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冥府からの道が再び開いているのが発見されたと、初めに報告があったのは、魔術師学校の音楽室だった。その道は土の防御魔術により簡単に閉じられたが、王宮魔術師たちに懸念を引き起こさせるには十分だった。
王宮魔術師たちの宿敵である傀儡の王が、地底の精霊や怨霊など、冥府の支配下にある者達を使い攻撃を仕掛けてくるのは定石だ。相当な労力を費やし王宮に不可侵結界を造成したのも、気配の読みにくい地底からの不意打ちを避けるためだった。
その報告から一年後、王宮最高位魔術師のナギが、傀儡の王を斃し、自身の魔力を取り戻した際、今後は地底からの攻撃に神経をとがらせる必要がなくなるだろう、と、様々な施設で防御を担当している魔術師たちは胸をなでおろしたものだった。
ところが、冥府からの道はその後もたびたび発見されている。
王宮の執務室で何度目かのその報告を聞いたとき、王宮最高位魔術師ナギは、軽いため息をついた。
「やはり、『門番』の不在が響いているな」
指を鳴らすと、そこに赤毛の痩躯、小柄な人影が現れる。
「ケイン。魔術師学校に、シノ家の子息が在学中と聞いたが、間違いないかい」
「……はい」
魔術師学校で主任教官を務める弟子の顔に、ちらりと苦いものがよぎったのをナギは見逃さなかった。
「あまり良い生徒ではないのかな」
声の響きに愉快そうなものを感じ取り、ケインは今度は露骨に顔をしかめる。
「何でうれしそうなんですか。なかなかに、難しい生徒ですよ」
「君は、手のかかる生徒が大好きだと思っていたがね」
「はねっ返りは、大歓迎ですよ。でもあの子はそれとも違います」
「そうか。……シノ家の秘術は、引き継げそうかい」
「分かりません。事態をややこしくしてるのは、まさにそれなんですよ。シノ家の子息が魔術師学校で教育を受けるなんてことは、これまでの学校の歴史上で例のないことです。あの子の素質云々より、こちらが、指導法が分からない。ナギ様、あの子の家の力、『門番』が本当のところ何なのか、この際お尋ねしても良いですか」
「……そうだな、それには、私よりも適任がいるよ」
シノ家。歴史ある、魔術を継承する一族であるが、その成り立ちは他の魔術師の名家とは趣を異にしている。彼らの継承する魔術はその一切が門外不出であり、子息たちも、通常は魔術師学校に入学することはなく家での修業のみで魔術師の印を受ける。その力を人前でふるうことは全くないが、代々の当主は常に王宮最高位魔術師の傍らに控えてきた。
15年前の大禍の折、シノ家の当主、その15歳の長子、13歳の次男が斃れた。王宮の奥の間に巨大な冥府の道が開き、現れた魔物により多くの魔術師たちが命を奪われたのはその直後のことだった。シノ家の秘術が、『門番』と呼ばれる、冥府との道を遮る役割のものであったことを、その時王宮魔術師たちは初めて知った。術を行う者の全滅によって、門外不出の禁が解かれた故であった。
残されたシノ家の三男は当時出生直後。魔術を継承するには、あまりにも幼かった。
シノ家の秘術は、現在、断絶している。もしも書物のみで残されているその術を再び蘇らせる可能性がある者がいるとすれば、現在14歳で、魔術師学校3年生の、シノ家の生き残りの三男カカ・シノのみであると思われる。
「『門番』の術は、ただ不動でそこに居ること、と記されています」
博物館の小会議室。穏やかな声で、研究員であるルーカスは話し出した。
「具体的な記載は、一切ありません。これは、過去の様々な戦闘や歴史ものの書物の記述から私が推測した原理ですが、冥府との道が地上につながる前には、一度先ぶれの魔物が地上と地底の境界を通り抜けます。『門番』が存在すると、その境界を通り抜けることができなくなるようです。ただ、その時に、どのような力が必要とされるのかは、全く分かりません」
ケインは唸り、元教え子が出してくれた冷めた薬草茶をすすった。
「術のイメージをつかもうにも手掛かりが少なすぎるな」
「魔術を研究する者にとっても、なかなかに解明が難しい術の一つです。……私は、不動、という言葉にヒントがあるのではないかと思っています」
「不動、ね」
ケインは独り言ち席を立つ。
「ありがとう、ルーカス。何とか参考にする。……結婚式、楽しみだな」
「ええ」
ルーカスの頬が微かに染まる。この落ち着き払った青年が年相応になる照れ笑いを見るのは、ケインには至福のひと時だ。彼と婚約者のアンナは、一月後に結婚式を挙げることが決まっており、ケインは、仲人を頼まれている。ケインから見るとストイックすぎる二人から時々漏れだしてくる感情に触れると、ケインの胸はいつも暖かくなるのだった。
「ああ、それから、ケイン先生。もう一つ」
扉を開けかけたケインの背中に、ルーカスは思い出したように声をかけた。
「シノ家に関して調べなおして分かったのですが、シノ家には、もう一人、息子がいたはずです。魔力を持たずに生まれ、秘匿されていたようですが……15年前に亡くなった、長男の双子の弟にあたり、ユリ・シノという呼び名で記録があります」
*
「ユリ・シノさん」
訪ねて行った金物屋の軒先で、ケインの声に振り向いたのは、ひょろりとした顔色の悪い青年だった。足が悪いらしく、歩くたびに軽く体が揺れる。
「その名は、だいぶ前に、消えたはずのものですが」
青年は、へらりと笑う。
「僕、魔力がないんですよ。それで、養子に出されました。もう、魔術師様たちとは、かかわりのない世界の人間です」
商品を整える青年の背中を、ケインは黙って眺める。
「シノ家には生き残りの三男がいる。彼は、シノ家の秘術を継承しようともがいている。そのことは、ご存じですか」
青年の手が止まった。
「……弟のことは、知っています」
振り向いて、彼はもう一度へらりと笑った。
「一度、会いに行ったことがあるんですよ。魔力のない兄なんて、恥だと言って追い返されました。まあ俺、頭もよくないし、力もないし。自慢できるようなこと、ひとつもないから。あの子はきっと、親戚をたらいまわしにされて、何とか突っ張って生きているんでしょう。足手まといにだけは、なりたくないんですよ」
*
彼の掌に現れた火球は、赤ん坊の頭ほどの大きさだった。
「カカ・シノ。火球の大きさを調整しろ。そのままだと、室内で扱うには大きすぎる」
並んで火球を浮かべていた数人の生徒が、ちらりとカカに視線を送る。左端の生徒の口元が微かに歪んだのが、ケインの視界の端に映った。
瞬間、その生徒の掌の火球が膨張する。カカの火球の大きさを超えようかという瞬間、カカの火球が爆発するように拡大した。
「……!!」
ケインの右手から風の壁が放たれる。それはぐるりとカカを取り囲み、カカと彼の起こした炎の渦はつむじ風に巻き取られて運動場へと吹き飛ばされる。
「カカ。火球を潰せ。授業は、力比べの場所じゃない」
運動場の真ん中で、風の壁に囲まれて仁王立ちしている少年に向かい、ケインは静かに命令した。カカは黙って、ぎらぎらとした瞳でケインを見返す。彼の火球はさらに膨張し、風の壁を飲み込もうとする。
瞬間、細い水流が上空から伸び、カカの身体に巻き付いた。水の縄にぎりぎりと締め上げられ、カカの火球が消える。
「ロベルト」
「ケイン。いい加減、甘すぎる」
右手から水流を放ったまま、現れた長身の教官は厳しい声で言った。
「もうこれで、俺の拘束は3度目だぞ。こいつは、理性で力を制御する意識が低すぎる。危険だ。力を封じて、退学処分が妥当だ」
カカのぎらつく瞳がロベルトを見つめている。そこにあるむき出しの敵意に、ケインの胸には苦いものが広がる。
「……一度、俺に、預からせてくれ」
ロベルトはため息をつく。
「お前の落ちこぼれ贔屓は、もう病気だな」
ケインはニヤリと笑って見せた。




