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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神様に恩を売ったらチート級の教本をくれたので、トリセツ代わりの猫たちと、高校でヒーロー生活を始めました!

作者: 山汽 途

 2022年 春 

 阿蘇の外輪山を遠景に望む国道。沿道には、杉の並木が続いている。


 通学バスの中に立ち、外をボーっと見つめている高校生の男子。四角の黒縁メガネをかけ、髪の毛はボッサボサ。大きな革カバンは古くボロだ。学校指定だが今の生徒でこのタイプを使っている者はいない。


 制服は燕尾服に袴、そして神主が履く浅沓(あさぐつ)と、非常に変わっていた。


 突然前席の方で、同じ高校の女子生徒の声があがった。普通科の生徒で一般的なブレザーを着ている。

「お願いです。やめて下さい!」


 男子が体を傾けて覗くと、その女子と同じブレザーを着た不良男が二人、ニヤケながら絡んでいた。


「離れて下さい」から「放してください」に言葉が変わった頃、メガネの男子は乗客たちをよけ、女子の所まで辿り着いていた。


 彼は音がするほど震えながら、「そのコ、嫌がってる」


 ボウズでピアスを着けた不良が振り返り、鋭い眼光が向けられた。眉毛が細く、片側はストライプに剃られている。


 メガネ男子は急いでカバンから木笏を取り出し、不良の眼前に突き付けた。

「我、神を(まつ)る者にて、忌まわしき者を討つチカラ、ここに求めるものなり。(かしこ)み畏みも(まを)す~」


 眉間をピクピク痙攣させた不良は、「なんだお前、神職コースか。俺は悪魔じゃねーぞ!」、と胸ぐらを掴んできた。

 間髪入れず指輪を付けたコブシがメガネの顔面に炸裂する。


 膝をついた彼の胸に蹴りが入った。倒れると更に腹を踏まれ、左頬にも一発。右の後頭部が通路の鉄板にバウンドした。


 両手を差し出して蹴りを止めようとするが、鼻に喰らった一発の後は、もうわからなくなった。


 意識がもうろうとする中で、「俺に迷惑かけんじゃねー!」という言葉と共に、不良たちがバスを降りて行く音が聞こえた。


 彼は女子の事が気になり、必死に体を起こして近づく。

「だい……、大丈夫?」

「弱いくせに、オンナ助けようとすんな!」

 女子高生は言葉を吐き捨て、定期カードをポールにかざし、大きな足音をたて出て行った。


 彼の顔面がみるみる腫れ上がっていく。

 痛む腹に手をあてながら通路に落ちたメガネを拾った。


 片方のレンズが大きく割れている。

 それでもしっかりかけ直すと、周りの乗客の冷たい視線に囲まれているのが見えた。


 彼はカバンも拾いその視線から逃げるようにバスを降りていく。

「一日でいいから、あんな目で見られない日ってないかな……」


 彼の名は、(ひし) 歩結(あゆむ)十七歳、二年生。 



 美しく植樹された広い歩道。学校を囲む白塗りの和風の壁。立派な瓦が乗っている。そこをたくさんのブレザー高校生の自転車が行く。

 そして木造の大きな門に、次々と入って行く。


 落ち着いた日本庭園風の校内。大きな鳥居が立っている。それをくぐるとやはり木造の古い校舎が立っていた。

 校舎の前には近代的な運動場があり、朝練に励む生徒達がいる。サッカー部や陸上部。


 運動場の先には厳かな和の神殿が建っている。とても大きく背が高い建物。

 そこへ向かう渡り廊下には神主姿の行列が。皆、幼い顔をした高校生の見習い達。


 ここは神職コースがある学校、『禦ノ里木(ごのりぎ)高等学校』。

 歩結のウチは貧乏で、ボランティア制度を持つこの学校に授業料免除で入学させてもらっていた。


 背後からの自転車にベルを鳴らされながら歩結が歩いていく。鼻と口から血が流れ、頬が腫れ上がっていた。

 そして野良猫が四匹、いつもどこからか現れ彼の後ろについて歩くのだった。


 この猫たちもボロボロ。片目をやられていたり、脚を引きずったり。引き裂かれたような傷を背中に負っているコもいた。

 歩結はこの猫たちのスピードに合わせて歩く。自分に寄って来てくれる貴重な友達だったから。


 しかしそんな歩結にも、人間の友達がいた。同じ二年でクラスの人気者、きずな 恭平きょうへいだ。

 他人との間に壁を作らない性格で、やることがいつも型破り。付いたあだ名が“狂平”である。

 今日も屈託のない笑顔で近づいてきた。


「よ、不幸男。その顔を見る限り、今日も絶好調だな」

「狂平君おはよ。笏くれてありがと。ウチ貧乏だから、折られたから買って欲しいって言えなくて。助かったよ」

「お前が身の程をわきまえず、ヒーローになりたいなんて言うからさ。プレゼントだ」

「僕は自分の負け人生を変えたいだけだよ。チカラが欲しい」

「歩結。お前今夜の神主の舞台どうすんだ?」

狩衣(かりぎぬ)なんて高くて買えないよ。僕は行かない」


 神職コースの生徒は年に一回、神様を祀る儀式に、(あつら)えた狩衣を着て参加する事になっていた。

 先生たちの儀式の神々しさもさることながら、色とりどりの狩衣を纏った生徒たちによる舞が毎年の話題となっていた。


「俺も出るんだから、せめて見に来いよ」

「先生たちがね、暗に来てほしくないって言うんだよ。僕汚いし、授業料も払ってないからね」

「もったいねーな。俺、お前が一番上手だと思うんだけど」

「放課後はいつもの通り、神殿の後ろの湧霊湖ゆうれいこ、掃除してるよ。猫たちの住かみたいなんだ。綺麗にしてあげないと」

 四匹の猫たちが見上げている。



 放課後 

 湧霊湖。神殿の東(運動場は西側)に広がる杉の林の中にある湧水の場所。

 阿蘇の伏流水が湧き立つ周囲1㎞の湖。遥か太古、この上空で悪魔の軍と戦った神の霊気が留まるパワースポットと言われ、この学園の神主(先生)たちが代々鎮めてきた。


 湖のほとりではブレザー姿の普通科の生徒たちが掃除をさぼり遊び惚けていた。ホウキをマイクのスタンド代わりに歌を唄っている者や、それを見ておどけている者、スマホでYouTubeを見ている者もいる。


 歩結がいっぱいたまったゴミ袋を結んでいると、みんなホウキをその場に置いて帰って行く。

 歩結の呼び止めに振り返る者は誰もいない。談笑しながら立ち去って行った。


 野良猫四匹が心細い顔をして歩結を見上げている。

 彼は猫たちを撫でながら、「今夜舞台があるから、みんな行ったんだ。大丈夫だよ。ちゃんと最後まで掃除するから」


 ホウキを集めながらゴミ袋も併せ持ち、引き続き掃除を行っていく。

 湖は広く、南岸に進むころには辺りは真っ暗になっていた。


「終わったよ。ゴミは明日朝から移動させるから、一晩ここに置かせて」

 振り返ると、四匹の猫が体を立て湖面に頭を下げていた。


 何だろうと見ていると、湖面にピンク色の円形プラズマが湧き立った。

 その中から後光が差す和装の神様が水柱に立って現れた。背中に炎の輪が輝いて見え、右手に杖を持っている。

 光が弱くなると姿がはっきり見て取れた。大人の女性神だ。体が透き通っている。


 女神がゆっくりと目を開いた。

「いつも掃除をしてくれてありがとう。ずっとあなたを見ていました」

 歩結は声が出ない。


「私は神愛族の浮艶蘭(プテンラ)。あなた達が日頃神様って呼んでいる者です。あ、緊張しないで。こう見えて結構気さくですから」

 猫たちは目を閉じやや下を向いて話に聞き入っている。


 浮艶蘭は杖をゆっくり動かしながら、

「あなたたち人の祖先が初めてこの地に来た頃、そう三万年前。西の大陸で神愛族に負けた魔魂族が、えぇと、あなた方の言う悪魔たちがこの地に逃げてきました。私は神の王の命を受け、残党を滅ぼす任に就きました。しかし軍団長をやるのは初めてで、魔魂族は弱点の私を狙ってきたのです」


 歩結は壮大な話に聞き入り、美しい女神に見とれていた。

 紫に変色するプラズマが、揺れる湖面に美しい光を反射させている。

 それに反して女神の表情が沈んでいく。


「追い詰められた魔魂族たちはとても強く、私のチカラではどうすることもできなかった。その時現れたのが竜牙族だった。あなた方が知るところのドラゴンです。私は救いの味方を得た気持ちになり、彼らを無防備に軍団に招き入れた。その瞬間、突然魔魂族との挟み撃ちに遭い、部下達は私を逃がそうと次々に殺されていきました」


 水柱の上で泣き崩れる女神に対し、歩結は何も言ってやれない。


「霊体の私は体を小さくし、この湖に逃げ隠れました。……、神愛軍は百億年間無敵だった! 私が負けるまで。だから私は天界に帰り責任を取らなければならない」

 浮艶蘭の背後に映像が浮かび上がる。


 天使の一人が刃を胸に突き立てている。その背後から魔魂族と竜牙族が笑ってその様子を覗き込んでいる。魔魂族は水牛の様な角、四つ目、尖った耳、口から出ている歯は全て牙の様で、体は黒くミイラの様な腕が何本も伸びてる。

 反対側の竜牙族は四肢を持つドラゴンで、体に大きな竜の顔の骸骨をプロテクターとして身に着けている。T-Rexの様な顔で目が異常に吊り上がり、右側の頭が大きく割れ脳ミソが光って見えている。その竜が笑いながら橙に光る大剣で、天使のくびを斬っている。


 空を見上げる歩結。

 三万年前、この上空であまりにも凄惨な事が行われたことを知り、愕然となった。


 浮艶蘭神が歩結を見つめる。

「私は天界に帰る資源として“徳”を貯めなければなりません。その猫たちが一年前からあなたを連れて来てくれていました。人生は良い事と悪い事の量が決まっていることは知っているでしょう。あなたは最近ずっと悪い事ばかりだったはず。私があなたの“徳” を抜き取っていたからです。ごめんなさい」

「僕は神職コースの生徒なので、神様の役に立っていたのなら良かったと思います。それに僕が不幸なのは生まれた時からなので」

「生まれもって不幸な者など、この世にはいません」

「いや……、僕だって毎日考えて生きてます。できるだけイイ結果になるようにって。でもならないんです。どんなに必死に悩んでも、何にも変わらない!」

「……」

「僕は自分の負け人生を変えたい。神様、僕はどうすればいいんですか。お願いします、教えてください!」

「……、わかりました。あなたには恩があります。ひとつだけ神としてチカラを貸しましょう。それをどう活かすかは、自分次第ですよ」


 女神浮艶蘭は背中の炎から火の玉を掴み取り、歩結の足元に投げ落とした。

 その火の玉は大きく分厚い本へと形を変えた。

「その猫たちが水先案内をしてくれます。しかし、その本は人に見せてはいけません。大いなる災いをあなたにもたらす事になります。いいですね」


 歩結がその本の真ん中あたりをめくってみる。

「こんなバカでかい笏術の本、見たことない。いっぱい神様が載ってる 」


 歩結が興奮して顔を上げると女神の姿は消えていて、言葉だけが響き渡った。

「大切に持ち帰りなさい」

 猫たちが歩結をキョトンと見上げている。



 すっかり夜となっていたが、学校はとても賑わっていた。

 運動場の横を抜ける神殿への通路に、狩衣を着た男子生徒が、三々五々談笑しながら歩いて行く。

 お目当ての男子を追って、女子たちが袴や着物など、オシャレな和装をしてついて行く。

 この日に意中の相手と写真を撮ることが、学校の恒例の景色となっていた。


 歩結が流れに逆らって校門の方へ向かっている。自分には関係のない行事と、大きなカバンを持って歩いて行く。

 狩衣姿の狂平が歩結を見つけ、小走りで近づいて来る。

「おい、来たのか!」

「ううん、帰るとこ」

「お前、顔ひどい事になってるぞ。病院、行った方がいい」

「うちに帰って冷やすよ。じゃ、頑張ってね」


 顔面の内側が、内出血で膨れ上がる感覚がする。後頭部もズキズキするし、鼻も息をするたび痛い。

「もっと長く冷やすんだったな」

 通路の手洗い場の鏡に映った自分は、最高に醜かった。


 高級そうな服を着て得意げに歩いて来る同じ神職コースの生徒たち。そして彼らの気をひこうと必死な女の子たち。

 紫に顔の腫れ上がった歩結を、通りすがりに見下していく視線。


 もうずっとこんな目に晒されて生きている。

「せめてお喋りしたまま無視してくれればいいのに」

 母さんに心配かけたくないから、学校は楽しいって事にしている。家に帰る前に、ケガの理由を考えなきゃ。


 鳥居を抜けて正門まで来た時、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

 歩結は常に危険回避を心がけている為、とても小さな音が聞きとれる体質になっている。


 その声の主も歩結に気付いた。朝の不良二人組だ。

 更に暴行した男は、なんと歩結が助けようとした女子高生と腕を組んでいた。


 愕然となった。こんな理不尽なことがあるのか。

 歩結の体中の傷が一斉に激しく痛み出した。


 不良たちと女子高生。もう一人、ギャルが一緒にいた。太もも丸出しのミニ浴衣を着ている。春なのに。

 四人は、立ち尽くす歩結の左横を通り過ぎていく。


「お前、とんだピエロだったなぁー」

 不良が俯く歩結に皮肉を投げかけた。


 反応しない歩結に向かって、もう一人の不良が左肩に唾を吐きかけた。

「臭いんだよオマエ」

 ギャルがすぐに反応し「え、マジなにやってんのぉ。ウケる!」


 歩結の脳裏に昨夜の母のことが浮かんだ。

 こたつ台の上に裁縫箱から針山を取って乗せ、燕尾服の破れた左肩を縫ってくれている。

「ごめんね。さすがに貰い物はツギハギだらけで。お給料出たら、すぐ新しいの買うけんね。お父さんが使ってたそのメガネも換えんと。だいぶ古かろ」

 その母親のコットンのカーディガンは、ヒジの部分に丸く穴が開いていた。


 コブシを握り締める歩結。

 不良はその気配を感じ、より挑発的な言葉を投げつけた。

「掛かって来いや。暴力沙汰起こせば、神職コースは即退学(ソクタイ)やぞ。カァチャン泣かす勇気あんのか、コラ」


 歩結は不良を睨みつけ、不意に走り出した。目の前のバス停を通り過ぎ、植樹の歩道を浅沓の音をけたたましく響かせて。


 正門から続く白塗りの壁が切れた所からは、雑木林が生い茂っている。

 歩結は迷わずその中に分け入った。

 奥に少しだけ開けた場所がある事を、一年生の時、狂平と探検して知っていた。


 カバンを置き、中から大きくて分厚い本を取り出した。

 周りに人がいないことを確認していると、四匹の猫が現れてパラパラパラーっとページをめくっていく。


 たくさんの毛筆文字がびっしりと書き込まれている。印鑑の篆書体(てんしょたい)の様な文字だ。水墨画で神様のイラストも描いてある。


 猫たちがあるページを開いてバシッと叩いた。

 歩結は左手を胸に当て、右手の笏を本に向けて突き出した。

「我、神を(まつ)る者にて、忌まわしき者を討つチカラ、ここに求めるものなり。(かしこ)み畏みも(まを)す~」


 大文字で書かれた神様の名前をなぞる様に、笏先を動かす。

「自分を変えたい! 神様、チカラを貸してください! ハナウミ フナガシラノカミ」


 花海(はなうみ)船頭神(ふながしらのかみ)。花が浮かぶ神愛界の海。その船頭の神。 

 彷徨う者に行き先を、悩む者に答えを教える神。海の底から迷いの手を伸ばす魔魂族に大櫓を振るい、地獄へ帰す。


 笏先をシュッと上に向けるとページに書かれた文字が宙に浮かび上がった。

 それは歩結を螺旋状に取り囲み、次の瞬間体に貼り付いた。


「熱っつ!」真白な煙が立つと、歩結の身体が変化していく。

 髪が短く整い顔の腫れがみるみるひいていく。彼本来の色白で整った顔に戻っていく。メガネを外してもしっかりと目が見えるように。笏が大きな櫓に変化する。そして光沢のある船頭の神の衣装が歩結を包み込んだ。

「これが本物の笏術! 神様のチカラ……」



 神殿への通路に戻って来た。

 歩結が大きな櫓を胸に傾けて歩いて行く。カランコロンと浅沓の音を優雅に立てながら。いつの間にか烏帽子まで身に着けている。


 女の子たちから声があがる。

「ちょっと、あれ誰?」「ウソ、カッコ良すぎん!?」

 ひとり、ふたりと、集まって来る。今迄くっ付いていた男子を放っておいて、駆け寄ってくるコまでいた。

 狩衣の男子もブレザーの生徒も、歩結の気高さに沈黙するのみ。足を止め、呆然と見つめていた。


 カランコロン。カランコロン。

 歩結の後に続く女子生徒が、どんどん増えていく。観覧目的で来ていた他校の女の子たちまで。



 神殿。

 中に入り切れない人でごった返している。


 雅楽の演奏に合わせて、中央で踊る歩結。

 鬼気迫る表情で一筋の汗を額から流し、且つ神々しいオーラを放ちながら舞を披露していた。


 歩結は舞う事が好きだった。どんなに稽古がつらくても、人と競い合うものではないからだ。


 呆気に取られて見ている狩衣の生徒達に向けて、歩結が櫓をシュッと横に一線! (くう)を斬ってみせた。

 思わず皆しゃがみ込む((かかと)を付けたままの蹲踞(そんきょ))。

 舞台を取り囲む観客も誰一人声を出す者はおらず、カメラ撮影のごく小さな機械音が聞こえるだけだった。


 そんな中、会場に来ていた不良の一人がイライラしていた。眉間にシワを寄せこめかみに青筋を立てている。大量の脂汗をかき腹に力を入れている。しかし、誰もその異変に気付かない。


 歩結が楽曲の終盤で大きく息を吸い、天井に向かって櫓を高く突き立てた! 

 不良が奇声を発する! 頭を両手で掴み奇怪な言葉を口にした。

「あぁーっ俺が割れる! 俺の中から何か出てくるっ!」

 信じられない程見開かれた目。一瞬時が止まったかに見えた。


 バッボッ!!

 不良男の頭蓋骨を縦に割き、竜牙族が出現した。

 メタルグリーンの大きなウロコ。脚が長く伸び、足は二本の爪で出来ている。背は高く伸びあがり、2mを軽く越えた。

 肉食恐竜T-Rexの様な顔。目が極端に吊り上がっている。右側の頭が大きく崩れ、脳ミソが光って見えている。


 歩結は思わず指さし、「こいつ、プテンラ様の記憶に出てきた竜牙族!」


 もう一人の不良男子は惨めに泣いて、立ち尽くしている。

 竜牙族はそいつの頭を右手で鷲づかみにし、左手で彼の肩を掴んで体を回転させた!

 頸の骨がねじり折られ、顔の下が背中になった。


 女子高生たちの大きな悲鳴が上がる!


 白い斎服を着た五人の先生達が、教科書の様な薄い笏術の本を左手で広げ、右手の笏先で文字をなぞった。

「我、神を(まつ)る者にて、忌まわしき者を討つチカラ、ここに求めるものなり。(かしこ)み畏みも(まを)す~」


 本から、守、攻、雷、射、風、の笏文字が一文字ずつ浮かび上がる。それを竜牙族に向けて一斉に投げつけた。

 が、それは線香花火の様に竜牙族のウロコで光るのみだった。

 見えている脳ミソが逆に光りを強くする。


 今度は見習い神主の生徒達も先生の指示に従い、左手で教本を広げて笏術を試みる。

 狩衣を着た六十名を超える笏術の術者たち。

 壮観! 一斉、祝詞奏上!

「我、神を(まつ)る者にて、忌まわしき者を討つチカラ、ここに求めるものなり。(かしこ)み畏みも(まを)す~」


 竜牙族の細い目が見開く!

 おびただしい数の笏文字が、一斉に竜牙族に向かって行く。

 爆炎がウロコの体を包み込んだ。

「グフッ!」


 爆炎の隙間から少しだけ見える竜牙族の姿。奴は床に膝をついている。

 苦しそうな表情を浮かべていた。


 先生達が歓声を上げる。

 しかし、爆炎がゆっくり晴れていくと、逆に先生達の表情はみるみる曇っていった。


 竜牙族のウロコは虹色に輝きチンチンと音を立て、受けた文字全てを熱していた。

 赤く燃え上がる笏術の文字。


「バーッ!!!」

 竜牙族は一気に両手を広げ、ウロコを立ててそれらを全てを弾き返した。


 生徒たちは自ら放った笏文字の炎が体に貼りつき、おあつらえの狩衣を無残に焼かれていく。


 不良と共にいた女子高生とギャルに、特大に燃え上がった二文字が飛んで来る。

 罪! 愚! 絶叫する二人!

「ギャーッ!」


 眼前に迫る火炎文字の前に歩結が飛び出し、笏文字“容赦” で迎撃してうち砕いた。

 憎らしいことこの上ないバカ二人と思いつつも、体が勝手に動いてしまった。


 皮肉を言われる、また傷つく事を言われると身構えた時、二人の女の子の目がハートになっていた。

 歩結が戸惑う。この二人の好意的な態度に。

 四匹の猫たちがこの様子をじっと見つめていた。


 叫び声が轟く! 先生達が生徒を逃がそうと竜牙族に立ちはだかり、爪で引き裂かれていく。

 会場は正に阿鼻叫喚の巷と化した。


 駆け付けようとする歩結の前に、四匹の猫が笏術の本を持って立ちふさがる。

「私の名は或不(あるふ)

荼火子(だびす)です」

鬼斗(きと)と申します」

毒徳(どくとく)だ。ドクと呼んでくれ」

 なんと四匹がしゃべりかけてきた。


「我らは二等星の天使。武器、武具に変形し神様と共に戦った者でございます」

「天空の戦いで傷ついた我々も、浮艶蘭(プテンラ)様と同じく天界に帰るチカラがございません」

「“徳”を貯めなければ、帰れないのです」

「そして魔魂族と竜牙族も、同じくこの世界から帰れずにおる」

 歩結はきちんと順番を守ってしゃべる猫たちを、不謹慎だが可愛く感じた。


「奴らもそれぞれの住界に戻るため、資源を求めています」

「魔魂族の資源は“愛の心”」

「竜牙族の資源は“能力”や“才能”。二族はそれらを殺して奪おうとする」

「特に神愛族の持つチカラはケタ違い。大量の資源を獲得できる」

 四匹の猫たちは立ち上がり、身振り手振りを交えて必死に力説する。


「この星にとどまる最上級の神愛族こそ、浮艶蘭様」

「当然魔魂族も竜牙族も一番に狙って来ます」

「神々が宿るこの大きな笏術の本は、浮艶蘭様を守るチカラがあります」

「当然他族は本の破壊を狙ってくる。君はこれを持つ限り、時と場所を問わず、永遠に襲われる」


 突然の悪い話に歩結の表情が一変した。

「僕はどうしたら……」

「簡単です。浮艶蘭様に知られぬよう本を捨ててしまえばいいのです」

「だめだよ。それは卑怯だ」


「じゃ、戦いますか? 死ぬまで? そんな事が人間のあなたにできますか?」

「僕は……」


「悪い事は言いません。仮に今やめなくても、次は必ず後悔しますよ」

「……」


「自分がケガをしないうちに、廃棄してしまおう。何ならワタシが代わりに。いいよな?」

「ぼ、僕が、今日までどれだけ嫌な思いをして生きてきたか。一日に何度“死にたい” って思ってるか」

「歩結君」

「毎日“もうダメだ、もうダメだ” って心の中で叫びながら、それでも最後には“負けたくない”って思って生きてるんだ!」

 四匹の猫たちが見つめる。

 歩結も真剣に猫たちに話をする。

「神様は人生を変えるのは自分次第だって言った。そう言われてこの本を貰った。だから僕は、死んでも投げ出さない! 最後の最後の最後まで、人生が変わるまで戦ってみせる!」


 四匹の猫たちは歩結に頭を下げた。

「あなたの覚悟を試す様な事を言って、申し訳ありませんでした」

「どうか、どうかお願いします」

「神様をお助け下さい」


「みんな!?」


「さ、参りますよっ!」

 猫たちが笏術の本をパラパラパラーっとめくっていく。そして、お目当てのページを開いてバシッと叩いた。


 歩結が左手を胸に当て、右手の笏を本に向けて突き出した。

「我、神を(まつ)る者にて、忌まわしき者を討つチカラ、ここに求めるものなり。(かしこ)み畏みも(まを)す~」


 大文字で書かれた神様の名前をなぞる様に、笏先を動かす。

「ハチケシキノ サケノカミ!」


 八景色(はちけしきの)酒神(さけのかみ)。元々神であったが天神王の宴の席(八つの壮観な景色が一度に見れる神愛界の絶景地)で失態を演じ、地上へ落とされ仙人となった。

 野盗に苦しむ人々に身を守る術を教え、それが拳法として広く知れ渡る事になる。


 笏先をシュッと上に向けるとページに書かれた文字が宙に浮かび上がった。

 文字が歩結を螺旋に取り囲み、一気に貼り付く。

「熱っつ! 熱っ!」真白な煙が立つと、歩結の身体が変化していく。


 美しかった神の衣装がはだけ、みるみるうちにおデブのタイコ腹となった。烏帽子は取れ、髪も抜け落ちツルピカのテカテカに。 

 それを見て或不が宙に飛び上がり笏を掴んで体をねじると、金色のヒョウタンに変形した。


 先で暴れていた竜牙族が、神のチカラを宿した歩結に気付く。

「まさか神か? 何万年ぶりか!? ホホゥよぉーし、その“才能”(いだだ)ごっ!」


 口が裂ける程に笑顔を浮かべ、両腕をクロスした。

「アガタナシュス ハリテム、アガタナシュス ハリテム。呼びかける我の声に耳を傾けよ。古代魔魂族に純潔を汚されし竜牙族の姫よ。怨毒えんどくの胎動に血涙を流し、魔の将軍を両断たらしめる憎悪で、我が体を貫かん!」 


 突き上げられた右腕の大きなウロコが光る。

 そして口を開け、その腕を肘まで飲み込んでいく。


 神主たちはあまりの衝撃的なシーンに動く事ができず、まさに蛇に睨まれた蛙になっていた。


 竜牙族の腕がゆっくりと引き抜かれる。燃え盛る溶岩の様な液体を滴らせた右手には、橙に光る大剣が握られていた。


 歩結がいぶかしげに剣を見つめる。

「あれって、天使の頸を斬っていた……!?」


 荼火子が厳しい表情で睨みつけている。

「あれこそ、三万年前、我が同胞たちを殺戮した竜牙族の魔法剣!」

 鬼斗が怒りに体を震わせている。

「ゆるさない。絶対にゆるさない!」


 竜牙族が白目をむく。それは加速翼の出現を知らせるものだった。

 脳ミソを光らせ、床板を爪でエグり、こちらへ突進して来る。


 毒徳の鋭い眼が光る。

「今こそ! わが兄であり、お前の師の仇を討て。或不(あるふ)っ!」


 ヒョウタンに或不の顔が浮かび、発火する。「歩結君、私にチカラをかして下さいっ!」


 竜牙族が大剣を振りかぶり、轟音と共に歩結を斬りつけた!

 ヒョウタンが炎となって燃え上がり、まがまがしい光を放つ魔法剣と激突!

 激しい閃光が八方に飛散した!


 或不が猛る! 「うおおおーっ!!」

 歩結が渾身のチカラをヒョウタンに込める。「アルフっ、負けるなぁーっ!!」

 炎は更に高温の黄炎となった。


 痛みを感じる程の強い光りの中、灼熱の魔法剣がまさかで溶け落ちる! 竜牙族が目を見開いた!


 歩結のツルツル頭がビカッと輝く!

 急に酔った目になり千鳥足。高く掲げたヒョウタンから、光の酒を飲んだ。


 意味が分からずたじろぐ竜牙族の前で、「酒の神様ぁ~、チカラぁ持ちぃ~」、と唄い出す。

 笑みを浮かべてフラフラと一回転。

 しかし一瞬で怒りの形相に変化、炎のヒョウタンで竜牙族の顔面を打ち砕いた!


 床に飛び散った肉塊と残った身体が次々と爆発していく。

 それは悲鳴と共に徐々に消えていった。


 或不が笏から離れ、床に飛び降りる。

 そしてにっこり微笑んで歩結を見上げた。


 その歩結は大きく丸いタイコ腹を突き出し仁王立ち。

 先生達は神を奉る動作で、一斉にひれ伏した。



 翌日、早朝。職員室。

 先生達の机上のパソコン画面には、昨夜のツルピカ頭の歩結の画像が映っている。


 四十代の女性校長が皆の前に立っていた。

「この笏術を使った生徒が誰なのか、わかる人はいないの!? 何かヒントは?」


 男性教頭はまだ三十代で背が高く、顔も長い。「彼は大変美しい舞を踊っていましたねぇ」

「舞の上手な生徒は?」

「三年の角田かなぁ」


 学年主任の白髪の教師が反論する。

「いやぁアイツは顔がデカくてあんなじゃない。一年生に長身のイイ男がいたろ?」

 今度は如何にも教職バカという感じの若い女性教師が発言する。

「あれは人間性と同じで運動は全くダメです。とにかく不真面目! 女生徒とのトラブルはもう数えきれない!」

 教師たちがバラバラにお喋りをはじめた。

「しかも今、停学中だろ?」

「大問題になる前に、退学にすべきですよ」

「いや実は私の授業の時も……」


 校長の苛立ちが募っていく。

「もういい! いったい誰なの!? 二年生には?」

「二年で一番舞が上手いのは、“菱 歩結” かなぁ……」


 白髪の教師は若い教頭より物知りだと威張るように、

「え、菱? 冗談だろ、あんな汚いコ。ありえない、ありえない」


 教頭は困り果て、「やっぱり飛び入りした他校の生徒じゃないですか? それより竜牙族への対応……」

「ダメ! それじゃ困るのっ! 伊勢の本校からスカウトの話が来てるのよっ!」

「じゃやっぱりあの笏術は本物と判断されたのですか!?」

「我が校から本校の神職コースに進める生徒を出せば、間違いなく私は出世できる! 伊勢に帰れるチャンスだわ! 全校生徒を調べ直して!」

「は、はいっ」



 湧霊湖のほとり。

 佇んでいる制服姿の歩結と四匹の猫。

 湖面の揺れが収まっていく。今まで浮艶蘭(プテンラ)神が現れていたのだ。


 歩結は大人しくなっている四匹を見て、

「プテンラ様、僕が目立つ事しちゃって、少し怒ってたね」


 或不が見上げて、「神様は怒ったりされません。私たちを心配して下さったのです」


 荼火子が順番を待ってましたと話しだす。

「神愛族を含み三族は、この物質界に霊体のまま永く留まることはできません」


 次は鬼斗の番。

「竜牙族や魔魂族は、人や動物、昆虫にまで寄生して虎視眈々と狙ってくるはずです」


 最後は毒徳。

「一番狙われるのは浮艶蘭様だ。少しでも早く“徳” を奉納して、天界にお戻り頂かなくては」

 歩結は凛とした表情で、「神様は僕が守り抜くよ」


 そんな彼の背後から聞き覚えのある声が話しかけてきた。

「やっと主役のご登場か。だけどお前一人じゃ神様のガードは無理だ。敵は強力で数も多い」

「狂平!?」


 笑顔の狂平の両脇に、神職コースのクラスメイト二名が立っていた。

 一人は長身で物腰の優しい男子、伊織(いおり)優一(ゆういち)。もう一人がクラス一の、いや学校一の美人、スタイル抜群の女の子、貴島(たかしま)茉莉(まり)。ちなみに二人は超お金持ち。狂平はなんと公務員の息子である。


 或不が三人に歩み寄り、歩結に紹介する。

「この三人も、浮艶蘭様がお認めになった“徳” をもった者たちです」


 ここで荼火子が釘をさす。

「歩結君。安心してはいけません。彼らの“徳”は君に比べると低く、神のチカラを纏えるのは君だけですから」


 鬼斗が続ける。

「皆さん、たっくさん良い事をして“徳” をしっかり貯めて下さい。笏術のパワーが増しますから」


 毒徳がしめる。

「そして少しでも多く浮艶蘭様に“徳”の奉納を! それがあなた方の使命だ」


 狂平が歩結の肩に手を置いて、

「頼んだぜぇ歩結。今日からお前が、このヒーロー・チームのリーダーだ」

「え!? 僕が、ヒーロー……、みんなの、リーダー!?」


                     了   次回の事件へと、続く。


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