……」
エルの両目が吊り上がり、語気が激しさを増す。
「それが王の言葉かッ!?」
「勘違いするな、私は何年も前から平和的に協力を仰いできた。だが奴らはそれを拒み続け、その結果アスピダが死んだ……。奴らの協力があったところで、この結果が変わったのかは甚だ疑問だが、それでも私にとっては悔やんでも悔やみきれない過ちなのだ……」
ダインの深緑の瞳が憂いに翳った。がそれも一瞬で、次の瞬間には輝きを取り戻していた。
「それに、今回の戦争は彼らから仕掛けてきたのだ。降伏するのであれば受け入れるが、こちらから譲歩する気はない」
エルは、深く息を吐いた。
「……いいわ。だったら、わたしが王になって戦争を終わらせる。ダイン王、わたしは王位継承戦に挑戦する!!」
「いいのか? お前の誕生日はまだ一月以上先だ。今挑戦を表明するということは、救済の武具を使えないということだぞ?」
「構わない。使えないのは貴方も同じだから」
「そうか。それで部下は、スパティフィラムとそこの少年──」
とそこで、ダイン王はシアを見て少し目を見張った。
その瞬間、ダインの後ろの繁みの中からヴェルフが飛び出し、背後から斬りかかった。
ガキン! ダイン王は、振り向きもせずにヴェルフの剣を受け止めていた。シアには、いつヴェルフが後ろに回ったのかも、いつダインが剣を抜いたのかも分からなかった。
「それと人狼か」
肩越しにヴェルフを見て、ダインは何事もないかのように言った。
「チッ! 気配も殺気も完璧に絶っていたはずだろ!?」
ヴェルフは舌打ちしながらも、すかさず左手の爪を繰り出した。が、ダインはその手首を掴んで止める。
「気配と殺気を消す技術は見事だが、魔力がだだ漏れだ」
「しまった──」
と、思う間もなく、天地が回転して、ヴェルフは背中から地面に叩き付けられた。痛みで息が止まる。
「ぐぅ……」
それでも、ヴェルフはすぐさま起き上がり、その場から飛び退いた。シアとスパティフィラムは動かなかった。スパティフィラムはともかく、シアは動けなかった。エルは剣を抜いて、ダインめがけて突っ込んでいた。が、ダイン王は剣を収めて、おもむろにマントを翻した。
エルは思わず急ブレーキで立ち止まった。父を殺す覚悟をしていても、流石に背中から斬ることはできなかったのだ。
「どこへ行くッ!?」
「アスピダが眠っていないとしても、ここを荒らすわけにはいかないだろ?」
そう言われると、エルも剣を収めるしかなかった。
「それに、王位継承戦はマギアの王位を賭けた正式な戦いだ。場所も方法も、伝統に則って行わなければならない。理解したなら、大人しくついてこい」
そう言うと、ダイン王はずんずん進んでいった。エルは黙って後に続いた。シアたちも続く。
中庭を抜けて、荘厳な城に入った。
マギアのお城は、見た目こそカレルセのお城と同じで立派だったが、中身は全然違っていた。廊下には、机、花瓶、絵画といった調度品や装飾品の類いが一切置かれておらず、カーペットすら敷かれてない。よく言えば合理的に機能だけを追求しているのだろうが、外見が立派なせいで何とも物悲しい雰囲気を感じた。中身が空っぽの宝箱ようにすら思えた。
廊下だけでなく、玉座の間までそうだった。大広間のようにだだっ広い部屋に、ぽつんと立派なイスだけが置いてあったのだ。ダイン王はそのイスまで歩いていき、ドカッと座った。
「さて。では改めて聞こう。挑戦者よ、本当に王位継承戦に挑戦するつもりか?」
「何度聞いたって答えは同じよ!!」
剣を抜いて殺気立つ娘を平然と見ると、ダイン王は隣に視線を移した。
「スパティフィラム、お前はエルに付くのだな?」
「はい。今の私の願いは、お嬢様の幸せだけですから」
スパティフィラムは静かに答えた。
「人狼、お前もか?」
「別に姫サマの幸せなんて知ったこちゃねぇが、あんたを倒せば仲間を取り戻せるんでな」
ヴェルフはいつも通り軽く答える。ダイン王は薄く笑った。
「仲間か……。今まさにその獣人連合軍がカレルセを攻めているのでは?」
「あっちは大勢、こっちは少数。だったらこっちに来た方が、俺の価値は大きくなるだろ」
「なるほど、立派な自己犠牲精神だな」
「ア? 別に犠牲になるつもりなんてねぇよ。戦うからには勝つつもりだ。アンタがいくら強かろうが、俺と同じ人間……」
そう言いながら、ヴェルフはスラリと剣を抜いて王に向けた。
「これで突き刺しゃあ死ぬんだろ?」
「フッ、刺せればな」
最後に、ダイン王はシアに視線を向けた。
「君は──救世主だな?」
シアは頷いた。ダイン王は、少し目を細めた。
「そうか、娘と一緒に来たか……、まぁいい。救世主よ、私の元に来て厄災を倒してくれれば、約束通り元の世界に送り返す。もちろん、そのカバンの中の『国宝』も持って帰るがいい。欲しいなら金銀財宝も好きなだけくれてやる、勝手に呼び出したお詫びだ。だが、私に敵対するのであれば約束は破棄、『国宝』も返してもらう。さぁどうする、救世主?」
シアは、カバンを抱き締めた。この中には『国宝』が入っている。紫苑を病気を治すために、命と引き換えにしても絶対に持って帰らなければならない『国宝』が。
「……オレはまだ、救世主になれるのか?」
目を伏せてシアが聞いた。
「ああ、もちろん。君はこの短期間で想像以上に強くなった。次の厄災までマギアで訓練を積めば、間違いなく救世主になれるだろう」
ダイン王は、シアを迎え入れるように両手を広げた。
シアはバッと顔を上げて、ダインを睨み付けた。エルを守りたい気持ちに変わりはないし、何より紫苑の状況を考えると次の厄災なんて待ってられなかった。
「だったら、なんでオレを放っておいたんだ? おかげでオレは魔力を得て、魔法も使えるようになった」
シアは、見せつけるように両手から糸を出して、小さなアラクネを創り出した。彼女は、シアからカバンを受け取り、部屋の端へと持っていく。
「ほぅ、魔法も使えるのか」
「もう救済の武具は使えないぞ!」
マギア王家ではないシアが救済の武具を使えた理由は、吸収される魔力がないからだった。だが、今のシアには魔力がある。これでは救済の武具は使えないはずだった。
「別に良い。強くなった君に、アレはもう必要ない。アレは文字通り、弱者を救済するための武具。魔力を犠牲にしてまで使う代物ではない」
「どういうことだ?」
「アレは自分の死後、次の世代に厄災を倒せるのか心配した初代王が遺した救済だ。救済の剣で初代王の攻撃力を、救済の盾で初代王の防御力を、そして、このマントで初代王の魔力を得られる。言わば初代王なりきりセットにすぎん。だから初代王を超える力を持つ者は、王家であっても救済の武具を使うことはできない。エルが救済の盾に選ばれなかったのも、私が剣と盾の両方に選ばれなかったのもそのためだ。いくら最強の王といっても大昔の話。今更その程度の力を求めて、わざわざ異世界から救世主なんぞ召喚しない。君に救済の武具を渡したのは、手っ取り早く戦い方を叩き込むため。四天王の訓練と合わせたおかげで、短期間で驚くほど強くなれたはずだ」
「それなら、最初からマギアで訓練すれば──」
フィラは死なずに済んだのに……。シアは唇を噛んだ。
「それではダメだ。いきなりではマギアの魔力に耐えられない。強くなる間もなく死んだだろう。それに、訓練だけでは強くはなれない。命懸けの実戦を乗り越えてこそ、真の強さを得られるのだ。だからこそカレルセに任せた。獣人連合国と戦争している彼の国なら、ちょうどいい実戦の場を用意してくれると思ってな。君を放っておいた理由は、戦場に出さえすればどっちの陣営でも別に構わなかったからだ」
あの戦争が、訓練のためだと!!!! シアは、怒りが込み上げてきた。
「……ああ、わかった。アンタはたしかに『魔王』だ! オレが倒して、この世界の救世主になってやる!!」
シアは叫んで、剣を抜いた。




