主人公補正か彼女のお陰か、どちらかといえば後者らしい。
車内にて。
相変わらず外は見えず、乗り心地の悪い馬車にぎゅうぎゅうに詰められた。
せめてこのまま売り飛ばされるかなんかされるのだったら、もう少しいい環境にしてくれないか。
クラリスは助けが来ると言っていたが、本当に来るのだろうか。
もし牢屋に閉じ込められていた時に来るのならばわかる。
あそこの古屋は俺らを誘拐した人間を捕まえて尋問するだとか、位置の特定の手段がある。
それに比べ今は移動中。どこへ行くかを聞いたとしてもルートは様々な場所がある。
もしかしたら今森を通っているかもしれないし、あるいは平野を走っているかもしれない。
建物は位置が動かないのに対して今の状況は流動的で、それもかなり速い。
それこそGPSでもなきゃ特定できないだろう。
そんな諦めムードの中、けたたましく鳴る馬の足音や車輪の音とはまた別の、かなり多数の馬の足音が遠くから聞こえてきた。
「あの馬車だ!!かかれ!」
人の声が聞こえたかと思うと、急に馬車が止まった。
急ブレーキだったので、思わず体勢を崩した。他の子達も同様に体勢を崩してドミノ倒しのように全員がもみくちゃになった。
外の人間の断末魔が聞こえたかと思うと、馬車の扉が開けられた。
あの紋章は。
ノヴァク騎士団の紋章だ。
「みんな大丈夫か!?」
間違いない。
あれはまさに俺の父、ディエゴ・コルトだった。
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盗賊達は2人を残して他は全員殺されていた。
恐らく残りの人間は尋問でもされるのだろう、縛られて連行されていった。
それにしてもだ。まさか本当にクラリスの言っていたことが当たるとは思わなかった。
「なあクラリス、なんで助けが来るってわかったんだ?」
「ナイショだと言っただろう?…まあでも、ヒントくらいは教えてもいいだろう。」
そういうと、クラリスはうなじの辺りを見せてきた。
いくら子供とはいえ、異性との接触をしてこなかった自分は少しドキッとしてしまった。
だがよく見ると、そこには文字が書かれていた。
書かれているというかは、肌に染み込んでいるような様子だ。
まさか、彫られているのか?
子供にしてタトゥーを入れるとは、この世界の住人は中々アグレッシブだな。
「さあ、わかったかな?」
「いや、全く。」
「まあ、簡単に分かってもらっても困る。でもいつか分かる時が来るさ。」
そう言い残すと、騎士団の人間とはまた違う冒険者風の人間と共に馬を走らせここを去っていった。
クラリス…不思議な人間だ。
クラリス達が見えなくなってきたら、ディエゴが話しかけてきた。
「ダニール、すまなかった。」
ディエゴの顔は酷く憔悴した様子だった。
まあそうなってしまうのも仕方ないだろう。
家を襲撃してきた人間を倒し妻と子供を守り通したと思ったら実はまだ生きていて無念にも倒れてしまう。
目が覚めると自分の子供はいない。
これで焦らない方がどうかしている。
それにしても、だ。
「お父様、何故僕たちを見つけ出すことが出来たんですか?」
「ああ、それはな…通りがかりの冒険者が子供を運んでいる馬車を見つけたとかで2日前に騎士団に来たんだ。
あの人がいなきゃと思うと今頃お前は…まったく寒気がする。」
その冒険者はおそらく、騎士団に混じってクラリスを迎えにきた人間だろう。
その冒険者には、クラリスの場所が分かる術があったということなのだろうか?
刻まれた文字との関連性…全くわからない。
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家に帰ってきたとき、安心からか体の力が抜けてしまった。
俺が乗っ取る前の"ダニール"の記憶に刻まれているのだろうか、無意識的に感じてしまい不思議な感覚に陥る。
扉を開けるとアシュレイが駆け寄ってきた。
そのまま俺を抱きしめると、しばらく泣いていた。
俺は大丈夫だったぞ、ママ。
スローライフを送れないと思ったが、なんとか普通ライフくらいには軌道修正出来たこの出来事は幕を閉じた。