四つ子姉妹の愛が重すぎる
私――百合越愛衣には四人の姉がいる。
それも、私より二つ上の四つ子だ。
私だけ二つ下というのは少し、疎外感――があるかと思ったのだけれど、残念ながら、私にはそれはない。理由は実に、単純だ。
「改めて入学、おめでとうございます。制服似合っていますよ」
「ありがと、美春お姉ちゃん」
晴れて高校に入学してから数日、高校三年になる姉の美春に廊下で遭遇した。
長い黒髪を後ろに束ねて、眼鏡をかけている。
姉は全員同じく高三のはずなのに、少し大人びて見えるのは長女だからなのか、それとも見た目の雰囲気からなのか。
美春は高校で風紀委員長を務めているらしい。確かに、彼女にはピッタリの役職だ。
「いいですか。身なりというのは、その人の性格を体現するものです。常日頃から、制服の乱れもないようにするのですよ」
「うん、気を付けるよっ」
妹の私に対しても敬語だけれど、しっかりと私のことを心配してくれているのが伝わってくる――頼れる姉だ。
「ですが――私と二人きりの時なら、制服を着崩してもいいのですよ?」
「いや、しっかり真面目に着るよ……?」
「……そう、ですか」
ちらりと、鋭い視線が私に対して向けられる。
――そう、長女の美春は、風紀委員を務めているというのに、私に対しては風紀を乱すような発言をしてくる。そこが唯一の欠点だった。
「よう、愛衣。学校には慣れたか?」
美春と別れたあと、今度は次女の小夏に出会った。
ドンッ、と壁際に手を当てて、私のことを追い詰めるようにしながら尋ねてくるのは彼女らしい――そう、いわゆるヤンキーという奴だ。
唯一、髪を金色に染めている彼女は、口調も荒く喧嘩っ早い。
小学校の頃には、他校の生徒と喧嘩をして、一人最後まで立っていた――そんな話があるほどだった。
さすがに、高校になると喧嘩は停学の対象になるから、と自重しているらしい。
私も、その方がいいと思っている。
「うん、まだ通って数日だけどね」
「そうだったな。でも、困ったことがあったらいつでもあたしに相談しろよ?」
「もちろん、小夏お姉ちゃんのことは頼りにしてるよ!」
「……へへっ、そうか。他の奴らは頼りないからな。もし、お前をいじめるような奴がいたら――あたしがぶち殺してやるから安心しな」
「いや、それはさすがに物騒だよ……?」
やっぱり口は悪いし、どうにも過保護なところが欠点だった。
小夏と別れたあと、私は窓から三女――秋音が中庭のベンチで眠っているのを確認して、そちらへ向かった。
「秋音お姉ちゃん! こんなところでも寝てるの?」
「んー? あ、愛衣だ。こっちきてー」
目を覚ますと早々に、秋音は身体を起こして手招きをした。
だが、私は警戒するようにして、距離を取る。
「どうして来ないの?」
「いや、もしかして学校内でも私のこと、抱き枕にするつもりなんじゃ……?」
「ええ、何で分かったの?」
「いや、さすがに学校内では恥ずかしいって……」
秋音はいわゆるサボり魔で、家でも学校でもそれは変わらないようだった。
しかも、彼女は家で私のことをよく、抱き枕にしている。
私を抱いていると、落ち着いて眠ることができる、とか。
まあ、私もお昼寝は嫌いじゃないけれど、毎日抱き枕にされるのはちょっとつらい。
「授業はサボらないでよ?」
「んー、考えとく」
「全く……」
他の姉二人に比べると、彼女はどうにも心配だ。
やる気が感じられないし、実際にやる気を出しているところは見たことがない。
見た目的には、真面目な風紀委員の美春と同じなのに。態度や髪型だけでこうも変わってくるものなのか。
――心配と言えば、私にはもう一人、姉がいる。四女の冬香だ。
彼女は家でも無口だし、学校ではどんな感じなのか……正直、気になっていた。
よく図書室にいると聞いていたので、顔を出してみる。
「――それでね、一年生にボクの妹がいるの。見た目はまあ、ボクを少し幼くした感じかな? あ、別に自分が好きとかじゃないんだよ。他の姉妹は普通だけど、とにかく妹が可愛くて仕方ないんだ。写真見る? あ、見ないとかはなしね。ほら、この寝顔とか……あ、でも寝顔はやっぱり他人に見せたくはないから、やめとこう。うーん、どれにしよう……ちょっと妹フォルダがいっぱいあるから時間がかかるんだよね」
「冬香って、妹の話になるとめっちゃ饒舌だよね……? ここ、図書室だし少し静かにした方がいいって」
「一理ある。でも、僕は図書委員だから、ここにいるだけ。それよりもこの前、妹が――」
ソッと、私は図書室の扉を閉じた。
「冬香お姉ちゃん、コンビニ行くけど何かいる?」
「別に、大丈夫」
「そっか。じゃあ、行ってくるね」
「……」
普段の冬香は、こんな感じだ。
明らかに、私と話す時とは違う熱量で、思わず「嫌われてる……?」って勘違いしそうになったけど、さっきの話を思い返すと、私の話を物凄く饒舌に話していた。
正直、かなり恥ずかしい。家に帰ったら、ちょっと注意しよう。
――というわけで、これが私の四つ子の姉達だ。
それぞれが私のことをしっかり見てくれていて、気にかけてくれている。
だから、私は幸せ者なのだ。一人だけ歳が離れていても、全然気になることなんてない。
でも、実は心配なことがもう一つだけあって……。
「小夏、学校でのあの態度はなんですか。愛衣の教育に悪いでしょう?」
「ああ? 愛衣のこと、色目使って見てる奴がいたから、ちょっと威嚇しただけだろうが」
「! それはいけませんね……。私以外、色目を使っていいはずがないです」
「お前のこと言ってるんだよ、あたしは。てか、秋音は学校で愛衣に抱き着くの、やめろよ。お前毎日、一時間は愛衣のこと抱っこしてるだろ」
「抱っこじゃなくて、抱き枕にしてるの。とても気持ちがいいから……」
「うらやま――じゃなくて、愛衣が迷惑するだろうがっ!」
「そんなことないよー。それを言ったら、冬香の方が愛衣の話を学校で広めて、迷惑だと思う」
「……」
「なんか喋れよ!」
「愛衣が可愛いから、ボクはそれを広めているだけだよ」
「それは同意します」
「まあ、そうだな。世界で一番可愛い妹だからな」
「うん、ずっと抱っこしたい」
「愛衣の話だけして生きていたい……」
「――いや、全員ちょっと離れてくれない……?」
家の中だと、四人がそれぞれ私の話しかしないし、今日に限ってはめちゃくちゃ距離感が近い。高校に入ってからはこんな感じだ。
――四つ子の姉の愛が重すぎる。
四つ子の姉が全員、妹のことが好きすぎる百合ハーレムのお話です。