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魔術師学校異聞録  作者:
第3話 三羽がらす ~先生たちの思い出話~
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1

 魔術師学校の常勤教官は6人。歴史ある魔術師学校だが、現在の常勤教官の半数はかなりの若さだ。そこには、ある理由があった。

 ケイン教官の学生時代の物語。


(何だ、こいつの防御壁)


 一閃、打ち込んで、ケインはその手ごたえのなさに驚愕した。

 全く跳ね返りがない。ただ、虚空に刃を打ち込むような、いやむしろ、こちらの力を積極的に無にするような、不気味な感触。

 いったん間合いの外に飛び戻り、ケインは目を眇める。


(こいつは、……只者じゃない)


 ソシギ。4年間同級生として机を並べてきたが、手合わせをしたのは初めてだ。全く目立たず、気にも留めない存在だったが。

 ケインは静かに相手を見据える。


 黒い風の向こうに透けて見える紫紺の瞳の冷徹さにぞくりとする。その目は自分の動きを完璧に追っている。

 風と土の合成防御壁。それそのものも珍しいが、仕組みが分からない。全方位で自動的に攻撃吸収を行うのか、それとも攻撃箇所になんらか術を行っているのか。


(尻尾を出させる)


 深呼吸しながら、右手の得物を持ち替える。風の刃の長剣。これまで試合で使ったことのない得物に周囲が軽くどよめく。同級生たちが二人の試合を窺っている。

 すべての属性の使い魔4匹と、自分の剣戟、そして鎌鼬かまいたちで同時に切りかかる。

 感触がない。

 相手はほとんど動いていない。だが打ち込んだ攻撃は一撃も届かず相手の手前で霧消する。


(少し、分かった)


 再び飛び戻り、ケインは息を整える。相手から仕掛けてくる様子はない。


(こちらの消耗を待っている)


 じっと動かない、液体のような固体のような防御壁。


(ならば)


 練り上げられきりのようにとがった風の針が防御壁を襲う。壁に触れ瞬時に吸収される直前に、次の針、次の針と一ミリも違わず同位置に打ち込み続ける。そのスピードに、徐々に壁の吸収の位置が深くなる。

 かすかにソシギの瞳が動いた。防御壁が押し返すように微妙に形を変えた刹那。

 風の針の列に突然一本、青く燃え上がった炎の針が撃ち込まれた。

 属性の違う魔力に対応しきれず防御壁のたわみが崩壊し、一気に風穴があき燃え上がる。

 瞬間、風穴を長剣が貫き、ソシギの喉元に風の刃の切っ先が触れた。


「そこまで」


 教官の鋭い声。

 動きを止めたケインの顎からは汗が滴る。


(危なかった。……次は勝てるか、微妙だな)


 剣を引きながら胸に独り言ち、悔し気に底光りするソシギの紫紺の瞳を見やる。



 魔術師学校5年生の初夏。2年に及ぶ同級生との総当たり戦、「卒業試験」は三か月前から始まっていた。試験官たちが模擬戦の内容から認めれば、2年間のどの時点でも試験は合格となり、晴れて卒業まで自由の身となる。ケインにとって合格を勝ち取ることは問題ではない。問題は、どのくらいのスピードで、誰まで当たって合格するか、だった。


「お、ケイン。今のところ秒殺だってな」


 お前もな。ケインは振り返りながら風を投げる。軽く片手で挟み止められ、つい舌打ちが漏れる。振り向いた先には、すらりとした長身に長髪、甘いマスクに笑みをはいたロベルト・スワニカがいる。


「いや、ソシギの試合は超必死。くそダサかった」

「同意」


 ニヤリとされもう一度舌打ちする。

 ケインとこのロベルト、そしてソシギは、卒業試験で見せているとびぬけた実力から、最近、三羽烏さんばがらすと呼ばれている。

 ケインとロベルトは気が合う友人だが、かなり年上で、誰ともほとんど無駄話をしないソシギは、二人にとってはあまり近しい存在ではなかった。

 4年生までの「基礎」「応用」の試験成績と、5・6年生の「実践」での成績に乖離が生じるのは、例年良くあることだ。実戦となると、恐ろしいほどの力を発揮するタイプの人間というのは、必ずいる。ただ、それがあの『ガリ勉』ソシギであったことは、5年生の間ではちょっとした波紋を呼んでいた。



「お前が先に当たってくれて、ラッキーだった」


 ロベルトは再度ニヤリとする。彼の分析術、戦術の巧みさは、誰もが認めるところだ。


「ノーマークだったからな。……とりあえず、昼飯行こうぜ」


 二人はのんびり歩き出す。学内でも人気のある二人の連れだった姿を、ちらちらと女学生たちの視線が追う。

 ロベルトは、忌々しくも、ケインの学生生活に刺激をもたらしてくれた、かけがえのない友人だ。魔術師学校に入学して初めの1年間、ケインには学校の授業は退屈だった。魔術を習うことに興味がわいたのは、ロベルトが2年目に編入してきた時からだ。

 実技の授業で一瞥したところ、ロベルトの魔力はそれほどのものとは思えなかった。ところが、教官の出した課題に対して、彼は必ずきっちり満点の手技を披露し、ケインの首席を奪った。ケインは初めて、人の魔術を真剣に観察した。

 頭で考えて、術を行う。ロベルトの魔術からケインが学んだ結論はそれだった。生まれた時から、感覚で魔力を操っていた彼には、それは術の構成の根本的な変換を意味した。今に至るまで、その気づきはケインの魔術のひとつの芯になっている。

 



 それにしても、器用だよな。

 食堂までの道すがら、あちこちからかかる男女問わない声に、如才なく答えていく友人を見ていつもながらにケインは思う。人たらし、という言葉は彼のためにあるのではないかというほど、学校中の生徒と教員の心をロベルトはがっちりとつかんでいる。

 もちろんその能力は異性にもいかんなく発揮され、去年まで、ロベルトの歩いた後にはぺんぺん草一本残らない、というのが男子同級生の定説だった。


(来た)


 ところが最近、ロベルトのそちら方面の行動には、少し変化が生じているとケインは見ている。


「おひるごはん?」


 かわいらしい笑顔で、はちみつ色の髪をきらめかせて現れた少女に、はっきりと他とは違う緊張をはらんだ笑みでロベルトは答える。


「うん。……君も、一緒に行く?」

「ええ」


 彼女の返答に明らかに浮つく友人に、ケインの背中はこそばゆくなる。ひそかにヒヨコとケインが呼んでいる、ひとつ下の学年の少女、メイを前にすると、博愛主義で口八丁のロベルトはなぜか少し無口なのだった。




 目を閉じ首を傾げ、メイは自分の音に集中する。フレーズ最後の長音、運弓の乱れは直に出る。

 ぱちぱちぱち。

 突然背後から拍手が鳴り、メイははっとして振り返る。


「すごいね。下手なプロより達者だな」


 音楽室の防音壁にもたれて立っていたのは、長身の男だった。涼しげな眼もと、柔らかく笑みを含んだ口元には見覚えがある。一つ上の学年でトップを走る青年。


「ロベルト・スワニカだ。君は」

「……メイ・ウッドです」


 いつからいたのだろう。この学校の音楽室で夜に人を見たことなどなかったため、不可侵結界までは、張っていなかった。油断した、メイは唇をかむ。


「君、素人じゃないね。どうして普段、弾かないの」


 チェロを抱えたままのメイを眺めるロベルトの目には愉快そうな光がある。術にはかかっていないようだ、メイはほっとする。


「……魔力が、抑えきれないからです」


 聞いてたらわかるでしょう。言いたいがこらえる。相手は上級生、しかも学校一の人気者だ。


「ふうん?」


 ロベルトはピアノの蓋を開け、ポーン、と一音鍵盤を叩いた。

 ぎしりと音を立てるピアノの椅子に腰かけると、ひとつ息をつき、おもむろに両手を鍵盤に乗せる。

 彼の指が動き出した瞬間、渦巻く音の奔流にメイは息をのむ。音の一つ一つは粒となり、狭い音楽室の空間を満たす。キラキラと輝く無数の光の粒に、メイは思わず見惚れていた。

 次の瞬間。

 ふいに粒子は無数の氷の刃となり、メイに向かって殺到する。

 驚きに凍り付き、身を硬くしたまま目をつぶる。


 何も起こらない。目を開けると、何もなくなった静かな音楽室で、ピアノの椅子からこちらを眺めているロベルトの姿がある。

 音楽室は静寂に満たされる。


「……こんな風に、使うこともできるのに」


 彼の瞳の底にはくらい愉悦が光っている。それを見た瞬間、メイの腹の底から憤怒が湧き出す。


「音楽への、冒涜ぼうとくだわ」


 少女の口から出た低い声音に、ロベルトの顔には驚いた色が走る。


「あなたのピアノ、少しも美しくない」


 ロベルトの眉がピクリと震える。


「まぶしてある魔力を除けば、譜面を追うだけの薄っぺらい音よ。情熱も、情感も、何もない。ただ技術があるだけよ」

「……この」


 ロベルトの顔が歪み、右手から放たれた水流がメイの首元を締め上げる。メイの手から取り落とされた弓が立てた乾いた音に、彼ははっと我に返りメイに駆け寄った。


「すまない、……大丈夫か」


 メイの首に手を当て治癒魔力を入れながら、ロベルトはおろおろと謝罪を繰り返す。当てられた手がぶるぶる震えているのを、メイはうっすらと感じていた。

 しばらくして起き上がったメイに、ロベルトは膝をついて謝罪した。


「謝って済むものではないが、本当に申し訳ないことをした。この件は、学校と魔術師連合に、報告する。裁きは受けるが、それ以外にも、償いをさせてほしい」


 蒼白なロベルトの様子に、メイはため息をつく。


「いいえ。……嫌なことを言って、ごめんなさい」


 ロベルトの顔が上がる。


「あなたも、そうよね。私も、今、あなたに嫉妬したの」


 ロベルトの顔に驚愕が広がる。

 ロベルトのピアノには、諦観と、情熱を失ったが故の硬質な透明感があふれていた。

 音楽を、魔術の道具として使う。それは、決して禁じられたことではない。しかし、純粋に音楽家としての道を目指していたメイには、その選択は耐えがたいものだった。自分が没頭して演奏すると、制御不能となる魔力で人の精神に害を及ぼす可能性がある。そう宣告された時、メイは、すべてをかけて打ち込んでいた音楽の道をあきらめ魔術師学校への入学を選択した。

 でも、今のメイは、どんな形でも音楽と関わって生きていく、その選択をできるロベルトに、どこかでうらやましさを感じてもいる。


「私たち、魔力に羽をもがれた飛べない鳥なのよ。似た者同士ね」


 ため息のようなメイの言葉に、ロベルトは言葉を失い呆然としている。


「音を聞いたら、分かるわ。あなたも、音楽に人生をかけて生きてきたんでしょう。今更、他の何にも、夢中になれない。これを手放したら、ただの空っぽな体があるだけ。でも、もう人前で純粋に音を奏でることは、許されない」


 時々、内側から何かが暴れ出しそうになるの、分かるわ。

 メイのぽつりとしたつぶやきは、静かに防音壁に吸い込まれる。


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